その廊下の角を曲がったら

日下奈緒

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闇①

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― 二ヵ月後 ―

生徒達の間では、ある事が噂になっていた。

「ねえ、聞いた?また女の子、行方不明になったんだって。」

「ウソ!」

「場所も一緒らしいよ。」

「あそこでしょう……」

三階への階段を昇って右に曲がり、そう廊下の角を曲がった場所だ。


「それがさ……行方不明になった女の子、共通点があるらしいよ。」

「共通点?」

「髪の長い子と、ショートカットの子。」

その生徒たちは、ゆっくりと、絵美と恵を見た。

「な、何よ!私たちのせいだって言うの!」

絵美は叫んだ。

「そんな事、言ってないじゃん。」

そう言って生徒は、またヒソヒソ話を始めた。


恵は、言い様のない不安に、襲われていた。

「絵美……」

「何?恵。」

「美奈子、私たちのこと恨んでるのかなあ。」

絵美は鳥肌が立った。

「そ、そんなことあるわけないよ!」

「でも、みんなが言うとおり、行方不明になっているのは、私たちに似たような子ばっかりだし……」


恵も少し、身体が震えている。


「確かめてみよう。」

「え?」

「本当に私たちのこと、恨んでるかどうか、美奈子に聞いてみようじゃない。」

「絵美?」

「行こう。三階のあの廊下の角にさ。」

恵は小さくうなづいた。


思い立ったら、二人はすぐ行動だ。

「この階段だよ。」

「うん。」

二人は息を飲み込むと、一歩また一歩、階段を昇り始めた。

階段を昇りきったところで、恵が足を止めた。

「絵美、別な日にしない?」

「恵?」

「なんだか……嫌な予感する……」

恵の顔は青白かった。


その時だ。

絵美は誰かに呼ばれた気がして、廊下の角を見つめた。

「どうしたの?絵美。」

「誰かいる?あそこに……」

「だ、誰かって?」


恵は、だんだん心臓の音が、高くなった。

絵美の顔に、冷や汗が一筋流れた。

二人で一歩、後ずさりをした時だ。

「黒島?神津?」

後ろから声が聞こえた。

「きゃっ!!」

絵美と恵は驚いて、お互いを抱きしめあった。

「おいおい、びっくりさせるなよ。」

その声は、担任の勝村だった。

「先生……」

「なんだ、こんな時間に。帰ったんじゃないのか?」

もう日は、西に傾き始めている。

「暗くなってから、ここいら辺をうろちょろすると、怖い目に合うぞ~。」

勝村はわざと、恐ろしい顔をした。

「は……ははっ……」

絵美も恵もそんな勝村の顔を見て、さっきまでの緊張感が無くなった。

「さっ、気をつけて帰れ。」

勝村は二人にそう言うと、廊下をそのまま、真っ直ぐ行ってしまった。


「恵。」

「なあに?」

「やっぱり……別な日にしようか。」

「……うん。」

絵美と恵が、帰ろうとした時だ。


絵美がふと、勝村の背中を見ると、ぼおっと黒い影が見えた。

「えっ……」

絵美はその黒い影から、目が離せなくなった。

「どうしたの?絵美。」

そして恵は、絵美の呆然とした顔を見た。

「絵美?」

「先生が……先生が!」

「え?」

絵美はそう言うと、確かめるように、勝村を追いかけて行った。

「ちょっと、絵美!待って!」

恵は慌てて絵美を追った。

「絵美!」

こんなにも、絵美は走るのが速かったっけ。

恵がそう思うほどに、絵美はあっと言う間に、小さくなってしまった。


「先生!」

絵美が勝村を呼び、その廊下の角を曲がった。

「あれ?」

そこに勝村の姿はなかった。

「い、いない……確かに、さっきまでこの廊下を歩いていたのに……」

絵美は怖くなった。

「絵美……」

息を切らしながら、追いかけてきた恵は、まだ状況を把握できてなかった。

「せ、先生は?」


絵美から返事はなかった。

「絵美?」

顔を上げた恵は、辺りを見回した。

「いないね、先生。」

そう言って絵美を見ると、絵美はブルブル震えていた。

「絵美、先生は進路指導の先生だから、きっと指導室へ入ったんだよ。」

恵は絵美を、落ち着かせるように言った。

しかし尚、震えの止まらない絵美を、恵は心配になった。

「私が、確かめてきてあげるよ。」

恵は、急に廊下を走り出した。

「違う!恵、行っちゃダメ!」

絵美は恵を止めようと、手を伸ばした。

が、その手は恵に届かず、彼女は一人、指導室まで駆けて行った。

真ん中まで行った頃、恵はパタッと止まった。


絵美は固唾を飲んだ。

恵の体がだんだん、濡れてきている。


頭、

髪、

肩、

背中、

腕……


「あっ……」

絵美はそういうのが、精一杯だった。


恵はゆっくりと、絵美の方へと振り向いた。

「絵美、寒くない?…」

恵は自分の身体の異変に、気付いてないみたいだ。

「ねえ、窓開いてないよね。」

絵美は窓の方を向いている。

「なんでこんなに、冷たいのかなぁ。」

絵美は恵の質問に、恐ろしくて一切答えられなかった。

ついに恵は、ガタガタと震えだし、立っていられなくなった。

「恵、大丈夫?」

絵美は恵の元へ、駆け寄った。

そしてそこには、恵の他にもう一人、美奈子の姿があった。


「美奈子!」

絵美の声に、恵は横を向いた。

間違いない。

そこには、ガタガタと震える美奈子がいた。


―  寒い…  ―

「えっ……」

―  私、このまま死ぬのかなぁ  ―

「な、何言ってるの!」

恵は発狂した。

「み、美奈子はもう!死んでるよ!」

恵は叫んだ。

―  死んでる?  ―

「そ、そうだよ。」



―  そうなんだ……でも1人で死ぬなんてやだな  ―

「美奈子……」

―  恵、一緒に来てくれない?  ―

「ど、どうして私が!」

すると突然美奈子は、恵の目を見た。


「だって、私たち友達でしょう?」


恵は立ち上がり、逃げようとしたが、美奈子に腕をつまれた。

「恵!」

「絵美……」

一歩、また一歩 美奈子と恵は、闇に向かって吸い込まれていく。

「絵美、助けて。」

恵の身体はもう闇の中だ。

「絵美……」

絵美は、その光景を見なかった事にするかのように、くるりと振り向くと、一目散に走り出した。


その事があってから、生徒達の間では、また噂話が広まった。

「おい、あの噂知ってるか?」

「あの噂って?」

「三階に出る、幽霊の事だよ。」

「幽霊?まさか!それに今の旬の噂は、幽霊じゃないぜ。」

そうなると、生徒達は決まって、円陣を組むように、ヒソヒソ話を始める。

「また女の子が、行方不明になったヤツだろ。」

「そうそう。」

「それが、幽霊と無関係じゃないんだな。」

「ええ?」

「その行方不明になった女の子、さらってるのは、その幽霊みたいなんだ。」

「うっそ!」

噂が噂を呼び、ヒソヒソ話しは、いつしか皆の知るところになる。

「嘘じゃねえよ。友達がさ、その現場を目撃したんだって。」

「で?どんな幽霊なんだ?」

「黒くて長い髪だって。脇の髪をこう、耳にかけてさ。」

亮はその言葉に、体が固まった。

「黒のロングか~いかにもって感じだよな。」
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