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第4部 彼の過去と、涙の痕跡
⑧
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「今まで、誰かの気持ちを受け止めるなんて、してこなかった。」
隼人さんは、グラスのワインを揺らしながら言った。
静かで、少しだけ自嘲めいた笑みだった。
「受け止めて、もし離れていかれたら……って思うと怖かったんだ。」
私は黙って、彼の横顔を見つめた。
普段、強くて堂々としているその人が、今、こんなにも寂しげな顔をしている。
「……美羽さんの時は、どうだったの?」
その問いに、隼人さんの手がぴたりと止まった。
しばらく黙ったあと、小さくため息をつく。
「美羽は……俺の“モテる部分”が好きだったみたいだ。」
「え?」
「要するに、派手な女関係とか、注目されてる姿とか、そういう“桐生隼人”を彼氏にしてる自分が、好きだったんだと思う。」
その言葉は淡々としていたけれど、どこか、痛みをはらんでいた。
「……まるで、トロフィーみたいだったな。自慢できる男を手に入れたって、そんな感じでさ。」
「そんな……でも、美羽さん、本気で好きだったんじゃ……」
「分からない。でも、俺は……あの時、心のどこかで“この人は俺を見てない”って気づいてた。」
寂しい――そう言った彼の言葉が、今、じわじわと胸に沁みた。
だからなのか。あれほど多くの女性に囲まれても、隼人さんの瞳がどこか遠くにあるように見えた理由が、今なら分かる。
私はそっと手を伸ばし、テーブルの下で彼の指先に自分の指を重ねた。
「私は……ちゃんと見てますよ。」
彼の瞳が、ゆっくりと私に向けられた。
「私、ちゃんとあなたのこと、見ています。」
そう言って、私は真っ直ぐに彼の目を見つめた。
嘘も、ごまかしもない。隼人さんにだけは、素直な想いを伝えたいと思った。
すると彼は、ふっと目を細めて、微笑んだ。
「――あの時もそうだったな。」
「えっ?」
「君に書類の確認、されたとき。篠原主任になってすぐの頃。」
ふと、あのときの記憶がよみがえる。
新人教育でてんてこ舞いだった頃、必死に彼のミスを見つけて指摘したことがあった。
隼人さんは涼しい顔で返してきたけど……。
「君は、真っ直ぐに俺を見てた。ずっと。」
「だって……あの時は……」
思わず視線を逸らした。
あのとき、彼の完璧さに気圧されそうになりながらも、負けたくなくて必死だった。
「それにさ――俺の甘い声にも、騙されなかったし。」
「はあ?」
思わず声が裏返った。
彼はいたずらっぽく口元を上げた。
「俺、声にはちょっと自信あるんだよ。女性受け、いいってよく言われる。でも、君には全然効かなかった。」
「……意識は、してましたよ。」
隼人さんは、グラスのワインを揺らしながら言った。
静かで、少しだけ自嘲めいた笑みだった。
「受け止めて、もし離れていかれたら……って思うと怖かったんだ。」
私は黙って、彼の横顔を見つめた。
普段、強くて堂々としているその人が、今、こんなにも寂しげな顔をしている。
「……美羽さんの時は、どうだったの?」
その問いに、隼人さんの手がぴたりと止まった。
しばらく黙ったあと、小さくため息をつく。
「美羽は……俺の“モテる部分”が好きだったみたいだ。」
「え?」
「要するに、派手な女関係とか、注目されてる姿とか、そういう“桐生隼人”を彼氏にしてる自分が、好きだったんだと思う。」
その言葉は淡々としていたけれど、どこか、痛みをはらんでいた。
「……まるで、トロフィーみたいだったな。自慢できる男を手に入れたって、そんな感じでさ。」
「そんな……でも、美羽さん、本気で好きだったんじゃ……」
「分からない。でも、俺は……あの時、心のどこかで“この人は俺を見てない”って気づいてた。」
寂しい――そう言った彼の言葉が、今、じわじわと胸に沁みた。
だからなのか。あれほど多くの女性に囲まれても、隼人さんの瞳がどこか遠くにあるように見えた理由が、今なら分かる。
私はそっと手を伸ばし、テーブルの下で彼の指先に自分の指を重ねた。
「私は……ちゃんと見てますよ。」
彼の瞳が、ゆっくりと私に向けられた。
「私、ちゃんとあなたのこと、見ています。」
そう言って、私は真っ直ぐに彼の目を見つめた。
嘘も、ごまかしもない。隼人さんにだけは、素直な想いを伝えたいと思った。
すると彼は、ふっと目を細めて、微笑んだ。
「――あの時もそうだったな。」
「えっ?」
「君に書類の確認、されたとき。篠原主任になってすぐの頃。」
ふと、あのときの記憶がよみがえる。
新人教育でてんてこ舞いだった頃、必死に彼のミスを見つけて指摘したことがあった。
隼人さんは涼しい顔で返してきたけど……。
「君は、真っ直ぐに俺を見てた。ずっと。」
「だって……あの時は……」
思わず視線を逸らした。
あのとき、彼の完璧さに気圧されそうになりながらも、負けたくなくて必死だった。
「それにさ――俺の甘い声にも、騙されなかったし。」
「はあ?」
思わず声が裏返った。
彼はいたずらっぽく口元を上げた。
「俺、声にはちょっと自信あるんだよ。女性受け、いいってよく言われる。でも、君には全然効かなかった。」
「……意識は、してましたよ。」
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