誰にでも優しいくせに、私だけに本気なんてズルい– 遊び人エリートのくせに、溺愛が止まらない –【完結】

日下奈緒

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第4部 彼の過去と、涙の痕跡

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「今まで、誰かの気持ちを受け止めるなんて、してこなかった。」

隼人さんは、グラスのワインを揺らしながら言った。

静かで、少しだけ自嘲めいた笑みだった。

「受け止めて、もし離れていかれたら……って思うと怖かったんだ。」

私は黙って、彼の横顔を見つめた。

普段、強くて堂々としているその人が、今、こんなにも寂しげな顔をしている。

「……美羽さんの時は、どうだったの?」

その問いに、隼人さんの手がぴたりと止まった。

しばらく黙ったあと、小さくため息をつく。

「美羽は……俺の“モテる部分”が好きだったみたいだ。」

「え?」

「要するに、派手な女関係とか、注目されてる姿とか、そういう“桐生隼人”を彼氏にしてる自分が、好きだったんだと思う。」

その言葉は淡々としていたけれど、どこか、痛みをはらんでいた。

「……まるで、トロフィーみたいだったな。自慢できる男を手に入れたって、そんな感じでさ。」

「そんな……でも、美羽さん、本気で好きだったんじゃ……」

「分からない。でも、俺は……あの時、心のどこかで“この人は俺を見てない”って気づいてた。」

寂しい――そう言った彼の言葉が、今、じわじわと胸に沁みた。

だからなのか。あれほど多くの女性に囲まれても、隼人さんの瞳がどこか遠くにあるように見えた理由が、今なら分かる。

私はそっと手を伸ばし、テーブルの下で彼の指先に自分の指を重ねた。

「私は……ちゃんと見てますよ。」

彼の瞳が、ゆっくりと私に向けられた。

「私、ちゃんとあなたのこと、見ています。」

そう言って、私は真っ直ぐに彼の目を見つめた。

嘘も、ごまかしもない。隼人さんにだけは、素直な想いを伝えたいと思った。

すると彼は、ふっと目を細めて、微笑んだ。

「――あの時もそうだったな。」

「えっ?」

「君に書類の確認、されたとき。篠原主任になってすぐの頃。」

ふと、あのときの記憶がよみがえる。

新人教育でてんてこ舞いだった頃、必死に彼のミスを見つけて指摘したことがあった。

隼人さんは涼しい顔で返してきたけど……。

「君は、真っ直ぐに俺を見てた。ずっと。」

「だって……あの時は……」

思わず視線を逸らした。

あのとき、彼の完璧さに気圧されそうになりながらも、負けたくなくて必死だった。

「それにさ――俺の甘い声にも、騙されなかったし。」

「はあ?」

思わず声が裏返った。

彼はいたずらっぽく口元を上げた。

「俺、声にはちょっと自信あるんだよ。女性受け、いいってよく言われる。でも、君には全然効かなかった。」

「……意識は、してましたよ。」
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