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第7部 本気の夜、ふたりの距離
⑩
だが一条さんは、倒れたまま、冷笑を浮かべた。
「彼女は――感じてましたよ。」
「……!」
「可愛かった。俺に、甘えてた。」
「そんなわけあるかっ!」
隼人さんの怒声に、私の心が引き裂かれそうになる。
「紗英は……俺を、愛してるのに……!」
そのときだった。
私は、棚の隙間からそっと顔を上げてしまった。
目が合った。
桐生部長――隼人さんの瞳が、私を捕らえる。
「紗英……」
その一言に、私の胸は締めつけられた。
「そんなところにいたのか。……もう帰ろう。」
隼人さんが、私のもとへ手を伸ばす。
けれど――
私は、そっと首を横に振った。
「私……」
声が震える。
何を言おうとしているのか、自分でも分からなかった。
「私……一条さんに……」
一条さんが、倒れたまま私を見上げる。
隼人さんも、静かに手を下ろす。
言葉が出ない。
胸の奥が、ぐしゃぐしゃになっていた。
「付き合おうって。」
一条さんが立ち上がり、隼人さんの方を睨みつけるようにして言った。
「そう。俺たち、付き合ってるんです。だから……愛し合ったんです。」
私の心がズキリと痛む。
でも、それは――罪悪感の痛みだった。
桐生部長……隼人さんは、静かに手を下げた。
「そうか……でも、それでも――俺には、紗英しかいない。」
低く、深く、胸の奥に響く声だった。
「……おまえしか、いないんだ。」
その目が私をまっすぐに捉える。
怒りも憎しみもない。ただ、深い愛情が滲んでいた。
涙が、溢れた。
「……帰ろう。紗英。俺たちの家に。」
その一言で、私は気づいた。
この人は、私を信じている。
過ちさえも、受け止めてくれる覚悟がある。
私は、ゆっくりと歩き出した。
一歩、また一歩と、隼人さんの方へ。
「紗英……行くな!!」
一条さんの声が背中から響く。
振り返らなかった。
私は、ただまっすぐに――
桐生部長の胸に飛び込んだ。
「……帰りましょう。」
「……ああ。」
強く抱きしめられたその胸に、私は顔をうずめる。
心の中のざわめきが、ゆっくりと溶けていった。
私は早退扱いにしてもらい、ふらふらと会社を出た。
自分の体調が悪いのか、心が崩れているのかも、もう分からなかった。
ビルの前に、車が停まっていた。
運転席には、隼人さん――桐生部長の姿。
私を見つけると、すぐに降りてきて、無言でドアを開けてくれる。
何も言わずに乗り込み、ドアが閉まった瞬間、私は震えた声で言った。
「彼女は――感じてましたよ。」
「……!」
「可愛かった。俺に、甘えてた。」
「そんなわけあるかっ!」
隼人さんの怒声に、私の心が引き裂かれそうになる。
「紗英は……俺を、愛してるのに……!」
そのときだった。
私は、棚の隙間からそっと顔を上げてしまった。
目が合った。
桐生部長――隼人さんの瞳が、私を捕らえる。
「紗英……」
その一言に、私の胸は締めつけられた。
「そんなところにいたのか。……もう帰ろう。」
隼人さんが、私のもとへ手を伸ばす。
けれど――
私は、そっと首を横に振った。
「私……」
声が震える。
何を言おうとしているのか、自分でも分からなかった。
「私……一条さんに……」
一条さんが、倒れたまま私を見上げる。
隼人さんも、静かに手を下ろす。
言葉が出ない。
胸の奥が、ぐしゃぐしゃになっていた。
「付き合おうって。」
一条さんが立ち上がり、隼人さんの方を睨みつけるようにして言った。
「そう。俺たち、付き合ってるんです。だから……愛し合ったんです。」
私の心がズキリと痛む。
でも、それは――罪悪感の痛みだった。
桐生部長……隼人さんは、静かに手を下げた。
「そうか……でも、それでも――俺には、紗英しかいない。」
低く、深く、胸の奥に響く声だった。
「……おまえしか、いないんだ。」
その目が私をまっすぐに捉える。
怒りも憎しみもない。ただ、深い愛情が滲んでいた。
涙が、溢れた。
「……帰ろう。紗英。俺たちの家に。」
その一言で、私は気づいた。
この人は、私を信じている。
過ちさえも、受け止めてくれる覚悟がある。
私は、ゆっくりと歩き出した。
一歩、また一歩と、隼人さんの方へ。
「紗英……行くな!!」
一条さんの声が背中から響く。
振り返らなかった。
私は、ただまっすぐに――
桐生部長の胸に飛び込んだ。
「……帰りましょう。」
「……ああ。」
強く抱きしめられたその胸に、私は顔をうずめる。
心の中のざわめきが、ゆっくりと溶けていった。
私は早退扱いにしてもらい、ふらふらと会社を出た。
自分の体調が悪いのか、心が崩れているのかも、もう分からなかった。
ビルの前に、車が停まっていた。
運転席には、隼人さん――桐生部長の姿。
私を見つけると、すぐに降りてきて、無言でドアを開けてくれる。
何も言わずに乗り込み、ドアが閉まった瞬間、私は震えた声で言った。
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