欲望のシーツに沈む夜~50のベッドの記憶~

日下奈緒

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3、部長の失恋と、年下部下の甘い牙

失恋の夜、ひとりにしません

その日は、最悪の一日になってしまった。

週明けの会議が終わった瞬間だった。

「皆さんにご報告があります」と、私の“好きな人”が立ち上がった。

その瞬間、胸がざわついたのを覚えている。

もしかして、昇進の話? 違っていてほしかった――けれど。

「僕、結婚します。相手は、受付の七瀬さんです。」

受付の、あの超美人。誰もが振り返る、モデルのようなスタイルと笑顔の持ち主。

彼女と、彼が――。

頭が真っ白になった。でも私は部長。

「おめでとうございます」

誰よりも先に、そう口に出していた。

「ありがとう、朝比奈」

照れたように笑って返される。

それすら優しさで、だからこそ、苦しかった。

会議室は拍手と祝福ムードに包まれていく。

私は、ただその場に立ち尽くしていた。

会議室を出て、私は笑顔のままトイレに向かった。

誰にも見られないように、早足で。

でも、鏡を見た瞬間、張りついた笑顔が音を立てて崩れて――涙が、ぽろりと落ちた。

「……あれ?」

思わずこぼれた声と同時に、足音が聞こえた。

振り返ると、そこには相沢陸が立っていた。

気まずさに言葉を探すより先に、彼は無言でポケットからハンカチを差し出してきた。

「……ありがとう。」

それだけが精いっぱいだった。

彼は、私が言うことにはいつも素直に従ってくれる、忠実な部下。

どこか人懐っこくて、でも礼儀正しくて、まるで忠犬のような存在。

「……部長。」

彼が、少しだけ声を落として言った。

「今日は、飲みに行きませんか?」

「えっ……」

思わず顔を上げる。

断ろうとした。こんな時に飲みに行くなんて――そう思った。

でも、彼の瞳は、真剣だった。

ただの部下の誘いとは思えないほどに、あたたかく、まっすぐで。

「ねえ、行きましょう。」

いつも穏やかな声が、今日は少し強引だった。

「俺、今日奢りますから。」

差し出された手を見つめていると、不思議と彼が“男”に見えた。

「……あのさ。」

嫌な予感がして、口を開いた。いつもの陸君なら、「無理しないでください」って引いてくれるはず。

だけど――

「仕事が終わったら、ロビーで待ってます。」

それだけ言って、彼は私の前からすっと去っていった。

「えっ……」

あの陸君が、私の言葉を無視した?

唖然としながらも、心のどこかでざわつきがあった。

断るつもりでいたはずなのに、仕事を終えた私は、足を止めることなくロビーへと向かっていた。

そして、本当に――そこに彼はいた。

スマホも見ず、まっすぐ入り口を見つめて待っている姿が、どこか凛々しくて。

私は、知らなかった。

あの忠犬が、こんなふうに男の顔を隠していたなんて――

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