欲望のシーツに沈む夜~50のベッドの記憶~

日下奈緒

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6、禁断の温泉宿、貸切の夜

出会いは旅先の温泉宿で

久しぶりに訪れた温泉宿は、山間の静かな一件宿だった。

風の音と木々のざわめきだけが聞こえる――そんな空気が、張り詰めた心をゆるりと解いていく。

「静かなところ……」

思わず、独りごとのように呟く。

玄関を入ると、若女将が笑顔で迎えてくれた。

「ようこそお越しくださいました。当宿は五部屋だけの小さな宿でして、お一人様でもゆっくりとお寛ぎいただけます。」

「ありがとうございます。静かなのが一番だったので、嬉しいです。」

案内された部屋は、木の香りがほのかに漂う和室。

窓の外には渓流が流れ、鳥の声まで聞こえてきた。

「ここなら、何も考えずに過ごせそう。」

私は大きく息を吸い込み、やっと日常から切り離されたことを実感した。

予約しておいて、よかった。

自分のためだけに選んだ、贅沢な時間の始まりだった。

お楽しみの夕食。宿の夕食処は個室ではなく、落ち着いた半個室風のカウンター席だった。

「お品書き、素敵ですね……」

そう呟きながら着席すると、隣にいたのは私より少し年下に見える男性だった。

柔らかい髪に、すっきりした顔立ち。かわいい系の、いまどきの男子だ。

ふと視線を感じて彼の方を見ると、目が合った。

「どうも。」

彼は軽く笑って、会釈した。慣れているのか、動じた様子はない。

「おひとりですか?」

「はい、一人です。」

「僕も一人なんですよ。」

少し間があって、彼が箸を置いて言った。

「仕事ですか? それとも、リフレッシュ旅行?」

「後者ですね。なんか、疲れちゃって。」

「わかります。僕も仕事に詰まって、逃げてきた感じです。」

自然と会話が続いていく。仕事のこと、趣味の映画の話、好きな食べ物……不思議と初対面とは思えないほど、言葉がポンポンと飛び交った。

「あー、楽しかった。」

露天風呂に入ると、ほっと息が漏れた。肩まで沈み、空を仰ぐと、夜風が気持ちいい。

そのとき、湯気の向こうに人影が見えた。

「あれ?」

向こうもこちらに気づいたらしく、軽く手を挙げる。

「奇遇ですね。」

声で分かった。さっきの夕食で隣だった男性だ。

「……ここ、混浴だったんですね。」

「ええ、貸し切りじゃないと男女一緒になるみたいで。」

「そうだったんだ……」私はちょっとだけ身を沈めた。

「冬馬です。」

「……あっ、紗月です。」

湯気越しの自己紹介は、少し照れくさい。

「なんか、すごい偶然ですね。」

「たしかに。」

しばしの沈黙。けれど、気まずさはなかった。

「そうだ。この後、俺の部屋で一杯飲みませんか?」

「えっ……」

「もちろん、無理にとは言いません。でも……話しやすくて、もっと話したいなって。」

一瞬迷ったけれど、私は旅に日常を持ち込まないと決めたんだ。

「はい。」

頷いた私に、冬馬はふわりと笑った。

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