情熱的に愛して

日下奈緒

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第4章 情熱

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「問題はここ。」

門馬は、写真をトントンと、叩いた。

私が持ち上げた写真には、グチャグチャになっている洋服があった。

「これは……」

「お客さんが手に取って見た後、適当に畳んでおくだろう?」

「うん。」

「要するに、そのままって事。」

私はもう一回だけ、写真を見た。

「……忙して、畳む時間がなかったとか。」

「こんなに、暇なのにか?


門馬は、次の写真を差し出した。

その中には、何人かの女の子が、洋服を持って店員さんを探している。

だが誰一人、店員さんは映っていない。

レジにも。

棚にも。

「なんだか、ここまで来ると、無人の洋服店みたいだね。」

私は思わず、笑ってしまった。

「そうだよなぁ。」

門馬も、会議室のテーブルの上に、体を投げ出している。

「市川、なんかいいアイデア出た?」

「今、練ってる最中です。」

「練るのは俺がやる。おまえは、アイデアを出せ。」

私はムッとした。


まるで私は、”これ、しようよ”ってだけで、後は何もするなみたいじゃん。

これでも私は企画部の端くれなんですから!

自分のアイデアが企画として採用されて、計画書になるまでは、がんばるっつうの!


「でも、なぜあの店長。あんなに怒っているって言うか、やさぐれ感いっぱいなんだろう。」

「本部から、店に行ったからじゃないか?」

私と門馬は、同時に顔を上げた。

「一見、昇進に見える人事異動も、店長にしてみれば、マネージャーから、左遷させられた感があったりして。」

「と、言う事は!」

「店長さんに昔に戻って、デザイナーをやってもらう。」

私と門馬は、見つめ合った。

顔が近い。

門馬の瞳に、私が映っている。


「あの……」

私は急いで、門馬から離れた。

「なに?」

あんなに顔が近かったのに、全然平気なのかな。

「その線で、企画書作ってみる。」

「ああ。頼む。」

会議室に、ピラッと言う音が響く。

椅子のギィーっという音も聞こえるくらい、静かだ。


「本当さぁ。一旦、潰した方がいいんだよな。」

「えっ?」

私は、顔を歪ませた。

「スクラップ&ビルド。更地に戻して、立て直すって事。」

「そんな事ないよ!」

私は、テーブルを思い切り叩いた。

テーブルの上にあった写真の何枚かが、風に乗って床に落ちる。

「お店が潰れたら、あの店長さんはどうなるの!?あの売り子さん達は!?」

「また他の店に行くだろ。アパレル関係なんて、たくさんあるんだから。」

「そんな簡単な事なの!?門馬は、今の仕事で同じ事を言われたら、また他の仕事に行けばいいって、割り切れるの!?」

はぁはぁと、息を切らす。

少なくても店長さんは、デザイナーやっている時からずっと、この会社で働いてくれているって言うのに。


そんな時、外からノックする音が聞こえた。

「夏海?門馬?喧嘩でもしてるの?」

秋香が、会議室のドアを開けてくれた。

「喧嘩じゃないよ。」

門馬が冷静に答える。

「そう。なら、いいけれど。」

そして秋香は、ゆっくり会議室のドアを閉めた。

「市川。そんな熱くなるなって。」

「なるわよ。」

「冗談だって。少なくても部長は、潰す事なんて考えてないんだし。」

私はうつ向いたまま、写真を見つめた。


「とりあえず、あの店でやる企画、考えるのが先。」

門馬は立ち上がると、落ちた写真を拾い上げた。

「頼むよ。」

そう言って門馬は、会議室から出て行った。


ああ、もう最悪。

奴はいつもあんな感じだって、知ってるのに。

冷静にあんな事言われると、クールを通り越して、残酷に聞こえる。

「はぁー。」

私はテーブルの上に、寝そべった。

門馬って、一体何なの?

私が熱苦しいだけ?

少なくても、あんな残酷な事、言って欲しくなかった。

その日の夜は、夕食が終わった後、私はすぐにお風呂に入って、自分の部屋に籠った。

企画書を作る為だ。

まずは、コンセプトだよね。

今日見た感じでは、オフィス街にも関わらず、オフィス向けの服が少なかったんだよね。

そもそも、うちのブランドは、手軽にたくさんの服を着てほしいって事で、プチプラにしているんだけど。

オフィス向けの服は、ほとんど無いに等しい。


昨今、女性はスーツよりもオフィスカジュアルを着る方が多いんだから、オフィス向けのプチプラブランドがあってもいいよね。

ん?それって……

奴が言っていた - スクラップ&ビルド - って事に繋がるんじゃ……


「へえ。いろいろ考えてるじゃん。」

急に後ろから声が聞こえた。

振り返ると、リビングにいたはずの門馬が、寝室にいる。

「ちょっと、無断で入ってこないでよ。」

「言ったよ、何回も。集中しすぎて聞こえなかったのは、そっちね。」

そんな事まで、冷静に分析してくれちゃって。


「で?何で悩んでるの?」

「何でもないわよ。」

そう言って、私はハッとした。

「俺達のルール、その1。何でもない、じゃなくて話す。」

門馬は人差し指を立てて、ピシッと言い切る。

「あーあ。こんなんじゃあ、家で仕事するのは、無理だわ。」

「そもそも、仕事は家でする事じゃないね。」

だから、冷静にそういう事を、返さないでほしい。


「あのね。うちの会社って、オフィス向けの服って、少なくない?」

「それは、そうだろう。会社には遊ぶ服なんて、着てこないんだし。」

なんだか門馬が、私の策にはまってきているような気がした。

「でも、オフィス街なのに、オフィス街向けの服がないって言うのは、お客様にとっては物足りなくない?」

「なるほど。」

「そこで。」

私は、パンと手を打った。

「オフィスカジュアル向けのプチプラブランドを、新しく作るって言うのは?」

門馬は、一瞬”おっ!”と言う顔をした。

やった。

私、いい事言った?


「それって、俺が言ったスクラップ&ビルド?」

うっ!

図星です、はい。

だから、言うか言うまいか、悩んでいたのに。

結局、言っちゃったけれど。

その間に、門馬はニヤニヤし始めている。

だって、門馬からその話を聞いた時、私、激しく怒ったもんね。

「門馬が言ったのは、店を潰すって言ったじゃない。私の方は、あくまで、新しいブランドを……」

「はいはい。」

門馬はそう返事をすると、急に立ち上がった。

「どこ行くの?」

「風呂。」

私の目の前を通り過ぎて、門馬は部屋のドアに、手を掛けた。

「……いいアイディアだと思うよ。」

「えっ?」

振り返った門馬は、少しだけ微笑んでいた。

「新しいブランド、成功させような。」

「門馬……」

部屋のドアが、ガチャッと閉じた後も、私は企画書に戻る事ができなかった。


― いいアイディアだと思うよ -


門馬の言葉が、頭の中をリフレインしていたからだ。

ふふん。

奴も、私の力がだんだん、分かってきたじゃないか。


次の日。

私はできた企画書を、門馬に持って行った。

「例の?」

「例の。」

企画書を見た門馬は、だんだん顔が綻んで、最後はうんうん頷いている。

「よし。これで、具体的な案を出そうか。」

「うん。」

打ち合わせは順調。

早速、新ブランドの具体的な構想だ。

私が自分の席に、戻った時だ。


「ねえ、夏海。門馬との打ち合わせ、もう終わったの?」

「うん。」

「なんか、早すぎない?」

「えっ?」

私は、パソコンの電源を入れたところで、固まった。

「そ、そうかな。」

「そうだよ。まるで、前もって打ち合わせしてたみたい。」

まさか前の日の夜に、同じ部屋で仕事の話をしていたなんて、言えないもんね。
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