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第3部 絡まる心と想い ③
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目を覚ますと、外が朱に染まっていた。
夕暮れ。いつの間に、こんな時間に――。
「目が覚めたか。」
すぐ傍で、優しい声がした。
視線を向けると、レオ様の顔が近い。
あまりにも近すぎて、思わず体が跳ねる。
「は、はいっ!」
がばっと身体を起こして、咄嗟に彼から距離を取る。
頬が、熱い。自分でも分かるほど真っ赤だった。
「浄化……そうだ、浄化!」
慌てて立ち上がり、残っていたわずかな穢土の方へと駆け寄る。
掌をかざし、祈るようにそっと触れると、じわりと光が広がった。
腐敗していた土は、静かに、命を宿す色へと戻っていく。
「終わったか?」
背後から聞こえる、穏やかな声。
「……はい。」
振り返れなかった。
さっきまで抱きしめられていた腕の温もりが、まだ残っている気がして。
レオ様の匂い――あの、どこか甘くて落ち着く香りが胸の奥を締めつけた。
やがて馬車に戻り、私は静かに座った。
その隣に、何事もなかったかのようにレオ様が腰を下ろす。
夕陽が馬車の窓から差し込む。
金色の髪が光をまとい、神々しいほどに輝いていた。
「どうした?」
「……いえ。」
うつむいて、ごまかした。
でも心は、少しずつ、彼に惹かれていく自分を感じていた。
宮殿に戻ると、正面の大理石の階段に、一人の女性が佇んでいた。
「レオナルト。」
柔らかな声。
振り返ったレオ様の目が、微かに緩む。
「クラリーチェ。来てくれたんだな。」
そのまま、レオ様が彼女を抱き寄せる。
品のある微笑みを浮かべたクラリーチェ様は、まるで絵画の中の姫君のようだった。
――美しい。
その一言に尽きる。金の髪が揺れ、香りまで漂ってきそうなほど完璧で。
「今夜は、一緒に過ごすか。」
「はい。」
自然なやりとり。誰もが受け入れる恋人同士の空気。
私は思わず、二人に背を向けた。
胸の奥が、ぎゅっと苦しくなる。
レオ様には、婚約者がいる。
王族の男性が、その婚約者と夜を共にしたって、何もおかしくない。
――分かってる。分かってるのに。
肩をすくめ、早足で自室へ向かった。
誰にも見られぬよう、ほんの少し、唇を噛んだ。
部屋に戻ると、アニーが紅茶の香りと共に出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ。」
「ただいま。」
その笑顔を見ると、緊張していた心がほっと和らいだ。
「どうでした? 本日の浄化は。」
「うん……魔物が出て、怖かった。」
思い出しただけで、足がすくみそうになる。
土の中から這い出た、あの不気味な影。
「それで?」
「……レオ様が、聖なる剣で倒してくれて。」
その時の姿が脳裏に浮かぶ。鋭く振り下ろされた剣。私を庇う腕。
そして、血に染まったその手。
夕暮れ。いつの間に、こんな時間に――。
「目が覚めたか。」
すぐ傍で、優しい声がした。
視線を向けると、レオ様の顔が近い。
あまりにも近すぎて、思わず体が跳ねる。
「は、はいっ!」
がばっと身体を起こして、咄嗟に彼から距離を取る。
頬が、熱い。自分でも分かるほど真っ赤だった。
「浄化……そうだ、浄化!」
慌てて立ち上がり、残っていたわずかな穢土の方へと駆け寄る。
掌をかざし、祈るようにそっと触れると、じわりと光が広がった。
腐敗していた土は、静かに、命を宿す色へと戻っていく。
「終わったか?」
背後から聞こえる、穏やかな声。
「……はい。」
振り返れなかった。
さっきまで抱きしめられていた腕の温もりが、まだ残っている気がして。
レオ様の匂い――あの、どこか甘くて落ち着く香りが胸の奥を締めつけた。
やがて馬車に戻り、私は静かに座った。
その隣に、何事もなかったかのようにレオ様が腰を下ろす。
夕陽が馬車の窓から差し込む。
金色の髪が光をまとい、神々しいほどに輝いていた。
「どうした?」
「……いえ。」
うつむいて、ごまかした。
でも心は、少しずつ、彼に惹かれていく自分を感じていた。
宮殿に戻ると、正面の大理石の階段に、一人の女性が佇んでいた。
「レオナルト。」
柔らかな声。
振り返ったレオ様の目が、微かに緩む。
「クラリーチェ。来てくれたんだな。」
そのまま、レオ様が彼女を抱き寄せる。
品のある微笑みを浮かべたクラリーチェ様は、まるで絵画の中の姫君のようだった。
――美しい。
その一言に尽きる。金の髪が揺れ、香りまで漂ってきそうなほど完璧で。
「今夜は、一緒に過ごすか。」
「はい。」
自然なやりとり。誰もが受け入れる恋人同士の空気。
私は思わず、二人に背を向けた。
胸の奥が、ぎゅっと苦しくなる。
レオ様には、婚約者がいる。
王族の男性が、その婚約者と夜を共にしたって、何もおかしくない。
――分かってる。分かってるのに。
肩をすくめ、早足で自室へ向かった。
誰にも見られぬよう、ほんの少し、唇を噛んだ。
部屋に戻ると、アニーが紅茶の香りと共に出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ。」
「ただいま。」
その笑顔を見ると、緊張していた心がほっと和らいだ。
「どうでした? 本日の浄化は。」
「うん……魔物が出て、怖かった。」
思い出しただけで、足がすくみそうになる。
土の中から這い出た、あの不気味な影。
「それで?」
「……レオ様が、聖なる剣で倒してくれて。」
その時の姿が脳裏に浮かぶ。鋭く振り下ろされた剣。私を庇う腕。
そして、血に染まったその手。
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