神託で選ばれたのは聖女の私!? 皇太子の溺愛が止まらない【完結】

日下奈緒

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第4部 芽吹きの奇跡と、宮廷の風 ④

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残された私の胸には、まだ彼の熱が残っていたのに。

――あれは……なんだったのだろう。

静まり返った部屋に、クラリーチェ様の声が落ちる。

「……あなたね。」

私ははっとして彼女を見た。

その目は、笑っていなかった。

「聖女って、男を誘惑する生き物なのかしら?」

ぞくりとする声音。

私は慌てて首を横に振った。

「ううん……違います、私は……そんなつもりは……」

「ふぅん。」

クラリーチェ様は、赤い爪を唇にあてて、首をかしげた。

「でもレオナルトは、あなたに触れようとしていた。ねえ、見間違いかしら?」

私は言葉が出なかった。

違うと言いたい。でも、否定できなかった。

クラリーチェ様は微笑んだ。けれどその笑みは、底知れぬ闇を宿していた。

私は背筋が震えた。

しばらくすると、窓の外に青く揺れる光が見えた。

「……魔女?」

嫌な予感が胸を刺した。

私は急いで外套を羽織り、そっと外へ出た。

光は、日中に私が浄化した泉の方角からだった。

(まさか……あの場所にまた魔力が?)

私は音を立てないよう草の上を踏みしめ、木々の影に身を潜めた。

そこに、青白い魔力の波動に包まれた一人の女の姿が――。

「……クラリーチェ様?」

月明かりの中で、彼女は泉に向かって、まるで呪文を紡ぐように静かに唇を動かしていた。

「マル=ナグ・サエルヴァよ、命の流れを渇かせよ。
大地よ、泉を閉ざせ。
水よ、闇に還れ……。」

(……その名、どこかで……!)

脳裏に浮かんだのは、神殿の図書館で見た、禁断の魔術書。

《マル=ナグ・サエルヴァ》――古代の魔族。
水と命を枯らす、忌まわしき女神。

(……まさか、クラリーチェ様が……!)

泉の水面が見る見るうちに黒く濁り、再び死んだように静まり返った。

私は息を呑んだ。

――これは偶然なんかじゃない。泉が枯れたのは、彼女のせい。

(どうして、こんなことを……!?)

風が吹いた。クラリーチェの銀の髪が揺れ、ゆっくりとこちらを振り返る。

(まずい!気づかれた!?)

心臓が跳ねる。けれどその瞬間、彼女はただ微笑んで、踵を返して去って行った。

……何もなかったかのように。

(あの人は、“聖女”の座を奪うために――)

私はその場に立ち尽くした。

青白い残光だけが、夜の泉に漂っていた。

「どういうこと? 泉は戻ったんじゃないの?」

翌朝、使用人たちのざわめきで目を覚ました私は、急ぎ足で庭に向かった。

泉の前には既に人だかりができており、皆が口々に騒いでいる。

「昨日まであった水が……」

「ほら、青い光が……!」

「エミリア!」
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