白いカーネーション

日下奈緒

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第6章 白い花②

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「自分の為よ。」

大輔の難しい顔を見ながら、また私たちは歩きだした。

お寺までの一本道は、果てしなく続いているように見える。


途中でバイパスに差し掛かった。

歩行者の為の地下道があって、そのトンネルに向かって、坂道を降りた。

途中から空気がひんやりする。

私が子供の頃は、地下道には何もなく、ただ灰色の壁が淡々と続いていたが、今はカラフルな絵が描かれている。

「へえ~。車に乗るようになってから、地下道は通らなくなったけど、楽しいな。」

「うん。あれ?これって、ブレーメンの音楽隊?」

大きな壁に、テーマ別にいろんな絵が描かれている。

その一つ一つ見るのも、楽しかった。

昔は、早くこの地下道を通り抜けたかったけれど、今はあっという間に終わってしまった感じ。

そしてまた道路に戻る為の、昇りの坂道が始まる。

「ふう。きっつい。」

「運動不足ね、私たち。」

はあはあ言いながら、やっと坂道を抜け出した。


坂道を抜けると、5分もしないでお寺に着いた。

「ばあさんのお墓どこ?」

「一番奥よ。」

お寺の中に入っても、坂道は続く。

山を切り崩して作った墓場だから、仕方がない。

「ヒ~。この墓場の階段って、こんなにきつかったっけ?」

大輔は、曲がり角で一旦休憩。

「情けないわね。」

「うるさいな。こっちは両親もじいさんばあさんもピンピンしてるから、この墓場にはあまり来ないんだよ。」

羨ましい奴と思いながら、大輔の休憩を待って、お墓の中をひたすら歩く。

途中、大輔がある事に気づいた。

「なあ、この辺。やたらおまえの苗字、多くない?」

「そりゃあそうよ。ここは本家のお墓だから。」

「本家?何おまえん家、そんな由緒正しい家柄なの?」

「違うわよ。ただ先祖代々、ここにずっと住んでたってだけよ。」


小さい頃、祖父母に連れてこられ、自分達のお墓に辿りつく前に、一つ一つ誰のお墓なのか、教えられてきた。

『芽実。ここがじいさんの兄弟の墓。そこがじいさんのお父さんの墓。そっちはじいさんのおじさんの墓だ。そんで向こうはじいさんの従兄弟の墓だ。』

『いろんな人がいるんだね。』

『んだ。いろんな人がいて、芽実が生まれてきたんだぁ。大人になっても、墓参りはしなくてねえよ。みんな、芽実ば守ってくれてるんだからな。』


そう言っていた祖母。

私は先祖代々のお墓の途中で、立ち止まった。

「芽実、どうした?」

大輔が私の顔を覗き込む。

「ううん。ちょっと、昔の事を思い出しちゃって。」

「そっか。芽実の家は、きちんと毎回墓参りに行ってたからな。ここにも来てたのか?」

「うん。必ず来てた。」

じいさんのお父さんのお墓以外にも、全てに線香をあげていた祖父母。

信心深いというか、親戚を大事にするというか。

「芽実のじいさんは、なんでここに墓を作らなかったの?」

「じいさんは……長男じゃなかったから。」

「分家だったから、本家とは別な場所にって言う気持ちが強かったみたい。おじさんも……お母さんのお兄さんなんだけど、だったらオヤジの墓は、新しい場所にしようって。」

「ふ~ん。」

大輔は、こう言う時だけ私の話を聞いてくれる。

「じいさんとばあさんの墓、もっと奥?」

「うん。」

そしてまた、山の脇を通って、一番奥に出来た新しい墓場に辿りついた。

真ん中の列の、奥から3番目が、祖父母の眠るお墓だった。


買ってきた白いカーネーションを供えて、お墓にあったコップを洗い、途中で買ったお茶を注いだ。

線香に火をつけ、丸ごとお墓にお供えした。

手を合わせると、なんだか少し落ち着いた気もした。


「ばあさん。芽実と一緒に俺も来ちゃって、ごめんね。」

大輔のそのセリフに、思わず笑ってしまう。

「何言ってんのよ。」

「いやだって、なんか誤解したらダメじゃん?」

「誤解?」





「だって白いカーネーションって、死んだお母さんに贈る花だろう?」




「もしかしたら、芽実の結婚相手が俺だって、ばあさん思ってないかな~って、いや別にそう誤解してもらっても……って、うわっ!!」

一人で盛り上がっている大輔を他所に、私の目からは涙が零れる。

「何で、知ってんの?」

「いや、歩いている途中、スマホで検索?みたいな?」

せっかく笑わせてくれようとしているのに、笑えない。

「可笑しいと思う?ばあさんを“おかあさん”だって思う事。」

「可笑しいって言うか、意外かも。」

私は涙を一生懸命拭いた。

「意外?」

「うん。芽実はばあさんの事、嫌っているように見えたし。隣から見てても、あんま仲のいいように見えなかったし。」

それを聞いて、また涙が溢れる。

「そうだよね。私たち仲のいい家族じゃなかったよね。」


周りの親子が、羨ましかった。

どうして私には、あんな家族がいないんだろうって、ずっと考えていた。

祖父母は、私の事をあまり好きではないのだと、思っていた。


「うちのお袋がさ。なかなか実家に帰ってこない芽実の事を、一年に一度でいいから、顔を出せばいいのにって、ばあさんに言ったんだとさ。」


「今朝子さんが?」


「そうしたら、かえってばあさんに言われたって。『帰って来れないのは、それだけ仕事がうまく言ってる証拠だ。』って。『何かあったら、まっ先に帰ってくる。』だってさ。ばあさん、誰よりも芽実のこと、応援してたのかもな。」


私は、その場にしゃがみこんだ。


「私、小さい頃は知らなかったの。なぜばあさん達が、必要以上に私を厳しく育てたのか。嫌われていると思ったの。いらない子供だって、ずっと思ってて……」


大輔は私の背中を、その大きな手で、さすってくれた。


「だからずっと、実家にも帰って来れなかったの。私には帰る場所はないんだって。でも、大人になってわかったの。今の自分があるのは、じいさんやばあさんのおかげなんだって。」

「うんうん。」

「もっと、もっと早く……育ててくれた事に気づけばよかった。もっと早く……渡してあげればよかった。白じゃなくて、赤いカーネーションを……」


いつだったか、一度だけ一輪の赤いカーネーションを渡した時、祖母は見た事もない笑顔を、私に見せてくれた。

その時は、ただその時だけの、笑顔だと思っていた。

どうして、もっとその時の笑顔の意味を、わかろうとしなかったのか。


「じいさんもばあさんも、芽実に自立した大人になってほしくて、厳しい顔を見せていたんだ。芽実は頑張ったよ。」

「本当?」

「本当だよ。いつも実家に顔を出すだけが、親孝行じゃない。いやきっと、親が必要じゃないくらいに、成長する事が、本当の意味で親孝行なんじゃないのか?芽実は今、自分の足でしっかり立っているんだ。お墓の中でじいさんとばあさん、自慢の娘だって微笑んでいるよ。」



ずっと、一人だと思っていた。

誰にも必要とされていないと思っていた。

祖父母の大きな愛情に気づかずに。


「ねえ、大輔。ばあさんは、今日私がここに来たこと、喜んでくれているかな。」

「ああ、きっと喜んでくれているよ。」

その時、サァーッと柔らかい風が吹いた。



END
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感想 5

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みんなの感想(5件)

俺の星ついたらバズるで

文章のわけかたとか参考にさせてもらいます。
とても勉強になりました。
内容も好きです。

解除
俺の星ついたらバズるで

実は「僕ちゃん」です。感想してもらえた縁で日下さんの作品読みに来ました。
この感想無視してください

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2021.07.20 ユーザー名の登録がありません

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