宮花物語

日下奈緒

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第17話 誕生

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信志は、黄杏の手を強く握った。

「まあ、こればかりは、産まれてみなければ、分からぬがのう。」

そして産婆が見守る中、夜中を通して黄杏は、ウトウトと眠ったかと思うと、痛みに唸り、治まったかと思うと、またウトウト眠りだした。

その度に信志は体を起こし、黄杏の腰を摩った。


夜明け頃になり、痛みが襲ってくる感覚が、早くなってくる。

「さあて。そろそろお産みなさるか?」

産婆は王を、黄杏から引き離した。

「ここから王は、外で待っていて貰えるかのう。」

「ここまで来てか?」

信志は、産婆に詰め寄った。

「最後まで、見届ける事はできぬのか?」

「できませぬ。子を産むのは、女の命を懸けた大仕事じゃ。男は、何もできぬが常よ。」

そう言われると、信志は何も言えず、診療所から出ていった。

「さあ、黄杏様。今度痛みがきたら、気張りんさいよ。女人達!布と産湯を用意しておきんさい!」

夜明け近く、診療所はバタバタと、騒ぎ始めた。

夜明け頃、黄杏は唸りに唸った。

痛みに合わせて、お腹に力を入れる。

「もう少し!もう少し!」

産婆も一緒に、唸ってくれる。


黄杏が窓の外を見ると、いつもの夜明けより、明るく感じる。

「光……」

「え?」

産婆が、ちらっと黄杏を見た。

「……光が見えます。」

黄杏がそう呟くと、産婆の手の中に、御子がするりと降りてきた。


「おぎゃああああああ!」

元気になく赤子が産まれた。

「御生まれなさった……」

産婆は、産着に包んだ赤子を、天高く掲げた。

「皇子が御生まれなさった!次代の王の誕生じゃあ!」


産婆のその言葉に、隣の部屋にいた信志は、思わず両手で顔を覆った。

「産まれたか……遂に産まれたか……」

顔を覆った両手の間から、大粒の涙が零れ落ちる。

「おめでとうございます!」

女人達も、屋敷の外で待機していた家臣達も、揃って皇子の誕生に、飛び跳ねる程喜んだ。

その知らせは、他の妃達にも伝えられた。

「ああ、皇子が産まれたのね。」

一報を聞いた白蓮は、信志と同じように、涙を流した。

そして、『跡継ぎは必ず産まれる。』と言い残してくれた、祭壇の老人に、お礼を言い続けた。


次に聞いた青蘭は、静かに夜明けの空を眺めた。

「よかった、黄杏さん。」

青蘭の目に、王に特別想いを寄せる、純真無垢な黄杏の姿が、思い浮かぶ。

「本当によかった。皇子の母が、黄杏さんで。」


次に聞いた紅梅は、産まれたばかりの姫の隣に寝ていた。

「そう、黄杏さんのお子、皇子だったのね。」

「はい。」

女人は、少し嫌な予感がした。

先に皇子を産まれて、嫉妬しているのではないかと。

「よかったわね、明梅。あなたに弟が産まれたわよ。」

紅梅は、赤子に頬を寄せた。

「あなたの弟は、未来の王よ。よく面倒をみてあげてね。」

紅梅の言葉に、女人はほっと、一息をついた。

皇子誕生の知らせは、忠仁の屋敷にも、届けられた。

「ああ!やってくれたか!黄杏様が!」

手を合わせながら忠仁は、朝陽に何度も何度も祈った。

「よかった。黄杏様を連れて来て、よかった。よかった!」


忠仁は、王と一緒に行った、国の外れにあるあの小さな村を思い出した。

たくさんの娘達の中から、王が選んだのは、印象の薄いしかも兄のいる黄杏だった。

可愛らしかったが、なぜこの娘なのかと、疑問に思った程だ。

それでも妃に迎えたいと、王は言い張った。


それはまるで、王の両親を思い出せる。

王の母・雪賢も身分が低い為に、妃候補にはなれなかった。

家臣に降嫁される事が決まっていたが、その相手は忠仁だった。

周囲に決められた結婚。

だが雪賢は、息を飲む程美しい姫だった。

たまには、良い事もあるものだと思っていた時に、王から雪賢を諦めてほしいと頼まれた。

雪賢も又、王を愛していた。


そして産まれたのが、今の王・信志だ。

「……雪賢様。あなたの命を懸けた想いが、今又、実を結びましたぞ。」

忠仁は、涙を拭った。


そしてもう一人、命を懸けた者が、この屋敷には住んでいた。

黄杏の兄、将拓だ。

家族に忠仁から受けた話をし、一家で忠仁の家に、引っ越してきたのだ。


「おはようございます、父上様。」

そう、将拓は忠仁の養子になっていた。

「ああ、将拓。おはよう。喜べ、黄杏様に御子が産まれたぞ。」

「それはよかった。母子共に、健康でございましたか?」

忠仁は、将拓の前に腰を降ろした。

「ああ、元気だ。お妃様も皇子様も。」

「えっ?」

将拓は、目を大きく開いた。

「皇子をお産みなさった。そなたの妹君は。」

その瞬間、将拓の目から、大粒の涙が零れ落ちた。

「ああ……忠仁様、有難うございます。」

「私に礼を言うか。」

「はい。忠仁様がいらっしゃらなかったら、この時を迎える事は、できませんでした。」

忠仁と将拓が、泣きながら抱き合っている頃。

産まれたばかりの皇子を、信志は飽きる事なく眺め続けた。

「可愛いのう……」

まだ生まれたばかりで、肌は赤く、手も小さい。

「そう言えば、明梅が産まれた時よりも、大きいな。皇子だからか。」

何を見ても、信志と黄杏にとっては、至福に感じる。


「名前は決まりましたか?」

黄杏は、信志を見ながら尋ねた。

「ああ。光仁と名付けようと思う。」

「光仁?」

「ああ。仁は、”思いやり”と言う意味もある。光は、そなたが御子を産む時、光が見えると言っただろう?」

黄杏は、信志と顔を合わせた。

「嬉しい……聞いて下さっていたのですね。」

「聞き逃すものか。新しい時代の幕開けを……」

黄杏と信志は、新しく生まれた光仁を交えて、お互いを抱きしめ合った。


その後、皇子の誕生は国中を駆け巡り、もちろん黄杏と将拓の故郷、多宝村にも知らせがやってきた。

「やった、やった!」

黄杏の父は、知らせを聞いて、膝を地面に着き、空を仰いだ。

「黄杏が、皇子を産んだ!あの黄杏が!私達の黄杏が!」

村人も一斉に、皇子誕生を祝った。


「これであんたは、次代の王のお爺様か。」

村人の一人が言った。

「よせよ。孫って言ったって、一生会える訳でもないし。俺は黄杏が無事子を産んだだけで、幸せだ。」

黄杏の父が、照れながら言った。

「本当にそれだけで、いいのかな。」

知らせを持って来た役人が、ニヤニヤしながら聞いた。

「いや、だって、他に何もないでしょうに。」

村人は、少しざわついた。

「喜べ。国母様の産まれ故郷の多宝村には、今後永久的に、税を課す事はないと、王からのお達しだ。」

「本当か!?」

「ああ。ここに王の文書も、きちんとある。」

それを見た村人は、飛び上がる程に喜んだ。



それ以降、この国は



永く続く



幸せな時代が続いた。



End
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