23 / 36
第6部 妃の怒り ③
夜中、ふと目が覚めた。どうしても眠れず、私はそっとベッドを抜け出した。
静まり返った廊下。トイレへ向かう途中、ある部屋の前で立ち止まる。
扉の隙間から、わずかに明かりが漏れていた。
(……カトリーナ妃の部屋?)
と、その時だった。
「来てくれたと思ったら、“あの女を虐めるな”ですって⁉」
カトリーナ妃の怒声が、扉越しに響いた。
私は反射的にその場に身をひそめた。
続く声は、低く、しかし確かにアシュレイのものだった。
「あれは暴力だ! 許されることじゃない!」
アシュレイの怒声に、カトリーナ妃は唇を噛みしめた。その瞳には、怒りと哀しみとが入り混じる。
「……あの女が、そんなに大事なの?」
そう言いながら、カトリーナ妃は自らのナイトウエアの紐を解いた。薄絹が滑り落ち、白い肩が露わになる。
「だったら……側妃だっていいわ。私が正妃だもの。私が、あなたの子供を産めばいいんだもの。」
そのまま、彼女はアシュレイにすがりつくようにして近づき、腕を絡めた。
しかし次の瞬間、アシュレイは彼女の両肩をしっかりと掴んだ。
「……やめろ、カトリーナ。」
「やめない。だって、あなたは私の夫なのよ。私を抱けないはずなんてない!」
「違う。心を通わせた相手がいる。――リリアーナが。」
「そんなの関係ない……!」
涙混じりに叫ぶと、カトリーナ妃はアシュレイをベッドに押し倒そうとした。
けれど、その手を強く振り払われた。
「……やめてくれ。これ以上、自分を貶めるな。」
アシュレイの声は、怒りでも拒絶でもなく、哀しみだった。
「俺はもう、君を抱けない。」
静かなその一言が、まるで刃のようにカトリーナ妃の胸を貫いた。
彼女は崩れるように床に座り込む。
ナイトウエアが肩から滑り落ちたまま、震える唇で呟く。
「どうして……私じゃ、だめなの……?」
アシュレイは、その問いに答えず、そっと彼女に毛布を掛けた。
「君の幸せは、ここにはない。――もう戻れないんだ。」
そして、静かに扉の方へと歩き出した。
まずい。このままじゃ、盗み聞きしていたのがバレてしまう――。
私は音を立てぬようそっと後ずさり、自室へ戻ろうとした。
だが、
「……リリアーナ。」
その低く優しい声に、足が止まった。
「アシュレイ……」
振り返ると、彼はまっすぐに私を見ていた。
そして、一歩、また一歩と近づいてくる。
「眠れないのか?」
「え、ええ……少しだけ……」
アシュレイは私を優しく抱き寄せ、目を伏せる私の唇にそっと自分の唇を重ねた。
「じゃあ……眠れるようにしてあげるよ。」
囁く声は甘くて、どこか意地悪で、でも安心感に満ちている。
「え……?」
「俺に抱かれて、ぐったり疲れて眠ればいい。」
その言葉と同時に、強くぎゅっと抱きしめられる。
背中に回された腕は、まるで決して離さないと誓うかのように力強く。
「リリアーナ……君が誰よりも、大切なんだ。」
胸の奥まで震える声で、彼はそう言って、私を自分の部屋へと連れて行った。
広々とした天蓋付きのベッド。
まるで王の威厳そのもののようで、どこかおとぎ話の中にいるようだった。
「こ、ここって……」
「俺の寝室だ。」
その言葉に胸が高鳴る。ここに招かれた意味を、私は分かっていた。
「でも……私、正妃じゃ……」
「同じようなものだ。」
アシュレイに抱き寄せられ、ナイトウエアが肩から滑り落ちる。肌に触れる彼の指先は熱くて、優しい。
「リリアーナの胸……甘くて、好きだ。」
囁きと共に重ねられる口づけ。愛しさが、静かに、でも確かに火を灯していく。
その夜、私は彼の腕の中で、ただひとりの「愛される女」になった。
静まり返った廊下。トイレへ向かう途中、ある部屋の前で立ち止まる。
扉の隙間から、わずかに明かりが漏れていた。
(……カトリーナ妃の部屋?)
と、その時だった。
「来てくれたと思ったら、“あの女を虐めるな”ですって⁉」
カトリーナ妃の怒声が、扉越しに響いた。
私は反射的にその場に身をひそめた。
続く声は、低く、しかし確かにアシュレイのものだった。
「あれは暴力だ! 許されることじゃない!」
アシュレイの怒声に、カトリーナ妃は唇を噛みしめた。その瞳には、怒りと哀しみとが入り混じる。
「……あの女が、そんなに大事なの?」
そう言いながら、カトリーナ妃は自らのナイトウエアの紐を解いた。薄絹が滑り落ち、白い肩が露わになる。
「だったら……側妃だっていいわ。私が正妃だもの。私が、あなたの子供を産めばいいんだもの。」
そのまま、彼女はアシュレイにすがりつくようにして近づき、腕を絡めた。
しかし次の瞬間、アシュレイは彼女の両肩をしっかりと掴んだ。
「……やめろ、カトリーナ。」
「やめない。だって、あなたは私の夫なのよ。私を抱けないはずなんてない!」
「違う。心を通わせた相手がいる。――リリアーナが。」
「そんなの関係ない……!」
涙混じりに叫ぶと、カトリーナ妃はアシュレイをベッドに押し倒そうとした。
けれど、その手を強く振り払われた。
「……やめてくれ。これ以上、自分を貶めるな。」
アシュレイの声は、怒りでも拒絶でもなく、哀しみだった。
「俺はもう、君を抱けない。」
静かなその一言が、まるで刃のようにカトリーナ妃の胸を貫いた。
彼女は崩れるように床に座り込む。
ナイトウエアが肩から滑り落ちたまま、震える唇で呟く。
「どうして……私じゃ、だめなの……?」
アシュレイは、その問いに答えず、そっと彼女に毛布を掛けた。
「君の幸せは、ここにはない。――もう戻れないんだ。」
そして、静かに扉の方へと歩き出した。
まずい。このままじゃ、盗み聞きしていたのがバレてしまう――。
私は音を立てぬようそっと後ずさり、自室へ戻ろうとした。
だが、
「……リリアーナ。」
その低く優しい声に、足が止まった。
「アシュレイ……」
振り返ると、彼はまっすぐに私を見ていた。
そして、一歩、また一歩と近づいてくる。
「眠れないのか?」
「え、ええ……少しだけ……」
アシュレイは私を優しく抱き寄せ、目を伏せる私の唇にそっと自分の唇を重ねた。
「じゃあ……眠れるようにしてあげるよ。」
囁く声は甘くて、どこか意地悪で、でも安心感に満ちている。
「え……?」
「俺に抱かれて、ぐったり疲れて眠ればいい。」
その言葉と同時に、強くぎゅっと抱きしめられる。
背中に回された腕は、まるで決して離さないと誓うかのように力強く。
「リリアーナ……君が誰よりも、大切なんだ。」
胸の奥まで震える声で、彼はそう言って、私を自分の部屋へと連れて行った。
広々とした天蓋付きのベッド。
まるで王の威厳そのもののようで、どこかおとぎ話の中にいるようだった。
「こ、ここって……」
「俺の寝室だ。」
その言葉に胸が高鳴る。ここに招かれた意味を、私は分かっていた。
「でも……私、正妃じゃ……」
「同じようなものだ。」
アシュレイに抱き寄せられ、ナイトウエアが肩から滑り落ちる。肌に触れる彼の指先は熱くて、優しい。
「リリアーナの胸……甘くて、好きだ。」
囁きと共に重ねられる口づけ。愛しさが、静かに、でも確かに火を灯していく。
その夜、私は彼の腕の中で、ただひとりの「愛される女」になった。
あなたにおすすめの小説
女性執事は公爵に一夜の思い出を希う
石里 唯
恋愛
ある日の深夜、フォンド公爵家で女性でありながら執事を務めるアマリーは、涙を堪えながら10年以上暮らした屋敷から出ていこうとしていた。
けれども、たどり着いた出口には立ち塞がるように佇む人影があった。
それは、アマリーが逃げ出したかった相手、フォンド公爵リチャードその人だった。
本編4話、結婚式編10話です。
秘密を隠した護衛騎士は、お嬢様への溺愛を抑えきれない
はるみさ
恋愛
伯爵家の令嬢であるアメリアは、少し男性が苦手。ゆくゆくはローゼンタール伯爵を継ぐ立場なだけに結婚を考えなければならないが、気持ちは重くなるばかり。このままでは私の代でローゼンタール家が途絶えてしまうかもしれない……。そう落ち込んでいる時、友人に「あなたの護衛のセドリックで試してみればいいじゃない?」と提案される。
男性に慣れるため、セドリックの力を借りることにしたアメリア。やがて二人の距離は徐々に縮まり、セドリックに惹かれていくアメリア。でも、セドリックには秘密があって……
男性が苦手な令嬢と、秘密を隠し持った護衛の秘密の恋物語。
※こちらの作品は来春までの期間限定公開となります。
※毎日4話ずつ更新予定です。
男嫌いな王女と、帰ってきた筆頭魔術師様の『執着的指導』 ~魔道具は大人の玩具じゃありません~
花虎
恋愛
魔術大国カリューノスの現国王の末っ子である第一王女エレノアは、その見た目から妖精姫と呼ばれ、可愛がられていた。
だが、10歳の頃男の家庭教師に誘拐されかけたことをきっかけに大人の男嫌いとなってしまう。そんなエレノアの遊び相手として送り込まれた美少女がいた。……けれどその正体は、兄王子の親友だった。
エレノアは彼を気に入り、嫌がるのもかまわずいたずらまがいにちょっかいをかけていた。けれど、いつの間にか彼はエレノアの前から去り、エレノアも誘拐の恐ろしい記憶を封印すると共に少年を忘れていく。
そんなエレノアの前に、可愛がっていた男の子が八年越しに大人になって再び現れた。
「やっと、あなたに復讐できる」
歪んだ復讐心と執着で魔道具を使ってエレノアに快楽責めを仕掛けてくる美形の宮廷魔術師リアン。
彼の真意は一体どこにあるのか……わからないままエレノアは彼に惹かれていく。
過去の出来事で男嫌いとなり引きこもりになってしまった王女(18)×王女に執着するヤンデレ天才宮廷魔術師(21)のラブコメです。
※ムーンライトノベルにも掲載しております。
抱かれたい騎士No.1と抱かれたく無い騎士No.1に溺愛されてます。どうすればいいでしょうか!?
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ヴァンクリーフ騎士団には見目麗しい抱かれたい男No.1と、絶対零度の鋭い視線を持つ抱かれたく無い男No.1いる。
そんな騎士団の寮の厨房で働くジュリアは何故かその2人のお世話係に任命されてしまう。どうして!?
貧乏男爵令嬢ですが、家の借金返済の為に、頑張って働きますっ!
【完結】私の推しはしなやかな筋肉の美しいイケメンなので、ムキムキマッチョには興味ありません!
かほなみり
恋愛
私の最推し、それは美しく儚げな物語に出てくる王子様のような騎士、イヴァンさま! 幼馴染のライみたいな、ごつくてムキムキで暑苦しい熊みたいな騎士なんか興味ない! 興奮すると早口で推しの魅力について語り出すユイは、今日も騎士団へ行って推しを遠くから観察して満足する。そんなユイが、少しだけ周囲に視線を向けて新しい性癖に目覚めるお話…です?
お買い上げありがとうございます旦那様
キマイラ
恋愛
借金のかたに嫁いだ私。だというのに旦那様は「すまないアデライン、君を愛することはない。いや、正確には恐らく私は君を愛することができない。許してくれ」などと言ってきた。
乙女ゲームのヒロインの姉に転生した女の結婚のお話。
「王太子殿下に魅了をかけてしまいました。大至急助けてください」にチラッと出てきたアデラインが主人公です。単体で読めます。
魚人族のバーに行ってワンナイトラブしたら番いにされて種付けされました
ノルジャン
恋愛
人族のスーシャは人魚のルシュールカを助けたことで仲良くなり、魚人の集うバーへ連れて行ってもらう。そこでルシュールカの幼馴染で鮫魚人のアグーラと出会い、一夜を共にすることになって…。ちょっとオラついたサメ魚人に激しく求められちゃうお話。ムーンライトノベルズにも投稿中。
可愛げのない令嬢は甘やかされ翻弄される
よしゆき
恋愛
両親に可愛がられず、甘え方を知らず、愛嬌のない令嬢に育ったアルマ。彼女には可愛らしく愛嬌のある自分とは正反対の腹違いの妹がいた。
父に決められた婚約者と出会い、彼に惹かれていくものの、可愛げのない自分は彼に相応しくないとアルマは思う。婚約者も、アルマよりも妹のリーゼロッテと結婚したいと望むのではないかと考え、身を引こうとするけれど、そうはならなかった話。