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第3部 見捨てられた令嬢、伯爵邸で咲く
⑥
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午後の陽射しの中、私はゆっくりと庭を散歩していた。
「広い敷地ね。」
何気なく呟くと、後ろからマリーナが答えてくれる。
「お屋敷が小さいので、そう思われるのです。」
彼女の遠慮のない物言いに、少しだけ親近感を覚える。
「花が多いわね。」
「ええ。伯爵夫人――前の伯爵夫人のお好みです。」
マリーナは私についてくるのに必死なようで、私はわざと歩くスピードを緩めた。
そんな時だった。
「やあ、新しい夫人かぁ。」
陽に焼けた顔の中年男性が、手にした剪定ばさみを持ったまま笑いかけてきた。
「クラリスです。宜しく。」
「ロルフ・ヘンダーソンだ。庭師をしている。ロルフと呼んでくれ。」
「分かったわ、ロルフ。」
気さくな笑顔と、手入れの行き届いた庭が、彼の誠実な人柄を物語っていた。
ここでの生活にも、少しずつ馴染める気がしてきた。
「そうだ。この前、敷地の整備をして空いている土地がある。クラリス様の好きな花を植えよう。」
ロルフが少し照れくさそうに言った。
「ありがとう、ロルフ。楽しみにしているわ。」
自分のために何かをしてくれる――それがこんなにも嬉しいものなのだと、私は改めて実感した。
そこからまたしばらく歩いていくと、ふと人の声が聞こえてきた。
声のする方へ目を向けると、数人の使用人たちがバルコニーに集まって、お茶を楽しんでいる様子だった。
敷地のほぼ真ん中にあるその場所は、日当たりも良く、風通しのいい気持ちのよい空間。
だが、驚いたのはそこが使用人たちに使われていることだった。
「バルコニーって……使用人が使っていいの?」
私は思わずマリーナに尋ねた。
「ええ。旦那様が、”いい空間は皆で分け合おう”とおっしゃって、使用人の休憩所として開放されたのです。」
セドリックの優しさと、公正な人柄をまた一つ知ることになった。
そして、侍女の一人が私に気づいた。
「クラリス様……!」
彼女の声に反応して、他の侍女たちも一斉にこちらを振り向いた。
そして、まるでいたずらを見つかった子どもたちのように、慌ててお茶会の茶器を片付け始めた。
「まあまあ、いいのよ。そのままで。」
私はにっこりと微笑んで言い、バルコニーの椅子に腰を下ろした。
「いつもここでお茶会をしているの?」
私の問いかけに、少し戸惑いながらも一人の侍女が答えた。
「はい。伯爵夫人……いえ、前の伯爵夫人が、“ここは良い場所だから、皆で使いなさい”と仰せられて。」
確かに、お母様ならそう言いそうだ。あの方は本当に、心の広い人だから。
「それなら、私も参加してもいいかしら?」
私がそう言うと、侍女たちの顔が一気に明るくなった。
「はい!ぜひぜひ!」
「お茶、淹れ直しますね!」
「お菓子もまだありますから!」
たちまちその場は、嬉しそうな声でにぎやかになった。
どこか緊張していた私の心が、ふっとほどけていくようだった。
「広い敷地ね。」
何気なく呟くと、後ろからマリーナが答えてくれる。
「お屋敷が小さいので、そう思われるのです。」
彼女の遠慮のない物言いに、少しだけ親近感を覚える。
「花が多いわね。」
「ええ。伯爵夫人――前の伯爵夫人のお好みです。」
マリーナは私についてくるのに必死なようで、私はわざと歩くスピードを緩めた。
そんな時だった。
「やあ、新しい夫人かぁ。」
陽に焼けた顔の中年男性が、手にした剪定ばさみを持ったまま笑いかけてきた。
「クラリスです。宜しく。」
「ロルフ・ヘンダーソンだ。庭師をしている。ロルフと呼んでくれ。」
「分かったわ、ロルフ。」
気さくな笑顔と、手入れの行き届いた庭が、彼の誠実な人柄を物語っていた。
ここでの生活にも、少しずつ馴染める気がしてきた。
「そうだ。この前、敷地の整備をして空いている土地がある。クラリス様の好きな花を植えよう。」
ロルフが少し照れくさそうに言った。
「ありがとう、ロルフ。楽しみにしているわ。」
自分のために何かをしてくれる――それがこんなにも嬉しいものなのだと、私は改めて実感した。
そこからまたしばらく歩いていくと、ふと人の声が聞こえてきた。
声のする方へ目を向けると、数人の使用人たちがバルコニーに集まって、お茶を楽しんでいる様子だった。
敷地のほぼ真ん中にあるその場所は、日当たりも良く、風通しのいい気持ちのよい空間。
だが、驚いたのはそこが使用人たちに使われていることだった。
「バルコニーって……使用人が使っていいの?」
私は思わずマリーナに尋ねた。
「ええ。旦那様が、”いい空間は皆で分け合おう”とおっしゃって、使用人の休憩所として開放されたのです。」
セドリックの優しさと、公正な人柄をまた一つ知ることになった。
そして、侍女の一人が私に気づいた。
「クラリス様……!」
彼女の声に反応して、他の侍女たちも一斉にこちらを振り向いた。
そして、まるでいたずらを見つかった子どもたちのように、慌ててお茶会の茶器を片付け始めた。
「まあまあ、いいのよ。そのままで。」
私はにっこりと微笑んで言い、バルコニーの椅子に腰を下ろした。
「いつもここでお茶会をしているの?」
私の問いかけに、少し戸惑いながらも一人の侍女が答えた。
「はい。伯爵夫人……いえ、前の伯爵夫人が、“ここは良い場所だから、皆で使いなさい”と仰せられて。」
確かに、お母様ならそう言いそうだ。あの方は本当に、心の広い人だから。
「それなら、私も参加してもいいかしら?」
私がそう言うと、侍女たちの顔が一気に明るくなった。
「はい!ぜひぜひ!」
「お茶、淹れ直しますね!」
「お菓子もまだありますから!」
たちまちその場は、嬉しそうな声でにぎやかになった。
どこか緊張していた私の心が、ふっとほどけていくようだった。
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