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第10部 ふたりの城と、落ちぶれた家族の末路
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「嬉しいわ。実はね――」私は少し照れながら、部屋の棚を開けた。
そこから取り出したのは、編みかけのスタイ。
まだ糸がぷらりと垂れていて、未完成のままだったけれど、心を込めて編んでいる最中のものだった。
「あなたも編んでいたのね。」
母は驚いたように言った。
「スタイだったら、簡単だと思って……それに、私にもできそうだったから。」
親子って不思議だ。
考えることも、感じることも、こんなにも似ているなんて。
私たちは顔を見合わせ、ふっと笑った。
「よくできてるわ。」
「まだ半分だけどね。」
つい最近まで、私は母との距離を感じていた。
気持ちを素直に伝えられず、手紙にもよそよそしい言葉しか書けなかった。
でも――こうして一緒に手仕事をしながら、穏やかに言葉を交わせる日が来るなんて、まるで夢のようだった。
「また、教えてね。」
「もちろんよ。」
母の優しい声に、私は素直に頷いた。
編み物の針が、時を紡いでくれるような気がした。
「あーあ。お父様も来ればよかったのに。」
私がそう呟くと、母の手がぴくりと止まった。
何かを考えるように、目を伏せている。
「お父様の事だから、産んでから孫を連れて来いって言ってそうね。」
冗談のつもりで言ったのに、母は私をじーっと見つめてきた。
「えっ?」私、何かまずいこと言った?
「クラリス。私とお父様が――離婚したら、あなたはどちらにつく?」
「……離婚⁉」
突然の言葉に、私は椅子から落ちそうになった。
まさか、こんな話をされるなんて。
「ちょ、ちょっと待って。お父様と、何かあったの?」
「ずっと我慢してきたの。でも、あなたが幸せそうな顔を見たら……もう、私も我慢しなくていいんじゃないかって思って。」
母の瞳には、どこか吹っ切れたような決意が宿っていた。
「そんな、大事な話……」
私は動揺を隠せなかった。
自分の親が、離婚を考えていたなんて。
だけど、母の目は真剣だった。
冗談ではない。本気の話なのだと、私にもわかった。
「あの家はもう終わりよ。」
母は、深くため息をついた。
「借金を返せないし。」
「え……お父様の仕事、上手くいってないの?」
私の問いかけに、母はじっと私を見た。
しばらく沈黙した後、ゆっくりと口を開く。
「クラリス、お父様の仕事。どこまで知っているの?」
「いえ……全く知らないけれど。」
私は正直に答えた。実際、父が働いている姿なんて一度も見たことがない。
けれど、家にお金があって、私を育ててくれて、立派な家もあったから、何かしら仕事をしているのだとは、信じていた。
「……あなたが嫁いでから、家計は火の車だったわ。商いに失敗して、借金を重ねたの。私も何度も止めたけど……。」
母は膝に置いた手をぎゅっと握りしめた。
「それでも、あなたには何も知らせたくなかった。お父様なりの、意地だったのよ。」
私の胸が締めつけられた。
父の沈黙も、母の我慢も、すべて私の幸せを壊さないためだったのだ。
気づかなかった。いや、見ようとしなかったのかもしれない。
そこから取り出したのは、編みかけのスタイ。
まだ糸がぷらりと垂れていて、未完成のままだったけれど、心を込めて編んでいる最中のものだった。
「あなたも編んでいたのね。」
母は驚いたように言った。
「スタイだったら、簡単だと思って……それに、私にもできそうだったから。」
親子って不思議だ。
考えることも、感じることも、こんなにも似ているなんて。
私たちは顔を見合わせ、ふっと笑った。
「よくできてるわ。」
「まだ半分だけどね。」
つい最近まで、私は母との距離を感じていた。
気持ちを素直に伝えられず、手紙にもよそよそしい言葉しか書けなかった。
でも――こうして一緒に手仕事をしながら、穏やかに言葉を交わせる日が来るなんて、まるで夢のようだった。
「また、教えてね。」
「もちろんよ。」
母の優しい声に、私は素直に頷いた。
編み物の針が、時を紡いでくれるような気がした。
「あーあ。お父様も来ればよかったのに。」
私がそう呟くと、母の手がぴくりと止まった。
何かを考えるように、目を伏せている。
「お父様の事だから、産んでから孫を連れて来いって言ってそうね。」
冗談のつもりで言ったのに、母は私をじーっと見つめてきた。
「えっ?」私、何かまずいこと言った?
「クラリス。私とお父様が――離婚したら、あなたはどちらにつく?」
「……離婚⁉」
突然の言葉に、私は椅子から落ちそうになった。
まさか、こんな話をされるなんて。
「ちょ、ちょっと待って。お父様と、何かあったの?」
「ずっと我慢してきたの。でも、あなたが幸せそうな顔を見たら……もう、私も我慢しなくていいんじゃないかって思って。」
母の瞳には、どこか吹っ切れたような決意が宿っていた。
「そんな、大事な話……」
私は動揺を隠せなかった。
自分の親が、離婚を考えていたなんて。
だけど、母の目は真剣だった。
冗談ではない。本気の話なのだと、私にもわかった。
「あの家はもう終わりよ。」
母は、深くため息をついた。
「借金を返せないし。」
「え……お父様の仕事、上手くいってないの?」
私の問いかけに、母はじっと私を見た。
しばらく沈黙した後、ゆっくりと口を開く。
「クラリス、お父様の仕事。どこまで知っているの?」
「いえ……全く知らないけれど。」
私は正直に答えた。実際、父が働いている姿なんて一度も見たことがない。
けれど、家にお金があって、私を育ててくれて、立派な家もあったから、何かしら仕事をしているのだとは、信じていた。
「……あなたが嫁いでから、家計は火の車だったわ。商いに失敗して、借金を重ねたの。私も何度も止めたけど……。」
母は膝に置いた手をぎゅっと握りしめた。
「それでも、あなたには何も知らせたくなかった。お父様なりの、意地だったのよ。」
私の胸が締めつけられた。
父の沈黙も、母の我慢も、すべて私の幸せを壊さないためだったのだ。
気づかなかった。いや、見ようとしなかったのかもしれない。
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