上 下
14 / 26
第6章 夫婦になるには

しおりを挟む
家に帰って来て、私は寝室に向かった。

クローゼットを開けると、数日前に引っ越したばかりの洋服やカバンが、所狭しと並んでいる。

「うっ……うっ……」

泣きながら、トランクに数日分の洋服を入れた。


「奥様、お帰りなさいませ。」

林さんの声に、手が止まる。

「どこかに、お出かけですか?」

こう言う事に気づくのは、早い。

いや、他の事もか。


「林さん、私もうダメ。」

「何がです?」

冷静に返されると、私も冷静になってくる。

「五貴さん、浮気してたの。」

「浮気?旦那様に限って、そのような事は、ありません。」

「じゃあ、不倫!」

私は立ち上がって、林さんの方を振り返った。

林さんは、全く驚いていない。

「不倫であったとしても、何かの間違いです。」

自信たっぷりに言う林さんに、だんだん腹が立ってきた。

「私は、この耳で聞いたのよ?」

「奥様。」

林さんは、私を真っすぐ見つめる。

「旦那様を、信じられないのですか?」

胸がズキッとした。

きっと信じているんだ。

ずっと側にいたから、浮気とか不倫とか、そんな事をするような人じゃないって。


でも、私には……

信じられる材料が、ない。


「何がそのように、奥様を追い詰めたのかは分かりませんが、直接旦那様に、お伺いしてみては?」

「はあ?浮気してるでしょって?」

驚き過ぎて、さっきまでの涙が引っ込んだ。

「夫婦の間では、よくある話ではないですか。さあ。」

さあって、いつの間に持って来たのか、私のスマートフォンを林さんは差し出した。

でも、手が震える。


もし電話して、出たのが内本さんだったら?

『ごめん。』とか言われて、謝られたら?


それこそ私、立ち直れない。


「駄目。電話できない。」

体を震わせながら、私は床にしゃがみ込んだ。

「では、失礼致します。」

林さんは、家の受話器を持って、どこかに電話し始めた。

「ああ、旦那様。お忙しいところ、申し訳ありません。実は、急用でして。」


えええっっ!!!!

林さん、五貴さんに電話してるのおおおおお!!


「はい。率直に申し上げますと、奥様が旦那様の浮気を、疑っておられます。」

「は、林さああああん!!」

頭を抱えると、林さんが受話器を見つめた。

「旦那様に、お電話を切られました。」

「どうしてええええ!」


私は、両手を床に着いた。

林さんの行動にも驚くが、なぜ五貴さん、電話を代って弁解してくれないの?

そんな価値もない妻なの?

やっぱり、騙せると思ったから?


「……林さん。私、しばらくここを出る。」

「畏まりました。それで、どちらへ?」

「どちらへって、実家……」

そう言って私は、ハッとした。


結婚する事になって、両親へ連絡したら、電話の奥から万歳が聞こえてきた。

『あんた、よく玉の輿に乗ったわね。でかしたわ。やっぱり私の娘よ。』

『ははは……』

私の娘と言うところが、疑問だったが。

そして、こうも言われた。

『いい?浮気や家に帰って来ないとかで、離婚しちゃだめよ。実家に帰ってくるのもダメ。、男は基本遊んでる生き物なんだから、そんな事で騒いで、社長夫人の椅子を手放したらダメよ!』


私は両手どころか、額を床に着けた。

そんな事言われたら、実家に帰れないじゃん。

と言うか、お母さん。

この展開を、予測してたの?


「そうだ!前の部屋の契約が、残っていたはず!」

私は、顔を上げた。

「前のお部屋の契約は、終了しております。」

林さんの無常な一言が、部屋に響き渡った。

「そうだ!新しい部屋を借りればいいのよ!」

私は急いで、クローゼットの中にある、自分の通帳を開いた。

残高10万円。

そうだ。


結婚前のニート生活で、ほとんど貯金を使い果たしてしまったんだ。

「あああっ!私は、どこに行けばいいの!?」

「いっそ、諦めたらいかがでしょうか。」

林さんの冷静な一言に、だんだん慣れてきている事が、不思議だ。


そうだ。

どうせ五貴さんは、家にいないんだ。

このまま優雅に、ここで暮らしてもいいじゃない。

私が、立ち上がった時だ。

玄関の開く音がした。


「つむぎ!」

「い、五貴さん!?」

急に顔を出した五貴さんに、林さんは驚きもせずに挨拶をする。

「旦那様、お帰りなさいませ。」

そしてまたまた驚く事に、林さんはその後、廊下の奥に消えてしまった。

残されたのは、息を切らした五貴さんと、突然の五貴さんの登場に、驚いている私だけ。

「つむぎ!う、浮気してるなんて、誤解だよ!」

「ウソ!だって、私この耳で、聞いたもの!」

「何を聞いたの?」

五貴さんは優しく、私の肩を掴んだ。

私は涙を浮かべて、五貴さんを見た。

「……内本さんが、私達の関係を知らないでしょう?って、言ってるのを聞いたのよ。」

すると五貴さんは、私を抱き寄せた。

「やっぱり、あの時だったか。」

五貴さんの抱きしめる力が、強くなる。

「あの後、君を追ったけれど、聞く耳を持ってくれなかった。当たり前だね。俺がそうさせたんだ。」

優しい声が、私の耳に届く。

「内本君とは……以前に、付き合っていた事があるんだ。」

「えっ!」


まさかの、元カノ!?


「俺もいろいろあって、精神的に疲れていたんだと思う。誰か、支えてくれる人が欲しくて……そんな時に、玲亜……内本君が、側にいてくれたんだ。」

内本さんが元カノだった事よりも、そんな大変な時期があったなんて。

私の方がつらくなってきた。

「でも内本君は、俺の側にいたかった訳じゃなくて、俺の後ろにある金の側にいたかったんだ。」

その辛そうに話をする五貴さんを、私は抱きしめた。

「すぐ別れを切り出したんだけど、時々ああやって、昔の関係を迫るんだよ。でも俺は、それにはのっていない。俺には、つむぎだけなんだ。」

私は、何度も頷いた。

「信じてくれるね。」

「うん。」

そう言うと五貴さんと、久し振りにキスをした。

なんだか、恋人同士だった時のキスとは、違うみたい。


「そうだ。お腹空いたでしょう?今、食事を……」

「ああ、その必要はない。」

そう言うと五貴さんは、玄関に向かって歩き出した。

「いいね、そう言う事だから。俺がつむぎ以外の女に、行く訳ないんだから。そこをしっかり理解してくれなきゃ、困るよ。」

「はあ……」


なんだろう。

気持ちは近づいた気がしたのに、体は離れて行く。


「じゃ。」

靴を履いた五貴さんは、外に出ると玄関のドアを閉めた。

しばらくして、車が走り去って行く音がする。

「ええええええええ!」

私は頭を抱え込みながら、膝をついた。

「普通、このタイミングで外に出て行く?」

信じられない目の前に行動に、わなわなと、体が震えてくる。


そんな時、廊下に隠れていた林さんが、姿を現した。

「帰って来て下さって、よかったですね。奥様。」

「よくない!」

私は床を、思い切り叩いた。

「では奥様は、旦那様があの話を、電話ですればよかったとお思いですか?」

「それじゃあ、仲直りもしないでしょ。」

「では、何が不満で?」

林さんは、首を横に傾げた。

「だから、普通仲直りした途端、また外に出て行く?」

「問題が解決なさったのですから、よろしいかと。」

「そう言う問題なの!?」


私は腹が立って、ソファに飛び込むように座った。

「どうして、私と一緒にいてくれないの!?これじゃあ、結婚した意味ないじゃん!」

辺りがシーンと静かになる。

「やはり、旦那様と一度話し合ってみては、如何でしょうか。」

林さんの冷静な助言にも、腹が立ってくる。

「お二人は、あまりにも早くご結婚されました。お互いを知る時間が、なかったのでしょう。」

「だから、新婚の時には一緒にいて、お互いを知るんじゃない!」


それなのに、全く一緒にいないなんて。


「私ではなく、旦那様に仰って下さい。週末には、帰ってくるでしょうから。」

林さんの言う通りだ。

私達は、週末婚。

何もかも、この週末から始まるのだ。

「そうだね。五貴さんの言う通りに、そのまま週末婚を受け入れちゃったけれど、どうして週末婚なのか、とことん聞いてやるわ。」

「その通りです、奥様。」


そして私は林さんが用意してくれた夕食を、お酒で酔いながら食べた。

「何が週末婚よ!いい大人が、毎晩毎晩、遊んでるんじゃないわよ!」

「奥様、少し飲み過ぎなのでは……」

そうやって、夜は更けて行った。

結婚して、最初の週末。

朝起きたら、五貴さんはリビングでくつろいでいた。

「おはよう、つむぎ。」

コーヒーを飲みながら、優雅に新聞を読んでいる。

「おはよう、五貴さん……」


普段通りに、ソファに座っているけれど、五貴さんは久しぶりの我が家。

朝から問い詰めるのも何だし、私はそのまま、五貴さんの横に座った。


「いつ、帰って来たの?」

「深夜だよ。つむぎは寝ていたから、気づかなかったでしょ。」

「えっ……」

やばい。

わずか五日間の事なのに、五貴さんがいない夜に慣れ初めている。

私、一人でベッド、占領していなかったかな。


「そうだ。朝ご飯、もう食べた?」

「食べてない。」

「じゃあ、一緒に食べよう。」

私が立ち上がると、テーブルには食事の用意がされていなかった。

「あれ?林さん、珍しく寝坊?」

「いや、林だったらもう、家に帰ったよ。」

私は、ゆっくりと振り返った。
しおりを挟む
1 / 3

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

幼馴染みが皇帝になった件

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:178

宮花物語

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:31

メイドを妊娠させた夫

恋愛 / 完結 24h.ポイント:9,854pt お気に入り:252

婚約破棄は裏切らない~後は慰謝料~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:10

言いたいことは、それだけかしら?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:72,162pt お気に入り:1,425

【完結】27王女様の護衛は、私の彼だった。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,143pt お気に入り:1,938

処理中です...