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第10話 週末婚再び!?

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久しぶりに熱い夜を過ごした翌朝。

目が覚めたら、隣に五貴さんの姿はなかった。

「あれ?五貴さん?」

起き上がってベッドから出て見ると、朝陽の中、ソファの側から外を眺めていた。

その立ち姿が、あまりにも綺麗で、私は思わずはぁっとため息をついてしまった。


「ああ。おはよう、つむぎ。」

振り返った後も、腕の筋肉が盛り上がっていて、本当に私の旦那様なんだろうかと思ってしまう。

そんな事を考えると、いつの間にか私の顔も、赤くなっていた。

「どうした?そんなに頬を赤くして。」

五貴さんはいたずらに、私に近づいて来て、後ろから私を抱きしめてくれた。

「もしかして、昨日の夜の事、思い出したの?」

耳元で聞こえる、低くて甘い声。

昨日の夜の事もそうだけど、五貴さんの声だけで、また体がジンジン熱くなってくる。

「ほら、また体が火照ってる。」

どうやら五貴さんは、私の体の事、何でも知っているらしい。

それから出勤前だと言うのに、朝から愛し合ってしまって、会社には二人共、遅刻ギリギリになってしまった。


「何やってるんですか?夫婦そろって。イヤらしい。」

内本さんは、私達の事を白い眼で見ていた。

「はははっ。」

笑っていたのは五貴さんだけで、私は軽く笑えない。

と言うのも、朝から五貴さんが激しすぎて、腰が痛くなってしまったからだ。


「会議の資料、集めてきます。」

どうにか内本さんから逃れようと、資料集めに来たけれど、エレベーターの中で、腰を伸ばしたりマッサージをする始末。

ああ、五貴さんにこの責任を取ってほしい!

そんな時に限って、会いたくない人にも会っちゃうし。

「おはよう、つむぎちゃん!」

なぜ、こんなにもうちの会社、ううん、五貴さんに会いに来るのか。

言わずと知れた、益城さんにまた、エレベーターで遭遇してしまった。

「なんか、つむぎちゃん。若いのに、腰悪いの?」

「えっ!!あっ、いや。特には。」

「ああ、そうか!分かった。」

突然の大きな声に、私の体がビクつく。

「さては、五貴との夜の生活が、激しかったのかな。」

ニヤニヤしながら、こっちを見る益城さんに、それこそいやらしさを感じる。

「益城さん、それ、セクハラですよ。」

「ええ?そう?って、まさか本当だったんじゃ。」

私が否定しないでいると、益城さんは途端に、エレベーターの中でしゃがみ込んでしまった。

「えっ?益城さん?」

「……そうだよね。夫婦なんだもんね。そう言う事、するよね。」

どうしてなのか、酷く落ち込んでいる益城さんに、声を掛けようか掛けまいか迷っていると、エレベーターは1階に着いてしまった。

「あの……私、会議の資料、集めに行くので。」

「うん。行ってらっしゃい。」

益城さんは、下を向きながら、手を振っていた。


「何なんだろう。あの気性の上下は。」

人に会えば、ついていけないくらいに、ハイテンションになったり、私が五貴さんと激しいHをしていると分かれば、救いようのないくらいに落ち込んだり。

傍から見てれば面白いんだろうけど、これが知り合いだと思うと、面倒になる。


「部長、資料集めに来ました。」

「はい、これ。」

相変わらず、1階の部長は提出が早い。

これが、内本さんだと猫声で、『まだ見直してないんだよなぁ。』と言うから、困ったものだ。

2階の部長は、反対に嫌がらせと思えるくらいに、時間をかけて見直しをしてくる。

「すみません、まだですか?」

「君、部長を急かせるとは何事かね?間違っていたら、誰のせいになると思うんだ。」

と言うけれど、この前の文章の間違い、知らずに編集したら、私のせいにされたんだよね。

言っている事とやっている事が、違う!


こんな状況を、交互に繰り返しながら、資料集めは最上階まである。

最後はもちろん、五貴さんからの資料なんだけど、ある時とない時がある。

「つむぎ。今日は、会議資料にこれを入れて。」

「はい。」

今日はありのパターン。

それぞれの資料をPCに読み込んで、会議資料を作る。


そんな時、尿意をもよおした。

「あー!こんな時に!」

もう少しで資料全部読み込めるって言うのに。

「どうしたの?」

内本さんが、腕を組みながらやってきた。

「それが、トイレに行きたくなって……」

「行ってきなさいよ。膀胱炎にでもなったら、どうするの?」

「……はい。」

内本さんの好意に甘えて(?)、私は資料の読み込みの途中に、会議室を出た。


「あっ!つむぎちゃん!」

「すみません!お手洗い!」

いつの間にか元気になった、益城さんをすり抜けて私は、トイレに駆け込んだ。

「はぁ……」

スッキリして仕事場に戻って来た私は、椅子に座って、仕事を再開しようとした。

「あれ?」

一番上に置いてあった、五貴さんから手渡された資料が、無くなっていた。

「下にでも落ちたのかな。」

私は椅子を避けて、デスクの下を隈なく探した。

「……ない。」

資料どころか、紙一枚すら落ちていない。


私は怒られる事覚悟で、内本さんに聞いてみた。

「内本さん。ここにあった資料、知りませんか?」

「ええ?」

内本さんが、デスクの側に来てくれた。

「……一枚無くなっているんです。」

「えっ!」

内本さんも驚いている。

「何の資料?」

「それが、社長に渡された資料で……」

「あちゃ~。」

内本さんは、額を手で覆った。


「社長はそう言うの、一番嫌がるのよ。」

私は一瞬、息が止まった。

「社長が会議に資料を出すって言う事は、今後の展開を思いついた時なんだけど、それが何にもメモっていないのよ。だから、資料が無くなったら……」

同じ資料は、二度と作れない?

私は、血の気が引いた。

「床に落ちてないの?」

「さっき見たんですが、紙一枚、落ちていないくて。」

私と内本さんは、もう一度デスクの下を、かがんで見た。

「本当だわ。」

内本さんは、手を振り払うと、資料の束を一枚一枚確認するようにめくった。


「他の資料の中に紛れ込んでいないかと思ったけれど、ないわ。」

デスクの上に資料を置いた内本さんは、顔を両手で覆った。

「どうしよう。」

本気で困っている内本さんを見るのは、初めてだった。


私こそ、どうしよう。

こんなに内本さんを困らせて。

それよりも、五貴さんの書類、どうすればいいんだろう。


「……社長に正直に言って、もう一度作って貰うしかないわね。」

私の背中が、ゾクッとした。

「私は、社長室の中を探してみるわ。あなたは、社長にもう一度資料を作って貰うように、お願いして。」

「で、でもっ!」

上手くいくんだろうか。

会議まで、あと1時間切ってるのに!

「もしかしたら、奥さんのあなたが言えば、やってくれるかもしれないでしょ!」

「は、はい!」

「頑張って!」

内本さんに励まされ、私は給湯室にいる、五貴さんの元へそっと近づいた。

事情を知らない五貴さんは、のん気に歯を磨いている。

会議の前には、必ず気分転換だって言って、やっているのだ。


「あの……五貴さん。」

一旦、口の中のモノを吐き出した五貴さんは、キョトンとこっちを見ている。

「どうしたの?つむぎ。」

その優しさが、私の体を震えあがらせる。

「さっき貰った、会議の資料なんだけど……」

「うん。」


ああ、この空気が嵐の前の静けさに感じられて、仕方がない。


「ごめんなさい!トイレに行っている間に、無くしてしまったみたいで!」

私は額が、膝に付く程に体を曲げて謝った。

「はあ?」

案の定、五貴さんからは、今まで聞いた事のないようなテンションの答えが。

「無くした?えっ、無くした?」

「本当に、ごめんなさい!!」

体を元に戻して、私はもう一度謝った。


でも五貴さんは何も言わずに、口をゆすいでいる。

「あの……五貴さん?」

私はゆっくりと、顔を上げた。

「えらい事をしてくれたな、つむぎ。」

「えっ……」

自分の頭から、血がサーッと引いて行くのが、分かった。

「あれは、2週間後の新作を売り出す時の企画なんだよ。次の会議じゃ、間に合わないの!」

「は、はい!」

「今から作るったって、1時間も切ってるのに、間に合うか!」

「ごめんさい、すみません、申し訳ありません!」

口元をタオルで拭いて、五貴さんは自分の椅子に座った。


「五貴……」

「話しかけんな!」

「は、はい!」

私に叫んだ五貴さんは、一枚の紙に、何かを殴り書きしていた。

きっと、さっきの資料を、思い出しながら書いているんだ。


やらかしてしまった。

もう、泣きたい。
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