マイクスタンド

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 1


 冷めきったメシをレンジでチンする。
 まずい。
 涙が込み上げてくる。
 泣くな、あんな人間の為に泣くな。
 泣きながら俺はご飯を食べた。

 俺の名前は早川拓未。
 自分の飯は適当に自分で作る。

 自作のメシは不味かった。

 友達の家に行った時は美味くて
 母の愛を当たり前だと思っている
 ヤツが心底羨ましかった。



 俺は、愛されることを望む術を知らない。どうでもいいけど。





「なんでやねん!やめさせて貰うわ!」

 ドッと視聴者の笑う声。
 俺は、何気なく付いていたTVをぼんやり      と見つめていた。
 何が面白くて、何で人がこんなに 
 笑ってるんだろう。

 ま、関係無いけど。

 くわっとアクビをした。






 ◇        ◇






 絶対に親を見返してやる。
 俺は鬼のようにバイトをしまくった。
 お金を貯めるんだ。

 その金で専門学校に行く。

 その先のことは、ぼんやりとしか
 考えてないけど。




 女にはもてたけど、俺には愛という
 感情が無くて、何も無くて
 だからひたすらバイトをした。
 勉強もした。


 いつも虚しいと感じていた。



 だけど、よく分からなかった。
 そんなもんだろ。




 キーンコーンカーンコーン…
 始業を告げるチャイムが鳴り、
 背中をいきなり叩かれる。




「おはよう!今日もいい天気だねぇ!」

「痛いし、ビビるしやめろ」





 クラス委員の中川あづみが威勢良く声をかけてきた。
 何でこの人、人の心のエリアとか考えないんだろ。
 でもクラスメイトなので、話をしない
 訳にもいかない。

「あー、なんか晴れ続くんじゃねーの?」





「ところでさ、みんなで旅行行かない?
 計画あるんだけど」

「バイト忙しいし、無理に決まってんだろ」

「またさ~そんなつれないこと言って~
 ほんとは優しいくせに。わたし知ってるんだから、捨て犬にエサやってること」



 いつ見てたんだ、こいつ。




「可哀相だから仕方なくやってるに
 決まってんだろ。さっさと席戻れよ
 。いつも苦手だって言ってんの、分かんない?」

「まぁそう思われてんのは仕方ないね」


 へれっと中川は笑った。

 だる、
 めんどくさ。
 適当なとこで話を切り
 それぞれが席に着いた。




 休み時間、友人の市井タモツが俺の
 席の近くにいた。
 すぐこっちに気付きにこっと
 笑った。
 なんとなくホッとして、自然と笑みが
 こぼれた。


 はよー。タモツといつものように挨拶をする。
 すると出し抜けにこう切り出した。




「そーいや両親の離婚の話は進んだのか?」

「知らない。あいつらもう、赤の他人だと思ってるから」

 タモツは悲しい顔で俺を見る。

「ごめん、俺何もしてやれなくて」

「いや、普通に嬉しいけど?いい友達持っ       てよかったと思ってるけど?」

「そっか。お前いい奴なのにさ、何でだろうな」




 タモツと一端別れる。
 表情が曇る。
 あいつらと別れた時、空は
 怖いくらい赤かったっけ。

 同じ血が流れているのを感じて
 正直気持ち悪いと思った。

 どうでもいい、けど。





 ◇          ◇






「ホームルームで取り上げたいテーマが         あります。テーマは 愛 について。皆さんが感じる 愛 を教えてください」

中川が張り切った様子で仕切っている。
知るかそんなん。 
心底どうでもいい。



「早川君?」

「すいませーん難しすぎて、俺の頭では分かりません」

ふるな、俺に。
無神経にも程があるわ。





「いつかきっと分かる日が来るよ」

にこっと笑う。 
マジ苦手。
こいつ、何なの。
人の心のエリアにずかずか入ってきて。

そんなもん、俺に分かる訳ねえだろ。

「中途半端に希望ちらつかせんな!俺に関わるなっていつも言ってんだろ!」

本気で怒った俺に
肩をうなだれ、小さく中川は言った。

「ごめん、だってわたし…」

ぎろっと睨むと、中川は
後ろを向きチョークで黙々とHRの中身の何もないテーマ必死で考えながら描き続けている。

教室は俺の怒号にシーンと静まり返っていた。

嫌いだ。
嫌いだ。

「愛については宿題にします。各自、考えておいてください」

結局中川は投げ出したようだ。
少し傷ついたような顔をしていた。



俺は話しかけにくそうにしているタモツに会釈をし、教室を出た。

家に着いた途端何とも言えない虚無感に心底疲れ、身体を布団に投げ出した。




少し冷静になった俺は、携帯を取り出し
適当にいじり始めた。

愛、ねぇ。

そんなんマジメに考えるヤツいるんだろうか。

中川の傷ついたような顔が目の前をちらつく。
ちっ!女ってめんどくせえな。
仕方ない。
宿題だし、一応やるか。 

タモツにLINE電話しよ。

「うーん…俺も考えたんだけど、親が子に与えるものじゃない?」

少し気を使った様子でタモツは答える。
まぁ気も使うよな何となくごめん。

「分かった、ありがとな」

こんな状況でも見捨てないでいてくれるなんて…。
俺は涙ぐむ。

「きついよな…」

「何も考えなくていいよ。マジ感謝してる」

一瞬気まずい沈黙が訪れる。
その時だ。
タモツは何度も咳払いを繰り返すした。
ん?
何だ?
何かあるのか?



 
「ところでさ、俺お笑い好きなんだけど漫才やらない?」

一瞬目が点になり思い切り俺は声を発していた。
「はーーー!?あほかーーー!!」

何度も頭の中で、「あほかー」の声がこだまして聞こえた。

それが俺の『芸人人生』への怒涛の幕開けだった。



   
◇        ◇









俺達2人は、場所を喫茶店に移し、
話を続けた。
何でこんなことに。

「いや、俺お笑い興味ねーし、面白くねーから。つかバラエティ番組で笑ったことすらねーんだけど、大丈夫か?お前?」

気をどうにかして取り戻した俺は、割と冷静に断っていた。
どうしようアホと友達になってしまった。



「そもそも何で俺?」




「楽しいからに決まってんだろ。絶対楽しーから。お前毎日つまんねーだろ?だからさ、変えんだよ」

顔を上気させ、タモツは続けた。

「漫才ってすげーんだぜ、マイク1本で
みんなを幸せな気持ちに出来るんだぜ。だからさ、特訓すんだよ。
いつか絶対、『お笑いイッポン』にでるんだよ」


俺は正直、白目を剥いて呆れ果てていた。


『お笑いイッポン』とは、年に1回夏にある賞レースで、漫才1本で、売れるか売れないか決まるか酷な番組だ。
俺ですら知っている日本でポピュラーな番組だ。
競争率は5000倍って聞いたことある。

タモツは、にやにやとこちらを見て笑っている。

どうしようアホっていうか
ヤバイヤツだ。
こんなのに付き合ってられるか。

「なんか良く分からんけど、すげー競争率なんだろ?いきなり何で、ドシロウトの俺を。何を企んでいる?」

「いや、かなり真剣に誘ってるけど?」

タモツは目を見て、視線を逸らそうとしない。

「お笑いには、大まかにわけてボケとツッコミがある。まぁこれくらい、お前にも分かるよな。俺がツッコミやるから、お前にはポケをやってほしい」

ひーきついよー、かなり具体的に考えてある。マジで本気だよ、こいつー。

「あと、それと漫才とコント。今のお笑いは大まかに考えてこの2つに分かれてる。
コントはショートストーリーで笑いを取る。金と手間がかかるし、漫才にロマンを感じてるから俺は漫才1本で行くと決めてる。漫才はマイク1本で、基本喋りだけで笑いを取る。」

「はぁ、そうすか」

知っとるわそんくらい。
バカにすんな。

「なぁ、どきどきすんだろ?」
「別に、しねぇ」

その後、ケーサツで取り調べを受けて
黙秘貫いてる気持ちだった。
返せ、時間。そしてカツ丼くらい出せ。

いやいやながらコンビを組むことになってしまった。
お笑いねぇ、まぁやってみるか。
泣く泣くだった。
こいつだってすぐ俺にはお笑いには
向かんことに気付くだろう。

コンビ名は『しゅ~と』に決まった。

だっせ。
売れない、売れない。










お笑いのLIVEを見に出かけた。
何となく。
付き合いで仕方なくだ。
一組の芸人が目に止まった。

自分のついてなさの自虐ネタで
笑いを取っている。
あ、こーゆーのもありか。

適当にネタ考えて合わせるか。






怒られた。

「だからさ、出尽くされてんの、自虐ネタは、お前やる気あんのかよ」

「じゃあお前ネタ考えろよ。何で俺に書かせんだよ」

「ハートが無いお前が敢えて難しいことに挑戦することで、笑いを作るんだよ。ぜったいに成功するから」

ハートねぇ、まぁ無いし。

知ってたけど。

この俺に笑いとか求められてもなぁ…
ずっと困惑していた。

来る日も来る日も
学業とバイトの合間を縫って
DVDを見まくった。

こうなりゃ、ヤケだ。

笑わせるってなんだ。
ハートがねぇのに
ウケる笑いってなんだ。

何回もノートにウケそうな
ネタを考え、何度となく
タモツにボツを食らうその連続
だった。

あーもうウザイ、こいつ嫌い。

オーディションを受けては、
落ちまくる日々が続いた。




俺の人生設計は確実に狂い始めていた。










あるオーディション会場でのことだった。
笑いがようやく起こったのだ。

でもホントにチラホラで、ツッコミ担当のタモツが巧妙にアドリブを加える、その成果によるものだった。

あれ?
なんだコレ?
ふつふつと湧き上がる感情が
自分を支配した。




『嫉妬』だ。





悔しい、凄く悔しい。
俺だって笑わせたい。

お笑いなんてどうでもいい筈なのに。

真っ赤に熱せられた鉄のように
俺の心は燃えていた。




絶対コイツよりうけてやる。





結局やつに付き合って
養成所に行くことになった。





◇       ◇






親はようやく、離婚成立したらしい。
親権とかで揉めてたけど、その時の
俺には心底どうでも良かった。

それより、絶対に人を笑わせたかった。
俺達は、無い金と知恵を振り絞り
単独ライブをするようになっていた。



だが当然赤字だった。
もやし炒めが食えれば上等の日が
続いた。



何度やっても
笑いが起こらない。
本当に悔しかった。
俺は躍起になり勉強した。




頭を叩かれすぎ、ネタの考えすぎで
俺はアホになりそうだった。

絶対にタモツの方が面白いのに
わざわざ俺にネタを書かせる。

そのことで、
何度も喧嘩になった。

だけどタモツは男のくせにすぐに泣く。




泣かれるとどうにもできない俺は
まぁ、べつにいいよ、それで。と
その場を食い下がるしかなかった。




意味のわからない悔しさで
俺は泣きながらネタを書いた。


オーディション、受けては落ちの
繰り返し。
そんなある日のことだった。
 
「あのさ…もしよかったらなんだけど、
わたし漫才見てみたい」

中川がもじもじと電話口で、言いにくそうに切り出した。

例のホームルーム事件から口を聞いていなかった俺らはぎくしゃくした雰囲気の
中ようやく言葉を交わした。




「勝手にしたら」




俺は気まずい気持ちもあり
つっけんどんに答えた。

俺は思いつきヤケクソで、
オーディション会場で中川をネタにした
ネタを披露した。

正直自分でも何故か分からないが
その時は突然訪れた。

どかすかうけたのだ。

空間が虹色に見えたのだ。

笑い声で頭がどんどん覚醒していく。
なんだこの感じ。
凄い気持ちいい。




なんだろう、この気持ちよさはなんだろう。
お笑いに取り憑かれた瞬間だった。








◇        ◇








『お笑いニューウエーブ』と、称する
そのオーディションは、1次選考を通過
したが、2次で落選した。
残った人でオーディション会場はざわついていた。

まあ、そんな甘いもんじゃないよな。




そもそも俺ら しゅうと は、どうやって
養成所受かったんだろ。
この話をするとタモツは決まって言い放つ。「そんなもん、俺が書いたネタが良かったからに決まってんだろ」




しれっと奴は言い放った。





ホントに何考えているのか分からなかった。
確かに言っていることは的を得ているが
何かがズレている。







でもそれは心底悔しいので、俺は言わないことにした。
でもまぁいい奴なんだよないつも。

絶対バスではお年寄りに席譲る。
盲目の盲導犬連れた人に
「なんかできることないですか」と、問いかける。
率先して、金もないのにチャリティー募金にコインを投じる。






俺はここまでお人好しの人間っていたのかと呆れて見ている。

「だってさ、いいことは全部返ってくるっていうじゃねーか」

やっぱりただの変な奴だな。
でも、俺が女だったら付き合わない。
ただの、真ん中分け坊ちゃん刈りの
デブだからだ。





ま、ガリガリ眼鏡七三オカッパ頭の
俺に言われたくないか。




「それよりさ、次の授業の課題なんだけど…」




俺は気持ちを切り替えてお笑いに
打ち込むようになった。
なんだあのうけたときの快感。

そしてうけなかった時の涙が出てくる
程の屈辱感。

絶対、絶対
面白いネタを書いてやる。




愛だとか、ハートだとかは
さっぱり分からなかったけど
ひたすらネタを作り続けた。






そんな中、笑いに燃える俺に

水を差すような出来事が起こった。


ある日のことだった。
養成所の授業が終わった後での
出来事だ。

靴を履いているとき背中に冷たい視線を感じ、振り返ると2つの黒い影が俺を見下ろしていた。

「あのさ、俺等今度お前らが落ちたオーディション、3次まで行ったから」




にやにやしながら、そいつらは
話しかけてきた。
何回かオーディション会場で
見かけた。
確か、 うさぎなか という
コンビだっただろうか。
野尻岳と、半沢京介という
コンビで
将来を有望視されていた。



「だからなんだよ」
声を荒げた。
バカにした顔つきでそいつらは
言った。
「お前らさ、なんか暗いネタ多くねえ?
そもそも何でお前みたいなヤツが
お笑いやってんの?」





反射的に俺は拳を野沢の顔に
突き出していた。
だがタモツが全身で俺を抑え込み
後ろにぶっ飛んでいた。

畜生殴らせろ。
バカにしやがって。

にやにや笑って野沢と、半沢は俺を見ていた。
この業界では珍しくないが、こいつらは
二重人格だった。

上の人間にはゴマをすり、下の人間は見下す。



「そーやって見てられんの、今のうちだけだからな!」

俺は親指を下に激しく突き出しながら言った。飛んだ拍子に床の上に座り込んだままの状態でいる。隣のタモツもぜいぜい息をしながらずっと2人を睨んでいた。




「まー負け犬は今のうち鳴いとけば?」




嫌味な笑みを浮かべながらそいつらは
去っていった。

「何で止めた?」

「俺だって、心底むかついてるよ!でもここでキレて問題にでもなってみろ!」

タモツの言葉に、ただ納得するしかなかった。
あまりの悔しさに俺とタモツは
そいつのことをひとしきりののしり
絶対ビッグになると
心に誓いあった。







その日は久しぶりに、バイトも何も無い日だった。
ネタを考えたいが、何度も自分ボツを繰り返し、改めてラーメン屋に向かうことにした。

一人で久々に頭をカラにし、ラーメンをすすっていた時だった。

ふと中川の顔が浮かんだ。

そういや、1回ライブに来てくれたのに結局インスタのメール無視したまんまだった。
あれ?
何であいつの顔が浮かぶんだろ。



ホント、苦手なのに。




勝手に手渡された連絡先、なんとなく
かけてみる。



プループルー…
3回コールで繋がった。

「よ、よぉ?元気?」

ちょっとビクつきながら俺は話す。

「どうしたの?いきなり、びっくりするじゃん」

風呂上がりだったのか、ドライヤーをかけている。

「いや、別に何となく…かけたんだけど、券余りまくってて?あの、単独ライブの…別に2枚やらなくもないけど?」




鼻を人差し指と中指でこすりながら、ぼそぼそ言った。

俺、何やってんだ。

「えー!?くれるのー!?嬉しい!
単独ライブやってるなんて初めて知ったよ!今度から毎回見に行っていい?
なんかわたしをバカにしたネタがうけたんでしょ?嬉しかったからさ」

何故か後ろめたさと嬉しさで
胸の中が熱くなった。

喜んで貰えるなんて思わなかった。
何故か顔が火照って熱い。
今、俺変な顔してんだろうな。




「てかさ、チケ代払うからさ!
頑張ってよね!」

照れまくる俺がいた。

「いや、いーよー!やるからチケット1枚くらい!」

「いいんだって、わたしファン1号だもん。ごめんね、近くの公園で秘密特訓してたの見たことあって。隠れファンなんだ!」

うわ、へんなとこ見られてた。
はっず!
結局中川の情熱に押されっぱなしのまま
俺は電話を切ることになった。




そっか、こいつお笑い相当好きなんだな。
知らなかった。
なんだ、それならそうと、早く言ってくれればいいのに。



少し勇気が湧いてきた。
俺等みたいな芸人を応援してくれる
人がいる。
あんなくだらんヤツら相手にすることない。



またやられた。
奴らだ。

教室の棚に置いていたジャージが
無くなっていた。
仕方なく相方のを借りることにする。
仕方なくタモツのを借りることにする。

落ち込んでいたがだんだん開き直りが
出てきた。
結局ゴミ箱からそいつは出てきた。

「ふ…ふふ…ふ…」

俺はわなわな震えながら、洗濯機に
それをかけた。

バカにしたい奴らにはさせて
おけばいいんだ。
今に見てろよ。




◇          ◇






そのうち養成所で、すっからかんの遊園地でネタをやるという訳の分からん授業があった。

何故か俺等は漫才師なのに、コントをやるはめになった。

しみじみ思う。
この世界訳分からん。




折れそうな時、中川がやっているインスタを覗いた。
なんか安らぐ瞬間だった。

ひたすらに家族に作ったご飯の
動画がアップされている。



ホントに優しいだけなんだな。

色々誤解あって
なんか苦手だと思ってごめん。
ピシャリとカーテンを閉めると
電気を消した。










落語研究会のヤツの落語を見に行くことになった。
タモツの友達が落研にいたのだ。
絶対何か盗んでやる。
そんな想いで、俺は着座した。

どこで笑いがおきて、みんなどんなタイミングで笑うのか。
あの、扇子やハンカチはどういう風に
使うのか。

あの独特の間は何なのか。

色々ネタ帳に書き出してみた。





タモツに相談する。

気付くと深夜0時までファミレスにいた。

「だからさ、こういう風にした方が絶対オチが生きるって」

俺はいつになく張り切っていた。

ファン第一号を名乗る中川がオーディションの度、見に来てくれるからだ。

「似たようなネタやったろ。また落とされるぞ」

「でも敢えて時代に逆行する訳よ」
と、俺。

「うん、まあ確かにそういうのもありかもな。でもさ、こことここは絶対に客冷めてくるでしょ?」

「それが分かったら俺らとっくに成功してるって」

「だってさ俺達『激烈!お笑いイッポン』で優勝すんだろ?」



タモツからほとばしる熱さを感じた。




「絶対プロになろうぜ、俺ら。いつか絶対現チャンピョンを超えてやる!」

「よっしゃっ!」

俺等は絵に描いたみたいなベタな
ハイタッチをした。

その時ふいに俺は気付いた。

毎日が、充実してること。
苦しいけど、立ち塞がる壁は
あるけど、夢があるってこんなに
素晴らしいものだったなんて。




笑いってすげー。
ホントに奥が深い。

つきつめないと
いけない。




俺は心に強く誓った。















いよいよ養成所卒業試験を迎えた。

これで全てが決まってしまう。

何度も何度も、授業の
一貫として、金にならない
営業行かされたり
ネタをいくつも書いていた。





本当に青春の全てを
お笑いに注いだ。
ボロカス言われて、ヤジ飛ばされて
悔しくて、涙が出る夜もあった。

でも、笑いの波は少しずつだが
起こるようになった。

段々人は滑稽で惨めで
そこが可愛くて、面白い。
人、そのものが笑いである。
そこに辿り着くことができた。



ドキドキしながらステージに
立った。
ちゃんと漫才はやったのか。
笑い声にかき消されて
時々、自分の居場所が分からなく
なった。


「2人とも、卒業おめでとう!」

鬼教官から頭をはたかれるという
手洗い祝福を受けた。

良かった、卒業試験パスしたんだ。

俺等は茫然自失状態だった。




頭が冴えていて全然眠れなくて、
ファミレスで、ジュースとささやかな
ご馳走を頼み、卒業仲間と
朝までお笑いのことを語り合った。




◇           ◇





それから俺等 しゅうと は、
芸人としての道をスタートした訳だが
当たり前だが、簡単には売れたりしない。

地元TV局から食レポのオファーが来て、まともな仕事に、2人感激で酒を飲んだほどだ。





そんなある日のことだ。





「なんか最近ネタの方向性変わったよな~」

タモツがぽつんと言った。
コンビニにて、おやつを買いに
行こうということになり、レジで
順番待ちをしていた時だった。



「前暗かったけどさ、最近なんかさ
トゲがあったのに丸くなってきたよな。いい意味で」

『多分お前が、俺を変えたんだよ』

一瞬浮かんだけど、言葉にするのは気恥ずかしく俺は一言言った。

「ふーん」

「お前さ、全然自覚ないの?」

「は?何のこと?」

「中川あづみさんのこと」

「あーファンのね、優しいよね」

タモツは呆れた表情を浮かべた。

「お前さ、マジで恋愛する気ねーだろ。
マジでお笑い以外興味ねーだろ」




痛いところを突かれる。
見ないふりをしていたところを覗かれそうになって、慌てて話題を変えた。

「ところでさ、たまにはパーッと遊ばねぇ?」

「いーねぇ、早速Xで知り合った子デートに誘おっか?お前に会いたいやつわんさかいるぜ~?」

「悪いけど無理」

「あれ~何が無理なんですか?」


にやにやしながらタモツは言った。
こいつ、マジで性格わるっ!
知ってはいるけど。
すっとぼけさせてくれ。
マジでお笑いでいっぱいいっぱいだから。


「余計なお世話かもだけどさ、ホントに大切にしてやれよ。何年待たせてんのよ。そりゃーお互いそうだけど、お笑いは人生をかえてくれたものかもしれないけど」


「あーもうくどくどとうっせぇ!
こんな長い時間いるのに、今更女として見れるか!」

コンビニを出た直後だった。
ふいに背後に気配を感じた。
振り返ると中川が立っていた。

涙を浮かべてこっちを見ていた。

ヤバイ今の聞かれた?

「ちょっと待っ…」




首をぶんぶん横に降ると中川は
逃げ出した。
ヤバイ、どうしたら…

カサッ…

ポケットから何かが落ちた。
それはお守りだった。




養成所卒業の時、渡してくれた
ものだった。

『頑張ってね』
中川が微笑って言ってくれたのを
思い出した。
とん!
強く推された。
タモツだった。




「追いかけてやれ!」

「………!!」



我を忘れて俺は駆け出していた。

強くお守りを握りしめる。
居てもたってもいられなくて
俺は乱暴に靴を履いて走り出した。




どこにいる。




家に戻ったのかも。

家ってどこだよ。
全然アイツのこと知らない。

「中川~っ!中川~っ!!」

とにかく探し回った。
公園、遊園地、空き地。



心配でたまらなかった。




しまった。 
傷つけてしまった。
こんな時間に何やってんだろ。
でもきっと、あいつは泣いている。

ほっておくことはできない。




2丁目の公園であいつを見掛けた。

「あづみ!」

びくっと振り返ると中川は恐る恐るこっちを見つめた。
涙でぐしゃぐしゃだった。

「やっといた…」

呆然と呟いた。

「何よ!わたしのこと、女として見てないんでしょ!もーほっといて!」




中川はさらに逃げようとした。
逃がすか!

とっさに俺は強く中川を抱き締めた。



熱を帯びた中川の身体は少し震えて
いるようだった。

「好きだよ、中川」

中川はふっと身体の力を緩めた。
そして抱きしめ返した。

「遅すぎるよ…バカ」

中川は駄々をこねるように顔を俺のパーカーに押しつけたまま言った。

「これから俺はきっと、芸人の世界で夢を叶える。お金も無いし、何もしてやれないかもしれない。付いてきてくれるか?」

「うん…」


中川の涙を拭うと
そっとキスをした。






それから3年が経った。
相も変わらすタモツと俺は
お笑いの舞台にたち続けていた。


お笑いイッポンの決勝Aブロック第一回戦。
しゅうと はマイクの前に立っていた。


ここから全てが始まる。





武者震いを感じながら
ステージの上に立った。

絶対に
俺達は負けない!

白い照明に包まれ俺達
しゅうと は舞台に上がった。






終わり。






















































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