株式会社ヘキセイ・小スカ編~スーツに残る水の跡~

森崎こはん

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仕事

 お菓子を食べ終えると、次の目的地まで車を走らせる。雨は上がっているものの、道路の轍には水が溜まっていた。

「ジメジメしますね…」

トウジはハンドルを握りながら、ワイシャツの胸元でパタパタと扇ぐ。

「濡れた物を積み込ませて悪かったな。」

腕を組んで助手席に座る紺野が少しだけ頬を紅潮させ、トウジを睨む。

「いや、そういう意味では…」

トウジは苦笑いを返す。意識すればするほど、車内の匂いが気になる。雨の蒸すような匂いの中に紺野の失態を想起させる鼻を突く臭いが混ざる。

「あー、えっと…どっちから先に回ります?」

トウジは煩悩を振り払うように、仕事の話題を切り出す。

「海辺店と浜辺店?どっちも近いしなぁ……浜辺店からにしようかな。」

紺野は顎に手を当て考えていた。先月に海辺店で受けたセクハラ紛いの事を気にしているのか、海辺店を後回しにしたいのだろう。

「了解です!」
「了解って目下の者に使う言葉だからね。」

紺野はトウジをチラッとみてニッと笑う。先月にトウジが紺野の言葉の訂正をしたのをまだ根に持っていたのだろう。

(ねちっこい…けど、そんなことまで覚えててくれてたのかな?)

トウジは紺野の意地の悪さも愛おしく思った。



 残り二つの目的地の内の一つに到着する。こんな寂れた商店街でもシャッターが上がっている数少ない店だ。

「こんにちは!ヘキセイの橙です!」
「はいどうぞ、待っとりましたよ。」

会計カウンターに座る、人の良さそうな高齢の婦人がにこやかに笑う。売場の隅にあるテーブルセットに二人は案内された。

「あなた方、お茶でも飲んでいきなされま。最近は蒸し暑いですから、熱中症が危ないってテレビで言ってましたし。」

レトロなガラスコップ三つにに麦茶が注がれる。

「お気遣いありがとうございます。」

紺野はにこやかに返事をすると、コップに口を付ける。

「橙、こういうのは飲んでおけ。営業の基本だ。」
「あ、いただきます。」

紺野に耳打ちされたトウジは麦茶を半分くらい飲んだ。

「こんな辺鄙な所まで来てくださって助かるわ。他の仕入先さんは来てなんかくださらないもの。」
「ウチの商品をよりたくさんの方に広めたいと思っていますので。店長様にもこうして、私たちのお話を聞いていただけて、大変ありがたいと思っております。」

紺野は少し前に我慢の末に下半身を濡らしていたとは思えないくらい堂々と、取引先の婦人と話す。紺野の話の聞き方が上手いのか、婦人は楽しそうにお喋りをする。麦茶が殆ど無くなった頃、気を良くした婦人に、橙は紺野と考えた商品プレゼンを披露する。

「そうね、ぜひその通りに商品を置いてもらいましょうか。」
「ありがとうございます。」
「あなた方が私だけでなく、この商店街のために考えてくださったのでしょう?信用するわ。」

紺野と橙は取引先の婦人に最大の感謝を告げて、店を出た。

 営業車に乗ると、橙は興奮気味に紺野に話し掛ける。

「やりましたね、紺野先輩!そこそこ大きな案件が取れましたよ!」
「お前が頑張ってプレゼン作ったからだろ。」
「内容考えたのは紺野先輩ですし、浜辺店の店長と上手く交渉したのは紺野先輩ですよ!だから、やっぱり紺野先輩の手柄です!」
「オレが交渉できたのは橙、お前のお陰だろ。」
「じゃあ、紺野先輩と自分の、二人の手柄ですね!」

橙は満面の笑みで紺野の手を取る。紺野は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐににっこりと笑って、橙の手を握り返した。



 最後の目的地に到着する。紺野は眉間に皺を寄せて自身の膝に視線を落としていた。

「紺野先輩。大丈夫ですよ。自分が付いてますから!」

トウジは紺野の肩に手を置き、歯を見せて笑う。紺野は顔を上げ、トウジを見る。固い表情からは不安が見て取れる。

「仕事だ、行こう。」
「紺野先輩。」

車から降りようとした紺野の腕を掴む。

「自分を信じてください。そして、相手は人間です。いざとなれば投げ飛ばしましょう?オレが責任とりますから。」

紺野は振り向くと、穏やかな顔で笑う。

「責任を取るのは上司の仕事だろ。ホント、どっちが先輩かわからなくなる。」

二人は車を降りて、店舗に入る。

「こんにちは。株式会社ヘキセイです。」

紺野は店舗内のカウンターへ行くと、名乗らずに挨拶をした。

「ほう、待ってましたよ。さ、どうぞ。」

以前と同じ小太りの店長。店の奥の事務所に通されて、応接セットに座らされる。

「店長さま。前回は無礼を働き申し訳ございませんでした。」

トウジは立って頭を下げる。紺野も店長も驚きの表情でトウジに視線を集める。

「やはり、ウチの商品の魅力が伝わらなかったから、紺野に尋ねようとしたんですよね?」

無理がある理論だが、それで押し通す。仕入れがなければこの店も経営が出来ない。こちらも売上が上がらない。落とし所はそこにある。

「あ、ああ、まあ。」

店長は煮え切らない返事をする。

「ですので、最近の新商品のプレゼンを作って来ました!」

トウジは満面の笑みで200枚近くある新商品のプレゼン資料を店長に渡す。店長の口元がひきつる。鼻を明かされたこの顔が見たかった。

「えっと…多いね…」
「はい!一生懸命作りましたので。順番に説明しましょうか、私が。」

店長も引いているが、それ以上に紺野が引いていた。口は閉じているものの、目を見開き、固まっている。

「あ、いや。読んでおくよ。ウチにはどれを置けばいいんだい?」

店長の顔には『早く帰れ』と書いてあるようだった。トウジが簡単に説明すると、二つ返事で商品を置いてくれることになった。

 営業車に戻ると、トウジは運転席の紺野に笑いかける。

「大丈夫でしたね!」

紺野は呆れた顔をしていた。

「あんなの脅しだろ。」
「先に脅したのは向こうですよ?」
「後でクレームが来るだろ…」

紺野が頭を抱える。トウジは紺野の肩を叩いて励まそうとした。

「来ませんよ。向こうも罪悪感があったみたいですし。」
「そう…か…」
「もし、クレームが来ても、オレのせいですから。紺野先輩は大丈夫ですよ!」

トウジの満面の笑みを見て、紺野は困ったように笑う。

「そうだな。だが、お前も自分を大切にしろよ。」
「こんなのは所詮、お仕事ですから。」



 店から会社までの道路を紺野が運転する。

「これ、会社着いたら定時過ぎますね。疲れたので、車替えたら帰りましょう?」

トウジは助手席で腕を伸ばし、首を回す。

「それもそうだな。」
「あ、紺野先輩、送って行きましょうか?紺野先輩もお疲れですよね。」
「うーん…今日くらいお願いしようかな?なんか、疲れた。」
「荷物もありますし。水分で重くなってるでしょうから。」
「それはオレに対するイヤミか?」

紺野はトウジをチラッと見る。

「いえ、あまり他の人に知られたく無いって思ってるでしょうから。」
「まあまあ正解かな。出来れば何度も思い出したく無いんだけど。」

紺野は前を向いたまま、唇を噛んでいた。



 会社に着いて、退勤の支度を終えると、トウジの車に二人で乗り込んだ。

「橙、なかなかいい車乗ってるな。」

ボロボロの軽自動車を前に、引き笑いの紺野がトウジを褒める。

「へへ、そうですかね?今、助手席座れるようにしますね。」
「後部座席でもいいぞ…」
「後ろは…もっと止めておいた方がいいです。」

トウジは助手席の荷物を後部座席に投げ捨てた。

「よくこれで、オレを誘えたな…」
「いやー、なんにも考えて無かったです。」

紺野を助手席に案内すると、トウジは運転席に乗り込む。紺野の家の場所を確認し、駐車場から出発した。

「紺野先輩って車持ってないんですか?」
「持ってる。通勤には向かないだけで。」
「どっか出掛ける用ですか?」
「マニュアル車だから趣味の車。出掛けるっていうより、ひたすらドライブしてる。」
「へえ。楽しそうですね。今度、自分も連れていってくださいよ。」
「休日に?仕事じゃないのにオレに付き合うのか?」

紺野が目をぱちくりさせているのが、見なくても分かる。

「え?オレは紺野先輩と仲良くなりたいのに。紺野先輩は嫌でしたか?」
「いや、嫌じゃない。…そうか、仲良く…ね。オレも橙と仲良くなれたらいいな、なんて…」

チラッと紺野の顔を見ると、俯いたまま、はにかんでいた。



 紺野のアパートに着き、路上に駐車する。助手席から紺野が降りると、トウジは少し寂しく感じた。

(先輩と一緒に話すの楽しかったなぁ…。このまま帰しちゃうのちょっと寂しいなぁ…。)

トウジは車を降りて、アパートに向かう紺野の背を叩いた。

「紺野先輩!」
「わっ!」

紺野の身体が想像以上に跳ねる。トウジがいつまでも振り向かない紺野の顔を覗くと、唇を噛んで涙目になっていた。

「紺野先輩?」
「話し掛けるな…」

一歩も動かない紺野の下半身を見ると、黒のスーツで目立たないものの、足の付け根だけ光を反射していた。

「えっと…びっくりしてチビったってことですか…?」
「最悪だ。一日で二回とか…」
「まだセーフですよ。その辺で用を足したらどうですか?」

紺野から覇気の無い睨みを受けとる。

「走って帰る。」
「少し出たの止めるのキツくないですか?」
「ホントに黙ってて。」

亀のよりも遅い歩みをトウジはじっと見つめる。車を降りたときはあんなに澄ました顔をしていたのに。泣きそうな苦しそうな、必死に尿道に圧をかける紺野をトウジは息を飲んで見守る。

「紺野先輩…」

紺野はアパート敷地内のグレーチングの上にしゃがむ。部屋まで持たないと判断したのか、ベルトを外していた。トウジは紺野に駆け寄る。

「来るなよ。橙、最低だな。」
「一人だと恥ずかしいかなって思いまして。」

しゃがんで用を足す紺野は、人々の往来がこんなにも近いのに、腰から太ももまでの白い肌を露出して、性器を下向きに押し付けていた。少し間に合わなかったのか、下着に真っ直ぐに水の跡が付いていた。

「見られる方が恥ずかしいんだけど。」
「オレがいなかったら、他の人に見られてると思うんですよ。」
「だからってこっち向く?」
「道路側見てたら不審者じゃないですか。」

紺野は真っ赤になって俯く。薄暗い中でも紺野の放出物は街灯を反射してまっすぐに地面に向けられていた。

「自分も飲み会の帰りとか、側溝とかにお世話になったので、恥ずかしくないですよ。」
「お前は言ってて恥ずかしくないのか?そして話し掛けるな。」
「ここで無言になったら、音、響きますよ?」
「やっぱりお前、人を脅すの上手いな。」
「いつも相手の目線に立って物事を考えてるだけです。」

紺野が悔しそうに唇を噛む。少しの無言時間に水の音が響く。側溝には雨水が流れており、ザーっと流れる音がする。その隙間に隠れるように水に空気が混じるゴボゴボと音が鳴る。

「今日、雨で良かったですね。水が流れてるのでバレませんよ。」
「お前はこういうの平気なタイプか…」
「気にしないタイプではありますが、紺野先輩の恥ずかしい姿が他の人に見られるのが嫌なんです。」

全てを出しきった紺野が衣服を、整えて立ち上がる。

「見られたくないって、オレの事を気遣ってるのか?」
「ええ、まあ。そういうことです。自分だけなら、まだ傷が浅いかなって。」

トウジは本心とは少し違う綺麗事を紺野に告げる。

「へえ…まあ…うん。また、明日会社で。」

紺野はトウジから懸命に顔を逸らす。

「はい。では。また。」

トウジは短く返事をすると、自分の車へ戻った。紺野がトウジの後ろ姿に手を振っていることに気が付きもしないまま。
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