株式会社ヘキセイ・小スカ編~スーツに残る水の跡~

森崎こはん

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幕間2(紺野視点)

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 紺野と橙の家で昼食を終えると、紺野の期待通り何事も無く解散した。そして、そのまま再び月曜日が来る。

「紺野先輩、おはようございます!」

いつも通り、橙が後から出社して、目の覚めるような挨拶をしてくる。

「ん、橙、おはよう。」

いつも通り、軽く挨拶を返す。

「あ、紺野さん。これ、確認いいですか?」
「はい。どうしましたか?」

紺野は同じ部署の他人に話しかけられた。舐められないように、キリッとした顔で、きちんとした丁寧語で、隙の無いような対応をする。この手の男社会は、誰か一人にでも舐められたら終わりだ。学生時代のコミュニティで嫌という程見てきた。

「ん?どうした?」

同僚の対応が終わり、振り向くと橙と目が合う。

「いえ、シャキっとしてたなぁと思って。」
「お前の前でもシャキっとしてたら、疲れる。」

自分の醜態を晒しても対応が変わらない橙に、紺野は『信頼』を寄せていた。


 一通りのメールを確認すると、二人は予定を確認した。

「ということで、今週は発注業務がメインだな。この前回った店舗から沢山発注が上がってるし。」
「そうですね。これをクリア出来れば、売上トップも目指せそうですね!」
「あんな成績悪かったのに、オレたち頑張ったな!」

紺野は嬉しそうに笑い、拳を突き出す。橙はそれに対応するように拳を合わせる。

「デスクワーク苦手ですけど、今週末の宅飲みを楽しみに頑張りますね!」
「おう!」

紺野と橙はカタカタと集中して仕事をし始めた。


 しばらくすると、紺野は橙の肩を叩く。

「なんですか?」
「いきたい」

紺野が少し恥じらいながら、橙だけに聞こえるような小さな声で呟く。

「え、あ…はい。どうぞ。」

橙はぎこちなく許可を下す。

(トイレ行く宣言するのは死ぬ程恥ずかしいな。でも、橙のあのどぎまぎしてる感じは好き。かわいい。もっと困らせたい。)

「いや、別に会社の中で宣言しなくても…」
「…慣れておいた方が良いかと思って。」

困ったように眉を下げている橙を見て、紺野は自責の念に駆られる。

(先輩なのに余計な事で困らせてはダメだ。自分の欲望のために他人を振り回してはいけないな。)

紺野はスッと席を立つ。自分の中に芽生えた邪な想いを罰しながら、部屋を出た。



 部屋に戻ると、橙と彼の同期が椅子を寄せあってコソコソと話していた。

(いいなぁ。橙と仲良さそう。きっとあいつはオレの知らない橙を知ってるんだろうな。)

いつの間にか芽生えた嫉妬心に紺野は押し潰されそうになった。会話を止めるよりもその会話を聞きたくて、わざと少し離れた場所から、何か作業をする振りをして聞き耳を立てる。

「なあ、紺野さんと付き合ったん?」
「え?ちょっと、なんで?」

突拍子も無い質問に橙は咳き込んでいた。

「なんか至近距離でこちょこちょやってんじゃん。付き合ってなかったら、なに?ヤった?」

その後輩はいやらしくニヤニヤしていた。交際関係に無いにも関わらず、肉体関係を当然の如くあるだろうと仮定するその発想に、紺野は軽蔑の念を抱いた。自分が男性の中では少数派であることを認識してはいるが、目の前で言われるとやはり嫌悪感がある。

「お前と一緒にするなって!むしろ、ヤるのと正反対の方向へ進んだわ!」
「親友ポジション?」
「そんな感じ。信頼が重い…。」

橙は遠くの方を見つめていた。自分が勝手に橙を信頼していただけかと、紺野は裏切られた気持ちになった。

(そうだよな。橙からは『仲良くなりたい』としか言われてないもんな。信頼されたいなんて一言も…)

「それも辛いな。お前って男イケるクチだったん?初耳。」

後輩の言葉で風向きが変わる。橙が男性との交際が可能なら、信頼とは別の感情も持つことが許される。紺野は年甲斐もなく期待に胸を踊らせた。

「お前の聞き方が悪い。なんで付き合う前提の質問なんだよ。」
「スマン。調子に乗って変な方向に持っていった。」
「分かったなら、よし。」

彼らは再びパソコンに向き直ったが、紺野は崖から突き落とされたような気分になった。

(そりゃそうだよな。男同士だしな。オレの指向に巻き込んだらダメだよな。一瞬でも期待したオレがバカだった。)



 帰り道、紺野は酒屋で、今週末に橙に薦める酒を見繕っていた。

(ビールとハイボールしか飲まない奴だから…発泡系のやつが良さそうかな?でも、これは人生で一度飲んでおくべき…)

酒瓶を次々とカゴに入れる。

「お会計、3万8500円になります。」
「クレジットカードでお願いします。」

当初の予算を大幅に超えて、大量に酒を買ってしまった。

(この歳になって、宅飲みではしゃぐとか…。まあ、でも、楽しみだし。)

出費の痛さと引き換えに、紺野は上機嫌で家路につく。平日の夕方は多種多様な人々が行き交っている。

(オレが女だったら、橙は迷わず付き合ってたのかな?『相棒』以上の関係になっても良かったのかな?)

すれ違いざまの男女カップルを見て、紺野はふと思い出す。

(男同士だしな。『相棒』が精々だよな。向こうはオレを恋愛対象として見てる訳無いもんな。分かってたけどさ。)

自室戻り、勢いで買ってしまった大量の酒瓶を片付ける。

「浮かれるな。前みたいに騙されるぞ。」

学生時代に肉体関係だけを求められた苦い経験を思い出し、洗面台の鏡に映る紺野自身を睨み、自身に警告を与えた。
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