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クビ(紺野視点)
会社から帰り、翌日また会社へ行く。いつもなら特に何の感情も無く仕事をしていた。だが、その日の紺野は少し焦っていた。
(一人で担当してたときより、売上ペースが悪い。橙にデスクワーク任せてる分、オレが売上伸ばさないと…。)
いつもより少し早く来た紺野は懸命に資料を作る。
(まだ橙が外出禁止で良かった…。あれ以上、橙の思う通りに醜態を晒さなくて済むし…。でも、居ないと寂しい…。)
紺野は自身の矛盾に苦しみながら、キーボードを打ち込む。
(仕事だけを信頼してるだけだし。別に個人的になんか…何も思って無いし。)
キーボードの手を止めて、資料の全体を見渡す。
(土曜日のやつ…あそこまで怒らなくても良かったな…。あの後、橙にぎゅってしてもらえてたら…。いや、トイレの妨害はダメだろ。どう考えても。)
紺野は資料を印刷する。印刷機の前でぼーっと出てくる紙を見ていた。
(でもなぁ、橙に見られてたら『恥ずかしい』とはちょっと違う感じがするんだよなぁ…。ダメだ。絶対に引かれる。『相棒』から『恋人』になったとしても引かれる。もう、なれないだろうけど。)
印刷が終わると、紺野は資料をホッチキスで留める。
(せめて、引き返せる抜け道でも作っておけば良かったかな?拒絶した本人がこんなに苦しいなんて…バカみたい。言った手前、引き返せないけど。)
資料が出来上がった頃に、橙が出社してくる。
「おはようございます!紺野先輩。」
橙はいつもと変わらぬ笑顔で挨拶をしてくる。橙はどんな気持ちで、以前と変わらぬ挨拶をしてくるのだろう。このまま「土曜日の事は許すし、ヨリを戻したい。なんなら、そのまま『恋人』になって。」と言えればどれくらい楽だろうか。
「おはよう。」
考えて出た答えは、引き返せなくなった冷たい対応だった。
紺野と橙と事務的に予定を確認し合う。メールに『海辺店』の文字を見つけ、紺野は急に体が重くなる。
「嫌だなぁ…」
紺野がボソッと呟くと、橙が今にも泣きそうな顔で見てくる。
「自分が謹慎食らったばっかりに…」
橙はなぜ外出禁止を受けたのか。紺野が弁解すれば済む話なのに、橙はそれを求めて来ない。きっと、海辺店で行った自分の勝手な行動の責任を取っている最中なのだろう。
「いや、大丈夫。」
本来、責任を取るべき先輩がこんな弱気ではならぬと、紺野は自身を奮い立たせる。
(オレのせいで外出禁止になってんだ。やっぱりオレ一人で橙の分も売上伸ばさないと…。)
紺野は自身に強く語りかけた。
紺野が外回りの準備をしていると、橙と後ろの席の男が話していた。紙を指差しながら会話していたため、何かしらの書類についての話に違いない。
「で、こう書けばいいのね。サンキュ。」
紺野にとって悪魔のような男は、橙に礼を告げると、少し遠くにいた紺野と目が合うと嫌な笑みを浮かべ仕事に戻った。
(…嫌なやつ。別に橙とはもう、プライベートで関わらないし…。取られたくないとか思わないし。)
知らないうちに大きくなった恋心と独占欲から目を背けて、紺野は外回りに向かった。
嫌々ながらも紺野は一人で海辺店へ到着してしまった。いつも通り事務所に通されると、椅子に座るように促される。
「こちらの担当は紺野さん一人になったんですね?」
店長はニヤリと汚い笑みを浮かべる。経緯を知った上でのこの発言に、紺野は思わず憎悪を込めて無言で睨む。
「怖いなぁ。君が上司に反論すれば橙くんは処分を食らわなかっただろうに。結局は君の選択だ。嬉しいよ、ワシと二人きりを選んでくれて。」
紺野は机の下の拳を強く握り締める。自分の羞恥心と橙の社員生命を天秤に掛けて、自分の羞恥心が勝ってしまった。自分の弱さが招いた結果をどういう形であれ、甘んじて受けなくてはならない。
「そうだ、この前は橙くんに妨害されちゃったけど、続きをしたかったんだよね。」
紺野は店長を睨み付けながら、ゆっくりと手を机の上に差し出す。
「そうだよ。いいね。君はそうやって媚を売らないと。君の売る商品なんて買ってもらえないんだから。」
紺野の無駄の無い白い手が、脂の乗っていそうな手で揉まれる。自身の手を見つめる紺野は背筋に走る悪寒となんとも言えない気持ち悪さをグッと飲み込む。汚ならしい手は次第に紺野の手首に進み出す。
「どうせ、一人だと契約も取れなかっただろうし。ちょうど良かった。」
自分を大切にしろ、と橙が言っていた。重ねられた手から逃げるように、自身の手を引っ込めようとする。
「このままだと橙くんはクビになりそうだよね。もしくは異動か。」
紺野がハッとして顔を上げると、店長の手は紺野のスーツの袖口を摘まむ。
「もし、この先に進んでもいいなら、橙くんの蛮行を許す旨を伝えておくよ。」
この先。ワイシャツより内側。小汚ない店長が言いたいことは紺野でも察しがつく。紺野は奥歯を噛みしめながら、自身の手首に視線を移す。
「やっぱり、誰かを人質に取った方が素直だね。こっちも準備があるから、明日。いい返事を待ってます…ね?」
「…失礼しました。」
紺野は顔を上げること無く事務所を後にした。
会社の駐車場で紺野は考える。
(オレが不甲斐ないせいで橙がクビになるのは避けたいよな…。ペアをたらい回しにされてもクビにされない程度には、橙は仕事ができるんだよなぁ…。)
紺野は目を瞑って今週の売上目標を思い浮かべる。
(橙と一緒に回ってた時が一番売上が良くて、今は一人だったときよりも悪い。海辺店の野郎の言う通り、オレには営業の才能が無い。そして、橙に甘えて手を抜いてしまっていたんだな。)
紺野はハンドルに寄りかかり、顎を乗せる。
(ホントにオレはダメな奴だ。橙には勿体無かったな。オレから離れて、もっと相応しい人のところに行けば良いんだ。)
額にハンドルを押し付けると、じわりと涙が溢れる。
(橙から離れようとした事だけは、自分を褒めてあげないと…。)
スーツの袖口で涙を拭うと、紺野はオフィスに戻った。
「紺野先輩、どうかしたんですか?」
紺野がデスクに戻るなり、橙が心配そうに覗き込む。
「いや、なんでもない。」
紺野は沈んだ声で答える。「海辺店の店長に橙を人質に取られて、枕営業を強要されそうなんだ。」とは口が裂けても言えない。
「そうですか…。」
橙はしょんぼりと自分のキーボードに視線を移す。紺野が契約を取れていないことは、とっくにバレているだろう。
「なぁ、橙。お前は営業職、楽しいか?」
橙は目をぱちくりさせながら、紺野の方を向く。
「デスクワークは楽しくないですけど、人に物を作る勧めるのはメチャクチャ楽しいです!紺野先輩は?」
橙は眩しいくらいの笑顔で答える。明日、紺野は体を売ってその対価として商品を買ってもらうのに。後ろめたい思いで潰されそうになる。
「そうか。オレは…そんなに。」
営業職を楽しんでる橙の笑顔を守るために、やはりやらねばならぬと。紺野は固く決意をした。
「そうですか…紺野先輩と営業行ってたときが一番楽しかったですけどね。」
自分で信頼を崩しにかかった男が何を言っているんだろうと、紺野は橙に軽い軽蔑を覚えたが、同時に紺野自身も橙と仕事をしていた時が楽しかったと懐古の念が芽生えた。
翌日、紺野は目覚ましが鳴るまで眠れなかった。目覚ましを止めると、ベッドの上に座り込む。
(自らの意思で人に弄ばれに行くのか…。嫌だなぁ…。死にたいなぁ…。)
紺野は布団をぎゅっと抱きしめてうずくまる。
(いや、死ぬとしても、橙が営業に復帰できるようにしてからだな。)
紺野は布団を引き剥がして、会社へ向かった。
紺野がオフィスに着くと、橙が先に出勤していた。
「おはようございます、紺野先輩。今日は遅かったですね。」
橙はいつもと変わらぬ笑顔で挨拶をしてくる。紺野は今日、この男のこの笑顔の為に、体を差し出す。
「おはよう、橙。」
全てを諦めてよそよそしくなった紺野の態度に橙は気が付いたのか、橙は目を見開いて固まる。
「…もうしばらくしたら、オレは海辺店へ行く。店長をなんとか説得して、お前が営業に戻れるように掛け合うよ。」
「紺野…先輩?」
紺野は淡々と外出の用意をする。
「ああ、そうだ。これ返すね。」
月曜日に勝手に使用した橙のタオルを手渡す。死地に行く前に借りは返しておきたかった。
「あの、紺野先輩…」
「オレもお前と仕事してた時が一番楽しかったよ。じゃ、また。」
紺野は橙の伸ばした手を見ないようにして、会社を出発した。
海辺店に着くと、相変わらず閑古鳥が鳴いていた。
(あんまり客が来ない事を良いことに、店を開けたまま犯そうってのか。)
鉛のような足を引きずり、海辺店の事務所に入る。
「待ってたよ。」
海辺店の店長の傍に、筋肉質の男が立っていた。紺野は動揺を隠せなかった。
「ワシは人が絡み合ってるのを見るのが好きでね。この人はワシの知り合いね。」
店長だけならば、物理的に勝ち目があったが、筋肉質の男は紺野くらいなら易々と押さえ込むことができそうだった。
「そうですか。」
紺野は思考を放棄して、その場に突っ立っていた。
「さ、紺野くん。自分で服を脱いでくれるかな?」
店長に命じられ、自ら衣服を外す。腕時計を外しテーブルに置き、ネクタイを真っ直ぐに伸ばしてから、畳んで置く。
「遅いね。もう、行ってきていいよ。」
その一声で、男は紺野の近くに寄る。紺野のベルトを勝手に外すと、スボンと下着を下ろす。
「ちょ…やめ…」
「橙くんがクビになっていいなら止めるけど。」
店長はのんびりと椅子に腰掛けて眺めていた。脅し文句に紺野は唇を噛む。
面識の無い男に後ろから下半身を撫で回されると、ゾワゾワと紺野の肌が粟立つ。
「どうしますか?」
顔は見えないものの、淡々とした口振りから店長との主従関係が伺える。
「そうだなぁ…。早速、挿入しちゃおうか。どうせ慣れてるだろうし。」
「え…?」
紺野は無意識に声を出す。「慣れてる」と評価されたが、実経験はゼロだった。学生時代も本番に至る前に相手の落ち度が発覚して別れたのだから。
「この向きでいいですか?」
紺野は壁に手を付けさせられる。スーツが汚れないかなどと余計な心配をしながら、相手の動向を伺う。
「いい感じに見えてるよ。」
店長の許可が下りると、紺野の肛門に指が当てられ、無理やり中に侵入される。
「いたっ…!」
どうすれば良いのか分からず、体を固める。それでも指は容赦なく動かされる。
「痛い…」
「力を抜いたら痛く無いですよ。」
見知らぬ男にアドバイスをされるが、この緊張の中、思い通りに力を抜くことが出来ればなんの苦労も無いだろう。
「あっ…うっ…」
中を掻き回されると痛みしか感じられず、紺野は声を殺して耐える。すると、男は紺野の直腸に何かを入れた。
「こっちの方が良さそうですね。これは、ディルドです。」
男は淡々と説明しながら、その玩具で紺野の中身を掻き回す。どんな表情で、どんな感情でその行為をしているのか、紺野には考える余裕など無かった。
(なんか直接内臓に擦れて痛い…)
男の手が速くなると、紺野の思考も単純になってくる。
(いたい、いたい…早く終わって!)
紺野はスーツ越しに自分の腕を噛んで痛みと屈辱に耐える。
(これ、どこで終わるの?いたい…内臓傷付いてない?痛い…)
単純に前後に動かされていた玩具に振動が加わる。
(やだ、やだ、やだ。こわい。なにこれ、どうなってるの、こわい。たすけて)
紺野は声を押し殺して泣く。
「思ったよりつまらなかったね。これじゃあ、契約は取れないし、橙くんもクビになっちゃうね。」
店長は大きく溜め息を吐く。紺野は憎悪と絶望のの眼差しで店長を睨む。
「どうしたら…橙、だけでも…」
内臓に振動と違和感を抱えながら、プライドもなにもかもを捨てて、涙ながらに店長に問い掛ける。
「ああ、その顔。いつも澄ましてたあの顔がこう変わるのを待ってたんだよ。」
店長がうっとりと笑う。悪趣味を糾弾したかったが、そんな余裕はどこにも無い。
「かわいい声で鳴いてよ。」
中年以降のねっとりした顔が近づく。紺野は苦しみの中、きつく睨み付けたが状況は変わらない。
「あっ…あっ…いたっ…あっ…」
少ない語彙の中でわざとらしく喘ぐ。紺野は屈辱と羞恥で壊れそうだった。
「もういいや。そんなに適当ならこの約束は無かったことで」
いきなり玩具が抜かれると、紺野はスーツのズボンの上にへたり込む。
(終わった…)
行為が終わった安堵と、橙を救えなかった絶望で、紺野の身体から力が抜ける。
「漏らしてますよ。」
「本当だ。」
店長と男が会話する。紺野はゆっくりと自分の下半身を見ると、丸出しにさせられているモノから勢い無くチョロチョロと水分が排出されていた。
(あー、なんか濡れてると思った…)
尿道から排出された人肌の温度の水分は、座り込む紺野のふくらはぎを伝ってスーツのズボンに染み渡る。
(ああ、スラックス汚れちゃった…どうやって帰ろう。)
紺野は絶望に支配され、羞恥などを感じられなかった。紺野はゆっくりと立ち上がると、水分をしっかりと吸収した下着とズボンを履く。ズボン上部に溜まっていた水分が重力に従いズボンの裾まで流れ、床に水滴を残す。体に張り付いて動きにくいが、下半身丸出しよりはマシだろう。
「ほう、なかなか面白い事をするんだね。契約だけは取ってあげよう。」
「…ありがとうございます。」
紺野は虚ろな目をしたまま、乾いた声で定型文を吐いた。
(結局、オレの醜態で契約を取っただけか。)
ぐっしょりと濡れたスーツのまま、営業車に乗り会社に戻る。駐車場に着くが、誰とも合わせる顔が無く、車内で一人うずくまっていた。
(橙を助けられなかった。オレは無力だ…。このまま家に帰って首でも吊るか。)
紺野は目を瞑って静かに泣いていた。
(一人で担当してたときより、売上ペースが悪い。橙にデスクワーク任せてる分、オレが売上伸ばさないと…。)
いつもより少し早く来た紺野は懸命に資料を作る。
(まだ橙が外出禁止で良かった…。あれ以上、橙の思う通りに醜態を晒さなくて済むし…。でも、居ないと寂しい…。)
紺野は自身の矛盾に苦しみながら、キーボードを打ち込む。
(仕事だけを信頼してるだけだし。別に個人的になんか…何も思って無いし。)
キーボードの手を止めて、資料の全体を見渡す。
(土曜日のやつ…あそこまで怒らなくても良かったな…。あの後、橙にぎゅってしてもらえてたら…。いや、トイレの妨害はダメだろ。どう考えても。)
紺野は資料を印刷する。印刷機の前でぼーっと出てくる紙を見ていた。
(でもなぁ、橙に見られてたら『恥ずかしい』とはちょっと違う感じがするんだよなぁ…。ダメだ。絶対に引かれる。『相棒』から『恋人』になったとしても引かれる。もう、なれないだろうけど。)
印刷が終わると、紺野は資料をホッチキスで留める。
(せめて、引き返せる抜け道でも作っておけば良かったかな?拒絶した本人がこんなに苦しいなんて…バカみたい。言った手前、引き返せないけど。)
資料が出来上がった頃に、橙が出社してくる。
「おはようございます!紺野先輩。」
橙はいつもと変わらぬ笑顔で挨拶をしてくる。橙はどんな気持ちで、以前と変わらぬ挨拶をしてくるのだろう。このまま「土曜日の事は許すし、ヨリを戻したい。なんなら、そのまま『恋人』になって。」と言えればどれくらい楽だろうか。
「おはよう。」
考えて出た答えは、引き返せなくなった冷たい対応だった。
紺野と橙と事務的に予定を確認し合う。メールに『海辺店』の文字を見つけ、紺野は急に体が重くなる。
「嫌だなぁ…」
紺野がボソッと呟くと、橙が今にも泣きそうな顔で見てくる。
「自分が謹慎食らったばっかりに…」
橙はなぜ外出禁止を受けたのか。紺野が弁解すれば済む話なのに、橙はそれを求めて来ない。きっと、海辺店で行った自分の勝手な行動の責任を取っている最中なのだろう。
「いや、大丈夫。」
本来、責任を取るべき先輩がこんな弱気ではならぬと、紺野は自身を奮い立たせる。
(オレのせいで外出禁止になってんだ。やっぱりオレ一人で橙の分も売上伸ばさないと…。)
紺野は自身に強く語りかけた。
紺野が外回りの準備をしていると、橙と後ろの席の男が話していた。紙を指差しながら会話していたため、何かしらの書類についての話に違いない。
「で、こう書けばいいのね。サンキュ。」
紺野にとって悪魔のような男は、橙に礼を告げると、少し遠くにいた紺野と目が合うと嫌な笑みを浮かべ仕事に戻った。
(…嫌なやつ。別に橙とはもう、プライベートで関わらないし…。取られたくないとか思わないし。)
知らないうちに大きくなった恋心と独占欲から目を背けて、紺野は外回りに向かった。
嫌々ながらも紺野は一人で海辺店へ到着してしまった。いつも通り事務所に通されると、椅子に座るように促される。
「こちらの担当は紺野さん一人になったんですね?」
店長はニヤリと汚い笑みを浮かべる。経緯を知った上でのこの発言に、紺野は思わず憎悪を込めて無言で睨む。
「怖いなぁ。君が上司に反論すれば橙くんは処分を食らわなかっただろうに。結局は君の選択だ。嬉しいよ、ワシと二人きりを選んでくれて。」
紺野は机の下の拳を強く握り締める。自分の羞恥心と橙の社員生命を天秤に掛けて、自分の羞恥心が勝ってしまった。自分の弱さが招いた結果をどういう形であれ、甘んじて受けなくてはならない。
「そうだ、この前は橙くんに妨害されちゃったけど、続きをしたかったんだよね。」
紺野は店長を睨み付けながら、ゆっくりと手を机の上に差し出す。
「そうだよ。いいね。君はそうやって媚を売らないと。君の売る商品なんて買ってもらえないんだから。」
紺野の無駄の無い白い手が、脂の乗っていそうな手で揉まれる。自身の手を見つめる紺野は背筋に走る悪寒となんとも言えない気持ち悪さをグッと飲み込む。汚ならしい手は次第に紺野の手首に進み出す。
「どうせ、一人だと契約も取れなかっただろうし。ちょうど良かった。」
自分を大切にしろ、と橙が言っていた。重ねられた手から逃げるように、自身の手を引っ込めようとする。
「このままだと橙くんはクビになりそうだよね。もしくは異動か。」
紺野がハッとして顔を上げると、店長の手は紺野のスーツの袖口を摘まむ。
「もし、この先に進んでもいいなら、橙くんの蛮行を許す旨を伝えておくよ。」
この先。ワイシャツより内側。小汚ない店長が言いたいことは紺野でも察しがつく。紺野は奥歯を噛みしめながら、自身の手首に視線を移す。
「やっぱり、誰かを人質に取った方が素直だね。こっちも準備があるから、明日。いい返事を待ってます…ね?」
「…失礼しました。」
紺野は顔を上げること無く事務所を後にした。
会社の駐車場で紺野は考える。
(オレが不甲斐ないせいで橙がクビになるのは避けたいよな…。ペアをたらい回しにされてもクビにされない程度には、橙は仕事ができるんだよなぁ…。)
紺野は目を瞑って今週の売上目標を思い浮かべる。
(橙と一緒に回ってた時が一番売上が良くて、今は一人だったときよりも悪い。海辺店の野郎の言う通り、オレには営業の才能が無い。そして、橙に甘えて手を抜いてしまっていたんだな。)
紺野はハンドルに寄りかかり、顎を乗せる。
(ホントにオレはダメな奴だ。橙には勿体無かったな。オレから離れて、もっと相応しい人のところに行けば良いんだ。)
額にハンドルを押し付けると、じわりと涙が溢れる。
(橙から離れようとした事だけは、自分を褒めてあげないと…。)
スーツの袖口で涙を拭うと、紺野はオフィスに戻った。
「紺野先輩、どうかしたんですか?」
紺野がデスクに戻るなり、橙が心配そうに覗き込む。
「いや、なんでもない。」
紺野は沈んだ声で答える。「海辺店の店長に橙を人質に取られて、枕営業を強要されそうなんだ。」とは口が裂けても言えない。
「そうですか…。」
橙はしょんぼりと自分のキーボードに視線を移す。紺野が契約を取れていないことは、とっくにバレているだろう。
「なぁ、橙。お前は営業職、楽しいか?」
橙は目をぱちくりさせながら、紺野の方を向く。
「デスクワークは楽しくないですけど、人に物を作る勧めるのはメチャクチャ楽しいです!紺野先輩は?」
橙は眩しいくらいの笑顔で答える。明日、紺野は体を売ってその対価として商品を買ってもらうのに。後ろめたい思いで潰されそうになる。
「そうか。オレは…そんなに。」
営業職を楽しんでる橙の笑顔を守るために、やはりやらねばならぬと。紺野は固く決意をした。
「そうですか…紺野先輩と営業行ってたときが一番楽しかったですけどね。」
自分で信頼を崩しにかかった男が何を言っているんだろうと、紺野は橙に軽い軽蔑を覚えたが、同時に紺野自身も橙と仕事をしていた時が楽しかったと懐古の念が芽生えた。
翌日、紺野は目覚ましが鳴るまで眠れなかった。目覚ましを止めると、ベッドの上に座り込む。
(自らの意思で人に弄ばれに行くのか…。嫌だなぁ…。死にたいなぁ…。)
紺野は布団をぎゅっと抱きしめてうずくまる。
(いや、死ぬとしても、橙が営業に復帰できるようにしてからだな。)
紺野は布団を引き剥がして、会社へ向かった。
紺野がオフィスに着くと、橙が先に出勤していた。
「おはようございます、紺野先輩。今日は遅かったですね。」
橙はいつもと変わらぬ笑顔で挨拶をしてくる。紺野は今日、この男のこの笑顔の為に、体を差し出す。
「おはよう、橙。」
全てを諦めてよそよそしくなった紺野の態度に橙は気が付いたのか、橙は目を見開いて固まる。
「…もうしばらくしたら、オレは海辺店へ行く。店長をなんとか説得して、お前が営業に戻れるように掛け合うよ。」
「紺野…先輩?」
紺野は淡々と外出の用意をする。
「ああ、そうだ。これ返すね。」
月曜日に勝手に使用した橙のタオルを手渡す。死地に行く前に借りは返しておきたかった。
「あの、紺野先輩…」
「オレもお前と仕事してた時が一番楽しかったよ。じゃ、また。」
紺野は橙の伸ばした手を見ないようにして、会社を出発した。
海辺店に着くと、相変わらず閑古鳥が鳴いていた。
(あんまり客が来ない事を良いことに、店を開けたまま犯そうってのか。)
鉛のような足を引きずり、海辺店の事務所に入る。
「待ってたよ。」
海辺店の店長の傍に、筋肉質の男が立っていた。紺野は動揺を隠せなかった。
「ワシは人が絡み合ってるのを見るのが好きでね。この人はワシの知り合いね。」
店長だけならば、物理的に勝ち目があったが、筋肉質の男は紺野くらいなら易々と押さえ込むことができそうだった。
「そうですか。」
紺野は思考を放棄して、その場に突っ立っていた。
「さ、紺野くん。自分で服を脱いでくれるかな?」
店長に命じられ、自ら衣服を外す。腕時計を外しテーブルに置き、ネクタイを真っ直ぐに伸ばしてから、畳んで置く。
「遅いね。もう、行ってきていいよ。」
その一声で、男は紺野の近くに寄る。紺野のベルトを勝手に外すと、スボンと下着を下ろす。
「ちょ…やめ…」
「橙くんがクビになっていいなら止めるけど。」
店長はのんびりと椅子に腰掛けて眺めていた。脅し文句に紺野は唇を噛む。
面識の無い男に後ろから下半身を撫で回されると、ゾワゾワと紺野の肌が粟立つ。
「どうしますか?」
顔は見えないものの、淡々とした口振りから店長との主従関係が伺える。
「そうだなぁ…。早速、挿入しちゃおうか。どうせ慣れてるだろうし。」
「え…?」
紺野は無意識に声を出す。「慣れてる」と評価されたが、実経験はゼロだった。学生時代も本番に至る前に相手の落ち度が発覚して別れたのだから。
「この向きでいいですか?」
紺野は壁に手を付けさせられる。スーツが汚れないかなどと余計な心配をしながら、相手の動向を伺う。
「いい感じに見えてるよ。」
店長の許可が下りると、紺野の肛門に指が当てられ、無理やり中に侵入される。
「いたっ…!」
どうすれば良いのか分からず、体を固める。それでも指は容赦なく動かされる。
「痛い…」
「力を抜いたら痛く無いですよ。」
見知らぬ男にアドバイスをされるが、この緊張の中、思い通りに力を抜くことが出来ればなんの苦労も無いだろう。
「あっ…うっ…」
中を掻き回されると痛みしか感じられず、紺野は声を殺して耐える。すると、男は紺野の直腸に何かを入れた。
「こっちの方が良さそうですね。これは、ディルドです。」
男は淡々と説明しながら、その玩具で紺野の中身を掻き回す。どんな表情で、どんな感情でその行為をしているのか、紺野には考える余裕など無かった。
(なんか直接内臓に擦れて痛い…)
男の手が速くなると、紺野の思考も単純になってくる。
(いたい、いたい…早く終わって!)
紺野はスーツ越しに自分の腕を噛んで痛みと屈辱に耐える。
(これ、どこで終わるの?いたい…内臓傷付いてない?痛い…)
単純に前後に動かされていた玩具に振動が加わる。
(やだ、やだ、やだ。こわい。なにこれ、どうなってるの、こわい。たすけて)
紺野は声を押し殺して泣く。
「思ったよりつまらなかったね。これじゃあ、契約は取れないし、橙くんもクビになっちゃうね。」
店長は大きく溜め息を吐く。紺野は憎悪と絶望のの眼差しで店長を睨む。
「どうしたら…橙、だけでも…」
内臓に振動と違和感を抱えながら、プライドもなにもかもを捨てて、涙ながらに店長に問い掛ける。
「ああ、その顔。いつも澄ましてたあの顔がこう変わるのを待ってたんだよ。」
店長がうっとりと笑う。悪趣味を糾弾したかったが、そんな余裕はどこにも無い。
「かわいい声で鳴いてよ。」
中年以降のねっとりした顔が近づく。紺野は苦しみの中、きつく睨み付けたが状況は変わらない。
「あっ…あっ…いたっ…あっ…」
少ない語彙の中でわざとらしく喘ぐ。紺野は屈辱と羞恥で壊れそうだった。
「もういいや。そんなに適当ならこの約束は無かったことで」
いきなり玩具が抜かれると、紺野はスーツのズボンの上にへたり込む。
(終わった…)
行為が終わった安堵と、橙を救えなかった絶望で、紺野の身体から力が抜ける。
「漏らしてますよ。」
「本当だ。」
店長と男が会話する。紺野はゆっくりと自分の下半身を見ると、丸出しにさせられているモノから勢い無くチョロチョロと水分が排出されていた。
(あー、なんか濡れてると思った…)
尿道から排出された人肌の温度の水分は、座り込む紺野のふくらはぎを伝ってスーツのズボンに染み渡る。
(ああ、スラックス汚れちゃった…どうやって帰ろう。)
紺野は絶望に支配され、羞恥などを感じられなかった。紺野はゆっくりと立ち上がると、水分をしっかりと吸収した下着とズボンを履く。ズボン上部に溜まっていた水分が重力に従いズボンの裾まで流れ、床に水滴を残す。体に張り付いて動きにくいが、下半身丸出しよりはマシだろう。
「ほう、なかなか面白い事をするんだね。契約だけは取ってあげよう。」
「…ありがとうございます。」
紺野は虚ろな目をしたまま、乾いた声で定型文を吐いた。
(結局、オレの醜態で契約を取っただけか。)
ぐっしょりと濡れたスーツのまま、営業車に乗り会社に戻る。駐車場に着くが、誰とも合わせる顔が無く、車内で一人うずくまっていた。
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漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
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