今度は君が、僕を殺して

森崎こはん

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おしまい

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 シュウが突然、仕事を辞めてから約一週間が経った。
「ねぇ、シュウ。それ今日で何回目のご飯?」
時間の感覚などとっくに無くなって、シュウは一日に何度も食事を摂っていた。
「さあ?」
ひたすら冷蔵庫の肉をハルの目の前で食べ続ける。血抜きが不完全なのか食べ方が下手なのか、シュウの口の回りは獲物を狩った猛獣のように血で汚れていた。
「ねぇ、これって一緒に暮らしてるって言えるのかな?」
一週間ベッドサイドに拘束されていても、何の不都合も感じなかったハルがボソッと呟く。シュウは食事の手を止め口周りを拭うと、首を傾げてハルに顔を近づける。
「僕がハルとの生活を守るために、どれだけ犠牲を払ってきたか分かる?」
「オレの自由を奪っておいて?」
「ハルと一緒にいる為に必要だったんだよ。」
「こうやって監禁されるくらいなら、オレは一緒になんていなくていい!」
ハルは力一杯シュウを睨む。ここで危害を加えられても、痛みも何も感じないことは確信していた。
「なにそれ……」
シュウはハルの前髪を乱暴に掴み、壁に押し付ける。覗き込む目の瞳孔は極限まで開かれており、その様子はとても正常な人間とは言い難い。
「なぁ、オレは『病気』なんかじゃないんだろ?」
ハルはシュウを諭すように優しく語りかけたが、シュウは激しい怒りをぶつける。
「違う!ハルは『病気』!そう思い込んでいれば、まだ一緒にいられる!気付くな!思い出すな!」
シュウは勢いに任せて、ハルの首に手を掛ける。グッと喉元に親指を押し込まれる感覚は初めてではなかった。
「そうやって、オレを殺したんだよな。」
ハルはシュウの手にそっと手を重ねる。シュウはハルを見つめながら、涙を溢れさせていく。
「うん。何も言わずに僕から逃げようとしたから……。僕以外の人と生活しようと……してたから……」
「バカだなぁ。オレはシュウからの告白とか関心とかを待ってたのに。いや、オレが先に『好きだ』って言えば良かったのか。」
ハルは遠くを眺めて優しく語りかけた。シュウはハルから手を離すと力無く項垂れる。汗か涙か区別がつかない水滴が、シュウの服に点々と染みを作る。
「ねぇ……クッキー缶にはオレとのどんな思い出が入ってるんだ?」
シュウはハルの拘束を解き、二人はキッチンへ移動した。クッキー缶を開けると、中身をハルに見せた。
「ああ、やっぱり。」
クッキー缶の中にはハルの頭部が入っていた。
「もう少しで、ハルを食べ終わるところだったのに……」
「オレを食べたところで一緒になんてなれないよ。」
ハルはシュウを哀れみの視線を送る。死を自覚したハルの体はだんだんと、薄く透けていく。
「消える前にシュウの気持ちが知れて良かったよ。それじゃ、元気でな。」
「待って!ハル!行かないで!一人にしないで!」
シュウはハルに向かって手を伸ばす。血で染まった手は空を切るだけだった。
「バカ野郎。一人を選んだのはシュウじゃないか。」
ハルは怒るでもなく泣くでもなく、満ち足りた微笑みでシュウを見ていた。
 ハルが完全に消えると、シュウはクッキー缶を抱き締めて叫ぶように声を上げて泣いていた。

 どれくらい時間が経ったかわからないが、シュウは呼吸を整えてクッキー缶の中に話し掛ける。
「ハルが裏切ったあの後に食べたクッキーは、本当に味がしなくて不味かったなぁ。でも、ハルが作ってくれた煮物は美味しかった……」
シュウはよく冷やされたハルの頭部をそっと取り出す。
「ああ、ここに入れたとき、もう会えないと思ってたのに。」
固くなったハルの唇をそっと指でなぞる。シュウは猛獣のような目つきで閉じたままのハルの目を見つめ、ハルの髪を撫でる。髪を梳かした手には大量の毛髪が絡まっていた。
「まぁ、僕も限界がどこか分かってたよ。食べきるより先だったね。」
保存状態が良くても、それはゆっくりと限界に近づいていた。シュウは自嘲するように鼻で笑うと、ハルを抱き抱えたままキッチンを後にした。 
 浴槽の上に手際よくロープを張る。
「本来ならハルを食べきって、ハルの肉にゆっくり殺される予定だったのに。」
ハルの頭部を床に置くと、ロープ越しにシュウとハルは向かい合う。
「もう一度会ったら、手放せなくて……。ダメだ。僕はハル無しでは生きていけない。」
シュウは優しくハルに微笑むと、ロープに手を掛ける。
「予定とは違うけど、早めにハルの元に行くよ。最後まで本当にゴメンね。二回も首を絞めてしまって……」
ロープに首を通し、足を浴槽の壁から滑らせる。ロープが首に食い込むと、シュウの体から力が抜ける。
(時計買った時にハッキリと『好き』って言えば良かったのかな?それとも、結婚の報告の後でも指輪を渡しておけば良かったのかな?)
途切れそうな意識の中、ぼんやりと思考を巡らせる。
「ハル?僕の首を絞めてるの?仕返し?優しいなぁ……」
見えているのかわからない視界に、ハッキリとシュウを睨むハルが見えた。溢れる涙を拭う事もなく、しゃくりあげながら、シュウの首に手を伸ばしていた。
「これでオレもシュウと一緒に地獄に行けるかな?」
シュウは何もない空間に手を伸ばすと穏やかに笑って、意識を手放した。


 数ヶ月後、地方新聞の地域欄の片隅に小さな見出しが書かれていた。『遺体頭部を飾る男自殺。心中か。』
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