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第五章 心の在りか

孤児院にて

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「ほら、金貨を山ほど持ってるでしょ?」

 私は金貨を取り出して見せました。

 本当は白金貨まで持っていたのですが、ここは現実的なところでエリカを納得させたいところです。

「本当にいいのでしょうか?」

「構わないって! 施しであれば、司祭たちもとやかくいわないから! 私は貴方たちと一緒に食べたいと思ってる!」

 私が駄目を押すと、エリカは三十人だと答えてくれました。

 三十人だなんて余裕すぎる。そんなんじゃ私を破産されられないわ。銀貨一枚も必要ないのですから。

 近くにあった露店で、精が付きそうな骨付き肉を三十二人分購入します。サンドイッチはアイテムボックスへとしまって、お肉をみんなで食べましょうか。

 エリカが案内してくれたそこは、大聖堂から遠く離れたスラム街でした。

 小さな教会に隣接する小屋が孤児院であるみたい。そこには所狭しと孤児が詰め込まれるようにしています。

「みんな、ルイ様に施しをいただきましたよ!」

 エリカがそういうと子供たちが我先にと押し寄せてきます。

 施しは孤児唯一の権利です。その言葉を口にすると誰も横取りできません。

「並びなさい! ちゃんと全員分用意しているから!」

 群がる子供たちに私は一人ずつ骨付き肉を手渡します。

 それはもう美味しそうに食べる孤児たち。彼らが見せる笑顔は荒みきった私の心を浄化しているかのようです。

「そっか、貴族たちが贅沢している裏側では……」

 今思うと貧乏貴族のアナスタシアでも恵まれていました。

 彼女は暇に任せて食べていたから太っていたのです。

 充分な食べ物があった証拠であり、彼女が与えられたお菓子は間違っても端銭で買えるものではなかったことでしょう。

 食べ終わった孤児たちに私は微笑んでいます。お礼をしなきゃね。乾いた心を潤してくれた天使たちに感謝を込めて。

「ホーリー・ブレス!!」

 少しばかりの幸運を。彼らの歩む道が照らし出されますように。


 さてと、そろそろお暇しなきゃいけません。

 帰りを待つ食いしん坊な子竜が拗ねてしまいそうですからね。

「ルイ様、今の魔法は神聖魔法でしょうか!?」

 立ち去ろうとする私にエリカが声をかけました。

 エリカは光属性の使い手です。直ぐに私が唱えた魔法を察知したのでしょう。

「オリジナルなの。まあでも少しの時間だけ幸運を授かるというものでしかないわ」

「私にも教えていただけませんか!? 私は光属性を持っているのですけれど、まだ治癒魔法くらいしか唱えられないのです!」

 そういえば治療院での労働を強いられていたはずよね。

 治癒魔法は水属性と風属性でも唱えられるのだけど、光属性を持つものが唱えると段違いの効果を発揮するんだもの。きっといいように扱われているのだと思う。

「また来るから。そのときにでも……」

 帰りが遅いと独占欲魔人の皇子殿下が捜索し始めるかもしれません。

 とりあえず今日のところは勘弁してもらいましょう。

「はい! ルイ様の空いた時間で結構です! 私は苦しむ人々を救いたいのです!」

 やはりエリカは清浄なる光。その二つ名に相応しい崇高な願いを持っています。

 私とは決定的に異なる。苦痛から逃れるため、世界線を滅茶苦茶にした私とは……。

「エリカ、貴方の望みは何? 自分自身に対して何を期待しているの?」

 世界のためという話はもう聞いた。

 だから私は問うている。エリカが自分自身に何を求めているのかと。

「私自身に対してでしょうか?」

「そうよ。綺麗に着飾ってみたい? それとも美味しいものをお腹一杯に食べたい? ここには口うるさい司祭などいません。貴方自身が将来に望むことを教えてちょうだい」

 質問をした私だけど、大凡の返答は分かっている。

 何しろ彼女は乙女ゲームBlueRoseの主人公なんだ。食欲でも物欲でもないと思う。

 一瞬、躊躇したようなエリカですけど、彼女は私の目を真っ直ぐに見て問いに答えていました。

「私はお姫様になりたい――」

 分かっていたけれど、胸を刺すような台詞です。

 エリカの意志に共感したからこそ、私はBlueRoseの世界に没頭できました。

 幼き日の私と同じ夢を持っていたからこそ、彼女に感情移入をして夢中になって遊んだのですから。

 しかし、その夢は世界を破滅に追い込んでしまう。意図したものではなかったとしても、彼女と王家の血が交われば、魔王因子が発現してしまうのよ。

 それを阻止するために転生した私には到底受け入れられる願いではありません。

「叶うと良いわね?」

 意に反して否定はできませんでした。

 元より世界を照らす光であるエリカは下手に誘導してはならないと聞いています。

 かといって、それが理由ってわけでもなかったりする。夢を叶えて欲しいという自分も少なからずいたのです。

 少女の夢が叶うなんて素敵なことだと思ったから。


 私は孤児院をあとにしていく。

 だけど、浄化された気分も今や沈み込むようなものに。

 どうして世界はこんなにも歪んでいるのでしょう。少女に夢見ることさえ許さないこの世界。愛の女神が聞いて呆れる。

 せめて万人に輝きを与えてから名乗って欲しいものだわ。

「雨……?」

 初夏にしては珍しく冷たい雨が降っていました。

 私は雨を気にすることなく歩き出しています。

 せめて私の心を蝕む感情を洗い流してはくれないかと……。
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