116 / 377
第六章 揺れ動く世界線
極悪の先に見るもの
しおりを挟む
「死ぬべきは私や貴方。悪に分類される者ですわ……」
聖女エリカはやはり清浄なる光でした。なんちゃって光属性の私とは違う。
死を目前にして、彼女は私に病気をうつす可能性を憂えていたのですから。
「貴殿も悪なのか? 世界のために動いているのだろう?」
「私はあの子たちを救うのだと決めました。善なるものが死んではならない。そのために、私は極悪となり、世界を揺るがす悪を排除するのです」
人を殺めることは明確に悪だろう。
死をも厭わない。殺害をも躊躇しない。目指すルートを突き進むために、私は手段を選ばない。
「私は既にサルバディール皇国でも一人を手にかけました。彼が悪であるかと問われると、悪ではないと思います。しかし、私の障害となった彼は見せしめとなっておりますわ」
私の話に頷く髭。隣国の皇太子と面会するために来た彼は、まさか脅されるだなんて考えもしていないことでしょう。
「もう一度、問いますわ。ランカスタ公爵様、私に同調してくれませんこと?」
決裂したならば捕縛するだけだわ。頷くまで痛めつけてあげる。
「本当にメリットはないのか?」
あくまで彼は利益を求めている。本当に呆れてしまうけれど、命よりもお金が大事みたいね。
或いは私の覚悟が伝わっていないのかも。
「回りくどい利益ならばあるでしょう。大規模な治水工事は臣民の支持を得られるでしょうし、飢饉に際して王都への援助を申し出ることは王家からの信頼を得られるでしょう。果てには近い将来に空席となる国務大臣という役職を手に入れるのに役立つはず」
髭はのちの国務大臣となる。
イセリナだった私は未然に治水工事をし、飢饉対策を始めていました。それが聖女と呼ばれる切っ掛けであり、髭が国政に対して強い力を得られた理由です。
「その他は、私に貸しが作れます」
火竜の聖女となった私に貸しができること。今は大した意味合いを持たないかもしれませんけれど、損はさせないからね。
「受諾いただけたのであれば、もう一つ最大の利益を享受できますわ」
最後はやけっぱちです。これで駄目なら髭はもう必要ありません。
「私に殺されずに済みますわ――」
これが最大のメリット。命あっての物種だもの。
どうか私の本気に気付いて欲しい。できれば前世の父親を殺めたくはないのですから。
クックと笑ったのは髭でした。冗談に聞こえたのなら失敗ですが、どうやら彼は話を聞くつもりになったみたい。
「儂は国務大臣に指名されるのか?」
ここが分岐点だ。髭を引き入れるかどうか。
イセリナを言いくるめる手間が省けるし、何より彼は既に大きな力を持っています。必須ではないにしても、髭の存在は明らかに巨大だ。
「予知では六年後にモルディン国務大臣が引退され、その席が空きます。そこに納まりたいのでしたら、善行をして求心力を高めてくださいな。それにその善行も少なからず利益が生まれます。二年寝かせておくだけで、二束三文の食糧が飛ぶように売れるのです。何ならサルバディール皇国から買い付けを行いますか? それとも自領にて増産されますか?」
もう私は疑っていません。髭は興味がなければ問いなど返さないのですから。
金も地位も得た彼は権力を欲していることでしょう。
「ふん、ならば乗ってやろう。必ず利益を生み出すことだ。加えて儂が国務大臣になれなかった場合は分かっているだろうな?」
「当然ですわ。この首を如何様にしていただいても構いません。ただ治水対策は私が指示する通りに願います。想像を絶する長雨なのですから」
何とか話が纏まりそう。あと私に残された課題は一つだけだ。
「ああ、それと毒シタケを送ってくださいな」
「毒シタケ? 猛毒を持つキノコをどうするつもりだ?」
「ええ、それこそが疫病の特効薬となります。私にしか生成できませんが、サルバディール皇国内で毒シタケを見つけるのは困難なのですわ。菌床を作ることが薬の大量生産に繋がります」
髭が探してくれるならば私は待つだけで良い。土地勘のないサルバディール皇国で無闇に飛び回る必要はなくなるはずだ。
「分かった。ペガサス便で送る。ラマティック正教会の大聖堂に送ればいいな?」
用心深いね。まあウィンドヒル王城に直接飛ばすと、良からぬ噂が立つかもしれません。教会であれば寄付だとか言っておればいいのですから。
「ありがとうございます。薬はある程度纏まったら送ります。ただし、薬ではあまり儲けないで欲しいですわ。疫病が蔓延してしまうと王国は破滅へと向かうだけ。国際的に孤立するだけでなく、反王制派の革命により滅びる運命です」
具体的な話に髭は頷いています。
元より脅しは効果がなかったみたいね。最後まで彼は守銭奴であり、欲望のみに忠実であったのですから。
「まあ了解した。儂は権力を得るためだけに飢饉と疫病に対処しよう」
「よろしくお願いします。私は万全の予知をしております故、成果を上げられなかった場合には如何様にも……」
カルロは何も言わなかった。
自害してまで私がこの世界線を選んだことを知っているのです。覚悟は誰よりも分かっていたことでしょう。
ランカスタ公爵を巻き込めた今、この世界線は新たな未来へと進むことになる。
今度こそ、エリカを守ろう。あの子たちの未来を切り開いてやろう。
私は人知れず目標を定めたのでした。
聖女エリカはやはり清浄なる光でした。なんちゃって光属性の私とは違う。
死を目前にして、彼女は私に病気をうつす可能性を憂えていたのですから。
「貴殿も悪なのか? 世界のために動いているのだろう?」
「私はあの子たちを救うのだと決めました。善なるものが死んではならない。そのために、私は極悪となり、世界を揺るがす悪を排除するのです」
人を殺めることは明確に悪だろう。
死をも厭わない。殺害をも躊躇しない。目指すルートを突き進むために、私は手段を選ばない。
「私は既にサルバディール皇国でも一人を手にかけました。彼が悪であるかと問われると、悪ではないと思います。しかし、私の障害となった彼は見せしめとなっておりますわ」
私の話に頷く髭。隣国の皇太子と面会するために来た彼は、まさか脅されるだなんて考えもしていないことでしょう。
「もう一度、問いますわ。ランカスタ公爵様、私に同調してくれませんこと?」
決裂したならば捕縛するだけだわ。頷くまで痛めつけてあげる。
「本当にメリットはないのか?」
あくまで彼は利益を求めている。本当に呆れてしまうけれど、命よりもお金が大事みたいね。
或いは私の覚悟が伝わっていないのかも。
「回りくどい利益ならばあるでしょう。大規模な治水工事は臣民の支持を得られるでしょうし、飢饉に際して王都への援助を申し出ることは王家からの信頼を得られるでしょう。果てには近い将来に空席となる国務大臣という役職を手に入れるのに役立つはず」
髭はのちの国務大臣となる。
イセリナだった私は未然に治水工事をし、飢饉対策を始めていました。それが聖女と呼ばれる切っ掛けであり、髭が国政に対して強い力を得られた理由です。
「その他は、私に貸しが作れます」
火竜の聖女となった私に貸しができること。今は大した意味合いを持たないかもしれませんけれど、損はさせないからね。
「受諾いただけたのであれば、もう一つ最大の利益を享受できますわ」
最後はやけっぱちです。これで駄目なら髭はもう必要ありません。
「私に殺されずに済みますわ――」
これが最大のメリット。命あっての物種だもの。
どうか私の本気に気付いて欲しい。できれば前世の父親を殺めたくはないのですから。
クックと笑ったのは髭でした。冗談に聞こえたのなら失敗ですが、どうやら彼は話を聞くつもりになったみたい。
「儂は国務大臣に指名されるのか?」
ここが分岐点だ。髭を引き入れるかどうか。
イセリナを言いくるめる手間が省けるし、何より彼は既に大きな力を持っています。必須ではないにしても、髭の存在は明らかに巨大だ。
「予知では六年後にモルディン国務大臣が引退され、その席が空きます。そこに納まりたいのでしたら、善行をして求心力を高めてくださいな。それにその善行も少なからず利益が生まれます。二年寝かせておくだけで、二束三文の食糧が飛ぶように売れるのです。何ならサルバディール皇国から買い付けを行いますか? それとも自領にて増産されますか?」
もう私は疑っていません。髭は興味がなければ問いなど返さないのですから。
金も地位も得た彼は権力を欲していることでしょう。
「ふん、ならば乗ってやろう。必ず利益を生み出すことだ。加えて儂が国務大臣になれなかった場合は分かっているだろうな?」
「当然ですわ。この首を如何様にしていただいても構いません。ただ治水対策は私が指示する通りに願います。想像を絶する長雨なのですから」
何とか話が纏まりそう。あと私に残された課題は一つだけだ。
「ああ、それと毒シタケを送ってくださいな」
「毒シタケ? 猛毒を持つキノコをどうするつもりだ?」
「ええ、それこそが疫病の特効薬となります。私にしか生成できませんが、サルバディール皇国内で毒シタケを見つけるのは困難なのですわ。菌床を作ることが薬の大量生産に繋がります」
髭が探してくれるならば私は待つだけで良い。土地勘のないサルバディール皇国で無闇に飛び回る必要はなくなるはずだ。
「分かった。ペガサス便で送る。ラマティック正教会の大聖堂に送ればいいな?」
用心深いね。まあウィンドヒル王城に直接飛ばすと、良からぬ噂が立つかもしれません。教会であれば寄付だとか言っておればいいのですから。
「ありがとうございます。薬はある程度纏まったら送ります。ただし、薬ではあまり儲けないで欲しいですわ。疫病が蔓延してしまうと王国は破滅へと向かうだけ。国際的に孤立するだけでなく、反王制派の革命により滅びる運命です」
具体的な話に髭は頷いています。
元より脅しは効果がなかったみたいね。最後まで彼は守銭奴であり、欲望のみに忠実であったのですから。
「まあ了解した。儂は権力を得るためだけに飢饉と疫病に対処しよう」
「よろしくお願いします。私は万全の予知をしております故、成果を上げられなかった場合には如何様にも……」
カルロは何も言わなかった。
自害してまで私がこの世界線を選んだことを知っているのです。覚悟は誰よりも分かっていたことでしょう。
ランカスタ公爵を巻き込めた今、この世界線は新たな未来へと進むことになる。
今度こそ、エリカを守ろう。あの子たちの未来を切り開いてやろう。
私は人知れず目標を定めたのでした。
応援ありがとうございます!
10
お気に入りに追加
75
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる