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「あの、質問しても良いですか」
「どうぞ」
「それじゃあ、……ご趣味はなんですか」
「料理とDIYかな。自宅の本棚や仕事用のデスクは自分で作ったよ」
「素敵ですね。部長は物作りがお好きなんですね」
ようやく渋滞を抜けて、車がスムーズに進み始めた。
「そうだね。小学校の頃は、工作の時間が好きだったよ。家庭科の授業も嫌いじゃなかった」
「その頃の好きが、今の仕事に繋がっているんですね」
「うん。俺、色んなことにこだわる性格だろう? きっと、学生の頃に物作りにハマり過ぎて、こんな性格になったんだと思う。姉には"絶対、恋人にしたくないタイプ"と言われたよ。……あ、その笑い方は、確かにって思ったね?」
米山部長はハンドルを切りながら、ちらりとわたしを見て笑った。
「ごめんなさい。部長に手料理を振る舞うのって、かなりハードル高いなと思って」
「大切な恋人が作ってくれたものに、あれこれ言わないし、思わないよ」
「本当ですか?」
「仕事の時の俺と、プライベートの俺は違うよ。会社の業績に関わる以上、部下にはしっかり仕事をしてもらう。でもね、恋人は部下じゃない。だから、質よりも作ってくれた気持ちを大事にしたいと思ってる」
それならば、部下が恋人になった場合はどうなるのだろう。
(なんて。忘れてって言われたのに、何考えてるんだろ、わたし)
「君の趣味は?」
「部長みたいにカッコイイ趣味じゃないですよ」
「聞かせてほしいな」
そんな優しい声でお願いされたら、言うしかないじゃない。
「うぅ。引かないでくださいね? 休日は、基本的に引きこもってマンガを読んだり、動画を観てます。気が向いたら、外に出てお買い物ですかね」
「へぇ、意外だね」
「え、意外ですか? 部長から見てわたしってどんなイメージなんですか?」
「ファッションや髪型だけじゃなく爪がいつも綺麗だから、女子会とか、なんだかそういうキラキラした、男の俺には遠い世界にいると思ってた」
「あははっ、わたしの方がキラキラから縁遠いですよ」
それからは、わたしの住むアパートに着くまで談笑が続いた。
(米山部長と楽しく会話する日が来るなんて。この雰囲気のなかでなら、渡せるかもしれない)
アパート前に停車した瞬間、わたしは意を決して鞄の中で眠る例の物を取り出した。
「あの、部長……受け取っていただけませんか」
米山部長は、わたしが両手で差し出した小包を見つめて固まった。瞬きも忘れてしまうくらい衝撃を受けているようだった。
「自分でも、このタイミングでお渡しするのどうかなって思ったんですけど、日頃のお礼をしたいと思いまして。本当は朝にお渡ししたかったんですけど、仕事をしっかりやれって言われるかなぁ、なんて思って。会社で悩んでたのはこの件です。あの、お忙しいのに、いつも助けてくださり本当にありがとうございます。このチョコはご家族にどうぞ」
焦りから早口言葉のように言ってしまう。おまけに、要らんことまで滑り出てしまう始末。まったく格好がつかなくて恥ずかしい。
米山部長の反応を見るのが怖くて、顔を伏せて目をギュッと閉じる。
手の中から小包が抜き取られるのを感じた。
「こちらこそ、いつも頑張ってくれてありがとう。気持ちごといただくよ」
おかしいな。
家族に渡すと分かっていて渡したはずなのに、どうしてこんなに胸がきゅっと締め付けられるのだろう。ここは、受け取ってもらえて安心するところだ。それなのに、どうして。
この後、なんて言えばいいんだろう。
「大園」
カチャリ、とシートベルトの外れる音と、米山部長が身じろぎする音がした。
頬が温かい手のひらに包まれる。伏せた顔を持ち上げられ、情けない顔を晒してしまう。
「そんな顔をされると、期待してしまうよ」
頬が熱くなる。心臓が忙しなく跳ねる。呼吸が、うまくできない。
親指で頬を優しく撫でられると、なんだか変なスイッチが入ってしまいそう。
「部長は、わたしのどこが好きなんですか」
「笑顔が可愛いところ。仕事を一生懸命に取り組むところ。周りの人を大切にできるところ。それから、負けず嫌いで俺に挑戦的なところ」
「ちょっと待ってください。最後のなんですか」
「あれ、違った? 仕事でノーミスだった時、どうだって顔で俺を見てくるだろう」
確かにしたことがある。身に覚えがある。
「あっ、あれは、そのっ」
「可愛いなといつも思う。あの顔は俺へのご褒美だと思っているよ。あぁ、でも、口が緩みそうになるから多用はしないでほしいな」
「もうしませんっ」
(ドヤ顔を愛でられているなんて、恥ずかし過ぎる! 過去に戻れるなら新入社員からやり直したい!)
米山部長は目を細めて微笑み、わたしのシートベルトを外した。帰りなさいということなのだろう。
せっかく近づいたのに。
離れ難くなっているのは、わたしだけ?
シートベルトを放して引っ込んでしまう大きな手を咄嗟に掴んだ。
「あのっ」
「なに?」
「もうすこし、一緒にいたいって言ったら……ご迷惑ですか……?」
「……そうだね」
肯定の意味なのか。悩む声なのか。
答えは――後者だった。
米山部長はわたしの手の甲にキスをして、蠱惑的な眼差しを向けてきた。
「そんなことを言われたら、このまま俺の家まで連れて帰ってしまうよ」
「……行きたいって言ったら?」
米山部長の目と、触れる唇を交互に見つめながら尋ねる。
「何もしないという約束は、できないよ」
「どうぞ」
「それじゃあ、……ご趣味はなんですか」
「料理とDIYかな。自宅の本棚や仕事用のデスクは自分で作ったよ」
「素敵ですね。部長は物作りがお好きなんですね」
ようやく渋滞を抜けて、車がスムーズに進み始めた。
「そうだね。小学校の頃は、工作の時間が好きだったよ。家庭科の授業も嫌いじゃなかった」
「その頃の好きが、今の仕事に繋がっているんですね」
「うん。俺、色んなことにこだわる性格だろう? きっと、学生の頃に物作りにハマり過ぎて、こんな性格になったんだと思う。姉には"絶対、恋人にしたくないタイプ"と言われたよ。……あ、その笑い方は、確かにって思ったね?」
米山部長はハンドルを切りながら、ちらりとわたしを見て笑った。
「ごめんなさい。部長に手料理を振る舞うのって、かなりハードル高いなと思って」
「大切な恋人が作ってくれたものに、あれこれ言わないし、思わないよ」
「本当ですか?」
「仕事の時の俺と、プライベートの俺は違うよ。会社の業績に関わる以上、部下にはしっかり仕事をしてもらう。でもね、恋人は部下じゃない。だから、質よりも作ってくれた気持ちを大事にしたいと思ってる」
それならば、部下が恋人になった場合はどうなるのだろう。
(なんて。忘れてって言われたのに、何考えてるんだろ、わたし)
「君の趣味は?」
「部長みたいにカッコイイ趣味じゃないですよ」
「聞かせてほしいな」
そんな優しい声でお願いされたら、言うしかないじゃない。
「うぅ。引かないでくださいね? 休日は、基本的に引きこもってマンガを読んだり、動画を観てます。気が向いたら、外に出てお買い物ですかね」
「へぇ、意外だね」
「え、意外ですか? 部長から見てわたしってどんなイメージなんですか?」
「ファッションや髪型だけじゃなく爪がいつも綺麗だから、女子会とか、なんだかそういうキラキラした、男の俺には遠い世界にいると思ってた」
「あははっ、わたしの方がキラキラから縁遠いですよ」
それからは、わたしの住むアパートに着くまで談笑が続いた。
(米山部長と楽しく会話する日が来るなんて。この雰囲気のなかでなら、渡せるかもしれない)
アパート前に停車した瞬間、わたしは意を決して鞄の中で眠る例の物を取り出した。
「あの、部長……受け取っていただけませんか」
米山部長は、わたしが両手で差し出した小包を見つめて固まった。瞬きも忘れてしまうくらい衝撃を受けているようだった。
「自分でも、このタイミングでお渡しするのどうかなって思ったんですけど、日頃のお礼をしたいと思いまして。本当は朝にお渡ししたかったんですけど、仕事をしっかりやれって言われるかなぁ、なんて思って。会社で悩んでたのはこの件です。あの、お忙しいのに、いつも助けてくださり本当にありがとうございます。このチョコはご家族にどうぞ」
焦りから早口言葉のように言ってしまう。おまけに、要らんことまで滑り出てしまう始末。まったく格好がつかなくて恥ずかしい。
米山部長の反応を見るのが怖くて、顔を伏せて目をギュッと閉じる。
手の中から小包が抜き取られるのを感じた。
「こちらこそ、いつも頑張ってくれてありがとう。気持ちごといただくよ」
おかしいな。
家族に渡すと分かっていて渡したはずなのに、どうしてこんなに胸がきゅっと締め付けられるのだろう。ここは、受け取ってもらえて安心するところだ。それなのに、どうして。
この後、なんて言えばいいんだろう。
「大園」
カチャリ、とシートベルトの外れる音と、米山部長が身じろぎする音がした。
頬が温かい手のひらに包まれる。伏せた顔を持ち上げられ、情けない顔を晒してしまう。
「そんな顔をされると、期待してしまうよ」
頬が熱くなる。心臓が忙しなく跳ねる。呼吸が、うまくできない。
親指で頬を優しく撫でられると、なんだか変なスイッチが入ってしまいそう。
「部長は、わたしのどこが好きなんですか」
「笑顔が可愛いところ。仕事を一生懸命に取り組むところ。周りの人を大切にできるところ。それから、負けず嫌いで俺に挑戦的なところ」
「ちょっと待ってください。最後のなんですか」
「あれ、違った? 仕事でノーミスだった時、どうだって顔で俺を見てくるだろう」
確かにしたことがある。身に覚えがある。
「あっ、あれは、そのっ」
「可愛いなといつも思う。あの顔は俺へのご褒美だと思っているよ。あぁ、でも、口が緩みそうになるから多用はしないでほしいな」
「もうしませんっ」
(ドヤ顔を愛でられているなんて、恥ずかし過ぎる! 過去に戻れるなら新入社員からやり直したい!)
米山部長は目を細めて微笑み、わたしのシートベルトを外した。帰りなさいということなのだろう。
せっかく近づいたのに。
離れ難くなっているのは、わたしだけ?
シートベルトを放して引っ込んでしまう大きな手を咄嗟に掴んだ。
「あのっ」
「なに?」
「もうすこし、一緒にいたいって言ったら……ご迷惑ですか……?」
「……そうだね」
肯定の意味なのか。悩む声なのか。
答えは――後者だった。
米山部長はわたしの手の甲にキスをして、蠱惑的な眼差しを向けてきた。
「そんなことを言われたら、このまま俺の家まで連れて帰ってしまうよ」
「……行きたいって言ったら?」
米山部長の目と、触れる唇を交互に見つめながら尋ねる。
「何もしないという約束は、できないよ」
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