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ヤミビトは、殺した

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 声が聞こえた。
 悲痛な声なのか、怒号の声なのか、嬉々な声なのかは分からないが、確かに声が聞こえた。
 けれど、その思いは僕には決して届かない。聞き遂げたかったけどもう無理なのだ。
 非常に君にたいして失礼なのかもしれない。けれど、嬉しかったよ。君を助けることができて、本当に嬉しかったよ。たぶん僕は今、清々しい表情をしているのかもな、それほど僕の心情は穏やかであったから。
 けれど、目の前にいる君は、まるでそんな僕の気持ちとは対比的に悲しそうな顔で僕に話しかけるね。
 でも、鼓膜も破れてしまっているようだから、ごめん、最後の君からの声は決して聴こえないようだ。
 あぁ、段々と瞼も重くなってきたよ。僕はもうじき死ぬ。そうこの時自覚した。自覚したついでに僕は走馬灯を見るようにこれまでの人生を思い返してしまってしまった。


 僕は十五歳でただの農民だった。冒険者になって一攫千金しようだなんて思わなかったし、騎士団に入って正義をカッコよく豪語したいなんて思ってもいなかった。はたまた商業で成り上がろうなんて事も学校に金がなく通えなかった僕はやろうなんて思わなかった。魔法使いなんて一生なれないと思っていた。
 ただ、唯一の家族である妹と、育ての母と父とでのんびり気楽に生きていければ良かったのだ。


 両親は僕が十三の時に死んだ。魔物の軍団に殺されたのだ。しかし、その時の僕の記憶はない。魔物の軍団により村は壊滅しており、村の様子を見に来た騎士達が僕と妹を発見したと言う。どうやら、騎士たちの話によると村人は全て殺されており、不思議な事に生き残ったのは僕と妹だけだったと言う。僕は騎士たちの話を聞く限り、不自然に思った。魔物の群衆が村に押し寄せてたのは太陽が南東にある時、つまり刻は八時を示すときに村は踏襲されたらしい。けれど、おかしいのだ。僕は親の手伝いでその時、畑仕事をしていた筈なのだ。
 そう、その時の記憶はある。けれど、それからの記憶がない。騎士の人たちにこの事を話したけど、恐かったんだねと検討違いの気遣いをされ、まるで真剣には取り合ってくれなかった。
 まさか、この時の記憶の欠落がこんな結末を生んでしまうなんて思ってもいなかったけどね。

 まぁ、僕と妹はもちろんいく宛がない。そこで、騎士の人たちがある人を紹介してくれた。その人は、いや、その人たちは街外れの土地で農業をしている夫妻だと聞いた。年は五十をどちらとも越えており、ご年配の方だった。
 優しそうな人たちだったし、僕たち兄妹は安心してこの人たちに預かられる事となった。案の定、この人たちはとてもいい人たちでとてもても僕たちは大切に育てられていた。

 とうぶんがたった頃、僕はこの人たちに聞いたんだ。なんで、僕たちを預かって、しかも面倒を見てくれるのかってね。
 少し、不思議だったのだ。農業はさほど儲けるものでもない。なのに、この夫妻たちは僕たちと言う出費の権化を預かってくれたのかなって。
 最初はこれを僕が聞いたら、夫妻たちは面を食らったような表情になったから、しまった、わざわざ聞くことではなかったなと後悔した。
 そしたら、妻の、僕の育ての母である人が、そんな僕の様子を悟ったのか、僕を安心させるためにこう言ったんだ。
 “実はね、私たち子供が欲しかったの。けれど私は子供が出来ないからだでね、それは無理な話だった。だから、親元のいない子達を預かって大事に育てようと思ったのだけれど、ここは比較的治安が良くて、そう言う子は幸いな事でいなかったのよ”
 続けて、夫の、僕の育ての父である人が言うんだ。
“そうやって、僕たちは諦めかけていた。けれど、そんな矢先、君たちと出会ったんだよ。不快になったかい? 僕は君たち二人が来たことにとても喜びを覚えている。君たちは僕たちの息子娘だと思ってるし、つまり、君たちの不幸を喜んでいるのといっしょなんだよ”
 父は、少し悲しそうな表情になった。母も、そんな父と同じように少ししんみりなっていた。
 これではいけない。僕はこの人たちに笑ってほしい。それぐらい好きな人たちだったから、僕はすかさず、口下手だけれど、必死に伝えたんだ。

「うんうん。不快になってないよ。とても嬉しかった。とても暖かかったし、僕はあなたたちの事を本当の親だと、父さんだと、母さんだとおもって、いるよ」

 僕は真剣に言う。すると、母は目に涙がたちまちたまって、ついには涙がこぼれ落ちてしまった。父も、頑張って涙を堪えているようだった。
 僕はおろおろしてしまう。まさか、泣くなんて思わなかった。どうしよう。泣かしてしまった。
 笑って、欲しかったのに。
 暗くなる僕に、やはり、何かを感じたのか、母と父は優しくけれど力強く抱擁をしてくれた。
 自然と、涙がでたよ。
 安心したんだ。
 これからの日々に。
 やはり、この時の僕は疲れていたのだと思う。体力的にも精神的にもだ。
 だって、家族は妹以外皆死に、友も死んだと言われた。実感はとてもじゃわかないし、受け入れられなかったけど、騎士たちの表情と言動を聞き見するなり、どうやら現実の事らしいと理解した。
 そのときには急な無気力感に襲われ、さらにはこれからどうなってしまうのだろう、妹は守れるだろうか。これからの事に不安しかわかなかった。
 けれど、この不安たちを夫妻たちは簡単に払拭してくれたのだ。しかも、安心をくれた。
 今も暖かみを感じていたら、部屋奥から寝ていた妹が起きてきた。
 眠たそうなまぶたを擦りながら、僕たちのこんな状況を見つけると、まだ五歳の妹は仲間はずれが嫌なのか、ハッとなり、僕たちに抱きついてきた。

「ハッハハ」

 父が嬉しそうに笑った。

「フフフ」

 母が慈しみの帯びた微笑みをこぼした。

「きゃっきゃー、おにいちゃーん」

 妹がそんな状況を分かっているかのように、無邪気に笑った。

 僕はただ、泣きながら笑い、この人たちと幸せに暮らすぞと心の中で誓った。

 
 

 その一年後、父と母は殺された。
 それは朝の出来事だった。
 僕は畑に毎日行っている水撒きを行って、家路につく頃だった。
 もう、自分の家だと言えてしまう自宅に帰還した時だった。何かの異臭を感じた。鼻につくような異臭だ。
 僕は顔をしかめながら、薄暗い部屋全体を見渡し、驚愕した。のちに絶望した。背中が冷えわたるのが分かり、全身が恐怖と畏怖に震えてしまう。
 そこにあったのは、いつも使っている長机の上に置かれている、両親の首と、その真ん中に血だらけになって、仰向けに瞳を閉じている妹だった。ピチャピチャと今も血が地面に滴る音が鼓膜を無情に刺激した。
 僕はおぼつかない足取りで、けれど早足でそこに近寄っていった。
 嘘だ   嘘だ  嘘だ 嘘だ 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ、いやだいやだいやだいやだいやだ。
 これは夢だと、現実ではないと誰かいってくれ。
 あと、もう少しで机につく筈だった。しかし、僕はそこにつくことなく、強い衝撃と共に後ろに吹き飛んでしまった。

「ぐぁッ!!」

 地面に僕はひれ伏した。痛みと、恐怖で。出てくるのは謎ばかりだ。

「? !? ? ?」

 ひれ伏しながら、何が起きているのかを必死で考える。何故、両親は首だけなのだ? どうして、妹は血だらけになっているだ? どうして、僕は吹き飛んだんだ?
 その、謎を解明するように僕は未だにひれ伏しながら前を見た。
 前を見ると何かいるのだ。机の奥に。部屋の奥に。
 その姿は人間では無かった。その姿はさながら化け物だった。顔は牛で、両腕は人間で、足は馬の様な足。ごうごうと深紅のマントをはおり、体を黒い豪華な服で包んでいた。今も、鼻息をあらげながらそいつは堂々と鎮座していた。

「ふー、ふー、人間。ふーふー、貴様には、ふー、二つの道がある。ふー、いや、二つの道しかない」

「?」

 僕は苦悶に満ちている表情なのだろうな。痛みと恐怖で理解が全く追い付かなかった。

「ふー、ふー、ひとつはお前も死に、この妹も死ぬかだ」

 その瞬間僕のからだ全体が熱くなるのを感じた。

「そんなことをすれば、貴様を殺すぞ!!」

 全力で睨みながら激昂する。でも、よかった。妹はまだ、生きているようだ。

「ふー、ふー、ふー、ならば、ふー、二つ目の道だ。我についてこい。我たちの魔界に」

「はぁ? 何故行かないといかないんだ。残念だが、僕は普通の人間だぞ」

「クッククク、ふー、ふー、やはり、ふー、貴様は忘れているようだな」

「?」

 僕が疑問の瞳を向けると、化け物は独白するように語りだした。

「これは、二年前の、ふーふー、事だ。貴様も覚えているだろう? ふー、ふー、ふー、親が死に、友も死に、同郷の者が無惨に蹂躙される姿をふー、ふー、あぁ、そうか、そういえば貴様は記憶を消されていたな。魔王様はなぜふー、ふー、ふー、そんな事をしたかは知らんが」

 魔王。それは魔界を統べる王の名称。畏怖の象徴。破壊の代弁者。
 なぜ、ここで魔王の名がでてくるのだ。

「ふー、ふー、あの日魔王様は見つけてしまった。お前と言う、ふーふー、ふー、希望の存在を。
 あの日、魔王様は自信の命を脅かす芽を摘むために、たった一人の人間を殺すために、魔の軍隊。魔王軍を進軍させた。ふーふー、ふー、その計画は成功に終わり、ふー、ふー、一人の人間、名をアーサー。そいつは聖剣の使い手、そいつを殺せた」

 アーサー。彼の逸話はよく聞いたことがある。龍をひとふりの剣で凪ぎ払い、魔の番犬、ケロベロスを滅したと言う伝説など。けれど、彼は殺されてしまう。魔王に。彼は魔王を倒すほどの力を持っていた。聖なる力の根元、聖剣を。
 聖剣は彼だけにしか使えず、また、聖剣を扱えるものを皆勇者と呼んだ。しかし、そんなアーサーも数の力には勝てない。
 魔王率いる、魔王軍。そいつらの踏襲によって、なすすべなくアーサーは魔王軍に葬られてしまう。

「その、帰路を進む時だった。魔王様は気分が良かったのだろう。人間を殺したいといきなり言い出し、一人ふーふーふー、ふー、人間の住みかの集落に赴いた。ふー、ふー、魔王様は一人で殺したいとおっしゃってはいたが、我たちは魔王様の家臣。ふー、ふー、離れることはまずできないと判断し、ついていった。ふー、ふー、しかし、耐えられはずもなく、魔王様に、人を殺させてくれと懇願したら、こころよく良いだろうとその一言で許しを得た。ふー、ふー、ふー、その後はまさに快楽だったよ」

 にんまりと化け物は笑いを浮かべ、僕はゾッと寒気がした。

「撲殺、圧殺、刺殺、毒殺。色々なふー、ふー、殺し方で殺したっけふー、ふーふー。気持ちよかったなぁ」

 異常だ。狂っている。前にいる化け物は狂気に満ちている。殺しを快楽なんて言っている。

「人間どもを殺し続けるふー、ふー時だった。我の側にいた魔王様がいきなり、目の色を変えて見た若者がいた」

 その瞬間、化け物の目は僕を見つめ直した気がした。

「それは、貴様だ。貴様にはふー、ふー、闇の素質があった」

「闇の、素質?」

「そう。ふー、ふー、勇者を倒し、一安心を手に入れた魔王様だが、勇者が今後出ない保証はどこにもない。ふー、ふー、げんに勇者がいなくなればまた直ぐに次の勇者が発生することも事実。ふーふーふー、安心できぬ魔王様は欲しかったのだ。勇者を倒せる、闇の使者が。ふー、ふー、闇と光は対比、故に規律なぞ存在しない。ふーふーふー、それは自然の摂理、ことわりだ。ふー、ふー、故に相容れない存在。ふー、ふー、双方は絶対的弱点。ふー、ふーふーふー、故に破壊できる。ふー、ふーふー、これで、魔王様が貴様を欲しい理由がふー、ふー、ふー分かったか?」
 
 こいつの言い分を分かりやすく言えば、勇者を倒せることの出来そうな僕と言う存在を魔王が欲している。と言うことなんだろう。
 
「.....ざけるな」

「?」

「ふざ、けるなよ。そんな事のために、お前は僕の親を殺したのか?」

「ん、あぁ、ふーふーふー、そんな事か。殺す必要は無かったがな、ふーふー、貴様が心残りになりそうなのはふーふーふー、魔王様に殺せと命じられてるのでな」

 また、魔王か。
 こいつは、殺す。絶対、殺す。許さない。殺す! 魔王も、殺す!

「殺して、やる!」
  
 僕は一種の怒りの衝動に駆り立てられ、考えるより先に体が動いた。
 目指すのは、あいつの目だ。くりぬいてやる!!

「おおっと、止まれよ。妹がどうなっても良いのかぁ?ふぅーふーふー」
 
 化け物はそんな事を口走りながら、自身の鋭い爪を妹の首筋にたてた。
 僕は、止まってしまう。

「やめ、ろ。それだけは、やめろ。絶対やめろ」

「ふー、ふー、ふー、貴様には結局、一つの道しかないのだ。魔王様のもとに行き、勇者を殺すための魔王様の糧にふー、ふー、ふー、なること。違う道を選んで、妹を目の前で殺されたくはなかろう?」

「きた、ないぞ」

 僕はまるで、懇願するような瞳で化け物を見ているだろう。妹はどうか、たすけてくれ。

「妹を、殺すも、殺さないのもふー、ふーふー、貴様次第だ。ふー、ふー、さぁ、どうする?」

「もしも、もしも僕がついていくと行ったら、どうなるんだ?」

「その時はふーふー、貴様と貴様の妹を連れてこいと、命ぜられてる」

「!? なんで! 妹はおいていっても良いだろう!?」

「駄目だ。ふーふー、そういえば言ってはなかったな。ふーふーふー」

「何をだ?」

「貴様の妹が唯一助かる方法だ」

「どうすれば、いいんだ?」

「簡単だ。ふーふー、勇者をふーふー、殺せる事ができたならふー、ふー、妹だけは解放してやってもいい。ふーふーふー、魔王様からはそう伝言されている」

 なんだよ。これじゃあ、ついていくしか方策はないじゃないか。クソっ、くそ! くそ!

「わかった、ついていく」

 諦めるように、そう呟いた。
 化け物は満足したような笑みで、

「よし、ならば、連れていこう!」

 そう、言った。




 それからは地獄の様な日々だった。
 僕は、毎日のようには戦場にたたされ、人を殺す日々。殺したくないのに。けれどそんな心情は無視しなければ妹の命が危うい。
 僕は、自分の心を噛み殺し、人を殺し続けた。僕は勇者を倒すだけの存在なんだろ!? なんで、人を殺さないといけないんだ! なんで、戦場に行かないといけないんだ!? 魔王に言ってやったさ。すると、魔王はこう言うんだ。
 人を殺しなれぬ貴様に、勇者が殺せるものか。それに、貴様の闇の力は負の感情を取り込めば取り込むほど強くなるものだしな。人を殺すのが丁度いい。貴様の罪悪感と、殺される人間兵の絶望を足して、貴様は強くなる一方だらかな。勇者を倒せるほどの力を手にいるのにはあともう少しだ。
 いったい、何年間、人を殺し続けただろうか。人間の住む集落をひとつ潰すごとに妹と会わせてくれる権利をもらえた。会う妹はとても悲痛そうな面持ちで、いつも僕の事を心配してくれていた。
 お兄ちゃん、私怖いよ。
 助けなくては。そうひとえに思ってしまう。
 そうやって、一年がたったやさき、魔王城に一つの情報がたれ込んで来た。
 どうやら、人間界で勇者が誕生したようだ。
 来た。とうとうこの時がやって来たのだ。妹を解放してやれる時が。
 僕は早速魔王に命令され、一つの軍を率いて勇者討伐に向かった。
 
 しかし、勇者率いる帝国軍に苦戦を強いられる。

 激戦をくし、血で血を洗うような凄惨な戦争はもう少しで終わりを迎える。
 勇者と僕の決戦だ。

 荒れ果てる広野の真ん中に二人の人間が今たっていた。

 一人は輝かしい金の遜色で揃えている軽薄な装備を身に包み、一人は黒紫色の薄い生地のフードを深く被っている。これが僕だ。前者は勇者。

「この日を待ちわびていたぞ。闇ビト」

 闇ビトとは、僕の人間界での別称だ。闇のような人間の形をした残酷な化け物。それが僕だった。

「・・・・・・・・・・・・・」

 僕はなにも言えない。押し黙ってしまう。少しだけ驚いたことがあるとするのなら勇者が女だって事だ。けれど、今はそんな事関係ない。殺さなければ、妹を救えない。

「なにも、言わぬならそれでもいいだろう。最後に言い残す言葉はない。そういう事だろ!」

 勇者は、きしゃな体を飛ばして、僕に切りかかってきた。僕はそれをふらりと避ける。
 轟音とともに避ける大地。それを見る限り、勇者が持っている剣に少しでも当たれば殺されそうだ。
 僕は、手を勇者にかざした。

「限闇(げんむ)」

 呪文を唱え、勇者に向けて闇の束が襲う。

「そんなもの、効くかぁ!」

 しかし、勇者はひとふりで闇を消し去ってしまった。すかさず僕は腕を勇者に向かって何度も振った。
 無数の闇の刃が勇者に切りかかる。だがやはりこれも簡単に切り崩され、次は勇者が地を蹴り、僕に向かってきた。何度も振るわれる刀身。僕はそれを全て冷静に対処し、後ろに軽やかなステップで身を引いた。
 そろそろ、決着をつけるか。これなら、僕でも勇者を殺せそうだ。そう、思ってしまうほど、まだ勇者は幼く、戦馴れはしていない。好都合だ。次で決めてやる。
 虚空から、闇の剣を取りだし、僕は勇者に何も持っていない左手でさっきと同じように手をかざす。
 
「邪龍星郡(じゃりゅうせいぐん)」 

 抑揚のない声でそう言うと、僕の前にどでかい黒い魔方陣が出現した。そこから、闇の玉が激しく無数に放たれた。
 勇者はそれを切ることはせずに避けながら段々と距離をつめてくる。僕はすかさず、予め地面のなかに潜めていた闇のつるを伸ばし、勇者の足に絡ませる。避けるのに手一杯だった勇者をいともかんたんに捕まえれた。

「キャあ!」

 女らしい悲鳴をあげる勇者を、無慈悲に地面へと叩き落とす。

「がはっぁ!」

 鈍い呻き声が上がった。
 それに伴い、勇者は片手に持っていた聖剣を手放してしまった。
 終わったな。僕はそう思い、ゆっくり勇者に近づく。
 苦しそうに息をする勇者に僕は闇の剣をかざした。
 そして、一降りしようと、腕をあげ、剣を降り下げる瞬間、

「父さん、かあさん....」

 勇者はそんな言葉とともに、一筋の涙が頬をつたった。
 僕は剣を降り止めてしまう。
 なぜ、殺さない? なぜ、殺せない? こいつを殺せば、妹を救えるんだ。なのに、なぜ?

「くっ!」

 判断に迷う僕はそんな声を上げてしまう。すると、勇者はかすれた意識を再度取り戻した。

「ぅぅ、な、なぜ殺さな? それをひとふりすれば、私を殺せる、だろ」

 痛みに苦悶の表情になりながら、勇者は俺を無気力な目で見た。
 俺はその目に見られた瞬間、身をすくめてしまう。

「はやく、早く殺してよ! 私のお父さんを殺したようにさ!」

 勇者は叫ぶと、離していた剣をがむしゃらに取り、僕に荒々しく斬りかかってきた。
 僕は足に力を入れ、後ろに飛んだ。剣からはなんとか逃れられ安心する。

「私は、父さんを殺したお前を許さない! 絶対に絶対に許さない、必ず殺す、きっと殺す!」 
 
 地面にひれ伏しながらも、彼女はまるで汚物を見るような眼差しで僕に訴えかける。
 何で、何でなんだよ。
 何でこんなにも、あの時の僕と被るんだ。父さんと母さんを化け物から殺されたあの時の憎悪に満ちた僕と、彼女は被るんだ。
 僕が君の父さんを殺した? あぁ、殺したかもしれないな。何千、何万って人を殺してきたんだ。その中に君の父親がいてもおかしくはないだろう。
 
「この、人殺しの化け物がぁ!」

 だから、止めてくれ。僕があの時の化け物と同じみたじゃないか。僕は違う。あいつらとは、違う。僕は人殺しを快楽だなんて思わないし、なんら苦痛でしかない。だから違う。
 やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ
 あいつらと同じなんてやだ。 
 
 勇者は地面から瞬時に立ち上がると、俊足でこちらに向かってきた。
 
「くるなっ! 来るなぁ!」

 僕は目茶苦茶に闇玉を撃つ。が、勇者はいとも簡単に避けてしまう。気づけば、剣を振りかかる勇者がもう目の前。僕はなんとか殺されまいと、身をよじるだけよじって、致命傷だけは避けた。けれど、腕は回避できずに、吹き飛んでしまった。

「ぐぁぁああああ!?! 」

 もがく僕に勇者はやはり生ぬるくない。すぐに僕の腹に剣を突き刺してくる。

「カッハっ!」

 抜かれる刀身。吹き出す血。あり得ぬ激痛。確かに死を感じた。
 視界も虚ろになる。勇者がぐにゃりと曲がり、それだけではなく世界がぐにゃりと曲がっていた。
 勇者は僕から抜いた剣を、首に狙いを定める。
 殺されるな。そう切実に思っていた。
 しかし、唐突に地面から出た謎の魔方陣によって僕は取り込まれる。

「待て逃げるなぁ!」

 そんな勇者の怒濤の声を聞きながら、僕は闇にさいなまれるのだった。



 瞳を開けると、視界に入ってくるのは不思議な世界だった。右横は雪が降っていて、その左隣では雨が降っている。しかし向こう側に見える景色は快晴な気持ちのよい蒼い空が広がっていた。
 僕が立っている半径五メートルまでの地面は砂漠で、しかしその回りには華やかな花と、青々な草々が生え揃っていた。
 ここはどこだ? 僕は殺されたのか? いや、殺される前に魔方陣に取り込まれた気がする。じゃあここは魔方陣のなか? いや、どうだろうか。夢かも知れない。
 自問自答を繰り返す。でも、やはり、正しい答えなんて出はしなかった。

「おい、そこのお前」

 僕が喋った訳ではない。後ろから聞こえた声だ。一体だれなんだ?
 振り替えると、そこにいたのはもう見飽きた自分の姿だった。

「お前は、誰だ?」

 僕は聞く。
 ケラケラと僕の言葉に前のやつは笑った。

「この姿を見て、まだ分からないのか? 俺はお前だよ」

「僕の一人称は俺じゃないぞ」

「って、突っ込むのそこかよ」

 ゴホンっ、と気をとりなおすように彼は咳払いした。続けて、

「俺は、お前の中にいるもう一人のお前だ」

 ・・・・・ややこしいが、理解はした。
 理解はしたが、信じる事は出来ない。出来ないし、侮蔑の眼差しを無意識に送ってしまった。だって、そうだろ。いきなり現れた奴に、俺はお前だなんて言われたら、は? 何が? ってなってしまう。

「で、僕の中の僕が何かようなのか?」

「お前、俺が居ないと死んでたんだぜ。感謝しろよ」

「質問に答えろ」

 僕が真剣みの帯びた声で言うと、相対するそいつは肩をすくめた。

「ふー、我ながら面白くないやつ。まぁ、いいや。お前のために本題にはいってやるよ」

「・・・・・・・・・・・・・」

「なんか反応しろよな。まぁいいや。お前をここに連れてきた意味だったよな。簡単だよ。お前が力を望んだから」

「力? 一体なんの?」 

 僕はとぼけると、そいつは嘲るようにクックククと笑う。

「本当はわかってんだろ?」

 身をのりだし、僕の間近に来る僕に似た人間。

「わから、ないんだけど」

「とぼけるな。思い出せ、お前は何故こんな目にあっている、誰のせいでこんな仕打ちを受けている? 誰のせいで大事な妹が泣いている?」

 彼が言葉を吐き捨てるうちに、頭に浮かんできたのは一人の元凶の姿。

「魔、王のせいだ」

 ニタァと、僕の返答を聞き、彼が笑った。

「なら、倒そおうぜぇ、魔王を」

 魔王を、倒すか......それが出来ればどれだけ良いことか。

「無理なんだよ。僕じゃあ魔王を倒せない。倒せないし、妹も人質に取られてる───」
「無理じゃないね!」

 だから無理だ。と、言おうとしたが、そいつに遮られてしまった。

「? 無理じゃない?」 

 すると、彼は両手を大袈裟に広げ、豪語し出す。

「ああ! 無理じゃない! 魔王も殺せるし、妹も助けれる!」

 僕はテンションの高い彼とは対照的に低い声で、

「どうやって? 言っておくが僕より魔王の方が絶対的に強い」

「だぁから、いってんだろぉが、その力を俺が渡してやるって!」

「渡してやるって、お前が?」

「あぁ、俺がだ。つぅかよ、お前は不思議とは思わなかったのか?」

「何がだ?」

「何故、魔王はお前より強いのに、お前に勇者と戦わせる理由をだ」

 そう言えば、そうだ。魔王は圧倒的に僕より強い。それは変わらぬ事実。けれども、魔王は勇者と戦う事を恐れているように感じた。

「それは、知らない」

「簡単だよ。魔王は絶対的に聖剣には敵わないからだ。ひとふりでもされたら死滅だ」

「じゃあ、勇者から聖剣ふんだくってそれで戦うって言うのか?」

 率直な考えを述べたら、彼はアホを見る目になり、僕を呆れた表情でみつめる。

「馬鹿か、聖剣は選ばれた一個人にしか使えない代物だぞ。例えぱくったとしても、お前には使えない」

 淡々と言った。

「じゃあ、何だって言いたいんだ。その話の続きがよめないぞ」

「はぁ、単刀直入にいってやる。俺がお前に聖剣を渡そうと言いたいんだよ」

 脱力したように言い、力の無い目で僕を見つめる彼。

「聖剣をお前は持っているのか?」

「いや、ただ作れるだけであって持ってはいない」

「聖剣を作るれる?」

 懸念な表情になった僕。顔をしかめ彼を見た。

「ああ、作れる」

 再度聞いたその言葉に、僕の中の何かが期待するように疼く。

「それで、魔王を倒せるのか?」

「ああ、倒せるぜ。負ける可能性も否定はしないが、無いよりはましだ」

 暫時、沈黙が漂う。

「どうする? いるのか? いらないのか?」

 聖剣があれば魔王を倒せる。その聖剣は目の前のこいつが作れる。それがあれば妹を助けられる。ならば、答えは一つだけだろう?

「作ってくれ」

「あぁ、言い忘れがひとつあった」

 ニヤリとした彼だったがすぐに、ぱっと何かを思い出したのかすっとんきょうな声をあげる。
 僕は、むごんでその言い忘れを聞くのを待つ。

「聖剣を作る際にお前の命使うから多分、魔王を倒せたとしても三日ぐらいしか生きられないぞ」

 なんだ、そんなことか。僕の命一つで妹を救えるなら、魔王を殺せるなら、払ってやるさ。命くらい。

「あぁ、十分だ」

 それに3日あるならば、この世に一人取り残される妹の安全な住み場ぐらい探せるだろう。

「あぁ、その答えを待ってたぜ。今から作る!」

 そう断言した瞬間に、僕がたっている地面が光だした。
 その光のせいなのか、段々と眠気が僕にさしてくる。
  
「おい、どうなって、んだ。眠たい、ぞ」
 
 ろれつが上手く回らない。視界も虚ろになり、体も重くなる。

「目を覚ませば、魔王を倒す力がそこにあるさ」

 そうやってニヒルに笑う彼を見送りながら、僕はまた暗闇に誘われた。


 瞳を開けると、僕は横たわっていて、場所は勇者と戦っていた荒れた広野。
 時は朝ではなく、夜だった。
 手には何か、固い感触がある。
 確かめると、そこには黒い剣があった。漆黒で、闇と言うよりは魔というような禍々しい剣だった。
 僕は起き上がると、その剣を持ってみる。
 質量は申し分なく、グリップも僕の手にフィットしている。
 軽く振ってみると、しっくりくる物があり、まさに僕だけの剣だった。これが聖剣か。聖剣と言うよりは魔剣のような気もするのだけれど、まぁいい。
 良い仕事、するじゃん。そう、心の中で僕の中の僕に言ってやった。まだまだ、今さっきの出来事に真実味が帯びないが、仕方ない。剣が出てきているのだから、信じるしかないだろう。

「と言うか、早くいかないと」

 魔王軍は見る限り退散しており、また、勇者軍の姿もない。魔界では、僕が帰還していないから、戦いは負けたと報告されているかもしれない。
 そうなれば、妹の命も危うい。
 僕は走り出す。
 この広野を、風のようにかける。
 その瞬間だった。
 一筋の閃光。その閃光の線は僕に向かってきて、危ないと感じさせられる。僕はそれを瞬時に回避し、その光の出所を見つめた。
 そこには先刻戦って、僕をあと一歩のところで殺せた、勇者がいるではないか。なぜ勇者がここに?

「貴様の魔力の匂いがまだあったからな、ずっと探していたぞ」

 匂いが? 僕は確か今さっきまで変な世界で、変な奴と、変な会話をしていたが、ここらの空間は、あそこの世界と何らかが繋がっているのか?
 でもまぁ、考えても仕方がない。今は、僕にやたらご執心のこいつをあしらって、すぐに魔王を打倒しにいかねば。

「今はお前の相手をしている暇はない!」

 即座に勇者の下に魔方陣をだし、足止め用の闇のつるはしを勇者にからませた。
 
「ちょ、キャア!」

 そしてそのまま一気に空中にもっていく。ちょろいな。
 僕はそのまま過ぎ去る。後ろから勇者のヒステリックな声が聞こえたが、僕は気にすることなく魔王に向かって走っていった。





 が、勇者には頼み事があるので、僕は拘束している勇者の元へと戻ってきた。

「なぜ戻ってきたぁ!」

 涙目で吊るされている勇者が、瞳を鋭くしながら、体をじたつかせ、僕を見る。

「頼みが、あるんだ」

「は? 頼み?」

「あぁ、僕は魔王を今から殺す」

 そう言うと、彼女は露骨に驚いた。

「は、はぁ!? 魔王を殺す!?」

「あぁ、殺す。....それで、その時の過程で手助けをしてほしいんだ」

「.....意味がよくわからないのだけれど、あなたにも色々事情があるのは分かったわ」

 それを聞き、僕は表情が明るくなる。が、

「でも、言ったはずよ。私は貴方と言う父の仇なの。手伝う義理なんてないし、手伝いたくもない」

 やはり、難しいか.....。

「勇者ってのはさ」

 ここから、僕が言うのは屁理屈だ。だが、言わせてもらおう。

「勇者ってのは、自らの剣をかかげ、市民を、善良な一民間人を悪の手から救ってくれる存在なんだろ? いや、そんな存在じゃないといけないんだ」

「......なにが、いいたい?」

「今、魔王城には一人の女の子がいる」

「その子はとてもけなげでぎょうぎが良くて、可愛くて、もう、小動物も目じゃないくらいやっぱり可愛くて...」 
 
 おっと、これではただの妹自慢になってしまう。話を戻さねば。

「とにかく、女の子が、罪のない女の子が魔王城に捕らえられている」

「だから、何が言いたいの。まさか私がその子を助けろだなんて言ってるの?」

 察しが早くて助かるよ。

「あぁ、そうだ」

「残念だが、はいわかりましたとは言えないな」

 .....クソ! 強情な勇者め。

「なぜ?」
 
「理由は至って簡単。まず、お前の話が信じられない。私を魔王城に連れてきて、罠に嵌めようとしているんじゃないか?」

 うーん。確かにそうとらえても可笑しくはないな。
 僕は仕方がなかったかが、ある手を使う。
 簡単だ。拷問にも使われるような手法。

「ちょ、アッハッハハハハハハ! キャハハハハ!」

 そう、こしょぶりだ。
 黒いつるはしを器用に使い、勇者のあらゆる弱点でありそうな体部をいじくる。

「手伝う?」

「キャハハハハっ、絶対にハハっやだっぁアッハハハハ!」
 
 数分後。

「ハハっ、アはっ、手伝う、手伝うから、キャハハハ、止めてっ」

 体をびくんびくんと痙攣させながら、勇者はとうとうおちた。
 僕はすぐにくすぐりを止め、闇のつるはしを消した。
 ドタンと、土ぼこりをたてながら勇者は落ちてきた。いまだに痙攣がやまず苦しそうだ。 
 
「はーはー絶対に、はー、はー、んぐ、殺す」

「言質はとったぜ、まさか手伝うと言って、嘘をつく勇者ではないだろ?」

「あたり、まえだ。魔王城にいって、魔王もろともお前を殺す」

 はは、目こわ。まぁ、いいや。手伝ってくれるなら。








 そして、つく魔王城。勇者にはあるていの説明をして、妹の元へと向かわせた。僕は隠密行動を基本にし、魔王のもとへと訪れた。
 そこには玉座に偉そうに座る魔王。   

「ほう。生きていたか」  
 
 禍々しい声で魔王は心配をする気配もなく言った。
 
「おい、妹は無事なのか?」

「安心しろ、今は無事だ」
 
 含んだ言い方に、僕はイラっとくる。まぁ、これで僕は遠慮なく暴れるって事だけど。

「それは、良かった」

 僕の安堵する表情を見ると魔王は、鼻で笑う。僕のこう言うところを見て楽しんでいるのだ。流石に殺気がわいた。

「んじゃあ、良かったついでに」

 僕は少し俯きながら言って、     

「ん?」

 魔王は気にするように僕を見た。さぁ、言ってやろうじゃんか。僕の言いたかった叫びを。

「死ねよ、クソやろう!」

 地を蹴り、魔王に俊足で近づく。そして、体内にしまっていた聖剣(聖剣は体内に取り込めるみたい。んで普通に出し入れできる)を右手からとりだし、魔王に振るった。
 だがやはり魔王と言うべきか。瞬時に僕がもっているのが聖剣と判断したのだろう。顔色が変わり、大仰に後ろに飛んだ。その程で僕は玉座をたたっきった。
 
「貴様、どこでそんなものをっ!」

 焦りの声。魔王も焦るんだな。僕は倒せると言う実感を持ち、自信ありげになる。
 その勢いで魔王の後ろに魔方陣を作り、そこから闇のつるを剥き出せさせた。
 闇のつるが魔王を絡む。

「小癪なっ!!」

 しかし魔王が片手を振るうだけでそれは一瞬にして塵となってしまった。

「まだまだぁ!!!」

 魔王の四方八方に魔方陣を展開する。はっきり言って、魔王と長時間の戦闘は避けたい。魔力を無限にもっている魔王だ。長ければ長いほど僕の体力は削がれ、勝機を失う。決着は早々につけねばならない。

「しねぇ、魔王!!」

 叫ぶ。すると、展開された魔方陣から一光の闇が指した。それはビームと言っていいほどの形状でまっすぐに魔王に向かう。

「だから小癪と言っているんだぁ!」

 喉から轟き、魔王は自信を闇で覆った。多分、防御魔法を取ったのだろう。
 直撃し、瓦礫やらの埃が大いに立ち込める。

「むぅ! どこにいる!!」

 周りの見えない魔王は不安を帯びた声で辺りを気にしている。僕は塵の煙が晴れるのと同時に魔王の背後を取って、聖剣で串刺しにしようとした。

 ──────勝った!

 たしかにそう確信した。

 しかし、その直後に魔王から禍々しいほどの魔力が爆発的に溢れだし、あり得ない程の音響に僕は鼓膜が破れ、吹っ飛んでしまう。魔王が絶叫し、自身から魔力を放出したのだ。

「こざかしい。実にこざかしい!! もう知らん。絶滅させてやる!!」

 僕は軽やかに地面に着地する。もう、魔王が何て言っているかも聞こえない。て言うか耳から血が出てる。
 
「これで、確実に死ね!」

 魔王から漆黒の玉が僕に光速で迫り来る。
 僕はそれを避けようと足に力を....力がはいらない!? 先程の魔王の叫び攻撃?で足にガタが来てるのか!? くそ! ヤバイ。闇玉はもうすぐそこだ。
 あっ、つか、今貫いた。ぽっかりと僕の腹に穴があく。
 吹き出る血渋き。込み上げてくる絶望が、希望を渇望した。まだ、死ねない。なぜならまだ魔王はそこに生きているから。
 僕は最後の力を振り絞り片手に持っている聖剣を力一杯魔王に投げつけた。しかし、魔王はそれをひょいと避ける。
 だが、これは予想していた。僕は咄嗟に聖剣の起動を変え、魔王に到来させる。
 魔王はまさかこうなるとは思わなかったのか、断末魔をあげたようだ。口を大きく開いて昏倒しようとしている。
 聖剣の起動を変えれるのは最初から何故か分かっていた。だからできた所業なのだ。
 僕は力無しに、地面に顔面がぶつかるように倒れた。
 やっと、殺せた。やっと妹に平穏を渡せた。

 
 もう少しで死ぬな。と思っていた矢先、いきなり僕の体はうつむけから、仰向けに変わった。一体だれが、と見てみるとそこには泣き散らしている妹の姿が在るではないか。
 妹が悲痛そうな面持ちでなにかを伝えている。けどごめん。鼓膜も破れてしまっているようだから、聞き届けれないよ。やっと、君を救えたんだ。だからさそんな悲痛そうな顔をしないでおくれ。最後は笑っておくれ。
 そんな僕の心情とは裏腹に泣き止まぬ妹。

 だんだんとそれもぼやけてきて、からだがさめきるのがわかり、やがては、いしきももうろうと。みているけしきは、なみのように、すがたをゆがめ、さいごには、やみのかなただった。






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