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転生したった。

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 突然ではあるが、魔王に殺された僕は日本に転生していた。その事実を全て理解したのはわずか齢(よわい)五の時である。
 前世の記憶が、思考が僕の中にあるのだから、その事実を受け止めるのは余り難しくは無かった。
 最初は戸惑いはしたものの、十の時には日本にほとんど順応していて、もう高校生になる僕は日本色した人間になってしまっていた。
 前世に未練はないかと聞かれれば、そりゃああるに決まっている。妹は無事なのか気になるし、魔王を倒したあっちの世界では本当に平和になっているのかも気がかりだ。
 でも、元の世界に戻る方法が分からないのだから、仕方のないこと。もう、戻れないのだ。

 あ、そうそう、異世界に行く方法でググってみたこともあった。そしたら、エレベーターでする方法があったのだが、案の定失敗に終わり、何故かやった後はむなしさに襲われたな。その他もろもろも試してみたがどれもあえなく撃沈だ。
 
 今ではもう諦めて、平凡で温厚な日常を享受している。
 授業中だと言うのに、アクビをしてしまうほどだ。 
 だが仕方がないだろう。五時間目の水泳ののち、のほほ~んとした国語の授業を受けているのだ。眠くなるはずがない。
 僕はアクビを終えると、気の抜けた感じで外をふとみる。
 おお、ここから見える森では、もう紅葉が見え始めているではないか。僕は思わず感嘆してしまう。

 いやーしかし、今年は色々と忙しかった。なんせ高校の入学式が終わり、バタバタと世話しなく慣れない時は流れ、新しい環境に放り出された年なのだから、非常に気疲れした。
 だが、まぁ、今ではもう馴れたものである。数は少ないが、昼休み一緒に昼食をとるような友達も出来ているしな。
 と、チャイムが唐突に授業の終わりを告げる。
 周りの生徒たちは一気に、ひもほどけたように気力を途切れさせ、教科書を閉じていた。

「んじゃ、これで授業終わり」

 国語科の先生が渋い声で言うと、それを合図にするように眼鏡の真面目そうな学級委員長が起立、礼と立て続けに言い、僕たちはそれに従った。
 今日は後、ホームルームだけ。それが始まるまでには少し時間があったので、僕は友達の元へと向かった。
 その途中、賑やかに話していた女子たちのなかで、一人立っていた相月(あいづき)さんが、いきなり一歩後ろに下がってきたので、その拍子にぶつかってしまった。
 もう、ビックリポンである。
 相月さんとは、うちの学校のアイドル的存在だ。くりりとした瞳は可愛らしく、短髪の髪はさらさらとしていて、活発な性格の中に人懐っこさがあった。そんな彼女なのだから、相当男子の中で人気がある。女子も言わずもがなだ。

「ごめん、相月さん」

 僕はすかさず非礼を詫びた。

「いやいや、私も悪かったよゴメンね、え~と、中村くん?」

 いや、僕の名前は中野なんだけどね。
 はー、またこれか。と、僕は心の中で嘆息する。
 しかし僕は間違いを正そうとはせずにすぐにこの場を去った。後ろから聞こえるのは、「あの男子誰だったっけ?」と言う桜場さんの無慈悲な声。
 そう、このように僕はクラスの中では空気的存在になってしまっていた。
 名前をなかなか覚えてもらえないほどだ。さらには、こんな奴いたっけ?みたいな表情をされるときもある。寂しくなんかないぞ! だって、僕をクッキリと覚えてくれている人はこのクラスに三人いるのだから。
 まあ、なんだかんだ言って、その三人の友達もオタク気質満載の、そこまで存在がこゆい奴等とは言えないが、良い奴等だ。(違う意味では存在は異質かも)
 僕はその良い奴等が集まって話している場所に赴いた。

「やぁ、中野氏ではないか。今日は掃除当番の日か?」
 
 眼鏡をして、うっとおしい程の髪の毛を揺らしながら、阿倉 孜(あくら つとむ)が席に座りながら問いかけてきた。

「いや、これからはもう帰るだけ」
  
「なら、これからちょっと付き合わないか?」

 孜の隣で立っている、小太りな大蔵 大志(おおくら たいし)は主語不明の言葉を述べてくる。
 いやーそれはさておき、大志を一目見ると常々思うことがある。彼は痩せればきっとAランク並みのイケメンなのだ。
 Aランクとは、うちの学校特有のランク分けで、顔を基準に展開されている。
 インターネットの裏サイトで誰かが作っているのだ。生徒ないでは大変人気なサイトだが、先生からしてみれば早く消したい問題の種である。
 ちなみに先程、僕とぶつかった相月さんはSランクだ。
 そして、これは豆知識なのだが、うちのクラスはSランク密集地帯などという異名がある。
 一、二、三年合わせ、そして男子女子混合でSランクは十五人存在する。
 驚くべきは、その十五人のうち、八人がこのクラスにいるということだろう。
 
 しかし、まぁ、少し話は変わるが、僕には1つ気にくわない事がある。
 もう、察した人がいるのではないだろうか。もちろん、ランク分けサイトのことだ。
 別に、ランクが低いんじゃねぇか? みたいな妬みというか、恨みではない。決してない。
  
 文句をつけるべきは、このサイトに僕の名前が存在しないと言う所だ。サイトには僕以外の生徒は全員載ってるってのに...。
 やばい、自然と涙が出てきたかも。

「どうした? 俺の顔みて泣いて」

 大志が、少し驚きぎみに言った。僕は頬を伝う涙を拭いながら、

「いや、別に大したことじゃない。...あぁ、そう言えばどこに付き合えばいいんだ?」

 話を変えるついでに、先程の疑問を聞いた。

「あぁ、それは先日の事だよ」

 孜が、机に両肘を乗せ、顔の前に両手を絡め、碇げん○○ばりの雰囲気を醸し出した。
 僕は静かに聞く。

「ワイが、インターネットサーヒィンをしている時だった、適当に、まさに適当にポチポチっとキーボードを叩いている時だったんだ。ひとつの情報が目に入ったんだ」

 未だに真剣に言う孜の言葉に、真剣に聞く大志と、笹村 時雨(ささむら しぐれ)。
 僕は適当に聞いていた。

「へー、どんなじょうほう?」

 僕はどうせ大した情報でないだろうと思い、棒読みでそう告げた。

「む! 興味なさげではないか! 中野氏! 今から話すことはとっても、very very ネセサリーな事なんだぞ!」

「はいはい、で、なに?」

「む! やはり関心を感じない。まぁ、いい。実はこの地区でゆさちーを見かけると言う情報があったんだ。それで、色々調べていくうちにゆさちーが何と、ここらへんの地域に引っ越して来たって言う風の噂をキャッチしたんだな。そして、ありふれたゆさちーの情報をかき集め、照らし合わせ、ゆさちーは午後の六時に犬の散歩をする習慣があることも分かった。そのルートも全て調査済み」

 孜がちくいち口にするゆさちーとは、今話題の高校生アイドルの事だ。本名は川崎 由沙(かわさき ユサ)だったけ? 確かそんな気がする。
 て言うか孜。それはプライバシーに反するんじゃないか?
 うわぁ、こいつはキモい。と、思いながら僕は侮蔑の瞳をおくる。

「お前...やっちゃいかん領域ってのがあるだろ?」

 言うと、孜と大志が口を尖らせる。

「それはゆさちーへの愛を冒涜する言葉だぞ! 中野氏!」

「そうだぞ! 中野! お前もゆさちー親衛隊ならば恥じぬ行為をしろ!」

「いや! お前らの行為が友として恥だよ!? てゆうか僕親衛隊じゃないし! ...はぁ、で、付き合ってほしいって、まさか、そのゆさちーに会うため?」

「ほぉ、察しがいいではないか。中野氏よ」

 いや、流れでもう分かるよね?

「てゆうか、時雨(しぐれ)はどうすんだよ? はっきり言ってゆさちーには興味ないだろ?」

 僕は話の矛先を時雨に向けた。
 時雨はBランクの男子だ。整った中性的な顔はとても良いと思うのだが、やはり、ランクづけには性格も入るもんだからそれでハンデがあったんだろうな。
 別に、時雨は性格が悪いって訳じゃない。ただ、少しネクラなのと、少しばかり口数が少ないところが影響したってわけで、それらを消し去れば時雨は相当良い奴だ。
 たまに、嫁に欲しいって思うくらい。
 別に僕はホモって訳じゃないから。そこらへん誤解しないで。

「いや、僕はみんなについていくよ」

 頬をかきながら、照れらしく時雨は言った。

「ふーん。じゃ、時雨が行くって言うなら、僕も行こうかな」

 その刹那、時雨の表情がパァと明るくなった気がした。こう言う所がいいんだよ。

「むー、なんか興味なさげだがいいだろう。直行で行くからな」

 孜が立ち上がる。

「では、行くぞ!」

 張り切った声で、孜は言い放った。

「いこうじゃねぇか!」

 それに共鳴するかの様にガッツポーズを作りながら喉を響かせる大志。
 僕と時雨は、無言でそれを見ていた。
 
 このようなやり取りが行われたのは、教室の一番端っこだった事は今は言うまい。

 そして、孜がCランクだとは、今は言うまい。

 僕と時雨は、ひきづされるように孜と大志の勢いについていった。
 でも、まぁ、テレビ越しの人と会えるとしたら貴重な体験だ。僕は心の片隅に期待を芽生えさせながら、ダメ元で着いていった。
 

 まったく、本当に日本に染色されたものだ。

 そう、染々思いながらも、不純なる友の背中を追うのだった。



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