リョーマ的Y2K子供文化史考

一刀星リョーマ

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第3部 アニメ・特撮総合史

家を失いし一家~クレヨンしんちゃん・野原一家のまたずれ荘引っ越し~

前回までドラえもんのリニューアルについて分析してきたが、長期作品の中で変化があった作品はドラえもんやアニポケだけではない。これらに並ぶ長期作品である「クレヨンしんちゃん」でも2000年代初頭、一時的ではあったが大きな変革を迎えた。またずれ荘への引っ越しである。
ローンが32年残った思い出の詰まった我が家が爆発し、立て直しのため野原一家はボロアパートのまたずれ荘に一時的に引っ越すこととなった。一時的ではあるが「家」という「幼稚園」に次ぐクレしんの主要舞台が失われるという日常ものとしては異例の事態が1年という長期にわたって描かれた。
またずれ荘への引っ越しは原作・アニメともに描かれたが、この章は「アニメ・特撮総合史」。ここでは主にアニメ版準拠の設定や原作とアニメの違いを中心に分析していこう。

またずれ荘編は原作では29巻から33巻にかけて、アニメでは2001年5月11日放送分(家が爆発した回)から2002年5月18日放送分まで描かれた。原作では家が爆発したタイミングで連載開始以来の掲載誌であった漫画アクションから同時期創刊したまんがタウンへの移籍が行われており、「アクションでの連載が終わるのならいっそのことしんちゃん家を爆発させてしまおう」としてまたずれ荘編がスタートした。
原作マンガは基本4ページの作品だが、アニメは30分ということもあり、原作では省略・簡略化されていたシーンも詳細に描かれているケースがあり、引っ越しに至るまでの経緯がそのひとつ。
原作では家が爆発した回のラストでキャラクターのセリフと解説文のみで簡単に立て直しのため引っ越しする羽目になったことを簡単に説明して次の回ではいきなりまたずれ荘に引っ越していた状態で物語が始まったのだが、アニメでは爆発後に焼け跡となった我が家を見てつのる思いをおさえられず涙を流すひろしやかすかべ防衛隊をはじめとする周囲の人間たちの応援が描かれており、さらにまたずれ荘を選んだ経緯も様々な物件を探した結果ひろしとみさえが新婚時代に住んでいたアパートに似ていたということで一時的な引っ越し先に決めたという詳細な経緯が描かれている。
子供たちの目線から考えて…というより大人にとっても突然自分の生活の拠点がなくなってしまうというのは大災難だ。ほぼ跡形もなく消え去った我が家の跡地に下半身が焼け焦げたアクション仮面人形を引っ張り出すひろしのあのシーン…地面に埋まった家具たち…園長先生やかすかべ防衛隊が野原一家にエールを送ったあのシーン…どれも突然の災難に立ち向かう野原一家に原作以上に感情移入がしやすくなることに一役買っている。
こういったシーンは「もし自分の家も爆発してしまったら」を視聴者に連想させ、より野原一家を応援したくなるようになっている。自分はアニメの後に原作のまたずれ荘編を見た人間だが、いろいろなシーンが追加されたアニメ版の後では原作のまたずれ荘編冒頭は「爆発したと思ったら次の回でいきなりアパートってなんかあっけないな」と思ってしまったぐらいだ。

続いてまたずれ荘の住人だが、こちらも一部原作と異なる。
原作と共通するのは大家さん、四郎、役津栗優、汚田&にがりやの張り込み刑事コンビの4組。原作の住人のうちスーザンとオマタさんは未登場(後にスーザンは2022年よりアニメに登場。なお2024年現在はアニメでもまたずれ荘に住んでるかは不明である)。
加えて原作ではまたずれ荘の住人ではない屈底親子がアニメ限定で住人となっている。
原作と共通する住人でも、役津栗優の名前の読みが原作では「やくづくり」なのに対しアニメでは「やくつくり」になっている、大家さんの本名が原作では「大屋主代」だったのがアニメでは「大家主代」(よみはどちらもおなじく”おおやぬしよ”)になっている、張り込み刑事がやってきたのが原作では29巻というまたずれ荘に引っ越して割とすぐのタイミングだったのに対しアニメではまたずれ荘編完結3か月前という終盤になってからの登場となるなどいくつか設定が異なっている。
またずれ荘の住人は皆個性豊か。三浪中の四郎君に女優の卵でメイクをすると役に入りこむ優ちゃん、カード破産したあげく”一発ギャグ発作病”なる病気にかかってしまった息子と腕を骨折した父という設定で時々その設定に翻弄されながらも住人の目を欺いた(大家さんだけ最初から刑事だと知っていた)刑事コンビ、厚底靴がトレードマークのギャル親子の屈底親子、そして入れ歯パズルが趣味で壮絶な過去を持ってるが故に住人のマナーに厳しい大家さん…アパート暮らしは大変ながらも野原家は個性的な住人たちに囲まれながら新たな家が完成するまでの毎日を送っていた。
個性的な住人たちの登場によって「突然のアパート暮らし」も楽しいエンターテインメントに変わる。トラブルすらも楽しくしてしまうクレしんという作品の持つ魅力がふんだんに生かされた形だ。

原作、アニメ共にまたずれ荘編に共通する描写として「ボロアパート故の災難」や「アパート暮らしゆえの不自由さ」がテーマの一つとして描かれている。
最もたるのが野原家と四郎くんをつなぐ壁の穴。野原家が引っ越しほやほやのタイミングでしんのすけと四郎がいざこざを起こしてしまい、ボロボロの壁に穴が開いてしまった。大家さんにバレないよう普段はのれんで隠しているが、四郎君はこの穴を利用して野原家からおかずをたかったり、自宅のTVが故障中のために野原家のTVを勝手に見たり(しかもチャンネル権優先表なるものも勝手に作った)とお騒がせ。しんのすけもこの穴から四郎君の部屋に度々お邪魔して、時に四郎君のタンスを勝手におもちゃ箱にしたり、時に四郎君のアイスを四郎君の居ぬ間に食べてしまうこともあった。
大家さんによる抜き打ち部屋チェックの時には何とかばれないようにひろしが必死に隠してやり過ごし、その後野原家と四郎君で材料費を出し合って修理を試み、なんとか穴は埋めたが喜びの直後にまた穴をあけてしまった。
他にも次々に現れる雨漏りに翻弄されるなどのボロアパート故の災難が多数描かれた。
しかししんのすけは上記のように四郎君の部屋に勝手にお邪魔したり、雨漏りの水を寝ているみさえに飲ませたりと逆にこの不自由や災難を楽しんでいる様子が見受けられた。ボロアパートだってしんのすけにとっては不便でも楽しい遊び場。家が爆発してもポジティブに生きる野原しんのすけという人間の強さであろう。
一方不便な要素の中にもアニメで変更された要素がある。トイレの存在だ。
原作ではまたずれ荘のトイレは共用トイレで1部屋しかない。たった一つのトイレをめぐる住人たちの攻防を描くエピソードも原作ではあったのだがアニメでは各部屋にあるという設定だ。ただでさえ風呂ついてないのにいくらなんでもトイレまで制限つけるのは不憫だというスタッフの意向であろうか。

またずれ荘の生活と並行してこのシリーズでは新居が完成するまでのいきさつが原作、アニメ共に描かれているのだが、これにもアニメオリジナルの展開が存在する。
原作における新野原邸は爆発前のデザインとガラリと異なる。しかしアニメにおいては立て直す新しい家のデザインや間取りを一家で考えるというエピソードが作られ、いろいろ議論した結果爆発前の家と同じになってしまったという経緯が描かれて外観も間取りも前の家と全く同じになった。アニメでは今まで通りの家にするという決断にしたのは原作との差別化もあったのだろう。もともとクレしんの原作とアニメってななこおねいさんのデザインが別人のように違ったり、幼稚園の名前も原作がアクション幼稚園でアニメがふたば幼稚園といった風にかなりの違いがある。原作とアニメでいくつかの設定の違いがあるアニメは数あれど(というか原作付きのアニメって必ず1か所は原作からの変更点があると思うけど)、クレしんほど原作と違う点が多いアニメはなかなかないと思う。
元々原作とアニメで乖離が結構あるのだからアニメは今まで通りの家でいっちゃえといったところだったのだろう。もしくは家のデザインを変えてしまうとせっかくみんなが元通りの野原一家の生活を待ってくれていても、デザインを変えたせいで離れてしまうという懸念もあったのかもしれない。

またずれ荘編のクライマックスは張り込み刑事が追っていたヤクの売人「ステロイド麻酔男」をめぐるまたずれ荘中を巻き込んだパニックが描かれる。
しんのすけと出会ったことで自分がやっていることの危うさを覚え改心し、麻酔男は麻薬密売組織を抜ける決心をするが、それを知った組織は殺し屋「ヒロポン本駄」を雇い、麻酔男の抹殺を計画する。
そしてあるきっかけでしんのすけと出会ってまたずれ荘に現れた本駄は麻酔男を要求するためにしんのすけを人質にとらえ、その後住人全員が人質になってしまうという映画顔負けの怒涛の展開が繰り広げられる。
マイホームの立て直しのためにアパート暮らしをしていたごく普通の一家が殺し屋に人質にとられるというとても日常ものではありえない展開だが、そもそもしんのすけと野原一家はこれまでも戦国時代にいったり、パラレルワールドで宇宙人と戦ったりしてきたわけだからいまさら驚かない…といっても外伝系を除いた本編としては異例の展開なのは言うまでもないだろう。
突然の我が家の爆発に始まったまたずれ荘での生活は、突然の殺し屋の来襲に幕を閉じる。ある意味クレしんらしいジェットコースター的なシリーズだっといえよう。
その後の新居の引っ越しもアニメ独自要素が入る。原作では本駄と麻酔男が連行された後に本駄が落とした手榴弾のピンをしんのすけが抜いてしまい、それがまたずれ荘に入っていってしまいまたずれ荘が崩壊し、オマタさんの援助によって立て直しが始まった後次のコマでいきなり野原家は新居に引っ越していたのだが、アニメではまたずれ荘崩壊のくだりはなく、またずれ荘編最終回の次の回にて野原一家の新居への引っ越しが1エピソード使って詳細に描かれている。

1年にわたって続いたボロアパートでの生活。そんな中でも愉快な住人に囲まれて野原家は変わらず野原家であり、しんのすけはしんのすけであり続けた。一時的に住まいが変わっても家族の形は変わらない。またずれ荘編は「家族の絆」というクレしん最大のテーマを改めてファンが認識するきっかけにもなったのではないだろうか。
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