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第1部
フェーズ6-15
夕方までひとしきり愛し合ったあと、夜は卒業祝いで外に食べに連れていってくれた。もちろん、シャワーを浴びてから。
初めてのデートをした、思い出の小料理屋さんだった。和食をメインとした創作料理の店だ。奥の掘り炬燵がある個室に入り、初デートのときと同じように壁を背にして斜めに向かい合って座る。注文したウーロン茶が先に運ばれてくると、まずは乾杯をした。
「改めて、卒業おめでとう」
「ありがとう」
退院祝いでこの店に連れてきてくれたのが、初めてのデートだった。なつかしい。あと一カ月であれから一年になる。
「お店の人、知り合い?」
さっき料理の注文を取りにきてくれた、長めの黒髪を後ろでひとつ結びにしたお兄さんのことだ。彼が私たち、というより主に涼のほうへ意味深な微笑みを向けているように見えた。
「だいぶ前に手術した患者。家から近いし気が楽だから、外で一人で食うときはだいたいここにきてる」
患者さんだったんだ。私と同じだ。
「今まで一緒に外食したときにも、連れてきてくれたらよかったのに」
そんなに広い店ではないものの、だからこそ落ち着いていてデートにはぴったりだと思う。
「あいつが茶化すから。俺もしばらくきてなかった」
ひとつ結びのお兄さんは涼より少し年下だろうか。二十代半ばくらいに見える。家族で切り盛りしているらしいから、厨房で料理を作っているのは彼のご両親だろう。お父さんが調理、お母さんが盛り付けと洗いもの、息子である彼がホール係を担っているらしい。
「なんて言われたの?」
「珍しく女連れできたもんだから、次にまた一人できたときに『今日は一緒じゃないのか』だの『もう振られたのか』だの、いろいろと」
「珍しかったんだ?」
「隠れ家的な店だからな、ここは。くるときはいつも一人だった。だから、『わけありか』『人の盗ったのか』なんて訊かれたよ」
「密会だと思われちゃった?」
落ち着いた店内とムードある間接照明が、なんとなくそういう雰囲気をかもし出している感はある。わけありというのは当たってる。医者と未成年の患者なのだから。
「今日はいいの? またからかわれるかも」
「もう家族になるんだし。またこよう、二人で」
家族と言われたのも、またこようと誘ってくれたこともうれしくて、私は照れ笑いを浮かべた。
ウーロン茶を一口飲んでから涼が続けた。
「結婚式は何か希望あるか? ハワイでやりたいとか」
「しなくていい」
「なんで」
「指輪もらったから」
涼がガクッと肩を落とした。
「またそれか。まあいい。あとでまた話し合おう」
結婚式にはあまり興味がないのよね。そういう盛大なイベントは苦手だ。人の結婚式ならいいんだろうけど、自分が主役となると気が進まない。二人で記念写真を撮れたらそれでいいかな。
「引っ越しもしないとな」
「いいよ、今のところで。涼も病院が近くて便利でしょ? 広いから問題ないよ。景色もよくて気に入ってるし」
「彩がそう言うなら」
思い出もたくさん詰まってるから離れがたいのだ。
「今夜は何かお祝いっすか?」
料理を運んできてくれたお兄さんが、涼と私を交互に見て訊ねた。
「彼女の卒業祝い」
「卒業って……ああ、そういうこと」
驚いてから納得している様子だ。「わけあり」の理由が判明して合点がいったんだろう。
「おめでとうございま……」
言いかけて、彼の目線が私の左手で止まった。
「先生、もしかして結婚するんすか?」
「ああ、お先に」
「えっ、マジすか。うわ、マジか、マジか。おめでとうございます」
同じ言葉を繰り返しながら大層驚いている。それでも、静かな店内なので声のボリュームはしっかり抑えているところがさすがだ。
「よかったっすね、先生。あれから全然二人でこないから、てっきり振られたんだと思ってましたよ」
「うるさいよ」
私はくすっと笑った。
水炊き鍋と涼がおすすめのポテトサラダなどをいただいたあと、今度は厨房にいたご両親がそろって席にやってきた。先ほどのお兄さんと同様に控えめに祝福をしてくれて、カットフルーツがたくさん添えられたチョコレートケーキを出してくれた。サービスだそうだ。ありがとうございます。
どれもおいしくて大満足だ。お祝いは少し照れくさかったものの、うれしかった。みんな良い人で、あたたかい店だった。またきたいな。
食事を終え、店の裏の駐車場に停めた車に戻ってきた。
「どっちの家に帰るの?」
車のエンジンをかけた涼に訊ねる。
「彩の家に送る」
「ええー。さっき一緒に暮らそうって言ったのに」
がっかりして口を尖らせた。
「その前に両親に許可もらわないと」
「そうだけど……」
せっかく卒業したのに、これでは今までと変わらない。
「今週末、お父さん帰ってくるんだろ? 話しにいくよ。そういう約束だったからな」
「うん。お願いします」
まだ拗ねている私に涼がキスをする。
「今週だけ我慢だ」
色気をたっぷり含んだ物言いで私に言い聞かせる。まるで「来週からはいくらでもできる」とでも言っているかのよう。そんな風に言われたら、我慢するしかない。
初めてのデートをした、思い出の小料理屋さんだった。和食をメインとした創作料理の店だ。奥の掘り炬燵がある個室に入り、初デートのときと同じように壁を背にして斜めに向かい合って座る。注文したウーロン茶が先に運ばれてくると、まずは乾杯をした。
「改めて、卒業おめでとう」
「ありがとう」
退院祝いでこの店に連れてきてくれたのが、初めてのデートだった。なつかしい。あと一カ月であれから一年になる。
「お店の人、知り合い?」
さっき料理の注文を取りにきてくれた、長めの黒髪を後ろでひとつ結びにしたお兄さんのことだ。彼が私たち、というより主に涼のほうへ意味深な微笑みを向けているように見えた。
「だいぶ前に手術した患者。家から近いし気が楽だから、外で一人で食うときはだいたいここにきてる」
患者さんだったんだ。私と同じだ。
「今まで一緒に外食したときにも、連れてきてくれたらよかったのに」
そんなに広い店ではないものの、だからこそ落ち着いていてデートにはぴったりだと思う。
「あいつが茶化すから。俺もしばらくきてなかった」
ひとつ結びのお兄さんは涼より少し年下だろうか。二十代半ばくらいに見える。家族で切り盛りしているらしいから、厨房で料理を作っているのは彼のご両親だろう。お父さんが調理、お母さんが盛り付けと洗いもの、息子である彼がホール係を担っているらしい。
「なんて言われたの?」
「珍しく女連れできたもんだから、次にまた一人できたときに『今日は一緒じゃないのか』だの『もう振られたのか』だの、いろいろと」
「珍しかったんだ?」
「隠れ家的な店だからな、ここは。くるときはいつも一人だった。だから、『わけありか』『人の盗ったのか』なんて訊かれたよ」
「密会だと思われちゃった?」
落ち着いた店内とムードある間接照明が、なんとなくそういう雰囲気をかもし出している感はある。わけありというのは当たってる。医者と未成年の患者なのだから。
「今日はいいの? またからかわれるかも」
「もう家族になるんだし。またこよう、二人で」
家族と言われたのも、またこようと誘ってくれたこともうれしくて、私は照れ笑いを浮かべた。
ウーロン茶を一口飲んでから涼が続けた。
「結婚式は何か希望あるか? ハワイでやりたいとか」
「しなくていい」
「なんで」
「指輪もらったから」
涼がガクッと肩を落とした。
「またそれか。まあいい。あとでまた話し合おう」
結婚式にはあまり興味がないのよね。そういう盛大なイベントは苦手だ。人の結婚式ならいいんだろうけど、自分が主役となると気が進まない。二人で記念写真を撮れたらそれでいいかな。
「引っ越しもしないとな」
「いいよ、今のところで。涼も病院が近くて便利でしょ? 広いから問題ないよ。景色もよくて気に入ってるし」
「彩がそう言うなら」
思い出もたくさん詰まってるから離れがたいのだ。
「今夜は何かお祝いっすか?」
料理を運んできてくれたお兄さんが、涼と私を交互に見て訊ねた。
「彼女の卒業祝い」
「卒業って……ああ、そういうこと」
驚いてから納得している様子だ。「わけあり」の理由が判明して合点がいったんだろう。
「おめでとうございま……」
言いかけて、彼の目線が私の左手で止まった。
「先生、もしかして結婚するんすか?」
「ああ、お先に」
「えっ、マジすか。うわ、マジか、マジか。おめでとうございます」
同じ言葉を繰り返しながら大層驚いている。それでも、静かな店内なので声のボリュームはしっかり抑えているところがさすがだ。
「よかったっすね、先生。あれから全然二人でこないから、てっきり振られたんだと思ってましたよ」
「うるさいよ」
私はくすっと笑った。
水炊き鍋と涼がおすすめのポテトサラダなどをいただいたあと、今度は厨房にいたご両親がそろって席にやってきた。先ほどのお兄さんと同様に控えめに祝福をしてくれて、カットフルーツがたくさん添えられたチョコレートケーキを出してくれた。サービスだそうだ。ありがとうございます。
どれもおいしくて大満足だ。お祝いは少し照れくさかったものの、うれしかった。みんな良い人で、あたたかい店だった。またきたいな。
食事を終え、店の裏の駐車場に停めた車に戻ってきた。
「どっちの家に帰るの?」
車のエンジンをかけた涼に訊ねる。
「彩の家に送る」
「ええー。さっき一緒に暮らそうって言ったのに」
がっかりして口を尖らせた。
「その前に両親に許可もらわないと」
「そうだけど……」
せっかく卒業したのに、これでは今までと変わらない。
「今週末、お父さん帰ってくるんだろ? 話しにいくよ。そういう約束だったからな」
「うん。お願いします」
まだ拗ねている私に涼がキスをする。
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