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第2部
フェーズ7.9-9
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結婚する前も結婚してからも、週末が特別なのは同じだ。涼は激務だから週末を丸々ゆっくりと過ごすのは難しい。それでも一応、一週間の仕事がひと段落した金曜日の夜には、おいしい料理を作って労ってあげたい。
その金曜日の夜だというのに、涼が家にいない。医大時代の友だちが数年ぶりに上京するついでに飲みに誘われたのだとか。その人は関西の病院に勤めていて、卒業後は学会で顔を合わせたことはあったものの、飲みにいくのは初めてらしい。そういう事情なら仕事と同じくらい仕方のないことなんだろうけど、結婚したばかりなのに、新婚なのに、と思ってしまう私は、やっぱり子どもよね。素直に「楽しんできてね」とは言えなくて少しだけ不機嫌になっていたら、「なるべく早く帰るから、いい子で待ってて」と頭を撫でられて、怒れなくなってしまった。そんなことを言われたら、おとなしく待ってるしかないじゃない。
なるべく早く帰るとは、何時頃のことだろう。私はまだお酒を飲める年齢ではないからよくわからないけど、週末はサラリーマンが日付を跨いで遅くまで飲んでいるイメージがある。それで帰ると奥さんに怒られるのよね。あまりにも遅かったら私も怒っていいかな。
晩ご飯は簡単に済ませた。この家で一人で食事をすることにも慣れていかなければならない。一緒に住むようになってから涼はいつもなるべく早く帰ってきてくれるけど、もちろん遅くなることもあれば、夜や休日に呼び出されることもある。当直の日はあらかじめわかっているから、その日は実家に帰ることにしている。
医大時代の友だちということは、涼と同じくN大卒だ。父いわく「名門」の。その人もきっとエリートなんだろう。ああ、そういえば麗子さんも同じ大学出身なんだった。ということは、その友だちは麗子さんのことも知っているのだろうか。
食器を洗っていたら、目の前のカウンターに置いてある私の携帯電話が鳴った。涼からだ。すぐにタオルで手を拭き、電話に出た。
「もしもし?」
「彩? 今、まだ店なんだけど……」
もしかして、「遅くなるから先に寝てて」? これは怒ることになるかな。
「どうしたの?」
後ろからグラスの触れ合う音や、他のお客さんたちの笑い声などが聞こえてくる。それらの喧騒に交じって「彩ちゃんていうの?」と男の人の声がした。
「友だちが彩に会いたいって言ってるから、今から家に連れていっていいか?」
なんだ、そういうこと。友だちと一緒でも早く帰ってきてくれるのならそのほうがいい。涼の友だちにも会ってみたい。
「うん、いいよ。じゃあ、軽く何か作るね。まだ飲むならお酒は買ってきてください」
「悪いな。二、三十分で着くと思うから」
喜ぶ声がして電話は切れた。何を作ろうか。冷蔵庫を開けて考える。今日の晩ご飯はいらないって言ってたから、たいしたものは買ってない。余りもの野菜と冷凍食材を使って何品か作ってみよう。
約二十分後、玄関が開く音がした。私は作るのを中断して出迎えた。
「おかえりなさい」
「ただいま。ごめんな、急に」
「ううん」
「こんばんは。どうも、はじめまして。一ノ瀬と言います」
涼の背後から、眼鏡をかけたスーツ姿の男性が顔を出した。
「こんばんは。はじめまして、彩です」
「かわいいじゃん」
一ノ瀬さんが涼の腕を肘で突いた。お世辞だろうけど、ちょっと照れくさい。この人も背が高いな。涼と同じくらいだ。二人が並んで街を歩く姿は人目を引きそう。
私はキッチンに戻り、涼たちはカウンターテーブルに座った。料理を出さなければならないから、少し離れたダイニングテーブルでは不便だと思って涼が気を使ってくれたのかもしれない。ここなら作りながら二人の会話にも耳を傾けられる。二人の前にグラスを並べると、さっそく、途中のコンビニで買ってきたらしい缶ビールを注ぎ始めた。
「いつ結婚したの」
一ノ瀬さんが涼に訊ねた。
「今月の一日」
「それは、新婚なんてもんじゃないな」
「いくつ? 年下だよね?」
「十八」
私の代わりに涼が答えた。
「じゅうはち!? 高校生!? なわけないか」
「先月卒業したんです」
でき上がったおつまみを出しながら私が答えた。
「ありがとう、いただきます。どこで出会った? まさか患者なんて言わないよな?」
一ノ瀬さんが涼と私を交互に見る。答えずにいるのを見て察したようだ。
「マジか。患者でしかも高校生とは、犯罪のニオイがプンプンするんだけど。ねえ、神河先生?」
茶化すと、私に聞こえないように声を潜めて続けた。
「お前、女子高生とヤったの?」
聞こえてます。
「そのへんはまあ、大事にしたつもりだけど」
涼がにんじんのナムルに手をつけながら苦笑する。私は冷凍してあった明太子を使って、二品目の玉子焼きを作り始めた。
「結婚すれば誰も文句は言えないもんな。うまくやったなあ。合法だからセーフだ」
うまくやったんだ。
「彩ちゃん、いいの? まだ若いのにこんな三十男で」
すでに店でだいぶ飲んできたのか、やや紅潮した顔を私に向けた。
「歳は、気にならないです。大好きになっちゃったので」
一回り離れているけど本当に気になったことはない。不思議なくらい、一緒にいてしっくりくるし落ち着くの。
「やっぱりかわいいわ。俺にちょっと貸してくれない? こういう子が家で待ってたら毎日飛んで帰る。料理もうまいし」
涼は無視を決め込んでいる。
「お前、駄目だろ、新婚のくせに俺なんかと飲みにいってちゃ」
「誘ったのは誰だ」
仲いいね。手を動かしながら私は二人の様子を微笑ましく見守った。
その金曜日の夜だというのに、涼が家にいない。医大時代の友だちが数年ぶりに上京するついでに飲みに誘われたのだとか。その人は関西の病院に勤めていて、卒業後は学会で顔を合わせたことはあったものの、飲みにいくのは初めてらしい。そういう事情なら仕事と同じくらい仕方のないことなんだろうけど、結婚したばかりなのに、新婚なのに、と思ってしまう私は、やっぱり子どもよね。素直に「楽しんできてね」とは言えなくて少しだけ不機嫌になっていたら、「なるべく早く帰るから、いい子で待ってて」と頭を撫でられて、怒れなくなってしまった。そんなことを言われたら、おとなしく待ってるしかないじゃない。
なるべく早く帰るとは、何時頃のことだろう。私はまだお酒を飲める年齢ではないからよくわからないけど、週末はサラリーマンが日付を跨いで遅くまで飲んでいるイメージがある。それで帰ると奥さんに怒られるのよね。あまりにも遅かったら私も怒っていいかな。
晩ご飯は簡単に済ませた。この家で一人で食事をすることにも慣れていかなければならない。一緒に住むようになってから涼はいつもなるべく早く帰ってきてくれるけど、もちろん遅くなることもあれば、夜や休日に呼び出されることもある。当直の日はあらかじめわかっているから、その日は実家に帰ることにしている。
医大時代の友だちということは、涼と同じくN大卒だ。父いわく「名門」の。その人もきっとエリートなんだろう。ああ、そういえば麗子さんも同じ大学出身なんだった。ということは、その友だちは麗子さんのことも知っているのだろうか。
食器を洗っていたら、目の前のカウンターに置いてある私の携帯電話が鳴った。涼からだ。すぐにタオルで手を拭き、電話に出た。
「もしもし?」
「彩? 今、まだ店なんだけど……」
もしかして、「遅くなるから先に寝てて」? これは怒ることになるかな。
「どうしたの?」
後ろからグラスの触れ合う音や、他のお客さんたちの笑い声などが聞こえてくる。それらの喧騒に交じって「彩ちゃんていうの?」と男の人の声がした。
「友だちが彩に会いたいって言ってるから、今から家に連れていっていいか?」
なんだ、そういうこと。友だちと一緒でも早く帰ってきてくれるのならそのほうがいい。涼の友だちにも会ってみたい。
「うん、いいよ。じゃあ、軽く何か作るね。まだ飲むならお酒は買ってきてください」
「悪いな。二、三十分で着くと思うから」
喜ぶ声がして電話は切れた。何を作ろうか。冷蔵庫を開けて考える。今日の晩ご飯はいらないって言ってたから、たいしたものは買ってない。余りもの野菜と冷凍食材を使って何品か作ってみよう。
約二十分後、玄関が開く音がした。私は作るのを中断して出迎えた。
「おかえりなさい」
「ただいま。ごめんな、急に」
「ううん」
「こんばんは。どうも、はじめまして。一ノ瀬と言います」
涼の背後から、眼鏡をかけたスーツ姿の男性が顔を出した。
「こんばんは。はじめまして、彩です」
「かわいいじゃん」
一ノ瀬さんが涼の腕を肘で突いた。お世辞だろうけど、ちょっと照れくさい。この人も背が高いな。涼と同じくらいだ。二人が並んで街を歩く姿は人目を引きそう。
私はキッチンに戻り、涼たちはカウンターテーブルに座った。料理を出さなければならないから、少し離れたダイニングテーブルでは不便だと思って涼が気を使ってくれたのかもしれない。ここなら作りながら二人の会話にも耳を傾けられる。二人の前にグラスを並べると、さっそく、途中のコンビニで買ってきたらしい缶ビールを注ぎ始めた。
「いつ結婚したの」
一ノ瀬さんが涼に訊ねた。
「今月の一日」
「それは、新婚なんてもんじゃないな」
「いくつ? 年下だよね?」
「十八」
私の代わりに涼が答えた。
「じゅうはち!? 高校生!? なわけないか」
「先月卒業したんです」
でき上がったおつまみを出しながら私が答えた。
「ありがとう、いただきます。どこで出会った? まさか患者なんて言わないよな?」
一ノ瀬さんが涼と私を交互に見る。答えずにいるのを見て察したようだ。
「マジか。患者でしかも高校生とは、犯罪のニオイがプンプンするんだけど。ねえ、神河先生?」
茶化すと、私に聞こえないように声を潜めて続けた。
「お前、女子高生とヤったの?」
聞こえてます。
「そのへんはまあ、大事にしたつもりだけど」
涼がにんじんのナムルに手をつけながら苦笑する。私は冷凍してあった明太子を使って、二品目の玉子焼きを作り始めた。
「結婚すれば誰も文句は言えないもんな。うまくやったなあ。合法だからセーフだ」
うまくやったんだ。
「彩ちゃん、いいの? まだ若いのにこんな三十男で」
すでに店でだいぶ飲んできたのか、やや紅潮した顔を私に向けた。
「歳は、気にならないです。大好きになっちゃったので」
一回り離れているけど本当に気になったことはない。不思議なくらい、一緒にいてしっくりくるし落ち着くの。
「やっぱりかわいいわ。俺にちょっと貸してくれない? こういう子が家で待ってたら毎日飛んで帰る。料理もうまいし」
涼は無視を決め込んでいる。
「お前、駄目だろ、新婚のくせに俺なんかと飲みにいってちゃ」
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