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第2部
フェーズ7.9-13
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後日、履歴書を持って面接に行くことになったと、晩ご飯を食べながら涼に報告した。
「バイト? あのカフェで?」
「そう。まだ決まったわけじゃないんだけど」
もしあのカフェで働けたら、涼のすぐ近くにいられる。休憩時間に涼がコーヒーを買いにきてくれれば、顔を合わせることもできる。
「決まったら毎日コーヒーのテイクアウトしに行くよ」
「うん。買いにきてね」
今日で見納めとなったはずの涼の白衣姿を、これからも見られるかもしれない。にやにやが止まらない。
「そういえば、白衣って家に持って帰ってこないの?」
一度も持って帰ってきたことがないから気になってる。
「病院でクリーニングに出すから」
ウイルスや菌が付着してると危ないからかな。考えていると涼が不敵な笑みを浮かべた。
「もしかして、白衣着てる俺としたいの?」
私は焦った。単純に気になったから訊いただけだ。涼がふっと笑う。
「困った要求するね、うちの奥さんは」
「違うってば。ちょっと気になっただけ」
「ラブホにならあるんじゃない」
「ラブホ!? ラブホテル?」
「コスプレで他にもナース服とかレースクイーンとかチアガールとかいろいろあるよ。彩が着たら絶対かわいいだろうな」
「詳しいね」
引いた。涼は頭がよくて回転も速いくせにたまにやらかす。
「っていう噂だ」
私の冷めた視線に気がついて、涼がわざとらしく付け加えた。ラブホテル、行ったことあるんだ。麗子さんとかな。それともまた別の彼女かな。私以外の歴代の彼女全員とそれぞれ行ってたりして。
「行く」
唐突に言うと、涼が驚いて私を見た。
「え?」
「行きたい。今度連れてって」
「いいんだよ、彩はあんな汚らわしそうなところには行かなくて」
「他の人と行ったなら、私も行きたい」
「彩さん、噂で聞いただけだって」
弁解しようとする涼を無視し、食べ終えて空になったお皿を手にして席を立った。それをシンク内に置くと、小さくため息をついた。そうよね。ラブホテルくらい行ったことあるわよね。私がないだけで、きっと大人は当たり前のように行くんだ。
「あーや」
涼も片づけを手伝ってくれる。お皿やグラスを置いて、背後から私を抱きしめた。今日はお願いでも甘えでもなく、私のご機嫌取りのために。
「怒った?」
後ろから私の顔を覗き込んで訊ねた。
「ううん。行ってないんでしょ」
「うん」
「うん」と「うーん」の中間くらいの曖昧な返事だ。私に嘘はつきたくないけど認めるわけにもいかないといったところか。
「チューしていい?」
「嫌」
「やっぱり怒ってるじゃん」
怒ってるというより、悲しいの。私の知らない涼が過去にたくさんいることを再認識してしまったから。「今までもこれからも一番」とこの前言ってもらったばかりだけど、どうしてももやもやしてしまう。
「お前のそういうところ……」
ドキッとする。嫌われちゃったかな。自分でも子どもっぽいと思う。びくつく私に涼は、
「かわいくて好き」
と続けた。安心したのとうれしいのとで、私は涼のほうを向いて抱きついた。涼のひと言で怒ったりうれしくなったりしてしまう気分屋の私を、彼はそっと頭を撫でて抱きしめてくれた。
日課である弁当写真をパソコンに取り込む作業をしながら、私は愛音にラブホテルに行ったことがあるか訊ねてみた。平日の昼間だというのに思いのほかすぐに返信があった。今日は講義がびっしり詰まってるんじゃなかったっけ。
『あるある。高校生は入れないから卒業してから行ったよ。きれいで豪華でアミューズメント感あって最高だった。彩も先生と行くの? 想像してるより数倍は楽しいと思うよ。絶対に一度は行ってみるべき!』
文面からも熱意が伝わる。アミューズメント感とはどんなふうなのかと訊いてみたら、またすぐに返信があった。ちゃんと講義を聞いているのか心配になる。休み時間ならいいのだけど。返信にはラブホならではの魅力的な設備の数々がつづられていた。それを読んでいたら普通に楽しそうで、本当に行きたくなってきた。
だから、帰ってきて着替えを済ませた涼がキッチンにやってきたところで、さっそく改めてお願いをした。
「ホテル、やっぱり行きたい」
「ホテルって、ラブホか?」
私は頷き、続けた。
「お姫様ベッドとか木馬とか、チョコ風呂とかあるんでしょ?」
すべて愛音から昼間のやり取りの中で教えてもらったことだ。
「なんで知ってんの?」
「友だちが行ったって。楽しかったって」
誰がとは言わないが、たぶん愛音だとわかってると思う。
「また情報収集か。そんなこと聞き出して。チョコ風呂だったら、入浴剤入れればうちでもできるんじゃないの」
「非日常感。マンネリ防止。いつも家ばかりじゃ飽きちゃうよ?」
「こないだ、飽きてないって言ってなかったっけ」
涼が苦く笑いながら呟いた。そんな彼を私はじっと見つめる。行きたい、連れてってと念じながら。
「わかったよ。じゃあ、学会が終わったあとにな。それまでは少し忙しいから」
やがて観念した涼が言った。やった、連れていってもらえる。学会が終わってからということは今月末以降だ。少し先になるけど今から楽しみだ。
「バイト? あのカフェで?」
「そう。まだ決まったわけじゃないんだけど」
もしあのカフェで働けたら、涼のすぐ近くにいられる。休憩時間に涼がコーヒーを買いにきてくれれば、顔を合わせることもできる。
「決まったら毎日コーヒーのテイクアウトしに行くよ」
「うん。買いにきてね」
今日で見納めとなったはずの涼の白衣姿を、これからも見られるかもしれない。にやにやが止まらない。
「そういえば、白衣って家に持って帰ってこないの?」
一度も持って帰ってきたことがないから気になってる。
「病院でクリーニングに出すから」
ウイルスや菌が付着してると危ないからかな。考えていると涼が不敵な笑みを浮かべた。
「もしかして、白衣着てる俺としたいの?」
私は焦った。単純に気になったから訊いただけだ。涼がふっと笑う。
「困った要求するね、うちの奥さんは」
「違うってば。ちょっと気になっただけ」
「ラブホにならあるんじゃない」
「ラブホ!? ラブホテル?」
「コスプレで他にもナース服とかレースクイーンとかチアガールとかいろいろあるよ。彩が着たら絶対かわいいだろうな」
「詳しいね」
引いた。涼は頭がよくて回転も速いくせにたまにやらかす。
「っていう噂だ」
私の冷めた視線に気がついて、涼がわざとらしく付け加えた。ラブホテル、行ったことあるんだ。麗子さんとかな。それともまた別の彼女かな。私以外の歴代の彼女全員とそれぞれ行ってたりして。
「行く」
唐突に言うと、涼が驚いて私を見た。
「え?」
「行きたい。今度連れてって」
「いいんだよ、彩はあんな汚らわしそうなところには行かなくて」
「他の人と行ったなら、私も行きたい」
「彩さん、噂で聞いただけだって」
弁解しようとする涼を無視し、食べ終えて空になったお皿を手にして席を立った。それをシンク内に置くと、小さくため息をついた。そうよね。ラブホテルくらい行ったことあるわよね。私がないだけで、きっと大人は当たり前のように行くんだ。
「あーや」
涼も片づけを手伝ってくれる。お皿やグラスを置いて、背後から私を抱きしめた。今日はお願いでも甘えでもなく、私のご機嫌取りのために。
「怒った?」
後ろから私の顔を覗き込んで訊ねた。
「ううん。行ってないんでしょ」
「うん」
「うん」と「うーん」の中間くらいの曖昧な返事だ。私に嘘はつきたくないけど認めるわけにもいかないといったところか。
「チューしていい?」
「嫌」
「やっぱり怒ってるじゃん」
怒ってるというより、悲しいの。私の知らない涼が過去にたくさんいることを再認識してしまったから。「今までもこれからも一番」とこの前言ってもらったばかりだけど、どうしてももやもやしてしまう。
「お前のそういうところ……」
ドキッとする。嫌われちゃったかな。自分でも子どもっぽいと思う。びくつく私に涼は、
「かわいくて好き」
と続けた。安心したのとうれしいのとで、私は涼のほうを向いて抱きついた。涼のひと言で怒ったりうれしくなったりしてしまう気分屋の私を、彼はそっと頭を撫でて抱きしめてくれた。
日課である弁当写真をパソコンに取り込む作業をしながら、私は愛音にラブホテルに行ったことがあるか訊ねてみた。平日の昼間だというのに思いのほかすぐに返信があった。今日は講義がびっしり詰まってるんじゃなかったっけ。
『あるある。高校生は入れないから卒業してから行ったよ。きれいで豪華でアミューズメント感あって最高だった。彩も先生と行くの? 想像してるより数倍は楽しいと思うよ。絶対に一度は行ってみるべき!』
文面からも熱意が伝わる。アミューズメント感とはどんなふうなのかと訊いてみたら、またすぐに返信があった。ちゃんと講義を聞いているのか心配になる。休み時間ならいいのだけど。返信にはラブホならではの魅力的な設備の数々がつづられていた。それを読んでいたら普通に楽しそうで、本当に行きたくなってきた。
だから、帰ってきて着替えを済ませた涼がキッチンにやってきたところで、さっそく改めてお願いをした。
「ホテル、やっぱり行きたい」
「ホテルって、ラブホか?」
私は頷き、続けた。
「お姫様ベッドとか木馬とか、チョコ風呂とかあるんでしょ?」
すべて愛音から昼間のやり取りの中で教えてもらったことだ。
「なんで知ってんの?」
「友だちが行ったって。楽しかったって」
誰がとは言わないが、たぶん愛音だとわかってると思う。
「また情報収集か。そんなこと聞き出して。チョコ風呂だったら、入浴剤入れればうちでもできるんじゃないの」
「非日常感。マンネリ防止。いつも家ばかりじゃ飽きちゃうよ?」
「こないだ、飽きてないって言ってなかったっけ」
涼が苦く笑いながら呟いた。そんな彼を私はじっと見つめる。行きたい、連れてってと念じながら。
「わかったよ。じゃあ、学会が終わったあとにな。それまでは少し忙しいから」
やがて観念した涼が言った。やった、連れていってもらえる。学会が終わってからということは今月末以降だ。少し先になるけど今から楽しみだ。
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