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第2部
フェーズ7.9-19
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やっと日曜日になった。夕方に私は実家からマンションに帰ってきた。
一人でいる間に悪いことばかりを考えて、すっかり落ち込んでしまっていた。だから夜になって涼が帰ってきたときには、私はリビングのソファの上で、いじけた子どものようにクッションを抱えて丸くなっていた。
そんな私を見るなり、涼がため息をついた。
「だから考えるなって言ったのに」
服装が出発したときの通勤着ではなく、学会で着用したスーツのままだ。ホテルで着替えることもせず、急いで帰ってきてくれたのがわかる。それはうれしいのだけど。
「前科あるし」
「前科?」
麗子さんとキスしたときのことだ。こうやってウジウジしているときの私は、解決したはずの過去の出来事も蒸し返す。
「ああ、鷹宮のことか。あのことはもう許してくれただろ?」
「愛人からの電話を気にしてた。学会前で忙しいって言って全然しなかった。いつもより帰りが遅い日が多かった」
これだけ並べれば、私が不審に思うのも理解できるだろう。
「電話のことは悪かったよ。ただの冗談だ。忙しかったのは本当だよ、彩」
子どもに言い聞かせるような口調だ。だって今の私は涼にしてみれば完全に駄々っ子だから。
「偶然とはいえ、悪い条件が揃ってるな」
涼が呟き、ダイニングテーブルをちらりと見た。帰ってきたらすぐに食べられるようにとテーブルの上には晩ご飯の用意をしてある。作ってる最中もあれこれ考えていたせいで、今こうしてソファでうずくまっている。
「こんなときでも飯の用意はしてくれてるんだな」
「それとこれとは別だよ」
「別じゃない。同じことだ。愛情の証だろ」
涼が私の目線に合わせて身をかがめた。
「彩はちゃんとわかってる。俺はそんなことはしないって。一人で待ってる間に考えすぎて、不安になってるだけだ」
どうしてわかっちゃうの?
「じゃなかったら、俺より得体の知れない女の話を信じるってことか?」
涙が滲んできた。あんな怪しい電話を真に受けて、簡単に涼を疑ってしまった自分が情けなく思えてきた。そんな私を涼は理解してくれている。私は首を横に振った。
「そんなわけない……」
「だろ? じゃあ、おいで」
涼が両手を広げる。私は抱えていたクッションをわきに放り、涼に駆け寄って抱きついた。涼はしっかり受け止めてくれた。
「もう飽きたのかなとか、悪いことばっかり考えてた」
「そんなわけないだろ」
あんなに不安だらけだったのに、涼のひと言で心のもやが魔法のように消えていく。
「腹減ったよ。彩が飯作って待っててくれてると思って、新幹線の中で何も食わずに帰ってきた」
「ごめん……」
優しく頭を撫でながら、涼は私が落ち着くまでなだめてくれた。
お風呂から出た涼が座っているソファに、私も腰を下ろした。濡れた髪をタオルで拭きながら涼が思い起こす。
「直近の当直といえば、帰ってきてすぐにお前としただろ。勤務中にもしてたらあんなにできないよ」
「ほぼ丸一日空いてるんだから、涼なら余裕だと思って。一日に何回もするときあるし」
涼が苦笑する。
「当直中は熟睡できるわけじゃない。そんな中で他の女抱いて、翌日は夜まで通常勤務で、帰ってきたあとはお前と二回? 無理だよ」
日勤から続けて夜勤だけでもきついのに、そこからさらにもう一日働いてるんだもんね。疲労と寝不足の中で、神経を張って人の命を守る仕事をしてる。悪いこと言っちゃったな。あの日、私とさせてしまったことにも改めて罪悪感を感じる。帰ってきてからと、寝る前にももう一回してしまった。「さっきは情けないくらいすぐ終わっちゃったからもう一回」なんて言われて。
「納得した?」
私は頷いた。ただ、もうひとつ問題が残っている。
「また電話がかかってきたら嫌だな。電話してきた女の人には心当たりある?」
「ああ、あるな」
「あるの!?」
声や話し方の特徴は涼には伝えていない。それなのにわかるんだ。
「少し前からわりとしつこく誘ってくるのが一人」
そんな人がいたんだ。全然知らなかった。そんなこといちいち私に伝えるはずもないか。
「もしかしてあの人? あの……」
私が携帯を届けたときに涼を呼びにきた女子アナ風の看護師さんのことを伝えようとして、やめた。ちょっと睨まれただけで疑うのは浅はかだ。それに、電話の人とは声が違ったように思う。彼女は涼の仕事仲間だ。他に思い当たる人がいないからって、確証もないのに適当なことを言うわけにはいかない。
「あの人って?」
「やっぱりいい。私は涼の職場の人間関係をほとんど知らないんだから、わかるわけないもん」
涼が私の頭をぽんぽんした。
「なんとかするから、彩はもう気にするな」
なんとかって? 訊こうとしたら涼は立ち上がった。
「帰ったら一緒に風呂入って、そのあとはベッドで燃えるようにするつもりだったのに、予定が狂ったな」
「明日からまた仕事なんだから、もう寝たほうがいいよ」
「そうだな。先に寝ていい?」
「うん。ゆっくり休んで」
「おやすみ」
私もお風呂に入って寝よう。昨日からいろいろ考えすぎて疲れた。
一人でいる間に悪いことばかりを考えて、すっかり落ち込んでしまっていた。だから夜になって涼が帰ってきたときには、私はリビングのソファの上で、いじけた子どものようにクッションを抱えて丸くなっていた。
そんな私を見るなり、涼がため息をついた。
「だから考えるなって言ったのに」
服装が出発したときの通勤着ではなく、学会で着用したスーツのままだ。ホテルで着替えることもせず、急いで帰ってきてくれたのがわかる。それはうれしいのだけど。
「前科あるし」
「前科?」
麗子さんとキスしたときのことだ。こうやってウジウジしているときの私は、解決したはずの過去の出来事も蒸し返す。
「ああ、鷹宮のことか。あのことはもう許してくれただろ?」
「愛人からの電話を気にしてた。学会前で忙しいって言って全然しなかった。いつもより帰りが遅い日が多かった」
これだけ並べれば、私が不審に思うのも理解できるだろう。
「電話のことは悪かったよ。ただの冗談だ。忙しかったのは本当だよ、彩」
子どもに言い聞かせるような口調だ。だって今の私は涼にしてみれば完全に駄々っ子だから。
「偶然とはいえ、悪い条件が揃ってるな」
涼が呟き、ダイニングテーブルをちらりと見た。帰ってきたらすぐに食べられるようにとテーブルの上には晩ご飯の用意をしてある。作ってる最中もあれこれ考えていたせいで、今こうしてソファでうずくまっている。
「こんなときでも飯の用意はしてくれてるんだな」
「それとこれとは別だよ」
「別じゃない。同じことだ。愛情の証だろ」
涼が私の目線に合わせて身をかがめた。
「彩はちゃんとわかってる。俺はそんなことはしないって。一人で待ってる間に考えすぎて、不安になってるだけだ」
どうしてわかっちゃうの?
「じゃなかったら、俺より得体の知れない女の話を信じるってことか?」
涙が滲んできた。あんな怪しい電話を真に受けて、簡単に涼を疑ってしまった自分が情けなく思えてきた。そんな私を涼は理解してくれている。私は首を横に振った。
「そんなわけない……」
「だろ? じゃあ、おいで」
涼が両手を広げる。私は抱えていたクッションをわきに放り、涼に駆け寄って抱きついた。涼はしっかり受け止めてくれた。
「もう飽きたのかなとか、悪いことばっかり考えてた」
「そんなわけないだろ」
あんなに不安だらけだったのに、涼のひと言で心のもやが魔法のように消えていく。
「腹減ったよ。彩が飯作って待っててくれてると思って、新幹線の中で何も食わずに帰ってきた」
「ごめん……」
優しく頭を撫でながら、涼は私が落ち着くまでなだめてくれた。
お風呂から出た涼が座っているソファに、私も腰を下ろした。濡れた髪をタオルで拭きながら涼が思い起こす。
「直近の当直といえば、帰ってきてすぐにお前としただろ。勤務中にもしてたらあんなにできないよ」
「ほぼ丸一日空いてるんだから、涼なら余裕だと思って。一日に何回もするときあるし」
涼が苦笑する。
「当直中は熟睡できるわけじゃない。そんな中で他の女抱いて、翌日は夜まで通常勤務で、帰ってきたあとはお前と二回? 無理だよ」
日勤から続けて夜勤だけでもきついのに、そこからさらにもう一日働いてるんだもんね。疲労と寝不足の中で、神経を張って人の命を守る仕事をしてる。悪いこと言っちゃったな。あの日、私とさせてしまったことにも改めて罪悪感を感じる。帰ってきてからと、寝る前にももう一回してしまった。「さっきは情けないくらいすぐ終わっちゃったからもう一回」なんて言われて。
「納得した?」
私は頷いた。ただ、もうひとつ問題が残っている。
「また電話がかかってきたら嫌だな。電話してきた女の人には心当たりある?」
「ああ、あるな」
「あるの!?」
声や話し方の特徴は涼には伝えていない。それなのにわかるんだ。
「少し前からわりとしつこく誘ってくるのが一人」
そんな人がいたんだ。全然知らなかった。そんなこといちいち私に伝えるはずもないか。
「もしかしてあの人? あの……」
私が携帯を届けたときに涼を呼びにきた女子アナ風の看護師さんのことを伝えようとして、やめた。ちょっと睨まれただけで疑うのは浅はかだ。それに、電話の人とは声が違ったように思う。彼女は涼の仕事仲間だ。他に思い当たる人がいないからって、確証もないのに適当なことを言うわけにはいかない。
「あの人って?」
「やっぱりいい。私は涼の職場の人間関係をほとんど知らないんだから、わかるわけないもん」
涼が私の頭をぽんぽんした。
「なんとかするから、彩はもう気にするな」
なんとかって? 訊こうとしたら涼は立ち上がった。
「帰ったら一緒に風呂入って、そのあとはベッドで燃えるようにするつもりだったのに、予定が狂ったな」
「明日からまた仕事なんだから、もう寝たほうがいいよ」
「そうだな。先に寝ていい?」
「うん。ゆっくり休んで」
「おやすみ」
私もお風呂に入って寝よう。昨日からいろいろ考えすぎて疲れた。
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