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獣
しおりを挟む「草とは、美味いものなのかね」
私が食堂にて頼んだラム肉を銀食器で刺して、口へ運ぼうとした時、彼は云った。
「さあね。青物がその解じゃないかな。というか君、それを今、肉を食べようとしている私に聞くかね」
「いやなに、少し気になったのさ。僕が言いたい草は青物じゃない、君が今正に食べている……羊だったか、それらが口にする雑草なんかだよ」
私は彼の云う草の数例を聞きながら口へ入れた肉片を咀嚼する。飯時にする話でもないだろうに、いやに胡椒が薄く思えた。
「それでね、君が食べるその肉も、やはり草なのではないかと思うのさ」
「はあ」
冗談半分に話を聞く。彼は何を云っているのか、ちっとも理解出来そうにない。事実私が口にしているものは歴としたラム肉なのだから。ひょっとすると何処か頭でも打ったかとも考えたが、彼は普段からあの調子なことを私は思い出した。
「しかしね、些か私には判らないな。君はこれを見てどう草だと判断するのか」
私はまた一つ銀食器で刺すとその肉片を彼へ向ける。身を乗り出した彼が食べようとするので、直ぐにでも引っ込めた。
「吝嗇だね」
「欲しけりゃ自分で頼んでおくれ」
ぶすくれた様な顔をした彼は、呼鈴を鳴らす。「これと、これと……嗚呼、香辛料は少なく出来るかい。素の味が好きでね」他にも注文するのか、と私は思いながら亦口に入れたラム肉を咀嚼し喉へ流した。薄くなっていた胡椒が少し、戻ってきたような気がした。「それでね」注文を終えた彼は此方へ向き直り又た話を続ける。
「抑々だけれど、どうして君はそれが肉で、そいつらが食べるものを草だと思うんだい」
「そりゃ、誰かゞ決めたからだろう」
「誰かって?」
こうなるともう直ぐには終わらない。私達は時折こうして先の見えない口喧嘩を延々と続けるのだ。とはいえ決して論争などではない。そんな大層なものではないからだ。
「じゃあ、此処に粘土があるとしよう。それで君は林檎を作った。それは林檎かい?」
「まさか、粘土は粘土だろう」
「その通り」
馬鹿にでもされているのだろうか。どんな形にしようと、粘土が林檎になることは無いのだ。少なくとも私の知る限りは。
「なら、草を食べて形成された羊の身体が、何故草でないと言い切れる?」
成程、草から造られたのだからそいつはそうではないのかと。理屈を捻じ曲げたような考えだが、人体の錬成を少し思い出した。
「粘土で幾ら形作ろうとそれは粘土だ。けれど草と肉は成分が違うだろう……君は葉緑体なんかを、この肉片から見付けたことがあるのかい」
「ふむ、確かに」
いつもより短いと思われる口喧嘩に終止符が打たれた。それから彼は水を一口飲むと、料理を待つ時間が退屈なのか私が食事する様子を唯眺めている。
──暫しの静寂。
あまり見られるのが得意でない私は、その視線と自身の咀嚼音とに耐え切れずついに話を切り出した。(この時店には音楽が流れていたが、私はちっとも聞こえなかった。)
「如何してそんなに直ぐ納得するのに、そんな話を聞かせたんだい」
私の問い掛けを目を丸くして聞いた彼はけらりと笑い応える。
「雑食の生き物は美味くないと聞くだろう」
「……はあ」
やはり彼の思考には、私の脳では追い付けないと思った。或いは、彼が遅れているのか。それから又た少し経って運ばれてきた料理を見れば、彼は上機嫌で銀食器を刺した。全くいつから食器なんて文化が身に付いたのか。野を駆け弱者を狩り、その身を喰いちぎった先祖は、いつから言葉を覚えたのか。
──皿の肉を食しても尚私を見詰めるその視線が、やけに痛く思えた。
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