犬の独り言

ぼうっとした犬

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 あ、外した。

 ぽす、と間の抜けた音を聞くなり、炬燵で両脚を伸ばす彼は云う。

「たかが二三米、歩きなよ」
「いやあ、如何も面倒でね」

彼は何時もそう云っては私を遣いに出す。この時期は特に。私は炬燵から身を出すと、出来るだけ冬の空気に触れたくないのでそゝくさと外れたちり紙を拾い上げ屑籠に投げ入れる。勿論、之の距離では余程目の悪くない限り外しようは無い、が。
「おや」
どうやら中身が溢れかけていたようだ、既に積もっていたゴミに弾き返され又た床の上を転がって行くちり紙は私の足に当たって離れた。一瞬の静寂。

「やゝ、君も外してるじゃない」
「君と一緒にしないでくれたまへ」

 私は溜息をついて棚から引っ張り出した袋へと屑籠の中身を移しながら炬燵に居る彼へと視線を向ける。だらしなく肩まで入り込み、其の顔は天と地を逆さにして。亦、此方と目を合わして「蜜柑が食べたい」と。見れば炬燵板の上の蜜柑は残りも無く、たった今最後の一つも彼が食べてしまったようだ。

「嫌だね、食べたいなら君が行けばいい」
「ちぇ、なら一緒に行こう」
「一緒に?」

 確かに之の時間、一人で誰かの帰りを待とうものなら直にでも眠りに落ちてしまうだろう。事実私は既に半分夢見心地だった。

 炬燵の温かさに部屋の寒さは夏に冷房を付け布団に入る行為と似るものがある。加えて私は偶にアイスクリームを口にするのだ。歯を磨くのを忘れてしまい、うっかり眠りに落ちることも、しば/\。その心地良さの代償に痛む腹と寝苦しさに目が覚めて何度後悔したことか。

「然し、こんな時間に青物屋など開いているのかい」

 私が然う尋ねれば彼は片眉を上げて笑う。

「宛があるのさ。開いてなくとも、呼べばひょいと出てくるだろうよ」

 夜の遅い時間に起こしても平気なのだろうか。抑々彼にそのような知り合いが居たことさえ、私は知らなかった。……だからと言って私達の仲は蜜柑一つの為だけに壊れるものではない。

「ほら、早く行こうよ、寒いじゃない」

 彼は思い立ったら動くのが早いようで、乱雑に壁に掛けてあったコートをこれまた雑に羽織ればもう玄関に行って手招きをしている。

「待っておくれよ、私にだってそれなりの準備がね」

 私は袋の口を縛っては簞笥の引き出しを開けて羽織物を出す。一呼吸置き、袖を通せば、暫く箪笥の肥しとしていた冷たさが腕から全身に沁み渡り、身震いを一つ。鍵と財布、それにゴミ袋を手に扉を開けて二人外に出ると私は鍵を閉めて先に進んだ彼の後に続く。羽織が冷えていたのがもう遠いことのように、門外の空気は私達を歓迎した。刺すような寒さとは裏腹に、見上げれば嫌というほどに晴れ渡って。私は星の名前などは判らないが、一人勝手に冬の大三角とやらと作った。そして瞬きを数度すれば、その大三角も冬の空に消えた。

「寒いねえ、手が凍ってしまいそうだ」
「手が凍るなら、いっそ全身そうしてしまえば楽だよ」

 道途中のゴミ捨て場へ雑に袋を置いては彼の案内する先へと。未だ見ぬ青物屋を目指す。矢張り之の時期は寒い、手袋でも持ってくれば善かったか、等と考えながら私は不図財布の中身を確認する。
 …………

 蜜柑は彼に買って貰うことにした。
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