犬の独り言

ぼうっとした犬

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晡時

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 時刻は丁度日鉄を過ぎる頃。私達は二人して空腹に襲われていた。食材などはその日のうちに食べ切ってしまうもので、米の備蓄なんてものも考えたことはなかった。ぐう、気の抜けたような腹の音を聞けば、私は漸くだれていた身体を起こす。

「何か腹に溜まるようなものが食べたい」

 その一心で棚という棚を漁るが成果は薄力粉やら牛乳のみ。卵なんてあろうと米が無いのでは意味が無い。

「買い物にでも行くかい」

 未だ床へ突っ伏したまゝの彼がそう問い掛けた。

「嫌だね、何だってあんな炎天下に態々身を投じなければならないんだ」
「ははは、確かに」
仰向けになって笑う。

「でも」
「うん?」
「出なければどちらにせよ、餓死なんかして終わりじゃないか。ねえ」

 裾をぱた/\と揺らしながら彼は、それでも君は構わないかと云いたげな目をして見てくる。

「こんな昼間に出る必要はないだろうというだけだ。日が落れば少しは涼しいさ」

 チラと窓の外に向けられた視線が、又た私に当るのが判った。

「それは良いけど、今はどうするんだい」

 卓に並べた材を見て、私はじっと考える。さて、これで何が出来るだろう。早く決めねば何も考えず出した牛乳があっという間に温くなってしまう。私はあまり料理などした口ではないが、不図その昔に母が厨に立っていたことを思い出した。

「そうだ」
「何か思い付いたのかね」

 少しは協力して考えてほしいものだが、仕方ない。彼には夜の買出しを頼むことにしよう。

「揚物を作ろう」
「……揚物?」

 そんなこと出来るものかと彼もようやっと身体を起こして卓に寄る。

「揚物になりそうなものは何一つとしてないけど。まさか君、生卵を揚げようと?」

 それもまた、できないことはないが、私はそんなことをしようとは思わない。無駄になるからだ。

「いゝかい? 揚物はね、何も包むものが無ければいけないなんてことはたゞの一つもないのさ」
「全体どういうことだね」

 片眉上げて彼は聞き直すが私はろくに返事もせず、銀の鍋と大きい器を取り出した。彼も大した料理ができるわけではないもので、首を傾げてその様子を眺める。

「まあ、見ていればいゝ」

 私は器に薄力粉と牛乳、それに卵を割入れて混ぜる。彼に砂糖を持ってこさせればそれも少し。他数点を混ぜ込めばもう十分だ。油を入れた鍋を火にかけて沸騰するのを待つ。

────

「やあ、綺麗な色に揚がったじゃないか」

 皿に積まれたドーナツを見て彼は云う。尤も、作ったのは私なものであげたくはないが。椅子を引きながらそんなことを考えていると、てっぺんの一つを摘んで齧る彼の姿が視界に入った。ちょっと、と私が手を出す前に、味は悪くないねと彼が云うもので。溜息一つ吐いて椅子に座った。

「そういえば、僕も幼子の時に願ったか。大量の菓子に包まれたいと」
「ははは、何とも幼子らしい願いじゃないか」

 埋まるには程遠い量の、しかし皿一枚には多い程のドーナツを齧りながら昔を話す。

「夢なら、夢で叶えればいゝ。これを食べたら昼寝をしよう」

 私はそう提案して、空腹のせいか瞬く間に減っていったうち、残り二つを丁度彼と分けた。心做しか惜しむようにそれを口に入れゝば、皿を片付け、こんな時間に歯を磨き、又た二人床へ転がった。真昼間より陽も斜に、眠りにつくのは遅くなかった。未だ揚物の匂いが残り鼻に通るもので、私にとってその夢は心地の良いものとなった。
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