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7話 出発
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予め纏めておいた荷物を背負い忘れ物が無いか入念に確認してから自室を出た。勿論、ロマドの言いつけ通り部屋に施錠をする事も忘れない。
深い森の深層部の割に均された道、両脇を丈の低い野草や花が伸び、その奥に森林が折り重なるように犇めいている。ロマドが居る建物はそんな一本道を通った先にある木造で丸くやや赤み掛かった家だ。
基本、自宅で調合しているか薬草を採取する以外で家から出ることはない。数か月に一度、町へ商品の出荷に赴くらしいのだがティカが弟子になってからはもっぱら任せっきりだ。
「師匠とも今日でお別れかぁ、弟子入りしてから結構経つけど意外と短かった気がするよ」
丸い建物が近づくにつれ、今までの事を思い出しているようだ。どこか懐かしく寂しいそんな表情を見せる。あれこれ考えているうちにロマドがいる建物へ到着した。数回ノックし扉を押し開けて中へ入った。
「師匠ぉ~、出発の準備が終わりました!」
声に反応して二階からコツコツと足音を立てながら悠々とした足取りで階段を下りて来たロマド。その手には丸められた紙に黒い紐で結ばれた包みを持っていた。昨晩話していた証明書だろうか。
「もう準備が出来たのね。その様子だとここに未練はないのかしら?」
おどけた様子で問いかけるロマドに対して真面目な顔つきで返答する。
「未練がないと言えば嘘になります。僕だってできるならここに居たいですけど、それだと自分が成長しない気がして。……あっ、師匠の教え方が悪いと言っている訳ではなく、もちろん師匠の説明は分かり易くて理解しやすかったですし、まだまだ学ぶことが沢山あるんですけど、そういうのとはまた違うというか……」
「ティカ」
「はい」
「貴方の言いたいことは何となくわかってるわ。ここに居るよりあちこち見て回った方が見分も広がるし、私が教えてあげられない技術なんかにも触れられる機会があるしね。私も昔はティカと同じくらい好奇心が強かったわ。だけどこれだけは覚えててちょうだい……世の中、善人ばかりとは限らないから気を付けるのよ」
ロマド自身、身をもって経験したから出た言葉なのだろう。忠告を真に受け緊張するティカを見て苦笑いを浮かべている。
以前は私も同じだったと冗談交じりに語り聞かせ、最後の方は少し真面目な顔をして注意していた。ロマドの経験談から何かを感じとったティカは真っ直ぐ見つめ返す。
「はい、肝に銘じておきます」
「そこまで硬くならなくていいから、心の片隅にでも書き留めておく程度でいいのよ」
そう言って再び苦笑いを浮かべ右手に持つ証書と革のポーチを手渡す。渡された物に納得と疑問を浮かべ問いかけたそうなティカに代わって先にロマドが口を開く。
「こっちは証書ね、組合に渡せば登録できるから無くさないように。それでもう一つのポーチだけど、私の始めての弟子が旅立つというからちょっとした餞別よ」
丸められた紙を結ぶ黒紐の上から交差した羽根の刻印をもって封蝋された証書。そして証書と一緒に手渡されたこげ茶色の小さなポーチ。ポーチの中は幾ばくかの硬貨と魔法書、地図にポーションなど旅に役立つ物が入っていた。
それと一番重要なことなのだがこのポーチ、実はマジックポーチという魔道具で許容範囲を越えない限り何でも収納することができる優れものだ。もちろん、ポーチなのでそれなりにしか入らないが、空間魔法を施した魔道具はどれも貴重な品だ。そんな貴重な品を餞別として渡すあたり、計り知れない器の大きさを感じさせる。
そんなこととはつゆ知らず、師匠から直接貰った餞別が余ほど嬉しかったのか満面の笑みだ。
暫し語り合い続き、最後はロマドにお辞儀をして建物を出ていった。一度振り向いて再度小さく頭を下げ、町がある方角へと歩き出した。
******
ロマドと別れてから数刻。もうじき近場の町、ルイツが目視できる距離まで来ていた。
ロマドが住んでいる眠りの森から馬車で二日は掛かる距離だ。出発したのが昼を少し過ぎたあたり、本日中に町へ到着したかったティカは補助魔法を自身へ掛け身体能力を飛躍的に向上させている。そのため、二日かかる距離をこれほどまで早く移動できているのはひとえに魔法のお陰だ。
以外にも薬師というやつは薬を作ることだけが全てではない。時には危険な場所へ赴き貴重な薬草を採取したり、魔物を狩って素材を手に入れたりと幅広く活動することが求められる。
魔法学校の薬師学部でも基礎魔法の習得が必修科目なのはそのためだ。今回施した付与魔法‐身体強化‐もそのひとつ。効果は対象者の身体能力を向上させるというもの。初級魔法であるが術者の熟練度によって効果に幅がある。
魔法学校時代のティカは、魔法に関して中の上という評価をもらっている。この評価に胡坐をかいてはいけないが魔法の才能があるのは確かだ。並みの術者なら身体強化の魔法を使用して二割向上すれば優秀な部類に入るだろう。しかし、現在のティカを見る限りそれ以上だ。恐らく倍以上向上しているというのが見立てではあるが心理状態や環境によっても影響を受けるため一概に言えない。
付与魔法で身体能力を強化しているティカは、常人じゃありえない速度で森の中を進み、下流へと続く川に沿って目的地へ向けて休憩も取らずひたすら走る。時たま跳躍して障害物を避ける姿をもしロマドが見ていたら説教が始まったに違いない。
強化しているとはいえ少々無理をしているように見えるが本人はお構いなしだ。馬車で二日程かかる距離を数刻で移動することができるようになるのだ、魔法というのは実に便利極まりない。
途中、休憩を挟みながらもなお進んで行き、川を飛び越え向こう岸へ着地。その後もひたすら進み日が傾き始めた頃、漸く森が開けて遠くの方に薄っすら町が目視できる距離まできた。
「ふぅ、やっとここまで来た。長時間魔法を使った所為で疲れてきたなぁ、……あともうひと踏ん張りしますか」
再度自身へ身体強化の付与魔法を掛け、次に光魔法の‐障壁‐を唱え空気との干渉を和らげる。
淡い光がティカの体を薄っすら包み込むと街の方角目掛けて走り出した。
深い森の深層部の割に均された道、両脇を丈の低い野草や花が伸び、その奥に森林が折り重なるように犇めいている。ロマドが居る建物はそんな一本道を通った先にある木造で丸くやや赤み掛かった家だ。
基本、自宅で調合しているか薬草を採取する以外で家から出ることはない。数か月に一度、町へ商品の出荷に赴くらしいのだがティカが弟子になってからはもっぱら任せっきりだ。
「師匠とも今日でお別れかぁ、弟子入りしてから結構経つけど意外と短かった気がするよ」
丸い建物が近づくにつれ、今までの事を思い出しているようだ。どこか懐かしく寂しいそんな表情を見せる。あれこれ考えているうちにロマドがいる建物へ到着した。数回ノックし扉を押し開けて中へ入った。
「師匠ぉ~、出発の準備が終わりました!」
声に反応して二階からコツコツと足音を立てながら悠々とした足取りで階段を下りて来たロマド。その手には丸められた紙に黒い紐で結ばれた包みを持っていた。昨晩話していた証明書だろうか。
「もう準備が出来たのね。その様子だとここに未練はないのかしら?」
おどけた様子で問いかけるロマドに対して真面目な顔つきで返答する。
「未練がないと言えば嘘になります。僕だってできるならここに居たいですけど、それだと自分が成長しない気がして。……あっ、師匠の教え方が悪いと言っている訳ではなく、もちろん師匠の説明は分かり易くて理解しやすかったですし、まだまだ学ぶことが沢山あるんですけど、そういうのとはまた違うというか……」
「ティカ」
「はい」
「貴方の言いたいことは何となくわかってるわ。ここに居るよりあちこち見て回った方が見分も広がるし、私が教えてあげられない技術なんかにも触れられる機会があるしね。私も昔はティカと同じくらい好奇心が強かったわ。だけどこれだけは覚えててちょうだい……世の中、善人ばかりとは限らないから気を付けるのよ」
ロマド自身、身をもって経験したから出た言葉なのだろう。忠告を真に受け緊張するティカを見て苦笑いを浮かべている。
以前は私も同じだったと冗談交じりに語り聞かせ、最後の方は少し真面目な顔をして注意していた。ロマドの経験談から何かを感じとったティカは真っ直ぐ見つめ返す。
「はい、肝に銘じておきます」
「そこまで硬くならなくていいから、心の片隅にでも書き留めておく程度でいいのよ」
そう言って再び苦笑いを浮かべ右手に持つ証書と革のポーチを手渡す。渡された物に納得と疑問を浮かべ問いかけたそうなティカに代わって先にロマドが口を開く。
「こっちは証書ね、組合に渡せば登録できるから無くさないように。それでもう一つのポーチだけど、私の始めての弟子が旅立つというからちょっとした餞別よ」
丸められた紙を結ぶ黒紐の上から交差した羽根の刻印をもって封蝋された証書。そして証書と一緒に手渡されたこげ茶色の小さなポーチ。ポーチの中は幾ばくかの硬貨と魔法書、地図にポーションなど旅に役立つ物が入っていた。
それと一番重要なことなのだがこのポーチ、実はマジックポーチという魔道具で許容範囲を越えない限り何でも収納することができる優れものだ。もちろん、ポーチなのでそれなりにしか入らないが、空間魔法を施した魔道具はどれも貴重な品だ。そんな貴重な品を餞別として渡すあたり、計り知れない器の大きさを感じさせる。
そんなこととはつゆ知らず、師匠から直接貰った餞別が余ほど嬉しかったのか満面の笑みだ。
暫し語り合い続き、最後はロマドにお辞儀をして建物を出ていった。一度振り向いて再度小さく頭を下げ、町がある方角へと歩き出した。
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ロマドと別れてから数刻。もうじき近場の町、ルイツが目視できる距離まで来ていた。
ロマドが住んでいる眠りの森から馬車で二日は掛かる距離だ。出発したのが昼を少し過ぎたあたり、本日中に町へ到着したかったティカは補助魔法を自身へ掛け身体能力を飛躍的に向上させている。そのため、二日かかる距離をこれほどまで早く移動できているのはひとえに魔法のお陰だ。
以外にも薬師というやつは薬を作ることだけが全てではない。時には危険な場所へ赴き貴重な薬草を採取したり、魔物を狩って素材を手に入れたりと幅広く活動することが求められる。
魔法学校の薬師学部でも基礎魔法の習得が必修科目なのはそのためだ。今回施した付与魔法‐身体強化‐もそのひとつ。効果は対象者の身体能力を向上させるというもの。初級魔法であるが術者の熟練度によって効果に幅がある。
魔法学校時代のティカは、魔法に関して中の上という評価をもらっている。この評価に胡坐をかいてはいけないが魔法の才能があるのは確かだ。並みの術者なら身体強化の魔法を使用して二割向上すれば優秀な部類に入るだろう。しかし、現在のティカを見る限りそれ以上だ。恐らく倍以上向上しているというのが見立てではあるが心理状態や環境によっても影響を受けるため一概に言えない。
付与魔法で身体能力を強化しているティカは、常人じゃありえない速度で森の中を進み、下流へと続く川に沿って目的地へ向けて休憩も取らずひたすら走る。時たま跳躍して障害物を避ける姿をもしロマドが見ていたら説教が始まったに違いない。
強化しているとはいえ少々無理をしているように見えるが本人はお構いなしだ。馬車で二日程かかる距離を数刻で移動することができるようになるのだ、魔法というのは実に便利極まりない。
途中、休憩を挟みながらもなお進んで行き、川を飛び越え向こう岸へ着地。その後もひたすら進み日が傾き始めた頃、漸く森が開けて遠くの方に薄っすら町が目視できる距離まできた。
「ふぅ、やっとここまで来た。長時間魔法を使った所為で疲れてきたなぁ、……あともうひと踏ん張りしますか」
再度自身へ身体強化の付与魔法を掛け、次に光魔法の‐障壁‐を唱え空気との干渉を和らげる。
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