べゼルシス・オンライン

雨霧つゆは

文字の大きさ
上 下
24 / 38

24.ガチ勢

しおりを挟む
 一旦、現実世界で一時間ほど休憩を済ませた私達は再びべゼルシス・オンラインへログインした。フルダイブ特有の深層へ落ちていく感覚の後、妖精都市エネラルの町並みが視界を映し出す。

「よし、テントも買ったことだし、いざ大森林へ!」
「そう言えばオーダーメイド品っていつ頃完成するわけ?」
「ああ、なんでも高価な素材だから慎重に作業したいんだと。それとホムラ石の調整なんかもあるから大よそ一週間から十日くらいは掛かるってボリスさんが言ってた」
「また長い話ね」
「それだけ一品物を作るのには時間が掛かるってことじゃない? 別に私は構わないけど」
「いくらなんでも初期装備は不味いんじゃない?」
「確かに今だ初期装備って思うところがないわけじゃないんだけど……やっぱり、ちゃんとしたやつが出来るまでは浮気できないかなって」
「んーその気持ちも分からなくわないんだけど、パーティーを組む側はちょっと不安があるのよね。それにオーダーメイド品が完成しても定期的にメンテナンスが必要でしょ? この前偶然会ったメルさんだって三日後って言われてたから、メイン武器は必要だとしてもサブに何本か持っておいた方がいいと思うわ」
「た、たしかに。言われてみたら定期的にメンテナンスする必要があることすっかり忘れてた」

 エリカに言われ早速マーケットでよさげな双剣を探した。不人気職と言われる双剣士だが双剣自体は普通に売っていた。価格順にソートして安い順にみていく。
 鉄の双剣、鋼の双剣、銀の双剣と段階的に売り出され、三万メタを越えたところから名前が付き始めた。

「双子竜の双剣、黒煙クーガ、ツインローズに黒鬼っと」
「ネーミングセンスは兎も角、偏りのない黒鬼でいいんじゃないかしら?」
「そうだねぇ私も価格的に黒鬼がコスパいいかなぁって思うわ」
「特に特殊って感じじゃないからいいと思うけど」
「これにするかぁ」
「ねぇみてみて!」
「ん? なにその杖? どうしたの?」
「マーケットで買った」
「はっ!! 幾らで買ったの?」
「二十万メタ」

 私が五万メタの双剣を買うか買わないか悩んでいる横で、二十万の長杖を平然と買っていた奴がいた。その名をチカという。今まで使っていたゼンマイみたいな杖と入れ替わる様にして新たに買った長杖を見せつけてくる。試しにチカが買った杖の詳細をみて見た。

 《武器種:長杖 武器名:エンブリウス 握り手は耐久性、軽量性に優れたオークの木を使い握りやすさを追求、中心部はマナ伝統率の高いブラックメタル鉱石使うことで重心を安定させ使用者の負担を大幅に軽減させる構造を取り入れており、中心部から頭頂部に掛けて魔法変換率を重視して魔法陣の形を採用。テルン円数関数軸を元に多重積載理論を応用して魔法陣に干渉し――》

「やべぇ、この杖作ってる人ガチ勢っぽい。テキストがゲシュタルトしてる」
「……武器職人サチって、プレーヤーなのよね?」
「テキストの最後の方、プレーヤーサチって書いてるでしょ」
「本当だわ」
「……ほらここに」

 チカから貸してもらった長杖の柄の部分に製作者と思われる、Crafter SaTiと刻印されている。恐らく生産職特化で活動しているプレーヤーだろう。

「あっもしかして黒鬼も……製作者サチさんだ」
「うわぁ、こっちのテキストも凄いわね。熱意をこれでもかってくらい感じる」
「まぁコスパがいいし買うんだけどさぁ」

――チリーン。
《双剣:黒鬼×1を入手しました》

 五万二千メタで購入した黒鬼を取り出してみる。黒鬼の名に恥じぬ真っ黒い双剣だ。握り、柄、刀身、刃先に至るまで全てが黒一色という如何にもそっちの世界でブイブイ言わせていたに違いないって感じのする双剣だ。
 正直、私と双剣とが全てにおいてミスマッチしているような感覚に襲われる。見た目はすらっとした短刀系の双剣に薄っすらと赤いフラットな線が流れるようにあしらわれていて何とも不気味だ。

 握り手の下に、Crafter SaTiの刻印がひっそり彫られてあった。

「ふーん、この製作している人てもしかして有名な人なのかも」
「そうなの?」
「製作者でソートしてみて」
「どれどれ……」

 製作者名SaTiでソートを掛けると無数の武器が出品されていた。片手剣、大剣、短剣、槍、長槍、短杖、長杖、魔導書いくらでも出てくる。一番高い物で数億メタで出品されている。試しに八千万メタする双剣のテキストを覗いてみた。

《名を氷零絶海アブソリュート。氷零結晶を贅沢に使用した一品。ありとあらゆる全てを凍らせるワンオフ商品。購入希望者は要相談。購入特典:専属メンテナーが一人付きます》

 なんだか今までの長いテキストとは打って変わってシンプルな内容だ。全てを凍らす武器とは大そうな謳い文句だが今までのテキストがテキストだけに信憑性がある。購入特典で専属のメンテナーが一人付いてくるようだ。他人にメンテナンスさせたくないということなのだろうか。それにしても性能も凄いが見た目を芸術の域を超えて神話に登場してきそうな武器だ。

「アブソリュートかぁそんな武器で攻略できたら優越感が半端ないだろうなぁー」
「八千万の武器とか、既に攻略組の一員じゃない。正直、何を攻略するか今一想像に欠けるけど」

 エリカの言う通り八千万の武器を所持してたらそりゃトッププレイヤーだろう。所持金も私達なんかより圧倒的なはずだ。それを現金に換金できるんだからこのゲームはイカレテル。

「やっぱり地道に稼ぐしかないかぁ」
「今は黒鬼で我慢我慢。けして悪い武器じゃないんだから」
「それもそうだよね。エリカは何か買わないの?」
「チャージライフルを一丁買ったわ」
「へぇ、エネルギーガンてきな?」
「そうそう、実弾じゃなくてマナを使ったエネルギー弾。今になって初めて知ったんだけど、対モンスターにはエネルギー弾が効果的なんだって。実弾の方は対人選用だって、早く言ってくれればいいのに」
「あははは、今気付けてラッキーじゃん。ポジティブに考えてこ!」
「そうね」

 三者三様、各自の武器を購入してからアダベル大森林を目指した。



 ところでこの世界は現実世界を忠実に再現しつつ、ファンタジーを組み込んだゲーム名だけあって細かい設定がある。例えば天気の有無だ。早朝、日の出、昼、夕暮れ、夜と変化していく。もちろん雨や曇り、霧や雪、落雷と地域に合った気候がランダムで設定されているらしい。

 時間なんかも現実の一秒が仮想世界の一秒と等しく設定されてある。この手のVRMMOは現実に対して二倍、三倍といった時間の流れに設定していることが多いがべゼルシス・オンラインはあくまで現実に忠実、をコンセプトに作られているとか。まるで現実を過ごす感覚を提供したいという運営の意向が働いているようだ。

 べゼルシス・オンラインが発売して一年と少し。現在のプレーヤー数は最大でも五万人。敢えてプレーヤー人数を制限するのはゲームバランスを崩さない為なのかあるいは何らかの実験なのか。いずれもネット掲示板などでまことしやかに語れている。何のためにプレーヤー制限するのかと。

 だが、殆どのプレーヤーからしたらそんな些細なことを考えるよりもっと大切なものが存在する。仮想世界にダイブして現実世界のお金を稼ぐ。はたまた圧倒的な支配者になる。さまざまな野望が渦巻いているこのべゼルシス・オンラインだが今だ未知数なところが現状だと言えよう。
しおりを挟む

処理中です...