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雨霧つゆは

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35.大猪

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「そっちへ行ったわ!」
「任せて! クイック、ウインドアロー、エナジーレイン」

 エリカのアサルトライフルが断続的に音を響かせ、チカが風属性の宿った無数の矢を放つ。陸から弾丸の嵐、空からは矢の雨、視界を埋め尽くす数がエルダー・ワイルドボアを直撃した。

「ブギィイイイイイイ!! ブルブルルルゥゥゥゥ」

 弾丸と魔法の矢が直撃し悲鳴を上げた大猪だったが、頭を振り回して風を起こすと全てを弾き返した。その隙を突く形で横合いから影虎を突き差す。相変わらず切れ味抜群の双剣は何の抵抗もなく横っ腹を大きく切り裂いた。そして追撃として影虎のもう一つの固有能力、影縛りを発動した。

 左手にもつ影虎の柄から先の刀身が黒く変色し、飴細工の様に地面へと零れ周囲一帯を黒へと染め上げる。地面に落ちた影が大きくなり大猪を越えた辺りで地面から影がエルダー・ワイルドボアに向かって急速に伸び、そして拘束していく。
 絡め取られるようにまるで網にかかった猪の如く拘束を果たした。左手の影虎からは柄と地面とのを繋げる一本の影が伸びている状態だ。

 エルダー・ワイルドボアを完全に拘束し攻撃のチャンスではあるのだが右手の影虎だけでは連撃できない。仕方なく片方で切り刻むがやはり片手剣扱いなのか、威力が大幅に低下してダメージを与えられない。
 かと言ってエリカとチカに援護を頼めば私が巻き込まれる確率が高い。特に魔法矢は多少追尾するようだがチカの制御がまだまだ未熟なため、標的以外にも着弾している。

「そうだ! ……影喰い!」

 影虎もう一つの固有能力、影喰いを発動してどてっぱらに大穴を空ける。周囲を黒く染める影から巨大な影の怪魚が口を上げてワイルドボアの横っ腹に喰らい付き引きちぎった。すると赤い血と真っ白な肉質が剥き出しになる。

「もういっちょ! 影喰い! あれ? 発動しない、マナ切れ!!」

 慌ててマナポーションを取り出しあおった。体に青いヴェールが包むと魔力が回復しているのがわかる。

 二本飲み干し、魔力を全快した私は再度叫んだ。

「影喰い!!」

 今度は横っ腹ではなく首の付け根辺りを狙って思いっきり振り上げ、影の怪魚を持ち上げてやや上空から喰らい付く。

「ブルァァアアアアアア! ブルブルブル、フォンンギイギィィ」

 首からパックリ食い千切られたエルダー・ワイルドボアは堪らず悲鳴を上げ暴れ出す。しかし、影縛りが発動している現像では意味はない。いくら暴れようとも影が食い込むようにして拘束しているため無駄に終わった。

 一回の影喰いで八割ほど魔力を持って行かれたため、マナポーションでマナを回復して三度目の影喰いを首へ喰らわせ討伐した。

――チリーン。
《特殊個体:エルダー・ワイルドボアの討伐完了。報酬:大猪の皮×1》
《領主ポイント62200pt獲得しました。所属する立候補者へポイントが加算されました。》

「ふぅー終わったぁ」
「殆どユーリの独壇場だったわね」
「そうだねぇ、やっぱりオーダーメイド品って強いんだね。私も作ろうかなー」
「マーケット品と違ってオーダーメイド品は固有能力があるから。もちろんマーケットにもオーダーメイド品はあると思うけど、やっぱりお高いからね」

 初撃以外ほぼほぼ私によって倒された猪。多少苦労して倒したが地の番人に関する手掛かりは得られなかった。

「しかしあれだね、この武器魔力の消費が激しすぎる。所持しているだけでマナがちょっとずつ減るから管理が大変だよ。影喰いなんか一発しか打てないしなかなか運用が難しい武器だ」
「あんな技をほいほい撃たれたら私達が暇になるわよ」
「確かに……取り敢えず、この調子でポイントを稼ぎつつ番人を探しますか」
「といってもこれらしい手掛かりはないけどね」
「そうなんだよなぁ」

 エリカの言う通り、エルダー・ワイルドボアを討伐してもこれといって手掛かりは得られなかった。無駄骨にならずに済んだから良しとしよう。

 ボッソ平原は思ったより広大だ。エネラルの南側全域はほぼ平原だ。その平原を過ぎると岩や木が生え始め、リザードマンっぽい爬虫類のモンスターが出現する。そこから更に南下するとバラン連山と呼ばれる区域だ。
 その手前まで私達はやって来た。

「岩場が多くなってきたね」
「ここまで探して見つからないってもうアレを使うしかないんじゃない?」
「私もエリカちゃんと同じ意見。もうすでに三日経ってるし、そろそろ本気でやばいと思うんだよね。番人以外にもモンスターを沢山討伐しないといけないんでしょ、私達」
「それもそっか」

 バラン連山までもう目と鼻の先だ。ここまで探しも見つからないんだ二人の言う通り、アレを使うしかない。

「えぇっと、ポチポチっと……件名は地の番人についてでいいとして、内容はっと……」

 三角岩に座りながらチャットの内容文を考える。あて先はメルさんだ。

「これでよしっと、それじゃ送信!」

 そして二十分過ぎた辺りで返信が来た。もちろんメルさんからだ。 

「おっ来た来た! ……ふむふむ、どうやら行き過ぎていたようだ」
「場所がわかったのね? それでどの辺に番人がいるの?」
「数時間前に大猪倒した場所を覚えてる?」
「一時間くらい戻ったところよね?」
「あそこにいるんだって。二股になってた場所を右に進んできたのが今私達がいるルートで左側が番人へ続く道だってさ」
「左側だったか」

 来た道を引き返した私達は猪を倒した場所まで戻ってきた。

――キーン、バババン……そっちに、……たわ!

 どうやら冒険者が先ほどの猪と戦っているようだ。大きな金属音と魔法が着弾する音が響いてくる。

「どうする?」
「番人まで進む。友好的ならそれでよし、好戦的なら戦う」
「レベルが高かったらどうするのよ」
「その時はその時で、覚悟を決めるしかない。仮に倒されても他陣営だから領主ポイントを奪われる心配はしなくて大丈夫。負けたらアイテムとか取られちゃうかもだけど」
「最悪の展開を考えていた方が良さそうね。当然、朧火は使っていいのよね?」
「使っていいよ。その代り、武器の耐久力を考えて使ってね」

 時間もだいぶロスしたし、これからは巻いていく。多少危険を冒してでも進まないと駄目な気がしてきた。

 樹の裏に隠れ大周りをしながら様子を覗う。

「そこにいるのは誰!?」
「どうしたミーア?」
「プレーヤーよ……しかも、他陣営の」
「このタイミングでかよ……っち、おいロミア何とか時間を稼いでくれ」
「りょうかーい! このくらいロミア様に掛かればっ、うわぁ! っととこのぉー」
「おいお前ら、噂のPKか!」

 四人パーティーの内、こちらに気でいたのは後方から魔法で援護していた魔法使いだ。名前をミーアというらしい。私と同じく耳が長いため種族はウンディーネだろうか。
 そして全身で太い長剣を使いこなしていた剣士がこちらを睨むように声を掛けてきた。

「まさか! 私達はちょっとこの辺に用があるだけ」
「そうか、PKじゃないんだな?」
「私達はそのつもりだけど、貴方たちってどこの陣営の人?」
「俺達は獅子陣営だ。マップ埋めを目的にここまで来た。アンタらの目的は?」
「近場にいる番人を討伐しに、ちょっとね」
「番人……そうか、あんたら妖精陣営か?」
「だとしたら? 襲う?」
「いや、襲う気はそもそもない。アンタらの身なりを見る限り、裏に誰かいるんだろ? 十日足らずでそこまで良い装備を揃えるなんてこと普通に考えて無理だ。そう考えると答えは一つ、新陣営に鞍替えしたトッププレーヤーかそれに近い奴らの恩恵を受けている筈。ここで藪をつついて復讐されでもしたら堪らんからな。ちなみに誰から支援を受けてる?」
「私が教えると思う?」
「だな。口止めされてて当然か」
「勘違いしてるから一つ言っておくけど、この装備達は自力で集めたものだよ。資金援助を受けて手に入れたものじゃない」
「はっ……マジか。ならなんだ、重課金者か?」
「それも教えられない。というか詮索しないでくれる?」
「おっとすまんすまん、ついいつもの癖でな。んじゃ俺は戦いに戻るから、くれぐれも後ろから攻撃してくるなよ」
「誰がそんな卑怯な真似をするもんか!」

 軽装備の剣士が片手を上げてそう言ってきた。頭に来た私もつい言い返してやった。

「そういや、もう一つ……」
「……さっさと行きなよ」
「アンタら、サクヤっていうプレーヤー知ってるか?」
「……」
「その様子じゃ……ふふーん、何となくあんたらのバックにいる奴がわかったよ。やっぱり穏便に済ませて正解だった。俺の名はアルス。サクヤさんに会う機会があったら“あの時はありがとう”と伝えてくれ」

 そう言って片手剣士アルスは戦闘に戻っていった。
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