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7. コンビニタンドリーチキン
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「『るた』って名前、かわいいよね」
四回目の食事兼試食会はゴールデンウィークの最終日、ぐつぐつ煮える火鍋を囲んで始まった。湯気の向こうから「本名?」と訊ねられ、「の一部」と答えた。
「昼田の後ろで『るた』」
さすがに本当の本名は抵抗があって、あらかじめ準備しておいたウソを答えると、サキは血みたいに赤いスープをかき混ぜながら「一緒だ」と笑った。彼の本名は「先崎」というらしいが、それだって本当かはわからない。
店を出ると、まだ香辛料の匂いが残る指先で、例のブツを取り出す。リベンジで持ってきてもらったクッキーは、ずいぶん花っぽくなっていた。一枚の生地を立体に仕立てるのではなく、花びら型のクッキーを何枚も焼き、それを張り合わせる方法に変えたそうだ。
「この色、どうしたの?」
軽石みたいに白っぽい灰色をしたクッキーは、知らなければ食品に見えない。
「ゴマペーストと、ほんのちょっと竹炭混ぜた」
「竹炭」
「食品用のやつがあるんだよ」
ほう、と感心した。これなら石っぽく見えなくもない。花弁を一枚折って口に入れる。
「……うん」
味はまあ、なんというか普通だった。ほんのりゴマっぽい風味がするかな、くらいで、ほとんど無味。この前のびっくりするような美味しさはなかった。炭が匂いを吸うのか、バターの風味も減っている気がする。
「どう?」
「不味くはないよ」
とはいえ、別においしさを求められる物ではないんだろう。だからそう答えた。なのにサキは、ぐ、と顔をしかめる。
「やっぱかー。見た目はいい感じになったんだけど、いまいち味がよくないんだよな」
「味、必要?」
「必要」
残りをバリバリ口に入れながら、サキは言い切った。
「だって、見た目だけとか言われるの、悔しいじゃん」
◇
「丸、webページのことでちょっと」
声を掛けられ手を止める。
社内勤務はこうやって作業を中断させられるから嫌いだ。リモートワーク可という要件につられて入社したのに、社内コミュニケーションがどうこう、なんて理由で週の半分を強制出社させられるのは不本意だった。
「何?」
同期入社の営業である根本は、たった二言の佑の返事すら気に喰わないようで、いかにも営業畑の男、といったように太く整えられた眉をひそめてから「システムに相談があるんだけど」とぶっきらぼうに言った。
「――で、リリースがこの日だから、週明けには告知と予約フォーム出したい」
「その納期は無理」
「いや、無理とかないんだって。上からの指示だから、絶対なんだよ」
「無理だよ。最低五営業日はかかるって、いつも言ってるでしょ」
きっぱりと首を振る。両手を合わせて頭を下げていた相手の目に、じわっと怒りが浮かんだ。
「情シスの丸って、融通効かなすぎじゃねえ?」
ビル裏手のコンビニに向かおうとした昼休み、エントランスを出た瞬間にそんな声が聞こえてきて思わず振り向く。
根本が口をへの字にしながら煙草をくわえていた。スモークガラスの向こうから漂ってくる悪口よりも副流煙のほうが気になって、足早にその場を離れる。
いつから関係がこじれたのか、もう思い出せない。そもそも、無理な日程の依頼を一切受け付けない佑は、全社員からあまりよく思われていないので、根本だけ特別あたりがキツイ、というわけでもない。しょせん仕事だけの付き合いなので、自分がどう思われていようとも気にならなかった。
ただ、それに伴う弊害が、ないわけでもない。
デスクに戻ると、華やかな笑い声が聞こえてきた。輪の中心で口元に手をあて笑っていた武藤さんがこちらに気づき、「おかえりなさい」と声を掛けてくれる。ちいさく会釈して、サンドウィッチの包装を破った。
「きょうもサンドウィッチですか?」
取り囲んでいた人たちが去って、武藤さんが向かい側の席から首をのばして話しかけてくる。
「タンドリーチキンサンドが発売されてたんで」
「おいしい?」
「まだ食べてないです」
淡々とした返事にもムッとした表情ひとつ見せず、「それは失礼しました」と笑って、彼女はすっと背筋を伸ばしモニターへと視線を戻す。休憩時間中は社用パソコンを見ない主義だけど、こっそり共用スケジュールから武藤さんのタスクを確認すると、思った通り、さきほど佑が断った案件が追加されていた。
情シスの女神、の異名を持つ彼女は優秀である。技術や知識はもちろん、佑たち技術畑の人間が比較的苦手としやすいコミュニケーションもとてもうまい。
何度同じことを訊ねても機嫌を損ねることなく、単純なミスをしていても優しくフォローしてくれる。ほがらかで取っ付きやすい彼女は、言い換えれば、仕事を押し付けられやすかった。
一回ならまだしも、もう両の手にはおさまらない回数、こんなことが起きている。自分のスタンスに後悔はないけれど、巻き込まれた彼女にはそろそろ詫びを入れるべきだろうか。いやでも、僕が武藤さんに押し付けたわけじゃないし。
もやもやした気持ちを抱えつつ、タンドリーチキンにかぶりつく。しっかり揉み込まれたスパイスの味を、まろやかな白いソースが包み込んでいて、いくらでも食べられそうだった。
二つ目の包装を破きながら、そもそも課員の業務調整は上長の仕事だろうと、ここにはいない鶴巻課長に恨み節をぶつける。歯の間に挟まっていたコショウの粒が割れて、ぴりっと舌を刺激した。
四回目の食事兼試食会はゴールデンウィークの最終日、ぐつぐつ煮える火鍋を囲んで始まった。湯気の向こうから「本名?」と訊ねられ、「の一部」と答えた。
「昼田の後ろで『るた』」
さすがに本当の本名は抵抗があって、あらかじめ準備しておいたウソを答えると、サキは血みたいに赤いスープをかき混ぜながら「一緒だ」と笑った。彼の本名は「先崎」というらしいが、それだって本当かはわからない。
店を出ると、まだ香辛料の匂いが残る指先で、例のブツを取り出す。リベンジで持ってきてもらったクッキーは、ずいぶん花っぽくなっていた。一枚の生地を立体に仕立てるのではなく、花びら型のクッキーを何枚も焼き、それを張り合わせる方法に変えたそうだ。
「この色、どうしたの?」
軽石みたいに白っぽい灰色をしたクッキーは、知らなければ食品に見えない。
「ゴマペーストと、ほんのちょっと竹炭混ぜた」
「竹炭」
「食品用のやつがあるんだよ」
ほう、と感心した。これなら石っぽく見えなくもない。花弁を一枚折って口に入れる。
「……うん」
味はまあ、なんというか普通だった。ほんのりゴマっぽい風味がするかな、くらいで、ほとんど無味。この前のびっくりするような美味しさはなかった。炭が匂いを吸うのか、バターの風味も減っている気がする。
「どう?」
「不味くはないよ」
とはいえ、別においしさを求められる物ではないんだろう。だからそう答えた。なのにサキは、ぐ、と顔をしかめる。
「やっぱかー。見た目はいい感じになったんだけど、いまいち味がよくないんだよな」
「味、必要?」
「必要」
残りをバリバリ口に入れながら、サキは言い切った。
「だって、見た目だけとか言われるの、悔しいじゃん」
◇
「丸、webページのことでちょっと」
声を掛けられ手を止める。
社内勤務はこうやって作業を中断させられるから嫌いだ。リモートワーク可という要件につられて入社したのに、社内コミュニケーションがどうこう、なんて理由で週の半分を強制出社させられるのは不本意だった。
「何?」
同期入社の営業である根本は、たった二言の佑の返事すら気に喰わないようで、いかにも営業畑の男、といったように太く整えられた眉をひそめてから「システムに相談があるんだけど」とぶっきらぼうに言った。
「――で、リリースがこの日だから、週明けには告知と予約フォーム出したい」
「その納期は無理」
「いや、無理とかないんだって。上からの指示だから、絶対なんだよ」
「無理だよ。最低五営業日はかかるって、いつも言ってるでしょ」
きっぱりと首を振る。両手を合わせて頭を下げていた相手の目に、じわっと怒りが浮かんだ。
「情シスの丸って、融通効かなすぎじゃねえ?」
ビル裏手のコンビニに向かおうとした昼休み、エントランスを出た瞬間にそんな声が聞こえてきて思わず振り向く。
根本が口をへの字にしながら煙草をくわえていた。スモークガラスの向こうから漂ってくる悪口よりも副流煙のほうが気になって、足早にその場を離れる。
いつから関係がこじれたのか、もう思い出せない。そもそも、無理な日程の依頼を一切受け付けない佑は、全社員からあまりよく思われていないので、根本だけ特別あたりがキツイ、というわけでもない。しょせん仕事だけの付き合いなので、自分がどう思われていようとも気にならなかった。
ただ、それに伴う弊害が、ないわけでもない。
デスクに戻ると、華やかな笑い声が聞こえてきた。輪の中心で口元に手をあて笑っていた武藤さんがこちらに気づき、「おかえりなさい」と声を掛けてくれる。ちいさく会釈して、サンドウィッチの包装を破った。
「きょうもサンドウィッチですか?」
取り囲んでいた人たちが去って、武藤さんが向かい側の席から首をのばして話しかけてくる。
「タンドリーチキンサンドが発売されてたんで」
「おいしい?」
「まだ食べてないです」
淡々とした返事にもムッとした表情ひとつ見せず、「それは失礼しました」と笑って、彼女はすっと背筋を伸ばしモニターへと視線を戻す。休憩時間中は社用パソコンを見ない主義だけど、こっそり共用スケジュールから武藤さんのタスクを確認すると、思った通り、さきほど佑が断った案件が追加されていた。
情シスの女神、の異名を持つ彼女は優秀である。技術や知識はもちろん、佑たち技術畑の人間が比較的苦手としやすいコミュニケーションもとてもうまい。
何度同じことを訊ねても機嫌を損ねることなく、単純なミスをしていても優しくフォローしてくれる。ほがらかで取っ付きやすい彼女は、言い換えれば、仕事を押し付けられやすかった。
一回ならまだしも、もう両の手にはおさまらない回数、こんなことが起きている。自分のスタンスに後悔はないけれど、巻き込まれた彼女にはそろそろ詫びを入れるべきだろうか。いやでも、僕が武藤さんに押し付けたわけじゃないし。
もやもやした気持ちを抱えつつ、タンドリーチキンにかぶりつく。しっかり揉み込まれたスパイスの味を、まろやかな白いソースが包み込んでいて、いくらでも食べられそうだった。
二つ目の包装を破きながら、そもそも課員の業務調整は上長の仕事だろうと、ここにはいない鶴巻課長に恨み節をぶつける。歯の間に挟まっていたコショウの粒が割れて、ぴりっと舌を刺激した。
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