食事はひとりで、もしくは君と

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36. 既視感クッキー-2

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 サキは振り返り、「あ、ごめん、ちょっとこれ冷凍するまで待って」と言ってすぐに作業に戻ってしまう。この半年のことなど何もなかったような態度に、あっけに取られて動けなかった。
 白いシャツに包まれた肩甲骨が動き、手元のボウルから黄色い生地がラップの上に落ちる。黒いエプロンをしたサキの手はよどみなくその生地をぴったり包んで、棒状に整えると冷凍庫の中にしまった。振り返る。
 つんつん跳ねる短い髪も、優しく垂れた目元も以前と変わらないままのサキさんだった。

「久しぶり」
「……うん」

 何を話せばいいかわからなかった。向こうもそれは同じようで、困ったように眉を下げたあと、「少し話せない?」と作業台のボウルを引き寄せる。

「片づけ終わったら帰っていい、って言われてるからさ、ちょっとだけ待っててもらえると嬉しいんだけど」
「わかった」
「ありがとう」

 そこ座ってて、と言われてスツールに腰かける。サキは慌ただしく動き始めた。使い終わった調理器具や鍋をシンクに積み上げ、水を流す。ボウルも掴んで水に浸ける直前、まるでそれが当然のように人差し指が動き、残った生地をぺろりと舐める。
 指先に絡んだ生地が口の中に消えていく。ちゅ、と小さな水音がして、赤い舌がちらりと見えた。

「舐めてみる?」

 あんまりにも凝視しすぎていたのか、気づけばサキが苦笑していた。いつかみたいに、ボウルをこそいだ指先が伸ばされる。「なんてね」という言葉よりも、佑のほうが早かった。
 大股で近づくと差し向けられた手首をつかみ、生地を掬った指先を口に含む。冷たい生地は、バターに砂糖を混ぜた味がした。特別美味しくもないけど、妙な背徳感がある。舌を使って残った生地をこそげ取ると、ぴくりと口の中の指先が震えた。

 あ、これ、本当にサキさんの指なんだ。

 いま口にある神経が、血管が、きちんと彼に繋がっていると思うと、なかなか気持ち悪いことに、唾液があふれてきて困った。飲み込むためにくちびるをすぼめると、ちゅ、と音が鳴る。甘味を求めて指をなぞると、肉と爪の境に触れた。平たくて硬くて、いつも清潔に整えられている指先。もう砂糖なんてどこにもないのに放し難くって、飴を舐るように舌を絡めるとずるりと指が引き抜かれる。あ、と思った瞬間、あごを捕まれ唇が合わさった。

「んっ」

 やわらかい感触が細かな痺れとなって、身体の芯をくすぐる。
 キスをしている。サキさんと。
 認識が追い付いた途端、頭が真っ白になる。息を吸おうと開いたくちびるの間からすべり込んできた舌が舌をかすめるたびに、遠く離れた腰の裏側が炙られたように溶けていくのを感じる。耐えきれず目の前の身体にすがりつくと、口づけは弱まるどころかますます激しくなって、とうとう立っていられなくなる。

「あ、大丈夫?」

 こんな状態にした本人は、いたって平気そうに屈んで視線を合わせてくる。その平然とした態度に腹が立ち、睨み上げて驚いた。能面のようなサキの顔は、目だけがギラギラと光っている。

「これ着て、裏口で待ってて」

 サキは椅子にひっかけてあったブルゾンを投げてよこすと、シンクに戻った。「すぐに行くから」
 腕に抱えた上着からは、ずっと待ち望んでいた人の香りがする。
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