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それ、何でできていますか

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 慎二は今日も退屈な時間を過ごしていた。
「おい、慎二。その変なメガネ、いつまでつけるんだ?」
「分からない。何か便利な使い方が見つかるまでは、つけておこうかなって」
 友人からの質問に答える。

 友人が問いかけた変なメガネ、その名はマテリアルメガネ。これをつけて見た物は、マテリアル――つまり、構成物がメガネ上に表示されるのだ。
 友人の材料は水35ℓ、炭素20kg、アンモニア4ℓ、石灰1.5kg、リン800g、塩分250g、硝石100g。 イオウ80g、フッ素7.5g、鉄5g、ケイ素3g、その他少量の15の元素。人間はみんな同じ材料だ。特に変わった点はない。


 マテリアルメガネは慎二が趣味で作ったが特に目的はなかった。面白そう、ただそれだけの理由だった。勢いで作ったはいいものの、使い道が見つからない。だからこうして試用しているのだ。


 大学のキャンパス内を歩いている時だった。女学生二人の会話が耳に入ってきた。
「これ、有名ブランドの新作じゃん!」
「バイトで貯めたお金を奮発して買ったの。着心地も良いわ」

 会話の主を見ると、友人に服の質感を伝えるために、自らが着ている服を触らせていた。慎二が見やるとマテリアルメガネにはこう表示された。綿百パーセント。なるほど、肌触りはいいだろう。だが、有名ブランドの服であっても材料は他の服となんら変わりはない。


 午後の授業は暇だった。マテリアルメガネを作れる腕を持つ慎二にとって、教授の講義は今更感があった。

 講義が終わって教室を出ようとした時だった。
「慎二、ちょっといい?」
 声の主は里帆だった。彼女とは前に数回、二人で遊びに行っている。友達以上恋人未満というところだ。
「今日もその変わったメガネつけてるのね」
「ああ、これね。まだいい使い道が分からなくて」メガネのつるを触りながら答える。
「ちょっと、こっち来てくれる?」


 里帆について行くとキャンパスの中でも静かな場所にあるベンチにたどり着いた。なんの話だろう。
「ごめんね、歩かせちゃって。教室だと話しづらかったから」
「ううん、気にしないで。それで話って何?」
「その……今日ってバレンタインでしょ。だから、慎二にチョコレートを渡したくて」
 彼女は手のひらサイズの箱を渡してくる。なるほど、今日はバレンタインか。すっかり忘れていた。ただ、僕と彼女の関係を考えるに義理チョコだろう。

「ありがとう。ゆっくり味合わせてもらうよ」バッグに箱をしまおうとした時だった。
「その箱、開けて中を見てくれる?」
 慎二は首をひねる。箱を開けると出てきたのはチョコレートだった。当たり前だ。見た目は少し歪だった。マテリアルメガネに材料が表示される――はずだった。

 マテリアルメガネには「エラー:分析不可」と表示された。おかしい。チョコレートの材料といえばカカオだ。それが表示されないということは、このメガネには欠陥があることになる。さっそく改善せねば。

「その……慎二とは何回か遊びにいったでしょ? その時に気づいたんだ、慎二が好きだって。だから、これは義理チョコじゃなくて、本命チョコ」
 慎二にとって、嬉しい話だった。実は里帆のことが気になっていたのだ。
「それでね、自分で作ってみたの。形はお世辞にもいいとは言えないけれど、味は保証するわ」
 だから形が歪だったのか。その時、慎二は気づいた。マテリアルメガネのエラー表示、あれは正しかったのだ。このチョコレートの構成物には彼女の愛情が込められていたのだから。
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