異之国奇譚1~平凡OL王女は常ならむ~

月乃 影

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1話 これは夢?

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 「ほんっとにムカツク」
 同僚の柴田さんの何度目かの「ムカツク」を耳にしながら、私はカルボナーラをフォークに巻きつける作業に専念しようとしていた。
「アイツ、自分のこと何様だって思ってるんだろ」
 柴田さんが生ビールをあおるように、ワインをグビグビと赤い唇に流し込むのを横目で見て、私は口の中にそっと溜息を吐きだした。
 
 嫌な予感がしたのだ。
 定時で退社しようとした私に、同じ課の、さして親しくもない柴田さんが
「ねぇ、晩ごはんいっしょに食べない?おごるから」
 とか、甘いねこなで声で誘いをかけてきた時に。
「ごめんなさい。今夜は用事があるから」って、とっさのウソがつけない愚鈍な私は会社の近くにあるオシャレなイタリアンレストラン(柴田さんの行き付けらしい)でエンドレスに続く愚痴を聞くはめになった。
 いや、実際には用事はあったのだ。
 日曜日に図書館から借りてきた小説の続きを読む、という、私にとっては重大な用事が。
 昨夜、物語がちょうどクライマックスを迎えようとした時に睡魔に襲われて、断腸の思いでページを閉じた。
 きょうは金曜、明日は会社も休みだし、夜通し本が読めると楽しみにしてたのに。
 はっきりいって、こんなところで同僚のグチをきいてるヒマはない。早く帰って物語の続きを・・・・・
 物語の中に没頭したい・・・
「聞いてるの?小島さん!」
 名前を呼ばれてはっと我にかえる。私を見る柴田さんの目が据わっている。頬の赤みから察すると、だいぶ酔いがまわってるみたい。
「あなただって、田所課長には嫌な思いしてるんでしょ、小島さん」
 私の頭に、女性社員不人気ナンバーワン上司、田所課長の三白眼で青白い顔が浮かぶ。部下のちょっとしたミスを見つけては、イヤミと暴言を吐くパワハラ課長だ。
 柴田さんは会社でも目立つほどの行動派なので、パワハラも受けやすい。
 私は、自分で言うのもなんだけど、地味で目立たない小市民だ。
 会社でも何事も控えめに、ひっそりと息をひそめている私は、さほどパワハラ被害を受けていない。
 というか、課長の目に私が映ってるかすら怪しい。
 私が嫌な思いをしているかどうかと尋ねられたら、微妙なところなのだ。
 ここで柴田さんに同意すべきだろうか、それとも否定すべきだろうか。
 どう答えても面倒な展開になりそうで、眉間にしわをよせて悩んでいたら、
「そう、言葉では言えないくらい嫌な思いをしてるのね」
 柴田さんが私の沈黙を勝手に解釈して、あたたかな、あわれみの目を向けてくれた。
 よかった、答えるのを免れた。と、ほっとしたのもつかの間だった。
「小島さん!今夜はとことん飲もう!!朝までいくわよ!!」
 高らかな柴田さんの『朝まで宣言』に私は気が遠くなった。

 
 ああ・・・・神様。タスケテ。
 
 私をオウチに帰して。

  



 う・・・う・・・・
 あたま・・・いたい・・・
 のどが・・・・かわいた・・・・
 あたま・・・いた・・・
 のど・・・水
 
 水が飲みたい
 
 痛烈な喉の渇きに、意識が戻った。
 
 ・・・頭が痛い。ゆうべ・・・そうだ、昨夜、飲み過ぎちゃったんだ。
 二日酔いがこんなにキツイって思わなかった。ガンガン、ガンガン、頭の中で道路の突貫工事されてる気分。
 もう、絶対、絶対、飲みに誘われても、いくもんか。
 
 後悔に苛まれ、痛む頭の中で昨夜の記憶を探した。
 レストランを出て、私は柴田さんの馴染みのカクテルバーに、ほぼ連行状態で連れていかれた。
 それで、なんかコーヒー牛乳っぽい味のお酒をすすめられて・・・あれは、けっこう美味しかった。3杯は飲んだかな。
 あ、その後メロン味のも飲んで・・・ジュースみたいで何杯でもいけた。いや、いっちゃいけなかったのに。
 酔ってて理性が飛んでた。
 それから、なんだかとっても気分が悪くなって。
 そういえば「大丈夫?」とか「救急車を」とか遠くで聞こえたようなような気がするけど。
 それから・・・・・
 ・・・そこから先の記憶がどこにもない。
  
 私、どうやって帰ったんだろ。そうだ、店の支払いは?私、どうしたっけ?
  
 頭を起こそうとして激痛におそわれる。
 ダメだ・・・考えるのは後回しにして、とにかく今は
「みず、のみたい」我ながらひどいなと思うほどのかすれ声。
 だいたい水を所望したところで、アパートに一人暮らしの私に「はい、お水」って持ってきてくれる優しい人がいるわけじゃない。
 体に鞭打って起き上がるしかないか、と、あきらめたところで・・・


  「気がつかれたわ」

 ん?

「なにかおっしゃったわ」

 え?

「お水、って聞こえたわ」

 だれか、私の部屋にいるの?

「誰かお水を。それと、早くお医者さまを呼んできて」

 お、い、しゃ・・・医者・・・
 って・・・ここは病院?
 ・・・・・病院・・・ってことは・・・えっと。
 私、今、どうなってるんだろ。

 考えるのも辛かったけど、重いまぶたに全神経を集中させてこじ開けてみる。
 目の前に白い天井が見え・・・
 白い?・・・いや、白くないし。
 むしろ、極彩色の、これは・・・この天井は。なんと言ったっけ。
 そう、あれだ。『天井画』ってやつだ。天井いっぱいに絵が描いてある。なんか、露出の多い布を巻いた色っぽいおねーさんがいて、周りを羽の生えた赤ん坊みたいなのが飛んでる。

 すごいなぁ、天井にこんなのよく描けるなぁ・・・って、そうじゃない!

 ガバッと起き上がりそうになって、私は痛みで軽くあの世に逝きかけた。
 
 いかん・・・

 自分の不注意に後悔しながら、なんでこんな天井に絵のある部屋に寝ているのか理由を探ろうと薄目を開けて辺りの様子をうかがう。
 と。
 私を遠巻きに見ている数人の女性が見える。
 人がいる。でも、なんか、すごくすごく違和感を感じる。
 違和感。
 なんでみんなドレスなの?しかもめっちゃ古臭いデザイン。実物は見たことないけど、中世ヨーロッパがこんな感じだっけ。いや、違和感は古臭いドレスだけじゃない。
 どう見ても、見慣れた日本人の顔と違う。
 彫の深い顔立ちに、金髪、栗色の髪、青色や緑色の目。
 外国人?
 でも、話してる言葉はわかる。
 
 おかしいよね、なんなのコレ。
 あ、そうか、わかった、これ夢だ。
 夢の中で「これは夢だ」っていうアレ。だから、夢。
 
  「レイブラント先生、早く、こちらです」
 女性の声と、重厚な扉が開く音が聞こえた。
 そちらに目をやると、召使い風のエプロンドレスを着た女性と初老の男性が部屋に入ってくるのが見えた。
 牧師みたいな黒い服を着て白いヤギひげをはやした初老の男性は、ツカツカと私の寝ているベッドの横に来るとかがみこんだ。
 「失礼いたします」と、初老の男性が私の手を取った。
 脈をとられているのが分かる。このおじいさんが医者なの?
 でも、妙にリアルな夢だな。
 まるで、現実みたい。
 
「名前は? ご自分の名前をいえますか?」初老の男性が私に聞いている。
 
 名前? 私の名前?
 当たり前じゃない。自分の名前くらい分かるわよ。

 「み・・・みさと・・・小島、美里」かすれた声だけど、きちんと言えた。
 私の名前を聞いた男性の表情が歪み、今度はゆっくりと噛むように言った。
「あなたのなまえですよ?なまえをいってください」

 だからーーーーー
 
 私は再び自分の名前を繰り返す。
 男性は首を横に振り、困惑した表情のまま周囲を見渡すと、
「レーナ様は記憶に障害があります。おそらく落馬の衝撃で脳に傷を負われたのでしょう。ですが、峠は越しました。もう大丈夫です」
 周囲に安堵と落胆が入り混じる複雑な溜息がもれた。
 
 なんなの、どういう夢なのよ。
 落馬って、馬から落ちるってことでしょ?
 馬はおろかバイクにさえ乗ったことないわよ、私。
 
 夢を見ることにさえ疲れたのか、私の意識はだんだん白い幕に包まれていった。
 とにかく、寝よう。
 いや、もう寝てるんだから寝るって言うのはおかしい。
 でも、いいや、そんなこと、どうでも・・・いい
 脳が考えることを拒否した。
 今度目を覚ましたら、私が見るのはアパートの天井の見慣れた木目に違いない。そうであるといいな、と思いながら私は白濁の世界に沈んでいった。


 夢なら覚めて・・・っていう言葉があったような気がする。
 ちゃんと目が覚めたはずなのに、やっぱり私は違和感のある世界でベッドに寝ていて、見えるのは天井画と、中世風な服を着た日本人じゃない人たち。
 頭の痛みも、のどの渇きも、手を取られた感触も。どれも現実のものだった。
 自分がどこにいて、どうなってしまったのか、まったく理解ができない。
 けれど、体が水分を欲する欲求には勝てなくて、私はエプロンドレス姿の若い女性に体を起こすのを手伝ってもらって、水を飲んだ。
 冷たい水が全身を巡る心地よさに少し生き返った気がする。
 頭の痛みも薄らいで楽になったみたい。
 水ってありがたいなぁ、ってコップに入った水に手を合わせたくなった。
 で。
 改めて水が入った銀色の器を持つ自分の手に気がついたりする。
 は?
 なんだろう、これ?
 疑問符を頭に浮かべながら、私は自分の手をまじまじと見る。指の細い真っ白できゃしゃな手だ。よくテレビのハンドクリームのCMに出てくるような。いや、それ以上にキレイな手。
 こういうの「白魚しらうおのような・・・」とか言うんじゃないかな。
 いや、白魚って実物は見たことないけどね。
 でも。
 おかしいじゃない?
 だって、どう見ても私の手じゃないもん。
 その手を包帯の巻かれた頭にやってみる。髪にふれる。長い巻き毛が指に絡みつく。
「????」 
 巻き毛?私に巻き毛とかあったっけ?
 なに、いったい。
 どうなってるの?
 なかばパニックに襲われながらも、確認しようとした。確認したくはなかったけど、しないほうがよほど怖い。
「か・・・かがみ」
 水を飲ませてくれた若い女性が「なにか?」という顔でこちらを見た。
「鏡、鏡を見せて」
 あ。
 声も違うことに気づいて、動転した。
 水を飲む前はかすれてわからなかったけど、こんな鈴を転がしたような愛らしい声じゃない、私は。
 まるで、美少女アニメの主人公のような・・・
 女性からうやうやしく渡された華美な装飾のある手鏡を震える手で受け取り、おそるおそるのぞきこんだ。

 え・・・なに、これ?
 
 そこに映っていたのはミディアムボブの黒髪でメガネをかけた25歳の平凡なOLの顔・・・
 じゃなかった。
 蜂蜜色に輝く豊かな金の巻き毛。長いまつ毛にふちどられた琥珀色の瞳。10代の少女のツルツルした白い陶磁器の肌。サクランボのような唇・・・
 私の乏しいボキャブラリーでは表現できないくらい完璧な美しさを持った少女が、鏡の中であぜんと私を見つめ返していた。
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