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12話 もしかして危機!?
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叔父で、大臣でもあるナビスがいっしょだということで、渋々、サラさんも町行きを許してくれた。
「叔父上から片時も離れてはいけませんよ」まるで、小学生の娘に注意する母親のような口調でサラさんは言った。
町行きの日の朝、私はパンに野菜スープに果実といった、ほどよく質素で健康的な朝食をとった。
あ、そう、食事も改善したのだ。「食べきれないほどの料理は作らない」と。
料理人たちには城での仕事の他、食べるのにも事欠く貧民の為に、各地の空き家を急きょ改築して造った『お菓子の家』ならぬ『食事の家』で料理を作る仕事もしてもらうことにした。
おかげでリストラどころか料理人不足になってしまったのだけど。
とりあえずはダイエットが必要な体になる前に、しなければならないことを済ませたので、一安心なのだ。
で。
朝食をすませた私は麻の長袖Tシャツと、ラクダ色の長ズボンという粗末な男物の服に着替えた。キャスケットのような帽子に髪を押し込み、顔が隠れるくらい目深にかぶる。
鏡に映る姿は「町人の男の子」と言えなくもない微妙なコーデだったが。少なくとも「王女」には見えないからヨシとした。
最後に私は文机の引き出しの中から、町で会った少年がくれたミサンガを取り出して左の手首にまいた。
少年は「また、会えるオマジナイ」って言った。だから、なんとなく、それを着けていたら会えそうな気がした。
支度がすんだころ、叔父のナビスが迎えに来てくれた。
大臣の豪華な衣装だとメガネをかけた貧相なネズミに見える叔父だったが、ちょっと小金を持っていそうな町人っぽい服だと全然違和感がない。逆馬子にも衣裳だ。
昨日までブラック企業並の国務(大臣たちに任せられなくて一人でこなさなければならない仕事が多くて)に追われた私だったから、純粋に町で羽を伸ばせるのはうれしかった。
町は前以上に活気があった。
税の引き下げと国からの食糧配給の効果があったのか、民人の表情が前より明るく見えるのは気のせいじゃないって、思う。
前の外出では見なかった大道芸人たちも出張っていて、いたるところで音楽と人の笑い声が聞こえる。
子供連れの親子の姿もちらほらと見える。
衛兵と兵士を治安維持にも駆り出したので、とりあえず真昼間から誘拐とかはなさそうだ。
それでも、私は怖い思いをした経験から、周囲に気を配るのを怠らなかった。
半分はあの少年を探すためだったけど。
まだちゃんと助けてもらったお礼も、ミサンガのお礼も言ってなかったし、名前も。そうだ、今度会ったら名前を聞かなきゃ。
「懐かしいな、この感じ・・・」ナビスが通りを見渡しながら、独り言のように言った。それから私のほうを見て
「昔ね、子供のころ1度だけ、兄上と二人で町にきたことがあったんだよ。こっそりね、城を抜け出して。楽しかったな。まるで冒険みたいにワクワクした」子供のころの記憶をたどっているかのように、目には温かさが滲んでいる。
「でもね、私がうっかり、石段から落ちてケガをしてしまったんだよ。兄上は町にないしょで出たことと、私にケガをさせたことで、ひどく父王に叱られたんだ」ナビスは溜息をついて話を続けた。
「本当は私が町に行きたいと、兄上に駄々をこねたからなのに、兄上は何も言わずに私をかばってくれた」
明るかった日差しが雲の幕に覆われて薄暗くなったみたいにナビスの顔が陰る。私の胸にも寂しさがこみ上げてきた。
「兄上はいつも私に優しくしてくれたんだ・・・それなのに、私は義姉上が亡くなった時に兄上に何もしてはあげられなかった」
なんだかこのまま息を止めて消えそうなナビスに、なんと声をかけていいのか分からずに、私はじっとその小さな体を見つめた。
ナビスは私の視線で我にかえり「ごめんね、つまらない話を聞かせて」無理に笑顔を作った。
国王・・・いや、お兄さんがあんなことになって、だけど自分には何もできなくて。1番辛い思いをしているのは、この人ではないだろうか、私はそう思った。
ナビスが古書を売ってる露店に足を止めて物色を始めたので、私は隣の装飾品を売ってる露店を覗いた。
ふと、翡翠のブローチが目についた。月桂樹の葉のような形の銀の土台に翡翠がのっている。上品な輝きをはなつ翡翠はサラさんの深い緑色の瞳に似合いそうだ。
お土産に買って帰ろうかな。あの硬質の顔を持つ侍女はサプライズプレゼントに、どんな表情をするだろう。
翡翠のブローチに手を伸ばそうとしたときに、ふっ、と視線を感じた。
刺すような視線、とでもいうのだろうか。鈍感な私でもわかるほど圧のある視線。
誰かが私を見ている。
私は景色でも見るような風を装って振り向いた。
と、慌てて視線をそらした男がいた。
あの男?私を見ていたのは。
6,7メートル離れた漆喰の壁にもたれるように立っている男。汚れた前開きシャツに茶色いベスト。黒いズボンにブーツ。腰に束ねたロープ携えているのは牛か馬飼いなんだろうか。
でも、遠目でもわかる精悍な横顔や鋭い目つきはとても買い物に来た町人とは思えない。
剣呑な感じがする。この前のチンピラの仲間だろうか。
私は古書を手に、考えこんでいるナビスのそばに行くと「叔父様」小声で話しかける。
「怪しい人がいる」
えっ、という顔をしたナビスだったがすぐに真剣な表情になる「どこに」
私は目だけで男がいる場所を示した。ナビスは男をちらっと見て、考え込むような表情になった。
「ただの考えすぎかもしれないけど・・・万が一ってこともある。この先に私の隠家があるんだ。衛兵も控えさせているから、そこまで行こう」
私は頷いた。
よくよく町を逃げ回る運命にあるらしい。
ナビスと私は足早に路地を抜け、何度も角を曲がり、人ごみにまぎれて移動した。途中まで男の追ってきている気配がしたけど、まるで縁日のような人出に男は私たちを見失ったようだった。
それでも用心のために、しばらくの間私はナビスに手を引かれて歩いた。
周りがなんとなく貧民街のような淋しい場所になったとき「ここだよ」と、やっと古いレンガ造りの家の前でナビスが足を止めた。
私をかくまうように家に入れると、ナビスはほっと息をついた。
「ここまでくれば大丈夫だよ」
私を見つめて微笑む叔父の姿が急に頼もしく見え、私はナビスにすべてを打ち明けてしまおうかと思った。
私が怪しいと思ってるキリウスのことを。
叔父に話したら、国王の弟という権限でキリウスをなんとかしてもらえるかもしれない。
それが1番手っ取り早い方法かもしれない。
「叔父様」と声をかけようとして、私は背後に人の気配を感じて振り返った。
古いレンガ家の隅は暗い。その暗闇に人の気配がする。
誰かいる?
あ、そうか。と、私は思い出した。
そういえば、衛兵が控えてるって言ってたっけ。本当に私、神経が過敏になってる。
私はナビスのほうに向き直った「叔父様、実はお話が・・・」
そう言いかけた私の全身を冷たいものが走った。
「叔父様・・・?」
信じられない思いで私は叔父の顔を見た。
叔父の、ナビスの顔、私を見るメガネの下の瞳に宿っているのは・・・
嫌悪?
憎悪?
さっきまでの温かさはウソのように消え、ナビスの眼差しはまるで氷の棘のように私の全身に突き刺さる。
いったい、何が起こったのか分からずに、私はおどおどと叔父の豹変ぶりを見つめた。
「お、叔父様?どうしたの・・・」
「遅かったじゃないですか」「待ちくたびれましたよ」私の声をかき消すように、部屋の隅の暗闇から数人の男の声が上がる。
のそのそと闇から這い出て来た男たちを見て、私は声にならない悲鳴を上げた。
なぜ、なぜ、なぜ、なぜ
「なんで・・・この人たち・・・ここに・・・」
私の前に姿を見せたのは、城の衛兵ではなかった。その姿は前に私を町で襲おうとした男たちだ。見間違えるわけはない。
薄汚れた身なりで、体中から粗暴さが滲み出ている。
「文句を言うな。お前たちがしくじらなければ、私が出張ることなどなかったのだ」
ナビスの忌々しそうな声が麻痺した私の頭に響いた。
しくじる・・・しくじるって、なに。どういうこと。
「お前たちが始末しそこなったせいで、余計な手間がかかった」
シマツ・・・始末って、言った?
私の体は金縛りにあったみたいに硬直している。
危険を感じてる頭が早く逃げなきゃ、と言ってるのに、足が言うことをきかない。
恐怖で動けなくなった小さな動物のような私を見て、ナビスが笑った。
「驚かせてごめんね、レーナちゃん」
あ、もしかして、ドッキリ?
「君は邪魔なんだよ」
浮かんだ希望はすぐに打ち壊された。
そうだよね、こんなドッキリありえない。こんな状況でも『ドッキリ』なんて思っちゃう私は、本当に現代人なんだ。恐怖で支配された脳に自嘲が浮かぶ。
冷たい笑顔のままで叔父・・・ナビスは私に語りかけるような口調で言った。
「君が兄上の代理などと、私は認めていない。兄上は立派な国王だった、本当に私など足元にも及ばない名君だったんだ。でも、2年前、義姉上を亡くして兄上は正気を失った。国王じゃなくなったんだ。後に残ったのは世間知らずで頭の足りない王位継承者の君だけだ」そこで言葉を切って、ナビスは男たちに合図を送った。
二人の屈強な男が立ちすくんだ私の両の腕を掴む。身をよじって抵抗しようとしたけど、びくともしない。
「君さえいなければ、私が王位継承者だ。私が兄上の後を継いで国王になるんだ」
ああ、そういうこと。
ナビスも・・・王位を狙ってたんだ。
そんなに、王位とか、権力とか、欲しいの?
人の気持ちも踏みにじって、人の命を奪ってでも、欲しいの?
「まったく、どいつもこいつも・・・」
私のつぶやきにナビスが首をかしげる。
なんだか、勝手な男たちに腹が立ってきたけど、体の自由がないから
「頭が足りないのはどっちよ。私に何かあったら、いっしょにいたあなたが疑われるだけでしょ」
とりあえず、悪態をついてみる。
なにか喋って時間稼ぎしたら、助かる道もあるかもしれない。
そうだ、私の帰りが遅くなったら、サラさんが捜索の兵を出してくれるかもしれない。時間を稼ごう、今はそれしかできない。
「私が疑われる・・・って?」
アビスは笑った。人の笑顔を憎ったらしいと思ったのは初めてだ。
「私のような臆病で小心者で律儀なだけが取り柄のような男が疑われる?」
悪意と狂気に満ちた声だ。
「私が可愛い大切な姪を殺すなどと誰が思う?私は今まで君の味方だったろう?レーナちゃん、君はね、私と町に来て、人ごみではぐれてしまうんだよ。私は必死で君を探した。探して、探して、やっと貧民街の路地に倒れている君を見つけた。君は胸を刺されていて瀕死だ。最期に私の手を取って『国を頼む』と言い残して息が絶えてしまった。私は悲しみにくれる中、君の最期の願いを叶えるために国王の座につくんだ」
ナビスは何かに憑りつかれたように、自作の物語をろうろうと語る。
悔しい。信じていたのに。
ずっと、私のことを騙していたんだ。お芝居だった。私に優しくしてくれたのも、味方だからね、ってあのとき言ってくれたのも・・・
あっ!!
私の頭に雷鳴のようにひらめいた。
味方だからねってナビスが言った、あのとき!
薄暗い城の廊下で、私はサラさんと町行きの話をしていた。あのとき、後ろにナビスがいた。
聞いてたんだ。私とサラさんの話。
ナビスの存在感がなさすぎて、私にはキリウスしか思い出せなかった。
私が町に行くのを知っていたのは、ナビスだった。
自分の愚かさかげんに腹が立つってこんな状況のときなんだろう。
「今度はしくじらない。しくじったら後がないからね」ナビスの顔が酷薄と狂気の笑いで歪む。
「やれ」と、いかつい顔の男に命令する。
男の手には大型の包丁に似た刃物が握られている。
え?ちょっと待ってよ。
「待って、ちょっと、待って・・・最後に」
時間を稼がなきゃ
「最後に・・・お祈りをさせて」
うわぁ、だめだ、お祈りなんかじゃ、時間を稼げない。言ってしまった自分に激しく後悔する。
「・・・よかろう。可愛い姪の最後の願いを叶えてやろう」
う、う、しかたない。めっちゃ長い祈りを捧げてやる。
私の腕を掴んでいた男たちの手が外れて、私は床にひざをついた。体は自由になったけど、ここから逃げるなんて無理だ。
ゆっくりと手を胸の前で組むと、手首に少年がくれたミサンガが見えた。
できたら、もう1度会って話をしたかったな。
ナビスが私の前に立ち、芝居がかった口調で言った。
「神に恨み言でも言うがいい。国王の娘に生まれてきたことを呪うといい。やれ」
最後の「やれ」は刃物を持った男に向けて放った言葉だった。
うそ
まさか
死ぬ?ここで?
恐怖が脳を麻痺させてる。
男が目の前に立った。
うそ・・・
こんなのって・・・ない
私のめいっぱい見開いた目に鈍色の刃物の光が映っていた。
「叔父上から片時も離れてはいけませんよ」まるで、小学生の娘に注意する母親のような口調でサラさんは言った。
町行きの日の朝、私はパンに野菜スープに果実といった、ほどよく質素で健康的な朝食をとった。
あ、そう、食事も改善したのだ。「食べきれないほどの料理は作らない」と。
料理人たちには城での仕事の他、食べるのにも事欠く貧民の為に、各地の空き家を急きょ改築して造った『お菓子の家』ならぬ『食事の家』で料理を作る仕事もしてもらうことにした。
おかげでリストラどころか料理人不足になってしまったのだけど。
とりあえずはダイエットが必要な体になる前に、しなければならないことを済ませたので、一安心なのだ。
で。
朝食をすませた私は麻の長袖Tシャツと、ラクダ色の長ズボンという粗末な男物の服に着替えた。キャスケットのような帽子に髪を押し込み、顔が隠れるくらい目深にかぶる。
鏡に映る姿は「町人の男の子」と言えなくもない微妙なコーデだったが。少なくとも「王女」には見えないからヨシとした。
最後に私は文机の引き出しの中から、町で会った少年がくれたミサンガを取り出して左の手首にまいた。
少年は「また、会えるオマジナイ」って言った。だから、なんとなく、それを着けていたら会えそうな気がした。
支度がすんだころ、叔父のナビスが迎えに来てくれた。
大臣の豪華な衣装だとメガネをかけた貧相なネズミに見える叔父だったが、ちょっと小金を持っていそうな町人っぽい服だと全然違和感がない。逆馬子にも衣裳だ。
昨日までブラック企業並の国務(大臣たちに任せられなくて一人でこなさなければならない仕事が多くて)に追われた私だったから、純粋に町で羽を伸ばせるのはうれしかった。
町は前以上に活気があった。
税の引き下げと国からの食糧配給の効果があったのか、民人の表情が前より明るく見えるのは気のせいじゃないって、思う。
前の外出では見なかった大道芸人たちも出張っていて、いたるところで音楽と人の笑い声が聞こえる。
子供連れの親子の姿もちらほらと見える。
衛兵と兵士を治安維持にも駆り出したので、とりあえず真昼間から誘拐とかはなさそうだ。
それでも、私は怖い思いをした経験から、周囲に気を配るのを怠らなかった。
半分はあの少年を探すためだったけど。
まだちゃんと助けてもらったお礼も、ミサンガのお礼も言ってなかったし、名前も。そうだ、今度会ったら名前を聞かなきゃ。
「懐かしいな、この感じ・・・」ナビスが通りを見渡しながら、独り言のように言った。それから私のほうを見て
「昔ね、子供のころ1度だけ、兄上と二人で町にきたことがあったんだよ。こっそりね、城を抜け出して。楽しかったな。まるで冒険みたいにワクワクした」子供のころの記憶をたどっているかのように、目には温かさが滲んでいる。
「でもね、私がうっかり、石段から落ちてケガをしてしまったんだよ。兄上は町にないしょで出たことと、私にケガをさせたことで、ひどく父王に叱られたんだ」ナビスは溜息をついて話を続けた。
「本当は私が町に行きたいと、兄上に駄々をこねたからなのに、兄上は何も言わずに私をかばってくれた」
明るかった日差しが雲の幕に覆われて薄暗くなったみたいにナビスの顔が陰る。私の胸にも寂しさがこみ上げてきた。
「兄上はいつも私に優しくしてくれたんだ・・・それなのに、私は義姉上が亡くなった時に兄上に何もしてはあげられなかった」
なんだかこのまま息を止めて消えそうなナビスに、なんと声をかけていいのか分からずに、私はじっとその小さな体を見つめた。
ナビスは私の視線で我にかえり「ごめんね、つまらない話を聞かせて」無理に笑顔を作った。
国王・・・いや、お兄さんがあんなことになって、だけど自分には何もできなくて。1番辛い思いをしているのは、この人ではないだろうか、私はそう思った。
ナビスが古書を売ってる露店に足を止めて物色を始めたので、私は隣の装飾品を売ってる露店を覗いた。
ふと、翡翠のブローチが目についた。月桂樹の葉のような形の銀の土台に翡翠がのっている。上品な輝きをはなつ翡翠はサラさんの深い緑色の瞳に似合いそうだ。
お土産に買って帰ろうかな。あの硬質の顔を持つ侍女はサプライズプレゼントに、どんな表情をするだろう。
翡翠のブローチに手を伸ばそうとしたときに、ふっ、と視線を感じた。
刺すような視線、とでもいうのだろうか。鈍感な私でもわかるほど圧のある視線。
誰かが私を見ている。
私は景色でも見るような風を装って振り向いた。
と、慌てて視線をそらした男がいた。
あの男?私を見ていたのは。
6,7メートル離れた漆喰の壁にもたれるように立っている男。汚れた前開きシャツに茶色いベスト。黒いズボンにブーツ。腰に束ねたロープ携えているのは牛か馬飼いなんだろうか。
でも、遠目でもわかる精悍な横顔や鋭い目つきはとても買い物に来た町人とは思えない。
剣呑な感じがする。この前のチンピラの仲間だろうか。
私は古書を手に、考えこんでいるナビスのそばに行くと「叔父様」小声で話しかける。
「怪しい人がいる」
えっ、という顔をしたナビスだったがすぐに真剣な表情になる「どこに」
私は目だけで男がいる場所を示した。ナビスは男をちらっと見て、考え込むような表情になった。
「ただの考えすぎかもしれないけど・・・万が一ってこともある。この先に私の隠家があるんだ。衛兵も控えさせているから、そこまで行こう」
私は頷いた。
よくよく町を逃げ回る運命にあるらしい。
ナビスと私は足早に路地を抜け、何度も角を曲がり、人ごみにまぎれて移動した。途中まで男の追ってきている気配がしたけど、まるで縁日のような人出に男は私たちを見失ったようだった。
それでも用心のために、しばらくの間私はナビスに手を引かれて歩いた。
周りがなんとなく貧民街のような淋しい場所になったとき「ここだよ」と、やっと古いレンガ造りの家の前でナビスが足を止めた。
私をかくまうように家に入れると、ナビスはほっと息をついた。
「ここまでくれば大丈夫だよ」
私を見つめて微笑む叔父の姿が急に頼もしく見え、私はナビスにすべてを打ち明けてしまおうかと思った。
私が怪しいと思ってるキリウスのことを。
叔父に話したら、国王の弟という権限でキリウスをなんとかしてもらえるかもしれない。
それが1番手っ取り早い方法かもしれない。
「叔父様」と声をかけようとして、私は背後に人の気配を感じて振り返った。
古いレンガ家の隅は暗い。その暗闇に人の気配がする。
誰かいる?
あ、そうか。と、私は思い出した。
そういえば、衛兵が控えてるって言ってたっけ。本当に私、神経が過敏になってる。
私はナビスのほうに向き直った「叔父様、実はお話が・・・」
そう言いかけた私の全身を冷たいものが走った。
「叔父様・・・?」
信じられない思いで私は叔父の顔を見た。
叔父の、ナビスの顔、私を見るメガネの下の瞳に宿っているのは・・・
嫌悪?
憎悪?
さっきまでの温かさはウソのように消え、ナビスの眼差しはまるで氷の棘のように私の全身に突き刺さる。
いったい、何が起こったのか分からずに、私はおどおどと叔父の豹変ぶりを見つめた。
「お、叔父様?どうしたの・・・」
「遅かったじゃないですか」「待ちくたびれましたよ」私の声をかき消すように、部屋の隅の暗闇から数人の男の声が上がる。
のそのそと闇から這い出て来た男たちを見て、私は声にならない悲鳴を上げた。
なぜ、なぜ、なぜ、なぜ
「なんで・・・この人たち・・・ここに・・・」
私の前に姿を見せたのは、城の衛兵ではなかった。その姿は前に私を町で襲おうとした男たちだ。見間違えるわけはない。
薄汚れた身なりで、体中から粗暴さが滲み出ている。
「文句を言うな。お前たちがしくじらなければ、私が出張ることなどなかったのだ」
ナビスの忌々しそうな声が麻痺した私の頭に響いた。
しくじる・・・しくじるって、なに。どういうこと。
「お前たちが始末しそこなったせいで、余計な手間がかかった」
シマツ・・・始末って、言った?
私の体は金縛りにあったみたいに硬直している。
危険を感じてる頭が早く逃げなきゃ、と言ってるのに、足が言うことをきかない。
恐怖で動けなくなった小さな動物のような私を見て、ナビスが笑った。
「驚かせてごめんね、レーナちゃん」
あ、もしかして、ドッキリ?
「君は邪魔なんだよ」
浮かんだ希望はすぐに打ち壊された。
そうだよね、こんなドッキリありえない。こんな状況でも『ドッキリ』なんて思っちゃう私は、本当に現代人なんだ。恐怖で支配された脳に自嘲が浮かぶ。
冷たい笑顔のままで叔父・・・ナビスは私に語りかけるような口調で言った。
「君が兄上の代理などと、私は認めていない。兄上は立派な国王だった、本当に私など足元にも及ばない名君だったんだ。でも、2年前、義姉上を亡くして兄上は正気を失った。国王じゃなくなったんだ。後に残ったのは世間知らずで頭の足りない王位継承者の君だけだ」そこで言葉を切って、ナビスは男たちに合図を送った。
二人の屈強な男が立ちすくんだ私の両の腕を掴む。身をよじって抵抗しようとしたけど、びくともしない。
「君さえいなければ、私が王位継承者だ。私が兄上の後を継いで国王になるんだ」
ああ、そういうこと。
ナビスも・・・王位を狙ってたんだ。
そんなに、王位とか、権力とか、欲しいの?
人の気持ちも踏みにじって、人の命を奪ってでも、欲しいの?
「まったく、どいつもこいつも・・・」
私のつぶやきにナビスが首をかしげる。
なんだか、勝手な男たちに腹が立ってきたけど、体の自由がないから
「頭が足りないのはどっちよ。私に何かあったら、いっしょにいたあなたが疑われるだけでしょ」
とりあえず、悪態をついてみる。
なにか喋って時間稼ぎしたら、助かる道もあるかもしれない。
そうだ、私の帰りが遅くなったら、サラさんが捜索の兵を出してくれるかもしれない。時間を稼ごう、今はそれしかできない。
「私が疑われる・・・って?」
アビスは笑った。人の笑顔を憎ったらしいと思ったのは初めてだ。
「私のような臆病で小心者で律儀なだけが取り柄のような男が疑われる?」
悪意と狂気に満ちた声だ。
「私が可愛い大切な姪を殺すなどと誰が思う?私は今まで君の味方だったろう?レーナちゃん、君はね、私と町に来て、人ごみではぐれてしまうんだよ。私は必死で君を探した。探して、探して、やっと貧民街の路地に倒れている君を見つけた。君は胸を刺されていて瀕死だ。最期に私の手を取って『国を頼む』と言い残して息が絶えてしまった。私は悲しみにくれる中、君の最期の願いを叶えるために国王の座につくんだ」
ナビスは何かに憑りつかれたように、自作の物語をろうろうと語る。
悔しい。信じていたのに。
ずっと、私のことを騙していたんだ。お芝居だった。私に優しくしてくれたのも、味方だからね、ってあのとき言ってくれたのも・・・
あっ!!
私の頭に雷鳴のようにひらめいた。
味方だからねってナビスが言った、あのとき!
薄暗い城の廊下で、私はサラさんと町行きの話をしていた。あのとき、後ろにナビスがいた。
聞いてたんだ。私とサラさんの話。
ナビスの存在感がなさすぎて、私にはキリウスしか思い出せなかった。
私が町に行くのを知っていたのは、ナビスだった。
自分の愚かさかげんに腹が立つってこんな状況のときなんだろう。
「今度はしくじらない。しくじったら後がないからね」ナビスの顔が酷薄と狂気の笑いで歪む。
「やれ」と、いかつい顔の男に命令する。
男の手には大型の包丁に似た刃物が握られている。
え?ちょっと待ってよ。
「待って、ちょっと、待って・・・最後に」
時間を稼がなきゃ
「最後に・・・お祈りをさせて」
うわぁ、だめだ、お祈りなんかじゃ、時間を稼げない。言ってしまった自分に激しく後悔する。
「・・・よかろう。可愛い姪の最後の願いを叶えてやろう」
う、う、しかたない。めっちゃ長い祈りを捧げてやる。
私の腕を掴んでいた男たちの手が外れて、私は床にひざをついた。体は自由になったけど、ここから逃げるなんて無理だ。
ゆっくりと手を胸の前で組むと、手首に少年がくれたミサンガが見えた。
できたら、もう1度会って話をしたかったな。
ナビスが私の前に立ち、芝居がかった口調で言った。
「神に恨み言でも言うがいい。国王の娘に生まれてきたことを呪うといい。やれ」
最後の「やれ」は刃物を持った男に向けて放った言葉だった。
うそ
まさか
死ぬ?ここで?
恐怖が脳を麻痺させてる。
男が目の前に立った。
うそ・・・
こんなのって・・・ない
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