異之国奇譚1~平凡OL王女は常ならむ~

月乃 影

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13話 ああ、もう支離滅裂に。

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 キィィン・・・
 
 鋭い金属同士がぶつかり合うような甲高い音と、白光が炸裂した。
 私は反射的にギュッと目を閉じた。
 残響をわずかに残して音はすぐに止んだ。
 耳をすませてもまったく物音が聞こえなくなったので、こわごわ目を開けてみた。
 えっ、なに、これ。
 呆然とする私の目の前には、男が持っていた刃物があった。
 私の胸を突き刺すはずの刃は、私の体に触れる寸前のまま空中で止まっていた。
 床には屈強な男たち3人と、ナビスが倒れている。電気ショックを与えられたみたいに、ビクビクと体を震わせている。
 何が起こったの?
 頭の中は真っ白で、目の前の出来事が現実として認識できない。
 「よかった、間に合った~」その声で空中にとどまっていた刃物が、カチャンと音を立てて床に落ちた。
 この、声は・・・
「大丈夫?」
 私の目の前にあの少年が立っていた。
 紫がかった黒髪の華奢な体つきをした美しい少年が。
 少年の右の手のひらから、白い煙のようなモノが出ている。煙は文字の形をしていて、以前、国王の部屋に入る前に手渡された、卵型の石に書かれていた文様と同じ形をしていた。
 少年が手を振ると白い煙は余韻もなく消えた。 
「これ、緊縛の魔法だよ。しばらくはヤツラ動けないから安心して」
 少年は青緑の瞳で床の男たちを不快そうに見下ろすと「本当はもっとキツイお仕置き系の魔法を使いたかったんだけどね」 
 魔法?魔法?魔法?・・・ってあなたは・・・
 そうだ、この世界には『魔法使い』がいるんだって、サラさんが教えてくれた。
「あなた・・・まほう・・・つかい?」私はへたへたと床に崩れ落ちた。
 そのとき、「大丈夫かっ」の声と共に扉が破壊されるような勢いで開いて、一人の男が入ってきた。
 男の姿を見て、私は硬直した。
 さっき、町で見かけた男。私とナビスを追ってきた男だ。
 敵・・・あ、違う。今「大丈夫か」って言った。だったら、味方?
 あれ?ああ、もう、なにがどうなってるの。
 私はただ困惑して、男と少年を交互に見ているだけしかできなかった。
 少年は男を見ると
「おっそーい。もう片づいちゃったよ」声には、呆気なさすぎて面白くなかったよーみたいな響きがある。
「お前が速すぎるんだ。普通の人間が魔法使いについていけるわけないだろう」
 不満げに息をつく男を私は凝視した。
 だれ?会ったこと、ないよね?
 いや、私が知らないだけで、レーナは知ってる人?
 たぶん、そうなんだろう。
 だったら、町で見たときに逃げる必要なんかなかったのに。
 城で会ったことがあるのかもしれない。よく見たら思い出すかも。
 私は改めて男の姿をよく見た。
 町で見たときも精悍な横顔だって思ったけど。近くで見ると、まるで彫刻みたいに彫が深くて、少しウエーブのかかった黒い長髪を後ろに束ねているのがエキゾチックで、光の加減で薄い水色にも見える青色の瞳に、スッキリとした鼻梁に、形のいい薄い唇に・・・
 つまり、そう、美形だってこと!
 今、重大なことに気がついた。やばいくらいのイケメンじゃん。
 美しい少年と並んでいると、腐要素のない私でも妙な気になるほどに・・・
 って、いやいやいや、今はそんな妄想を働かせてる場合じゃないでしょ!
 私はイケナイ妄想を吐き出すために頭を振った。
 「じきに警護団も駆けつける」男は腰に下げていたロープで、ナビスと屈強な男たちを縛ってしまうと、つと、私の方を向いた。
 そして、やってきた。
 ドカドカと。
 その自信たっぷりな大股の歩き方・・・
 あれ?この感じ?
 ・・・どこかで?
「レーナ姫。怪我はないか?」差し出された男の手を前に、私は固まってしまった。
 この深い声、私を見る青い瞳、ロン毛の黒髪、そして、差し出された手は見覚えがある。
 ダンスを踊ったときに私の腰を支えていた。
 え?え?もしかして、あなたは。
 キリウスーー!?
「ひげひげひげひげひげ・・・ひげが」私の口からあふれた出た言葉を聞いて、キリウスはすごく照れたような情けない表情になった。
 ヒゲのなくなった形のよいあごに手をあてて、「やっぱり、ないと変か」
 いや、違う。違うの。ヒゲがないとかじゃなくて。
 私は首を振った。
「いつものままじゃ、すぐに俺だってばれるから・・・変装のつもりだったんだけど。でも、そんなに変か?」
 変じゃないです、絶対ないです!私は首をもげるくらい振った。
 驚きの連続でもう言葉すらでない。
「レーナ姫?・・・どっか痛むのか?」キリウスが心配気に私の顔を覗きこむ。
 顔が近い、顔が近いっ。
 美形に耐久性のない私の脳は破裂寸前。
「レーナ姫、何か言ってくれ」
 困った顔で懇願されて私の理性の電源がパチンと落ちた。
「うぇ~~ん、ズルいよ~反則だ~~~っ」
 もう、なにがなんだか、泣くしかない気分になった。
 声を上げて泣く私をキリウスはしばらく当惑した表情で見ていたが、おそるおそるといった様子でそっと慎重に私の体を抱き寄せた。
 まるで壊れ物を扱うように腕を優しく私の背中に回すと
「すまない。もっと俺が気をつけていれば、こんな」腕に少し力が入る「姫にこんな怖い思いさせなくてよかったんだ」
 ごめんなさい。違うの。
 私が支離滅裂に泣いてるのは怖い思いをしたせいではないの。怖かったのよりキリウスがイケメンだったショックのほうが多分に大きいの。
 誤解してよしよししてくれるキリウスには申し訳ないけど、彼の腕の中が心地よくて、胸の規則正しい鼓動を聞いていると妙に安心できて、このまますっぽり包まれていたい気分になってしまった。
 あんなに嫌いだと思っていた男の腕の中が気持ちいいとか思ってしまう自分にもかなりショックだ。
 
 「あのさ、そこで二人の世界に入らないでくれない?」
 少年の呆れたような声が割って入った。


 現実に引き戻されると、軍隊の制服に似たデザインの黒い服を着た男たちが、チンピラたちとナビスをキビキビとした動作で引っ立てていくのが見えた。あれが警護団らしい。
 私はキリウスの手を借りて立ち上がって、涙を袖で拭き払うと、少年とキリウスに「どういうことか、わかるように説明してくださる?」
 キリウスは困った顔をして腕を組んだ。眉間にしわを刻んで考え込む。
 ・・・あ。もしかして、体育会系男子は説明が苦手なのかな?
「馬が・・・」たっぷり5分は考え込んでいたキリウスがやっと口を開く。
「馬?」私は反芻する。
「姫が落馬したとき、乗っていた馬だ。普段はおとなしいヤツなのに、急に暴れ出して、姫を振り落とした。暴れた原因は後で分かった。馬の足に毒矢が刺さっていた」
 毒矢?えっと・・・じゃあ、最初っから私を落馬させようと、誰かが狙ったってこと?
「それで、俺は、この落馬はナビスの企てたことじゃないかって思った」
「なぜ、ナビスの仕業だと?」ナビスは自分で言ってた。小心者の自分を疑うような者はいない・・・とか。
「なにか確信があったのですか?ナビスが犯人だと、疑うような」私は固唾を飲んでキリウスに尋ねた。
 キリウスは面白くなさそうに眉根にしわを寄せて
「勘だ」
 うわ、野性的。
「あいつは従順でおとなしい男だったけど、なんとなくムシが好かなかった。国王の弟でなければ締め上げて吐かせたんだが・・・」心底残念そうにキリウスが言う。
 彼に締め上げられたらナビスなんか死んじゃうかもしれない。
 いや、死んでもよかったんだけど、って私に不穏な思いがちらりとよぎる。
「ただ、あいつが姫を狙うとしたら、理由はひとつだ」
「国王の座・・・?」私は言った。
 彼は頷き「だから、俺は姫に求婚した」
 ん?なんで、そこに話が飛躍するの?
「俺が国王になれば、ナビスが姫を狙う理由がなくなる」
 すっごい単純・・・いや、確かにそうだけど。
 私は呆れたように彼を見て
「それが、私に結婚を迫った理由なんですか?国王になりたかったのではなくて?」
「国王になんか、興味はない。結婚して国王になれたら王の権限でナビスを締め上げて吐かせられると思ったし。葬ることだって・・・」
 いやいや、ダメでしょ、葬っちゃ。
「奴をなんとかしたら・・・離縁されたってよかった。俺はただ、ナビスから姫を守らねばならないと思っただけだから」
 聞き取れないくらいの声でキリウスは「俺は好きでもない男だから」と呟いた。
 あっ・・・あの時の・・・やっぱり傷ついてたんだ。
 私はキリウスに言ってしまった言葉を思い出して冷や汗が出た。
『好きでもない人と結婚はできない』って言ってしまったんだった。
「だって私のためだなんて思わなかったし」つい言い訳じみた言葉が出てしまった。
 キリウスは不思議そうに眉をひそめた。
「俺はちゃんと言ったろう?姫のためだって」
 は?
 そんなこと言われたっけ?
 私は過去の記憶を探ってみる。
 私のためって・・・言われたのって・・・
 あ。もしかして、舞踏会でダンスを踊ったあのとき、貴女の身のためだ、って言ったアレ!?
 アレは脅しじゃなくて・・・私を守るって言葉だったの?
 私はガックリと肩を落とした。「ため」の使い方が違うよ。それに言葉、足りなさすぎだよ。
 ついでにそこで思い出した。
 私ったら腹立って、思いっきり踏みつけちゃったよ、彼の足を。
「ごめんなさい」
 キリウスは謝った意味を取り違えたみたいで
「いや、いいんだ。俺も焦って強引に結婚を迫りすぎた。姫が嫌がるのも当然だ」
 ちゃんと説明してくれれば私だって・・・
 いや、でも、ナビスが犯人だって確証もなかったんだよね。私だって、誰かに命を狙われてるなんて思わなかったもん。ましてや、味方だって思ってた叔父を疑うってあり得なかったし。
 もしキリウスが説明してくれてても信じられただろうか。ただ国王になりたいための詭弁だって、思ったかもしれない。
 彼の忠義に対して申し訳なくて、穴があったら入ってふたをしたい気分になった。
 「姫があくまで国王代理として立つなら、俺はナビスの動向を見張って、奴の正体を暴くしかないと思った。でも、貴女は何をしでかすかわからない。俺だけでは守れそうになかったから・・・」
「だから、僕に依頼したんだよね、『王女を陰で守って欲しい』って」
 キリウスの言葉を継いで、少年が私に笑いかけた。笑った顔は天界の天使だ、いや、人を魅了して惑わすのは魔界の悪魔かもしれない。
「あなた。本当に魔法使いなの?」少年の顔に見惚れて、間の抜けた質問をしてしまった。 
 少年は笑顔を消すと真顔になり、祈るように両手を胸の前で合わせてお辞儀をした。
「ローマリウス国のレーナ王女、お目にかかれて光栄です。僕はマグノリアの上級魔法使い、リュシエール・カルロと申します」
 それだけ言うと、少年はまた笑って「一応、皇族にはこういう挨拶をしなきゃいけない決まりだからね。でも、堅苦しいの、苦手なんで、普通でいいよね?」
 私は頷いた。私も普通に喋ってくれたほうがありがたい。
「リュシエール・・・って。本当に魔法使いなのね」きれいなだけで普通の少年に見える。私が持ってる魔法使いのイメージって、おじいさんで黒いフードとか被っている感じなんだもん。
 リュシエールはちょっと小首をかしげて、「レーナ、腕、見せて。僕のあげたオマジナイ、つけてるよね?」
 マジナイってあのミサンガのこと?
 私は左手の袖をまくった。黒と紫の紐で編んだ組みひもはそこにあった。
 少年は「君がコレをつけてくれてて助かったよ」と言うと、細いきれいな指でミサンガにふれた。
 とたん、ミサンガはヘビのようにウネウネと動き出し、シュルと解けて床に落ちた。
 床に落ちた紐は・・・紐じゃなかった。それは数本の髪の毛。紫がかった黒い色の、少年の髪だった。
 唖然とそれを見ていた私にリュシエールが言った。
「万が一ってこともあったから。コレで君の居場所がわかるようにね、魔法をかけておいたんだ」
 すごーい。まるでGSP機能だ。魔法ってすごく進化した科学みたいだ。
 感動と同時になるほど、と、私は納得した。
 魔法使いが普通の人間と交わらず、自分たちだけの国で暮らしてる理由を。
 常人にはない力はきっと、畏怖と脅威になるだろう。魔法使いに対する人間たちの恐れは、迫害に発展するかもしれない。
 そして、人間と異種族がいがみ合う。漫画とかアニメではよくある話だ。
「本当に助かったわ。ありがとう」私は素直に感謝を伝えた。
 少年は少し頬を染めて「お礼はキリウスに言いなよ。だって、君を死の淵から救ったのも」
「リュシエール!」キリウスが突然大声で会話を遮った。
 野生の獣のような目をしてすごむ。「余計なことは言うな」
 怖い。美形なだけにすごんだ顔は熊男のときより迫力がある。
 少年が肩をすくめて「りょーかい」と応えたときに、扉が開いた。
 「公爵。警護団団長が事情をおうかがいしたいと申しております。どうか警護団本部までご足労願いませんか」黒い軍服姿の若い男が直立不動の姿勢で言った。
 キリウスは「ああ、わかった」と警護団の男のほうに足を向けたが、しっかり「余計なことは言うなよ。リュシエール」と怖い目で少年に念を押すのは忘れなかった。
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