異之国奇譚1~平凡OL王女は常ならむ~

月乃 影

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15話 プロポーズは突然に。

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 私はサラさんとキリウスを私室にひっぱっていった。玄関も兼ねる広間で立ち話で済むような話じゃないから。
 あ、ひっぱってって言っても実際エスコートしたのはキリウスで、私とサラさんは静々とその後についていっただけ。
 3人の異様な組み合わせを見て目を見張る召使いに、お茶と軽い食べ物を持ってくるように言ってから、私は二人に向き合った。
 サラさんは「王女と同じテーブルにつくなど恐れ多い」と立ったままなので、私と向かい合って座ってるのはキリウスだけ。その彼が「それで」と会話の先陣を切った。
「罪を憎むとかなんとか、あれはどういう意味だ?」キリウスが難しい顔をして私に尋ねる。
 サラさんは黙っているけど、たぶん同じことが聞きたいのだと思った。
「だから、罪を犯したから、即、処刑とか、ダメですってことです」
「なんでだ?罪を犯した者を処罰するのは当然だろう」キリウスには心底、私の言ってることが理解できないみたい。
 私が以前調べた限り、この世界(この国だけ?)には裁判制度がない。罪人は更生させるという意識がない。刑務所みたいな場所はあるけど、刑が執行されるまでの拘束場所的なものだ。とにかく罪を犯したら懲罰か処刑ありきだ。
 罪を犯したものに更生のチャンスをやるっていうのをどう説明したものか、額に手を当てて私は悩んでしまう。
 私の言葉を待っているキリウスの青い瞳を見て、私の頭にひらめくものがあった。
 そうだ、アレだ。
「キリウス様、ニーサル様の件はどうなりました?」急に話題を変えられて、キリウスは怪訝な顔はしたが、素直に
「あの、ニーサルが地方の工事をどうのこうのってやつか?」
「そうです」頷きながらも、彼がニーサルの工事の架空発注と横領にはさほど関心はないことが分かった。
「あれなら、ニーサルの配下の役人どもを締め上げて」
 キリウス様は何でもとりあえずは締め上げるのね。少しだけ、締め上げられた役人に同情の念がわいた。
「予定の工事には着手するよう命じたが」それが、どうした?という表情のキリウスに私は言った。
「ニーサル様は罪を犯しているんです。そして、同じ罪をキリウス様も犯しています」
「は?」
 言葉の意味が理解できずに、そのまま絶句してしまったキリウスに、私は諭すように言った。
「大臣たちが不当な使用目的で税を5倍にしてしまった。そのことで、今多くの国民が苦しんでいます。命を落とす者もいます」
 私は静かに語った。
 村長や町長が私に訴えたことを。
 娘を身売りに出さなければならない家族のこと。押込み強盗に殺された一家。飢えに苦しんで、毒草を口にして、下半身不随になった幼子のこと。
 すべての原因は民を貧しくした、4人の大臣にある。
 「まさか・・・」キリウスの顔に狼狽の色が濃く浮かんだ「そんな・・・領地がそんな状況になっているなど、俺は報告を受けていないぞ」
「地方役人が陳情を握りつぶしているんです。きっと、そうすることで利益を得ている者もいるのでしょう」
 まさか、とキリウスは繰り返した。
 やっぱり。キリウスは思っていた以上に若い、というか、青い。色んなところに深い考えが及ばない。爵位を継いだばかりで不慣れなせいもあるのかもしれないけど。
「キリウス様が知らないところで民は血を流しています」穏やかとも思える口調で私は言った。
 苦悶の表情がキリウスを覆う。
 イケメンの苦しそうな顔って萌えるな。などと脳のどこかに浮かんだ不謹慎な発想を抹殺して、私は彼に尋ねた。
「これが真実です。キリウス様はどうされます?これから」
 キリウスはしばらくの間、固く口を結び目を閉じていたけど。
 決意を固めたかのように目を開けると、静かな迷いのない口調で言った。
「民に詫びる。もう、2度と民を苦しめることなどしないと、誓う」
 私は破顔した。
 その潔さは、好きだな。
「よかったです。死んで詫びる、とか言われなくて」私は笑顔のまま言った。
「死んだら罪は償えないだろう」キリウスは何気なく言ったが、サラさんが「あ」と小さく声を上げた。
「ローマリウス公にも、生きて罪を償わせるおつもりですか」
 私は首を縦に振った「処刑したら、罪はずっと残ったままでしょう。償うためには生きてないと」
 それに「ナビス・・・叔父のやったことは許せない。だけど、叔父が芯から悪い人だとは私には思えないの」
 演技だけで人が生きられるわけはない。ナビスだって、兄王と笑って国のことを語り合っていたはずなんだ。
 兄は立派な国王だったと、あれはナビスの本心だったはずだ。町で語ってくれた思い出も本物だったはずだ。
「罪を犯したのは、弱い心に魔がさしただけ・・・なのだと思います」
「姫にそのような深いお考えができようとは・・・」キリウスがあごに手をあて、じっと私を見ている。
 どきっ、と心臓が鳴ったのは、イケメンに見つめられる耐久性がないせい、ばかりじゃない。
 キリウスの見透かすような視線に私は焦った。
「まるで、以前の姫とは別人・・・」
 うわああああああああっ。内心で私は叫んだ。
 この人は野生の勘だけは鋭いんだった!
 どうしよう。私がレーナじゃないって、ばれちゃう!?
 お願い、そんなに私を見ないで。
 ダメ、動揺を隠せない。
「死を乗り越えた人間というのは、ここまで変わるものか」
 へ?
 キリウスが首を振りながら感嘆の溜息をつく。「俺など想像の及ばない考えだ」
 あれ?
「姫の好きにやってみたらいい。面白そうだ」
「私も、レーナ様のやりようを見てみたいとぞんじます」
 キリウスとサラさんがハモった。
 なんか、助かった?
 私が脱力でテーブルに伏せそうになったときに、扉がノックされた。
 召使いがやっとお茶とお菓子を持ってきたみたい。

 
 お菓子はラスクに香辛料をかけたような、ちょっと大人の味だった。
 サラさんが慣れた手つきで私とキリウスのお茶をいれてくれた。お茶からふわりと中国茶のような香りがした。
 キリウスはさすがに貴族だった。お茶を飲む所作にも気品がある。そういえば、ダンスも上手かったな。うっとりとキリウスを眺めながら、疑問に思ってたことを尋ねた。
「そういえばキリウス様。魔法使いに依頼して私の命を救ったことをなぜ秘密になさったの?」
 キリウスがお茶を吹いた。
「な、な、な・・・なん・・・なんで、それを、う」
 ゴフゴフとむせた。
 言葉にならないくらいあたふたとした彼だったけど、すぐに青い目が猛獣のそれに変わった。唸るような声で「リュシエールか」
 マジ怒りだ。たぶん、リュシエールは今度会ったら殺されるに違いない。
「キリウス様が救ってくださったと分かっていたら、私だって・・・あのような冷たい態度は」
 たぶん、とらなかった。義理とか温情とか、私だってあるんだ。
「姫にそういう余計な気を使わせたくなかっただけだ。俺が独断でしたことだし」
 ふてくされた口調はたぶん、恥ずかしさをごまかしているんだって、わかった。
 そういう人なんだね。恩着せがましいことは言わないんだ。言葉が足りない分、誤解されちゃうんだ。
「キリウス様が魔法を・・・まさか、依頼した・・・?」サラさんが信じられないという目でキリウスを見た。
「では、レーナ様が命をとりとめたのは、魔法だったのですか」
 ま、タマシイは間違えたけどね。
「いったい、いくら支払われる気ですか!」
 珍しい。サラさんが声を荒げている。つか、やっぱり、問題はソコだよね。
 キリウスは母親に叱られた思春期の男の子みたいに、すねた顔をしている。
「それは、サラには関係ないだろう」
「でも、私には関係あります」私はキリウスを見て静かに言った。
「私を助けてくれたことは、感謝しています。でも、キリウス様が責任を負うようなことではないです」
 そう、キリウスには負担させられない。
 だって、命が助かったのはレーナではないもの。キリウスが求めてた命ではないもの。
「姫は俺が、責任だけで、命を救ったと?」
 どきん、と、心臓が鳴った。キリウスがあんまり傷ついたような顔をして私を見るから。
 なんでそんな手負いの獣のような目で私を見るの。
 キリウスの視線から身を隠すように私はうつむいた。心臓は痛いほどに早くなっている。
「だって、私は・・・」
 レーナじゃないし。キリウスあなたが救いたかった愛するレーナじゃないし。
 言いたい言葉が言えなくて喉の奥が苦い。
 「俺は、確かに姫に死んでほしくないと思った」キリウスの声は静かに憂いを帯びていた。
「城で姫を見るたびに、俺はその可憐な姿に癒されていた」

 胸が・・・痛い。

「姫の姿を2度と見ることができないなんて、俺にはどうしても耐えられなかった」

 痛い。

 なんだか、好きな男性が他の女性に告白してるのを聞いてるみたいに、胸がギシギシときしんだ。

「俺は姫が生きてさえすればよかった・・・」
 キリウスに想われているのは、レーナだ。私じゃない。
 でも、そう思うのがなんだかとっても、とっても辛い。
 心臓が、針で突き刺されたみたいに、キリキリと痛む。
「俺は姫を見ているだけで幸せな気分になれたんだ」
 でも、私はレーナじゃないから、その想いには応えられない。あなたが愛したレーナはいないんだもん。
 私は小島美里なの。まったく違う女なの。あなたが好きな女じゃない。
 わかってるのに、そう思うのがきつい。締め付けられるように痛くて心臓が悲鳴を上げる。
 
 ごめんなさい本当に。レーナじゃなくて。
 私、あなたの好きなレーナのようになれなくて、ごめんなさい。

 「キリウス様・・・あなたのお気持ちは」
 わかったけど、応えられない。そう、言おうとした私の言葉をキリウスが強い口調で遮った。
 「レーナ姫、最後まで言わせてくれ」
 真摯に私を見つめる彼の瞳に、黙るしかなかった。
 「レーナ姫、聞いてくれ。俺は今までは貴女を見守るだけ、見ているだけでいいと思ってた」
 ・・・・・・
 ・・・・・ん?・・・『今までは』とか、言った?
 顔を上げてキリウスを見た。彼は当惑とか困惑という感じの表情を貼りつけている。
「つまり・・・今の姫は見ているだけでいいとは・・・思えない」
 ・・・・・・・
 は?
 彼は私から目を逸らすと、顔をしかめて悩ましい溜息を吐いた。
「まったく、近頃の貴女ときたら。強いかと思えば、もろくて、弱いかと思えば、したたかで、冷たいかと思えば、情け深くて。賢いかと思ったら簡単に人に騙されて」
 え、と・・・・それって私、性格破綻者っこと?
「何をしでかしてくれるかわからない。言動を予測できないのが怖い」
 ・・・・なんか、えーと、ごめんなさい。
「あの、ナビスの隠家で、貴女を抱いたときに」
 ・・・・ああ、あの、ヒゲのショックで私が泣いたとき?
「貴女を守りたい。共に生きたいと思った」
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 へ?
「貴女が手の届くところにいてくれないと俺は安心できないんだ」
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 はい?
「だから」
 キリウスの青い真摯な瞳が、まっすぐに私を捕らえていた。
「生涯、俺の傍にいて欲しい」

 え?

 これって

 もしかして

 「それでは」
 サラさんの冷たい声が部屋に響いた。
「私、サラ・アミゼーラの立ち合いの元、トマール・デ・キリウス公爵さまの正式な結婚のお申し込みとして受理いたします」

 えええええええっ!?
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