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16話 内面は平凡なの。
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満月に薄く雲のかかる、明るい夜だ。大きなおじいちゃん時計の針が1時過ぎを指している。ろうそくの頼りない明かりのなかで、私は文机に向かい、吐息をはいた。
は~っ、と我ながら悩ましい吐息だ。
「まさか、こんなことになるなんて」つい、声に出してしまう。
キリウスのことを思い出すたびに、私は部屋をゴロゴロと転げまわりたくなる衝動にかられる。いや、ドレスじゃなかったら、確実に部屋を3週はゴロゴロしたに違いない。
「う~」嬉しいのとか、恥ずかしいのとか、不安なのとか、色んな感情がごちゃませになって体の中を渦巻いてる。
「だめだ、どうしよう」私は火照った頬を隠すように手をあてる。
俺の傍にいて欲しい。そう言ったキリウスの熱い眼差しが頭に浮かぶ。オタオタと手を振って彼の残像を振り払う。
「どうしよう」机にゴンと頭をうちつけた。「嬉しいけど、なんか、どうしよう」
支離滅裂なことを言いながら天上を仰ぎ見ると、天井画の羽の生えた赤ん坊が、なんだかキューピットに見えてくる。
キリウスが私に求婚した。私はまた彼の真剣な眼差しを思い出す。
彼は「今の貴女」と言った。つまり、タマシイが入れ替わる前のレーナではなくて、今の私に求婚したってことだ。
だめだ、思い出すと顔がにやける。我ながら気持ち悪い。
私、そうとうオカシクなってる。でも、そんなのしかたがないじゃない。好きだって思った男性に求婚されたのって生まれて始めなんだから。
は~っ、と今度は重い溜息が出る。私はキリウスに「返事はもう少し待っていて欲しい」と答えた。
そう、答えなきゃならなかった。
キリウスはちょっとだけ寂しそうに微笑んで「いつまでも待つ」と言ってくれた。
「あ~ん、ホントは私だって結婚したかったよ~~」
「誰と?」
私は文字通り飛び上がった。かけていた椅子がけたたましい音をたてて倒れた。
「しーっ」指を桜色の唇にあて、いたずらっぽい目をした少年が壁を背にして立っていた。「みんなが起きちゃうよ」
「リュ、リュ、リュシエール!」
「あれ?なんで驚くかな?僕を呼んだのはレーナだよね」
言いながら長椅子に腰かけた少年は細い形のいい指を私に向けると、猫のような笑顔を見せる。
「そ、そうだけど、いったいいつからソコに」
「う~~んと『まさか、こんなことになるなんて』っていうあたりからかな」
最初っからじゃん!
「なんで、声かけてくれなかったのよぅ」私は恥ずかしさに真っ赤になりながらリュシエールに抗議した。
「だって、面白かったし」
うっ
瞬間で移動ができる魔法使いって、油断ならない。
「で?誰と結婚したかったって?」少年が小悪魔の微笑みを浮かべる。
分かってるくせに聞いてる。私の反応を見て楽しんでるんだよね。つきあうとさらにからかわれることになりそうなので、大人の判断で無視を決めた。
「そんなことより、リュシエール。私、あなたに言いたいことがあるの」
にっこりと微笑む。
リュシエールの顔が警戒するように強張ったのは、きっと私の笑みも悪魔の微笑みに見えたのだろう。
「なに?」危険を察知した猫のように、上目使いに私を見る。
私は勿体ぶって、エヘンと咳払いをしてから
「私、あなたに、『クーリングオフ』を申し込みます」
「え?なに?クーリ・・・オフ?」少年の頭に?マークが浮かぶのが見えるようだった。
「そ、買った商品が気に入らなかったり、欠陥品だったりしたら、返品できる制度よ。通常は1週間以内なんだけど。魔法の場合は特殊だから、期間は無期限ってことで」
「ちょ、ちょっと、レーナ。何言ってんだか、ぜんっぜん分んないんだけど?」
リュシエールの頭の?マークが10個くらい増えたみたい。
「だから、ね。リュシエールの魔法で届いたのは、違う商品、つまり、違うタマシイだったの」
「へ!?」
私はリュシエールに説明した。
私の魂をレーナの魂と間違えてレーナの肉体に入れてしまったことを。
レーナの中にいる私は、この世界とは違う世界の日本という国の人間の女なんだと。
リュシエールは青緑色の目を白黒(?)させながら聞いていたけど、事態を飲みこんで、長い重い溜息をついた。
「つまり、魔法は失敗だったの。だから、キリウスには報酬の支払い義務はないわ」と、私は高らかに宣言した。
リュシエールはうなだれると「こんな失態、父さんに知れたら・・・僕は上級魔法使いの資格を失っちゃう」
聞く者すべてが同情の涙を流しそうな、悲しい声だ。
なるほど、魔法使いの世界も階級が厳しいんだね。
「うん、だからね。私からの提案なんだけど。リュシエールは魔法はかけなかった。私は魔法をかける前に自力で蘇生した、っていうことにしたら?そうしたら、魔法の報酬金も発生しないし、リュシエールが上級魔法使いっていう資格を失うこともないんじゃない?」
リュシエールは少しの間、腕を組んで考え込んでいたけど「レーナって、悪知恵が働くんだね」
あれ?なんか、失礼じゃない?それ。
口を尖らせた私の顔をみて、リュシエールは肩をすくめてから言った。
「でも、それしか丸く収める方法はなさそうだね。その案のるよ」
リュシエールが私に向かって手を差し出した。私はその手を握った。
私とリュシエールの間に、共犯者同盟が結ばれた。
「でも、君を守るために使った魔法の報酬はいただくよ」
リュシエールがテーブルの上にあったガラスのビンの中のチョコレートをつまみ食いしながら言う。
ああ、あの、ナビスの隠れ家で使った緊縛の魔法とか、GPSもどきのミサンガのことね。値段をきくと、私の宝石だらけのドレス1着分ほどだと思われたので、それで手を打つことにした。
やっぱり私には魔法の報酬の基準がわからない。魔法の難易度にもよるのかしら?その難易度もよく分からないんだけど。
「それでね、聞きたいのだけど・・・私とレーナの魂が自然に元に戻るってこと、ある?」
私の問いにリュシエールは2個目のチョコをモグモグしながら言った。
「自然にはないね。魔法でならできるかもしれないけど。ただ、魂がしっかり入っちゃってるのを取り変えるって、伝説レベルの魔法だよ」
まず、ムリ。と彼は断言した。
そうか、ある日、突然入れ替わる、ってことはないんだね。
私は心配だったのだ。だから、キリウスのプロポーズにも「はい」とすぐには返事ができなかった。
もし結婚しても、ある日突然、魂が元に戻ったら?元に戻るおそれがあるなら、結婚なんかできない。
でも、大丈夫なんだ。私はキリウスと結婚できるんだ。
じわじわと嬉しさが滲み出る。
あとは、思い出に残るような最高のシチュエーションで、プロポーズの返事ができたらいいな。
そう、できれば夕日の見える浜辺とかで・・・
「レーナ、よだれ、出てる」
はっ。
「うそ」私はあわてて、口をぬぐった。
「うそだよ」リュシエールがまだ口をもぐもぐさせながら言う「でも、そのくらい気持ち悪いヘラヘラ顔だった」
うううっ。美少女が台無しだ。
いくら外見がハイスペックな美少女でも、中身がこれじゃあ・・・。内面から滲みだす平凡さってあるよね、きっと。
「じゃ、僕は帰るよ。レーナも早く寝なよ。夜更かしはお肌に悪いからね」
しっかりと、残りのチョコをズボンのポケットに詰め込んで、そう言ったリュシエールに、私はあわてて
「だめ、まだ、お願いがあるの。1つ・・・ううん、2つ、魔法を頼みたいの」
う~んっ、とリュシエールはうなった「時間のかかる魔法や難しい魔法だったら、今はできないよ」準備が必要だから、と。
魔法の難易度なんて分からない。とりあえず、言ってみる。
「今の、現代のほうの私の様子がわかるような魔法って、ある?」
「ああ、それなら、中級魔法の高期レベルだよ。見るだけで、干渉しないのならね」
リュシエールは軽い調子で答えると、部屋の中を物色して、文机からペーパーナイフ、ドレッサーから手鏡を持ってくるとテーブルの上に置いた。
「 君の一部をもらうね、魂の追跡に必要だから」
「えっ」尋ねる間もなく、少年は私の髪のひと房をペーパーナイフで切りとった。
それから髪をテーブルの上の手鏡にふりかけると、静かに、今まで聞いたことのない言葉で何かを唱え始めた。
言葉はまるで理解できない。ううん、言葉ではなく音のように聞こえる。声で楽器のマネをしているっていうレベルじゃない。音の言葉そのもの。普通の人間にこんな発音は絶対無理だ。
魔法使いはやはり『魔法使い』という、人間とは異なる人種なのだと私は思った。
映画で観る『魔法使い』の呪文は、私でも唱えられるほど簡単なんだけどな。
「レーナ、鏡、見て」リュシエールにそう言われて、見ると、鏡は鏡面部分が白く発光していた。
私は鏡を覗きこんだ。
白くなっていた鏡面は、だんだんと霞が晴れるように中の景色が鮮明になっていく。
「ここって」
私は思わず声を上げた。
楕円形の鏡面の中に映し出されていたのは・・・
は~っ、と我ながら悩ましい吐息だ。
「まさか、こんなことになるなんて」つい、声に出してしまう。
キリウスのことを思い出すたびに、私は部屋をゴロゴロと転げまわりたくなる衝動にかられる。いや、ドレスじゃなかったら、確実に部屋を3週はゴロゴロしたに違いない。
「う~」嬉しいのとか、恥ずかしいのとか、不安なのとか、色んな感情がごちゃませになって体の中を渦巻いてる。
「だめだ、どうしよう」私は火照った頬を隠すように手をあてる。
俺の傍にいて欲しい。そう言ったキリウスの熱い眼差しが頭に浮かぶ。オタオタと手を振って彼の残像を振り払う。
「どうしよう」机にゴンと頭をうちつけた。「嬉しいけど、なんか、どうしよう」
支離滅裂なことを言いながら天上を仰ぎ見ると、天井画の羽の生えた赤ん坊が、なんだかキューピットに見えてくる。
キリウスが私に求婚した。私はまた彼の真剣な眼差しを思い出す。
彼は「今の貴女」と言った。つまり、タマシイが入れ替わる前のレーナではなくて、今の私に求婚したってことだ。
だめだ、思い出すと顔がにやける。我ながら気持ち悪い。
私、そうとうオカシクなってる。でも、そんなのしかたがないじゃない。好きだって思った男性に求婚されたのって生まれて始めなんだから。
は~っ、と今度は重い溜息が出る。私はキリウスに「返事はもう少し待っていて欲しい」と答えた。
そう、答えなきゃならなかった。
キリウスはちょっとだけ寂しそうに微笑んで「いつまでも待つ」と言ってくれた。
「あ~ん、ホントは私だって結婚したかったよ~~」
「誰と?」
私は文字通り飛び上がった。かけていた椅子がけたたましい音をたてて倒れた。
「しーっ」指を桜色の唇にあて、いたずらっぽい目をした少年が壁を背にして立っていた。「みんなが起きちゃうよ」
「リュ、リュ、リュシエール!」
「あれ?なんで驚くかな?僕を呼んだのはレーナだよね」
言いながら長椅子に腰かけた少年は細い形のいい指を私に向けると、猫のような笑顔を見せる。
「そ、そうだけど、いったいいつからソコに」
「う~~んと『まさか、こんなことになるなんて』っていうあたりからかな」
最初っからじゃん!
「なんで、声かけてくれなかったのよぅ」私は恥ずかしさに真っ赤になりながらリュシエールに抗議した。
「だって、面白かったし」
うっ
瞬間で移動ができる魔法使いって、油断ならない。
「で?誰と結婚したかったって?」少年が小悪魔の微笑みを浮かべる。
分かってるくせに聞いてる。私の反応を見て楽しんでるんだよね。つきあうとさらにからかわれることになりそうなので、大人の判断で無視を決めた。
「そんなことより、リュシエール。私、あなたに言いたいことがあるの」
にっこりと微笑む。
リュシエールの顔が警戒するように強張ったのは、きっと私の笑みも悪魔の微笑みに見えたのだろう。
「なに?」危険を察知した猫のように、上目使いに私を見る。
私は勿体ぶって、エヘンと咳払いをしてから
「私、あなたに、『クーリングオフ』を申し込みます」
「え?なに?クーリ・・・オフ?」少年の頭に?マークが浮かぶのが見えるようだった。
「そ、買った商品が気に入らなかったり、欠陥品だったりしたら、返品できる制度よ。通常は1週間以内なんだけど。魔法の場合は特殊だから、期間は無期限ってことで」
「ちょ、ちょっと、レーナ。何言ってんだか、ぜんっぜん分んないんだけど?」
リュシエールの頭の?マークが10個くらい増えたみたい。
「だから、ね。リュシエールの魔法で届いたのは、違う商品、つまり、違うタマシイだったの」
「へ!?」
私はリュシエールに説明した。
私の魂をレーナの魂と間違えてレーナの肉体に入れてしまったことを。
レーナの中にいる私は、この世界とは違う世界の日本という国の人間の女なんだと。
リュシエールは青緑色の目を白黒(?)させながら聞いていたけど、事態を飲みこんで、長い重い溜息をついた。
「つまり、魔法は失敗だったの。だから、キリウスには報酬の支払い義務はないわ」と、私は高らかに宣言した。
リュシエールはうなだれると「こんな失態、父さんに知れたら・・・僕は上級魔法使いの資格を失っちゃう」
聞く者すべてが同情の涙を流しそうな、悲しい声だ。
なるほど、魔法使いの世界も階級が厳しいんだね。
「うん、だからね。私からの提案なんだけど。リュシエールは魔法はかけなかった。私は魔法をかける前に自力で蘇生した、っていうことにしたら?そうしたら、魔法の報酬金も発生しないし、リュシエールが上級魔法使いっていう資格を失うこともないんじゃない?」
リュシエールは少しの間、腕を組んで考え込んでいたけど「レーナって、悪知恵が働くんだね」
あれ?なんか、失礼じゃない?それ。
口を尖らせた私の顔をみて、リュシエールは肩をすくめてから言った。
「でも、それしか丸く収める方法はなさそうだね。その案のるよ」
リュシエールが私に向かって手を差し出した。私はその手を握った。
私とリュシエールの間に、共犯者同盟が結ばれた。
「でも、君を守るために使った魔法の報酬はいただくよ」
リュシエールがテーブルの上にあったガラスのビンの中のチョコレートをつまみ食いしながら言う。
ああ、あの、ナビスの隠れ家で使った緊縛の魔法とか、GPSもどきのミサンガのことね。値段をきくと、私の宝石だらけのドレス1着分ほどだと思われたので、それで手を打つことにした。
やっぱり私には魔法の報酬の基準がわからない。魔法の難易度にもよるのかしら?その難易度もよく分からないんだけど。
「それでね、聞きたいのだけど・・・私とレーナの魂が自然に元に戻るってこと、ある?」
私の問いにリュシエールは2個目のチョコをモグモグしながら言った。
「自然にはないね。魔法でならできるかもしれないけど。ただ、魂がしっかり入っちゃってるのを取り変えるって、伝説レベルの魔法だよ」
まず、ムリ。と彼は断言した。
そうか、ある日、突然入れ替わる、ってことはないんだね。
私は心配だったのだ。だから、キリウスのプロポーズにも「はい」とすぐには返事ができなかった。
もし結婚しても、ある日突然、魂が元に戻ったら?元に戻るおそれがあるなら、結婚なんかできない。
でも、大丈夫なんだ。私はキリウスと結婚できるんだ。
じわじわと嬉しさが滲み出る。
あとは、思い出に残るような最高のシチュエーションで、プロポーズの返事ができたらいいな。
そう、できれば夕日の見える浜辺とかで・・・
「レーナ、よだれ、出てる」
はっ。
「うそ」私はあわてて、口をぬぐった。
「うそだよ」リュシエールがまだ口をもぐもぐさせながら言う「でも、そのくらい気持ち悪いヘラヘラ顔だった」
うううっ。美少女が台無しだ。
いくら外見がハイスペックな美少女でも、中身がこれじゃあ・・・。内面から滲みだす平凡さってあるよね、きっと。
「じゃ、僕は帰るよ。レーナも早く寝なよ。夜更かしはお肌に悪いからね」
しっかりと、残りのチョコをズボンのポケットに詰め込んで、そう言ったリュシエールに、私はあわてて
「だめ、まだ、お願いがあるの。1つ・・・ううん、2つ、魔法を頼みたいの」
う~んっ、とリュシエールはうなった「時間のかかる魔法や難しい魔法だったら、今はできないよ」準備が必要だから、と。
魔法の難易度なんて分からない。とりあえず、言ってみる。
「今の、現代のほうの私の様子がわかるような魔法って、ある?」
「ああ、それなら、中級魔法の高期レベルだよ。見るだけで、干渉しないのならね」
リュシエールは軽い調子で答えると、部屋の中を物色して、文机からペーパーナイフ、ドレッサーから手鏡を持ってくるとテーブルの上に置いた。
「 君の一部をもらうね、魂の追跡に必要だから」
「えっ」尋ねる間もなく、少年は私の髪のひと房をペーパーナイフで切りとった。
それから髪をテーブルの上の手鏡にふりかけると、静かに、今まで聞いたことのない言葉で何かを唱え始めた。
言葉はまるで理解できない。ううん、言葉ではなく音のように聞こえる。声で楽器のマネをしているっていうレベルじゃない。音の言葉そのもの。普通の人間にこんな発音は絶対無理だ。
魔法使いはやはり『魔法使い』という、人間とは異なる人種なのだと私は思った。
映画で観る『魔法使い』の呪文は、私でも唱えられるほど簡単なんだけどな。
「レーナ、鏡、見て」リュシエールにそう言われて、見ると、鏡は鏡面部分が白く発光していた。
私は鏡を覗きこんだ。
白くなっていた鏡面は、だんだんと霞が晴れるように中の景色が鮮明になっていく。
「ここって」
私は思わず声を上げた。
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