異之国奇譚1~平凡OL王女は常ならむ~

月乃 影

文字の大きさ
16 / 25

16話 内面は平凡なの。

しおりを挟む
 満月に薄く雲のかかる、明るい夜だ。大きなおじいちゃん時計の針が1時過ぎを指している。ろうそくの頼りない明かりのなかで、私は文机に向かい、吐息をはいた。
 は~っ、と我ながら悩ましい吐息だ。
「まさか、こんなことになるなんて」つい、声に出してしまう。
 キリウスのことを思い出すたびに、私は部屋をゴロゴロと転げまわりたくなる衝動にかられる。いや、ドレスじゃなかったら、確実に部屋を3週はゴロゴロしたに違いない。
「う~」嬉しいのとか、恥ずかしいのとか、不安なのとか、色んな感情がごちゃませになって体の中を渦巻いてる。
「だめだ、どうしよう」私は火照った頬を隠すように手をあてる。
 俺の傍にいて欲しい。そう言ったキリウスの熱い眼差しが頭に浮かぶ。オタオタと手を振って彼の残像を振り払う。
「どうしよう」机にゴンと頭をうちつけた。「嬉しいけど、なんか、どうしよう」
 支離滅裂なことを言いながら天上を仰ぎ見ると、天井画の羽の生えた赤ん坊が、なんだかキューピットに見えてくる。
 キリウスが私に求婚した。私はまた彼の真剣な眼差しを思い出す。
 彼は「今の貴女」と言った。つまり、タマシイが入れ替わる前のレーナではなくて、今のレーナに求婚したってことだ。
 だめだ、思い出すと顔がにやける。我ながら気持ち悪い。
 私、そうとうオカシクなってる。でも、そんなのしかたがないじゃない。好きだって思った男性に求婚されたのって生まれて始めなんだから。
 は~っ、と今度は重い溜息が出る。私はキリウスに「返事はもう少し待っていて欲しい」と答えた。
 そう、答えなきゃならなかった。
 キリウスはちょっとだけ寂しそうに微笑んで「いつまでも待つ」と言ってくれた。
「あ~ん、ホントは私だって結婚したかったよ~~」
「誰と?」
 私は文字通り飛び上がった。かけていた椅子がけたたましい音をたてて倒れた。
「しーっ」指を桜色の唇にあて、いたずらっぽい目をした少年が壁を背にして立っていた。「みんなが起きちゃうよ」
「リュ、リュ、リュシエール!」
「あれ?なんで驚くかな?僕を呼んだのはレーナだよね」
 言いながら長椅子に腰かけた少年は細い形のいい指を私に向けると、猫のような笑顔を見せる。
「そ、そうだけど、いったいいつからソコに」
「う~~んと『まさか、こんなことになるなんて』っていうあたりからかな」
 最初っからじゃん!
「なんで、声かけてくれなかったのよぅ」私は恥ずかしさに真っ赤になりながらリュシエールに抗議した。
「だって、面白かったし」
 うっ
 瞬間で移動ができる魔法使いって、油断ならない。
「で?誰と結婚したかったって?」少年が小悪魔の微笑みを浮かべる。
 分かってるくせに聞いてる。私の反応を見て楽しんでるんだよね。つきあうとさらにからかわれることになりそうなので、大人の判断で無視を決めた。
「そんなことより、リュシエール。私、あなたに言いたいことがあるの」
 にっこりと微笑む。
 リュシエールの顔が警戒するように強張ったのは、きっと私の笑みも悪魔の微笑みに見えたのだろう。
「なに?」危険を察知した猫のように、上目使いに私を見る。
 私は勿体ぶって、エヘンと咳払いをしてから
「私、あなたに、『クーリングオフ』を申し込みます」
「え?なに?クーリ・・・オフ?」少年の頭に?マークが浮かぶのが見えるようだった。
「そ、買った商品が気に入らなかったり、欠陥品だったりしたら、返品できる制度よ。通常は1週間以内なんだけど。魔法の場合は特殊だから、期間は無期限ってことで」
「ちょ、ちょっと、レーナ。何言ってんだか、ぜんっぜん分んないんだけど?」
 リュシエールの頭の?マークが10個くらい増えたみたい。
「だから、ね。リュシエールの魔法で届いたのは、違う商品、つまり、違うタマシイだったの」
「へ!?」
 
 私はリュシエールに説明した。
 私の魂をレーナの魂と間違えてレーナの肉体に入れてしまったことを。
 レーナの中にいる私は、この世界とは違う世界の日本という国の人間の女なんだと。
 リュシエールは青緑色の目を白黒(?)させながら聞いていたけど、事態を飲みこんで、長い重い溜息をついた。
「つまり、魔法は失敗だったの。だから、キリウスには報酬の支払い義務はないわ」と、私は高らかに宣言した。
 リュシエールはうなだれると「こんな失態、父さんに知れたら・・・僕は上級魔法使いの資格を失っちゃう」
 聞く者すべてが同情の涙を流しそうな、悲しい声だ。
 なるほど、魔法使いの世界も階級が厳しいんだね。
「うん、だからね。私からの提案なんだけど。リュシエールは魔法はかけなかった。私は魔法をかける前に自力で蘇生した、っていうことにしたら?そうしたら、魔法の報酬金も発生しないし、リュシエールが上級魔法使いっていう資格を失うこともないんじゃない?」
 リュシエールは少しの間、腕を組んで考え込んでいたけど「レーナって、悪知恵が働くんだね」
 あれ?なんか、失礼じゃない?それ。
 口を尖らせた私の顔をみて、リュシエールは肩をすくめてから言った。
「でも、それしか丸く収める方法はなさそうだね。その案のるよ」
 リュシエールが私に向かって手を差し出した。私はその手を握った。
 私とリュシエールの間に、共犯者同盟が結ばれた。
「でも、君を守るために使った魔法の報酬はいただくよ」
 リュシエールがテーブルの上にあったガラスのビンの中のチョコレートをつまみ食いしながら言う。
 ああ、あの、ナビスの隠れ家で使った緊縛の魔法とか、GPSもどきのミサンガのことね。値段をきくと、私の宝石だらけのドレス1着分ほどだと思われたので、それで手を打つことにした。
 やっぱり私には魔法の報酬の基準がわからない。魔法の難易度にもよるのかしら?その難易度もよく分からないんだけど。
「それでね、聞きたいのだけど・・・私とレーナの魂が自然に元に戻るってこと、ある?」
 私の問いにリュシエールは2個目のチョコをモグモグしながら言った。
「自然にはないね。魔法でならできるかもしれないけど。ただ、魂がしっかり入っちゃってるのを取り変えるって、伝説レベルの魔法だよ」
 まず、ムリ。と彼は断言した。
 そうか、ある日、突然入れ替わる、ってことはないんだね。
 私は心配だったのだ。だから、キリウスのプロポーズにも「はい」とすぐには返事ができなかった。
 もし結婚しても、ある日突然、魂が元に戻ったら?元に戻るおそれがあるなら、結婚なんかできない。
 でも、大丈夫なんだ。私はキリウスと結婚できるんだ。
 じわじわと嬉しさが滲み出る。
 あとは、思い出に残るような最高のシチュエーションで、プロポーズの返事ができたらいいな。
 そう、できれば夕日の見える浜辺とかで・・・
「レーナ、よだれ、出てる」
 はっ。
「うそ」私はあわてて、口をぬぐった。
「うそだよ」リュシエールがまだ口をもぐもぐさせながら言う「でも、そのくらい気持ち悪いヘラヘラ顔だった」
 うううっ。美少女が台無しだ。
 いくら外見がハイスペックな美少女でも、中身がこれじゃあ・・・。内面から滲みだす平凡さってあるよね、きっと。
「じゃ、僕は帰るよ。レーナも早く寝なよ。夜更かしはお肌に悪いからね」
 しっかりと、残りのチョコをズボンのポケットに詰め込んで、そう言ったリュシエールに、私はあわてて
「だめ、まだ、お願いがあるの。1つ・・・ううん、2つ、魔法を頼みたいの」
 う~んっ、とリュシエールはうなった「時間のかかる魔法や難しい魔法だったら、今はできないよ」準備が必要だから、と。
 魔法の難易度なんて分からない。とりあえず、言ってみる。
「今の、現代のほうの私の様子がわかるような魔法って、ある?」
「ああ、それなら、中級魔法の高期レベルだよ。見るだけで、干渉しないのならね」
 リュシエールは軽い調子で答えると、部屋の中を物色して、文机からペーパーナイフ、ドレッサーから手鏡を持ってくるとテーブルの上に置いた。
「 レーナの一部をもらうね、魂の追跡に必要だから」
「えっ」尋ねる間もなく、少年は私の髪のひと房をペーパーナイフで切りとった。
 それから髪をテーブルの上の手鏡にふりかけると、静かに、今まで聞いたことのない言葉で何かを唱え始めた。
 言葉はまるで理解できない。ううん、言葉ではなく音のように聞こえる。声で楽器のマネをしているっていうレベルじゃない。音の言葉そのもの。普通の人間にこんな発音は絶対無理だ。
 魔法使いはやはり『魔法使い』という、人間とは異なる人種なのだと私は思った。
 映画で観る『魔法使い』の呪文は、私でも唱えられるほど簡単なんだけどな。
「レーナ、鏡、見て」リュシエールにそう言われて、見ると、鏡は鏡面部分が白く発光していた。
 私は鏡を覗きこんだ。
 白くなっていた鏡面は、だんだんと霞が晴れるように中の景色が鮮明になっていく。
「ここって」
 私は思わず声を上げた。 
 
 楕円形の鏡面の中に映し出されていたのは・・・
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ 

さら
恋愛
 会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。  ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。  けれど、測定された“能力値”は最低。  「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。  そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。  優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。  彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。  人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。  やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。  不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。

『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています

六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。 しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。 「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

処理中です...