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17話 現代の美里は今。
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そこは、私の住み慣れた築10年のアパートの部屋でも、勤務年数7年の会社の経理課でも、ましてや九州にある両親の住む実家でもなかった。
鏡の中に見えるのは、清潔感あふれる無機質な白い天井。個性のない白い壁。大きくて透明な窓。
ここって、どう見ても。
病院。
なんで?
私・・・いや、レーナが入院してるの?病気?けが?
あっ。まさか、精神科病棟に隔離されちゃってるわけじゃ、ないよね?
不安でいっぱいになりながらも目を離さないでいると、鏡の中の風景は移動を始めた。白い病院の廊下を抜けていく。
画面が切り替わって、2メートル四方の狭い空間になった。どうやら、病院のエレベーターみたい。ランプは上を目指している。
また画面がかわって、階段。まだ上を目指している。
これ以上、上っていったら・・・
屋上?
・・・?病院の屋上に?なんで?
屋上に出るドアがあけられると、フェンスに囲まれた広い空間があった。日差しは正午くらいだろうか。
フェンスにもたれるように立ってる人影が見える。お目当てのモノを見つけたよう視点は人影に近づいていく。
若い男だ。フェンスごしに遠くの景色を見ている。白衣を着て医療用の携帯を、胸ポケットに入れているところからして、病院の医師だということが分かる。
名前を呼ばれたかのように、若い医師が振り向いて、優し気な笑顔を見せる。
「美里さん」医師が呼んだ。
え?私?
・・・じゃなくて、名前を呼ばれたのは。
カメラの視点が切り替わって、映し出しされたのは、私。
いや現実世界の小島美里の姿をしたレーナ。
髪は伸びてるし、メガネはかけてないけど。確かに私。
でも、なんとなく、柔らかな若草色のワンピースを着こなした美里の姿は、もとの私よりずっと清楚なお嬢様のように見える。
「中井戸先生、お弁当持ってきましたわ」私、いや、レーナが手に持っていた紙包みを差し出す。
「ありがとう、きょうは天気がいいからね。美里さんといっしょに外で食べたいって思ったんだよ」
医師が笑う「でも、先生はやめてくれ、僕はもう君の主治医じゃないんだよ」
んん?これって・・・?
どういう会話?
どういう状況?
「ごめんなさい。まだ、慣れなくて・・・でも、本当に私でいいんですの?」私、というかレーナがはかなげな表情で小首をかしげる。
かっ、かわいい。・・・なんか、可愛い。いや、自分の姿なんだけど。
なんだ、この可憐さ。
「私、自分のことも、昔のことも全然、思い出せなくて・・・先生・・・いえ、公彦さんに迷惑ばかりかけてるのに」うつむいて不安気に身を小さくする姿は、まるでひな鳥か、いたいけな子猫。総身から『守って』オーラが立ち上っている。
男だったら・・・ううん、女の私でさえ「守ってあげたい!」と思わせる何かがあった。
キリウスが、見ているだけで癒される・・・って言った意味が今ならわかる。
これがレーナ。私の姿なのに、まるっきり別人。
「美里さん、君が急性アルコール中毒でうちの病院に搬送されてきたのは、運命だったんだよ。僕と出会うための」
え・・・っと。運命?
いや、とりあえず、それは置いといて。
なるほどね。
あの時。
会社の同僚としこたま酒を飲んだ時に、私は急性アルコール中毒で死にかけたんだね。
タマシイ、抜けてて。ちょうどレーナも落馬でタマシイ抜けてた。二人のタマシイが混沌の世界とやらにいたときに、それをリュシエールが不完全な魔法で取り違えた。
この異世界と現代ってどこかでつながってるのか、それともタマシイだけになったら異世界も現代もなく、同じ場所に行ってしまうのか・・・そういう理屈はよくわからないけど・・・
私は魔法で生き返って、レーナは現代医学で生き返った。
そんなことを考えて、鏡に集中しなきゃ、と思って見たら。
鏡の中で医師が私を、いや、レーナを抱き寄せていた。
ちょっと、ちょっと、なにしてんの。
自分の体が男の胸の中にあるのを見るのは気恥ずかしいというか、焦るというか。
「今までの記憶はなくても、これからの記憶は二人で作っていけるよ」
医師の言葉にレーナが恥ずかし気に頷いたところで、突然鏡が発光した。
しばらくすると発光は白い光の粒となって飛散し、鏡は音もたてずに粉々に砕け散った。
「時間切れだよ」
リュシエールの声で我に返る。しばらくの間ボーっとしていた私は誰にともなく呟いた。
「レーナは・・・今、幸せなのかな?」
幸せに・・・見えた。少なくとも、不幸には見えなかった。
記憶がないって、言った。
でも、生きてきたんだ。不安を抱えて。
そして、自分を愛してくれる男性に出会った。
「鏡に映ったことがすべてだよ。心の内までは分からない」少年は関心がなさげに、あくびをしている。
「で、もう一つ僕に頼みたい魔法って、なに。早くしないと夜が明けちゃうよ」
リュシエールの言葉に我に返った私は、自分が頼まなければならない大切な魔法を思い出した。
「じつはね」だれが聞いているわけではなかったけど、私はリュシエールの耳元でささやくように言った。
・・・・・・・・・・・・・・
リュシエールは魔法の依頼内容を聞いて、少し考え込んだ。
「できなくはないけど。いや、僕なら簡単だけど。でも」
けっこう高いよ。と少年は言った。
「お願い、割引料金で!!」
手を前で合わせたお願いポーズで、私はしっかりと『割引』に力を込めた。
「王族に魔法の報酬金を値切られるのは初めてなんだけど」少年は呆れるというより面白がってる口調で言った。
そして、しばらく考え込んで「いいよ、レーナが払える額で」
やった!!言ってみるもんだわ。
割引が通って満足だったけど、さすがに王侯貴族が「まけられませんか?」って言うのは威厳がなかったかもしれない。私はコホンと咳払いして
「じゃあ、さっきの鏡の魔法の代金は正規で支払うわ。いくら?」
いったいいくら吹っ掛けられるだろうと、内心はハラハラドキドキしている。
「アレの報酬はこれでいいよ」
リュシエールはさっきチョコを詰め込んだズボンのポケットをポンポンと叩いてみせた。
「だけど、このこと皆にはないしょだよ」
え?無料でいいってこと?
呆気にとられた私に、いたずらっぽいウインクを残して少年は風のように消えた。
魔法使いの少年が帰ってしまった後でも、私にはやることがあって、ベッドに入るのはお預けだった。
文机に向かって、急いで決めなくてはならないモロモロのことを書き出してみる。
まず、この国に『裁判制度』がないことは問題だ。国王の心次第で、罪人の刑が決まる。それでは今後王位に就く者が暴君だったら民が苦しむことになる。公正な裁判と公正な刑の判決ができる機関をつくらないと。
あと、学校だ。子供たちに平等な教育ができる機関だ。
社会福祉制度、これはかなり難しい。日本は反面教師としてなら役に立つけど。
でも、とりあえず、今急いでやらなきゃならないのは、ナビスが抜けた穴、つまり次の大臣を決めることだ。
少し考え込んでいたら、羽ペンにつけたインクが乾いてしまって、書けなくなる。
子供たちを学校に通わせても、筆記用具とか教科書とかどうしよう、と、また新たな悩みが出てきて、私は溜息をついた。
「羽ペン以外に書けるもの、でございますか?」
朝食後のお茶を、ほどよく温めたカップに注ぎながら、サラさんが訝し気に聞き返す。
「この国にはございませんが」私の前にカップを優雅な手つきで置くと「他の国にでしたら、あるかもしれません」
他の国。そういえば、ローマリウス以外にも国は3つあったっけ。
ぼんやりと世界地図を思い浮かべて、はっ、とした。
国交とか!どうなってるわけ!?外交は!?
自国のことで、精一杯でそこまで手がまわってないよ。
「サラ・・・」私はうるうると涙目になりながら、サラさんを見つめた「国王やること多すぎ~」
サラさんは私に、ミジンコほどの同情もすることはなく「それが国王の務めですから」冷たい声で切り払った。
ただ、とサラさんは言い添える。
「大臣の数をお増やしになるなり、やりようはあると思うのですが」
あっ
それ、いいアイデア。大臣を増やして、役割を分担するっていうの。
現代だって20人近い大臣がいたもんね。なんか、テキトーに配置されちゃった感の大臣もいたけど。烏合の衆は20人も必要ないから、せめて仕事のできる7人は欲しい。
考え込んだ私の沈黙に、サラさんが「申し訳ありません、差し出がましいことを申しました」どことなく、暗い声音で言った。
?
なんで、あやまるの?サラさんは間違ったことは言ってないのに。
「ううん、いいアドバイス・・・いえ、助言だったと思います」
「私は政務に口を出す立場ではございませんでした」サラさんは、もう余計なことは言わない、というようにきゅっと口の端を結んだ。顔がいつもの2割増しで固い。
その様子があまりに意固地なように見える。なんだろう。
政務に口を出す・・・出す、出さない・・・出せない。
出せない。
そうか、侍女という身分では政治に口を出せるわけがない。でもサラさんは、ずっと国王陛下と女王陛下の傍にいて、私の侍女をして、誰よりも国務や法律に詳しい人だ。
2年の間、大臣たちの無謀な振る舞い、悪政に何も思わなかったはずはない。誰よりも国の現状に心を痛めていたのではないだろうか。
身分が違う。立場が許さない。どんなに正しいことでも口にするのは許されない。
どれだけ悔しいだろう。口惜しいだろう。
そうだ、例え社長が間違った経営戦略をしても、平の社員は何も言えない。こんなんじゃダメだって思ってても、従うしかない。沈む船にいっしょに乗り続けるか、降りて逃げるしかない。
それが、自分の国なら、降りて逃げることなんて、できない。
サラさんの鋼鉄の顔は、実は悩みや痛みを隠す仮面ではないのか?
有能な侍女の憂いを晴らすことって私にできるのだろうか。
「サラ、ひとつだけ、教えてください」
サラさんは、固く口を閉ざしたまま、目だけで「なんでしょう」と問うた。
「法律ではどうなってるのか、教えて。この国の大臣って、必ず貴族から選ぶものなのですか?性別や身分の決まりってあるんですか?」
サラさんは私がなにを考えているのか、一瞬探るような目で見つめて
「今まで代々貴族が踏襲してまいりました。貴族以外の者が大臣の任についたことはございません」
考えてもみなかったという口調だった。貴族が継ぐのが当たり前だと信じていて、法律など気にも止めていなかった、と。
「ですが、法律では・・・」
頭の中に刻まれた法律書を確認するように、サラさんは薄く目を閉じた。そして、問題の項目を見つけた彼女は顔を上げて、私を見た。
その目には驚愕と戸惑いのまざった複雑な光があった。
「法律では」動揺を抑えつけるような硬い声でサラさんは言った。
「ローマリウス国の大臣は『国王が任命する者であり、その出自は問わない』となっております」
つまり、貴族でなくてもいいわけだ。
私は、ニンマリと笑い、ある『おふれ』を出すようにサラさんに指示をした。
鏡の中に見えるのは、清潔感あふれる無機質な白い天井。個性のない白い壁。大きくて透明な窓。
ここって、どう見ても。
病院。
なんで?
私・・・いや、レーナが入院してるの?病気?けが?
あっ。まさか、精神科病棟に隔離されちゃってるわけじゃ、ないよね?
不安でいっぱいになりながらも目を離さないでいると、鏡の中の風景は移動を始めた。白い病院の廊下を抜けていく。
画面が切り替わって、2メートル四方の狭い空間になった。どうやら、病院のエレベーターみたい。ランプは上を目指している。
また画面がかわって、階段。まだ上を目指している。
これ以上、上っていったら・・・
屋上?
・・・?病院の屋上に?なんで?
屋上に出るドアがあけられると、フェンスに囲まれた広い空間があった。日差しは正午くらいだろうか。
フェンスにもたれるように立ってる人影が見える。お目当てのモノを見つけたよう視点は人影に近づいていく。
若い男だ。フェンスごしに遠くの景色を見ている。白衣を着て医療用の携帯を、胸ポケットに入れているところからして、病院の医師だということが分かる。
名前を呼ばれたかのように、若い医師が振り向いて、優し気な笑顔を見せる。
「美里さん」医師が呼んだ。
え?私?
・・・じゃなくて、名前を呼ばれたのは。
カメラの視点が切り替わって、映し出しされたのは、私。
いや現実世界の小島美里の姿をしたレーナ。
髪は伸びてるし、メガネはかけてないけど。確かに私。
でも、なんとなく、柔らかな若草色のワンピースを着こなした美里の姿は、もとの私よりずっと清楚なお嬢様のように見える。
「中井戸先生、お弁当持ってきましたわ」私、いや、レーナが手に持っていた紙包みを差し出す。
「ありがとう、きょうは天気がいいからね。美里さんといっしょに外で食べたいって思ったんだよ」
医師が笑う「でも、先生はやめてくれ、僕はもう君の主治医じゃないんだよ」
んん?これって・・・?
どういう会話?
どういう状況?
「ごめんなさい。まだ、慣れなくて・・・でも、本当に私でいいんですの?」私、というかレーナがはかなげな表情で小首をかしげる。
かっ、かわいい。・・・なんか、可愛い。いや、自分の姿なんだけど。
なんだ、この可憐さ。
「私、自分のことも、昔のことも全然、思い出せなくて・・・先生・・・いえ、公彦さんに迷惑ばかりかけてるのに」うつむいて不安気に身を小さくする姿は、まるでひな鳥か、いたいけな子猫。総身から『守って』オーラが立ち上っている。
男だったら・・・ううん、女の私でさえ「守ってあげたい!」と思わせる何かがあった。
キリウスが、見ているだけで癒される・・・って言った意味が今ならわかる。
これがレーナ。私の姿なのに、まるっきり別人。
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え・・・っと。運命?
いや、とりあえず、それは置いといて。
なるほどね。
あの時。
会社の同僚としこたま酒を飲んだ時に、私は急性アルコール中毒で死にかけたんだね。
タマシイ、抜けてて。ちょうどレーナも落馬でタマシイ抜けてた。二人のタマシイが混沌の世界とやらにいたときに、それをリュシエールが不完全な魔法で取り違えた。
この異世界と現代ってどこかでつながってるのか、それともタマシイだけになったら異世界も現代もなく、同じ場所に行ってしまうのか・・・そういう理屈はよくわからないけど・・・
私は魔法で生き返って、レーナは現代医学で生き返った。
そんなことを考えて、鏡に集中しなきゃ、と思って見たら。
鏡の中で医師が私を、いや、レーナを抱き寄せていた。
ちょっと、ちょっと、なにしてんの。
自分の体が男の胸の中にあるのを見るのは気恥ずかしいというか、焦るというか。
「今までの記憶はなくても、これからの記憶は二人で作っていけるよ」
医師の言葉にレーナが恥ずかし気に頷いたところで、突然鏡が発光した。
しばらくすると発光は白い光の粒となって飛散し、鏡は音もたてずに粉々に砕け散った。
「時間切れだよ」
リュシエールの声で我に返る。しばらくの間ボーっとしていた私は誰にともなく呟いた。
「レーナは・・・今、幸せなのかな?」
幸せに・・・見えた。少なくとも、不幸には見えなかった。
記憶がないって、言った。
でも、生きてきたんだ。不安を抱えて。
そして、自分を愛してくれる男性に出会った。
「鏡に映ったことがすべてだよ。心の内までは分からない」少年は関心がなさげに、あくびをしている。
「で、もう一つ僕に頼みたい魔法って、なに。早くしないと夜が明けちゃうよ」
リュシエールの言葉に我に返った私は、自分が頼まなければならない大切な魔法を思い出した。
「じつはね」だれが聞いているわけではなかったけど、私はリュシエールの耳元でささやくように言った。
・・・・・・・・・・・・・・
リュシエールは魔法の依頼内容を聞いて、少し考え込んだ。
「できなくはないけど。いや、僕なら簡単だけど。でも」
けっこう高いよ。と少年は言った。
「お願い、割引料金で!!」
手を前で合わせたお願いポーズで、私はしっかりと『割引』に力を込めた。
「王族に魔法の報酬金を値切られるのは初めてなんだけど」少年は呆れるというより面白がってる口調で言った。
そして、しばらく考え込んで「いいよ、レーナが払える額で」
やった!!言ってみるもんだわ。
割引が通って満足だったけど、さすがに王侯貴族が「まけられませんか?」って言うのは威厳がなかったかもしれない。私はコホンと咳払いして
「じゃあ、さっきの鏡の魔法の代金は正規で支払うわ。いくら?」
いったいいくら吹っ掛けられるだろうと、内心はハラハラドキドキしている。
「アレの報酬はこれでいいよ」
リュシエールはさっきチョコを詰め込んだズボンのポケットをポンポンと叩いてみせた。
「だけど、このこと皆にはないしょだよ」
え?無料でいいってこと?
呆気にとられた私に、いたずらっぽいウインクを残して少年は風のように消えた。
魔法使いの少年が帰ってしまった後でも、私にはやることがあって、ベッドに入るのはお預けだった。
文机に向かって、急いで決めなくてはならないモロモロのことを書き出してみる。
まず、この国に『裁判制度』がないことは問題だ。国王の心次第で、罪人の刑が決まる。それでは今後王位に就く者が暴君だったら民が苦しむことになる。公正な裁判と公正な刑の判決ができる機関をつくらないと。
あと、学校だ。子供たちに平等な教育ができる機関だ。
社会福祉制度、これはかなり難しい。日本は反面教師としてなら役に立つけど。
でも、とりあえず、今急いでやらなきゃならないのは、ナビスが抜けた穴、つまり次の大臣を決めることだ。
少し考え込んでいたら、羽ペンにつけたインクが乾いてしまって、書けなくなる。
子供たちを学校に通わせても、筆記用具とか教科書とかどうしよう、と、また新たな悩みが出てきて、私は溜息をついた。
「羽ペン以外に書けるもの、でございますか?」
朝食後のお茶を、ほどよく温めたカップに注ぎながら、サラさんが訝し気に聞き返す。
「この国にはございませんが」私の前にカップを優雅な手つきで置くと「他の国にでしたら、あるかもしれません」
他の国。そういえば、ローマリウス以外にも国は3つあったっけ。
ぼんやりと世界地図を思い浮かべて、はっ、とした。
国交とか!どうなってるわけ!?外交は!?
自国のことで、精一杯でそこまで手がまわってないよ。
「サラ・・・」私はうるうると涙目になりながら、サラさんを見つめた「国王やること多すぎ~」
サラさんは私に、ミジンコほどの同情もすることはなく「それが国王の務めですから」冷たい声で切り払った。
ただ、とサラさんは言い添える。
「大臣の数をお増やしになるなり、やりようはあると思うのですが」
あっ
それ、いいアイデア。大臣を増やして、役割を分担するっていうの。
現代だって20人近い大臣がいたもんね。なんか、テキトーに配置されちゃった感の大臣もいたけど。烏合の衆は20人も必要ないから、せめて仕事のできる7人は欲しい。
考え込んだ私の沈黙に、サラさんが「申し訳ありません、差し出がましいことを申しました」どことなく、暗い声音で言った。
?
なんで、あやまるの?サラさんは間違ったことは言ってないのに。
「ううん、いいアドバイス・・・いえ、助言だったと思います」
「私は政務に口を出す立場ではございませんでした」サラさんは、もう余計なことは言わない、というようにきゅっと口の端を結んだ。顔がいつもの2割増しで固い。
その様子があまりに意固地なように見える。なんだろう。
政務に口を出す・・・出す、出さない・・・出せない。
出せない。
そうか、侍女という身分では政治に口を出せるわけがない。でもサラさんは、ずっと国王陛下と女王陛下の傍にいて、私の侍女をして、誰よりも国務や法律に詳しい人だ。
2年の間、大臣たちの無謀な振る舞い、悪政に何も思わなかったはずはない。誰よりも国の現状に心を痛めていたのではないだろうか。
身分が違う。立場が許さない。どんなに正しいことでも口にするのは許されない。
どれだけ悔しいだろう。口惜しいだろう。
そうだ、例え社長が間違った経営戦略をしても、平の社員は何も言えない。こんなんじゃダメだって思ってても、従うしかない。沈む船にいっしょに乗り続けるか、降りて逃げるしかない。
それが、自分の国なら、降りて逃げることなんて、できない。
サラさんの鋼鉄の顔は、実は悩みや痛みを隠す仮面ではないのか?
有能な侍女の憂いを晴らすことって私にできるのだろうか。
「サラ、ひとつだけ、教えてください」
サラさんは、固く口を閉ざしたまま、目だけで「なんでしょう」と問うた。
「法律ではどうなってるのか、教えて。この国の大臣って、必ず貴族から選ぶものなのですか?性別や身分の決まりってあるんですか?」
サラさんは私がなにを考えているのか、一瞬探るような目で見つめて
「今まで代々貴族が踏襲してまいりました。貴族以外の者が大臣の任についたことはございません」
考えてもみなかったという口調だった。貴族が継ぐのが当たり前だと信じていて、法律など気にも止めていなかった、と。
「ですが、法律では・・・」
頭の中に刻まれた法律書を確認するように、サラさんは薄く目を閉じた。そして、問題の項目を見つけた彼女は顔を上げて、私を見た。
その目には驚愕と戸惑いのまざった複雑な光があった。
「法律では」動揺を抑えつけるような硬い声でサラさんは言った。
「ローマリウス国の大臣は『国王が任命する者であり、その出自は問わない』となっております」
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