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22話 しあわせの中で
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「レーナ様!」広間にはサラさんがいた。私のほうに駆け寄ってくるのが見えたけど、止まっていられない。
急がなきゃ!ああ、もう、ドレスが邪魔!
足に絡みつくドレスの裾を踏みそうになって、イラついた私は力任せにドレスを脱ぎ捨てた。なんか、破れちゃった音もしたけど、かまってられない。ほとんど下着姿のまま、階段を駆け上がった。
後ろから私の名前を呼びながら、サラさんとキリウスが追いかけてくるけど無視する。
説明している時間なんかないんだから。
陰気で重苦しい廊下を走り抜けると、目的の扉があった。普段は誰も近づかない、開かずの扉だ。墓所の扉だ。
私は深呼吸して息を整えると、把手を掴み、その扉を開けた。
王の部屋の扉を。
中は、暗闇だった。
「えっ?」
前に来たときにはたしか一面のお花畑だったはず。
おかしい。部屋を間違えた?
「レーナ様」背後でサラさんの声が聞えた。後ろを振り返ると、扉があるはずだったのに、そこには何もない。ただの暗闇があるだけ。
「姫、レーナ姫」キリウスの声。サラさんの声もするのに、何も見えない。
扉のあった場所に戻ろうとして、私は困惑した。扉があった方向がわからない。
周りは自分の足元さえも見えない闇だ。
「キリウス様、レーナ様が破魔の石も持たずに、入ってしまわれた」遠くでサラさんの悲痛な声が聞こえる。
「レーナ様がっ」いまにも泣き出しそうな声。
あのサラさんが。あの気丈なサラさんがそんな声をあげるなんて。
「サラ、どうしたの?私は大丈夫だから」私の声は暗闇に飲まれた。自分の耳にも自分の声が届かない。
「サラ・・・キリウス・・・」
上も下も右も左もない空間。自分がまっすぐに立っているのかすらわからない。
サラさんとキリウスの声が、切れ切れに届く。「ゆめ」「とりこまれ」「もどれない」
しばらくすると、何も聞こえなくなった。
闇
闇
闇
あれ?そういえば。
私、なんでここにきたんだっけ?
そうだ、探しにきたんだった。
でも。
だれを?
なにを?
意識も暗闇に飲まれた重苦しい不安。
自分の姿さえ見えない闇の中で、私は体を丸めてうずくまった。
私もきっと、闇の一部になっているんだ。
手も足も感覚がない。
考える思考能力すら闇に奪われてしまった。
ただ、暗闇の中で『救い』を求めている。
もしかしたら、ずっと、このまま時が止まってしまって、私は一人でここにいるんだろうか。蝕むような暗闇の中で、朽ちていくのだろうか。
それとも、朽ちることすらなく、私は永遠にこのままなんだろうか。
もう、2度と明るい陽射しは見れないのだろうか。
急に苦しさで胸に激痛が走った。
嗚咽にも似た叫びをあげてみたけれど、ただ闇に吸い込まれただけだった。
孤独は人の命も奪えるものだと・・・言ったのは・・・
だれ・・・だった、ろう
闇
闇
闇
時間の感覚がない。もう何日ここにいるんだろうか?それともまだ、一瞬のことなんだろうか?
いつまで、私はうずくまっていればいい?
闇と同化したら、私は消えてしまうのだろうか。
ううん。
もしかしたら、もう消えてしまっているのかもしれない。
誰か・・・私を・・・助けて
だれか
「いいんだよ、もう」
遠くから鮮明な声が耳に届いた。
え?
いま、だれか、なにか言った?
幻聴でもいい。誰かの声が聞きたくて、私は顔を上げた。
暗闇の深淵を見まわした。
遠くにわずかな光が見えた。
私は立ち上がって、光に向かって歩きだした。
消えないで
消えないで
お願いだから、
消えてしまわないで
心の中で何度も祈りを繰り返す。
もし、光が消えてしまったら、もう立ち上がることすらできない。
きっと絶望に息絶えてしまう。
光は近づくと、だんだんと人型の輪郭になってくる。
なに?・・・いや、だれ?
手を伸ばせば触れるほど近くにきたときに、ようやく光の中の人型の姿がわかった。
「キリ・・・ウス?」
暗闇の中、ライトアップされたようにキリウスが立っている。
あれ?キリウスがなんで、ここに?だって、彼なら、扉の外・・・?
え?違うの?扉の外・・・じゃなかったの?
ここにいたの?
キリウスもこの中にいたの?
「もう、辛い思いはしなくていいんだ」
目の前のキリウスが優しく笑う。魂がとろけそうなくらい甘い微笑み。ああ、こんな顔もできるんだね。
とっても、幸せそうだ。
「もう、なにも考えなくていいんだ」
ふわりと羽に包まれるように温かな腕に抱きしめられた。温かい。まるで真冬に温められたお布団に入ったみたい。なんて心地いいんだろう。
まるで、夢の中にいるみたいに・・・
あれ?
今、なんか、『夢』ってワードが小骨のように心に引っかかった。
「君に永遠の幸せをあげるよ」
えいえん。永遠にしあわせ。ふわふわと温かくて、ずっと、ずっと、ここで、キリウスとこうしていたい。
好きな人に抱きしめられて。
ずっとこうしていられたら、しあわせ。
筋肉質のしなやかな腕が柔らかく私を包む。私はキリウスの胸に顔をうずめた。
もう、不安なことなんかない。彼さえいてくれたら、もう大丈夫なんだ。このまま、寝てしまってもいい。きっと彼が守ってくれるから。
私は、このまま時を止めて、温かい腕の中に包まれていればいい。
もう何も考えることはないんだ。ただこうやって・・・
胸に頬を寄せると、キリウスのとくとくと力強い鼓動が・・・私の大好きな心臓の音が・・・
健康的な・・・心臓の音が聞こえ
・・・んっ?
あれ?
白い靄に覆われていたような私の思考回路が突然、再起動した。
このキリウスはおかしい。
なんで、心臓の音がしないの?
私の大好きなキリウスの力強い鼓動が聞こえない。いったい、どうして。
私は凍えるような朝に、温かな布団から起き出すような強い意思でキリウスの腕から抜けた。
目の前のキリウスを見た。顔はたしかにキリウスだ。声も同じ。でも。
生きてる鼓動がしない。
「あなたは、だれ?」いや違う「あなたは、なに?」
キリウスは私の脳を溶かすような笑顔と声で「君の大切な人だよ」と答えた。
違う
「違う。違う。あなたは違う」
私は首を振って、叫ぶように声を上げた。
「私の大切な人は、私の好きな人は、傍若無人で猪突猛進で、デリカシーのないボクネンジンで・・・」
でも。
「私といっしょに生きていきたいっていう人だよ。私の時間を止めたりはしない!」
「君の大切な人だよ」
キリウスに似たモノは機械仕掛けの人形みたいに同じセリフを言った。
「君の大切な人だよ」
「違う!!あなたはキリウスじゃない。私の大切な人じゃない!!」
キリウスに似たモノがグニャリと歪んだ。笑顔を張りつけたまま、歪み続けた。
どこかで、亀裂の入った音がした。まるで、湖に張った薄い氷に亀裂が入るように、亀裂の音は増え続け。
増え続けて、そして暗闇は粉々に砕け散った。
砕け散った破片がすべて消えてなくなると、現れたのは豪華な調度品に囲まれたただの部屋。
部屋のただ中に呆然とたたずむ壮年の男性がいた。
あの夢幻の花畑にいた男性だ。
そうだ、私はここに彼を探しに来たんだ。
「お父さま!」私は男性に、いや国王に駆け寄った。
「お父さま!」
国王の定まらない焦点が宙をさまよい、やがて、私の顔で目がとまった。
「アリーシア」
国王は1度王妃の名前を呼ぶと、首を振って長い間私を凝視した。
「そなたは・・・レーナか」
「私です、お父さま」
「なぜだ、なぜ、そなたがいる。私はたしか・・・」記憶を探ろうと辺りを見回している国王の手を取って、私は引っ張った。
「お父さま、もう時間がないの。あなたの弟とあなたの民が死んでしまうの。お願い、助けて」
私に引かれて、1,2歩足を進めた国王は
「死んでしまう?・・・弟・・・ナビスのことか?どうした・・・私の民になにかあったのか?」
ぼんやりとながらも、現実に戻ってきつつある国王に私は畳みかけるように叫んだ。
「ナビスが、叔父様が、妖物になってしまったの!だから、お父さまお願い、助けて!」
「ナビスが妖物に・・・」幕が張ったようだった国王の瞳にはっきりと意思が宿った。
「お父さまの声しか届かないの!早く!お願い」
グイッと力強く手が引かれた。
「どこだ、案内せい」
王の間の扉を開けると、廊下にいたキリウスとサラさんが驚愕の声を上げた。
「レーナ姫!」
「国王・・・陛下!?」
「話はあと!」私は国王の先に立って走った。
唖然と私たちを見ていたキリウスとサラさんが、我に返って追ってきた。
「お待ちください、レーナ様」
「レーナ姫、だめだ行くな」追ってきたキリウスに腕を取られた。
「国王陛下、妖物は城門に」
キリウスの言葉に頷くと国王は足早に広間のほうに向かった。その後をサラさんが追うのを見て、私はキリウスの腕から逃れようと身をよじった。
「私も行きます、はなして」
「その姿で皆の前に出るつもりか」
え?
「あっ」
さっきドレスを脱ぎ捨てたのを私は忘れていた。自分の姿を改めて見ると、けっこう露出度が高い下着姿だった。
うわ~っ。無我夢中だったとはいえ、我ながらコレはないわ。
キリウスは着ていた上着を脱ぐと、私をクルンと包み、担ぎ上げた。
「え、ちょっと」
「話すな、舌を噛む」
まるで宅急便の荷物みたいに運ばれながら、自分の恥ずかしい格好に泣きたくなってきた。
「キリウス、せめてお姫さま抱っこにしてぇ」
その抗議の言葉は声にならない呻きになった。
誰もいない広間を抜けて城門に着くと、そこには衛兵、兵士、警護団が集まっていた。
誰もが押し黙り、緊迫した面持ちで、妖物と対峙する国王を見ていた。
2年もの間姿を見せなかった国王が突然現れた。妖物の前に立っている。国王にかけられた魔法は永遠に解けないのでなかったのか。なぜ、国王が・・・国王は妖物に何をするつもりなのか。
混乱と疑念と驚愕を皆が感じているのがわかった。国王に声をかけることもできずにただ成り行きを見守っている。
妖物は動かない。ときおり触手を迷うようにくねらせるけれど、その黒い手を国王に伸ばそうとはしなかった。
私はやっと荷物みたいに担がれた肩から解放されて地面に降り立ったけど、キリウスは羽交い締めするように私を離さなかった。
私がなにかしでかさないように、捕まえておくつもりだね。
私を見止め、リュシエールとサラさんが傍らに駆け寄って来た。
「国王が来たら、妖物の動きが止まったんだよ」リュシエールが説明してくれた。
国王はただ黙って妖物の前にいた。けれどその姿は他の人にはわからない言葉で会話しているようにも見える。
静寂の中、張り詰めた時間が流れた。
つと、国王が足を踏み出し、そのまま妖物のなかに入っていった。あまりに自然な動きだったので、誰もが国王を止められなかった。
この場所の時間が止まってしまったように、誰もが動けなかった。
長い時間だったのか、それとも一瞬だったのか。
やがてコールタールのスライムような黒い妖物が陽にあたった氷のように溶けだした。ドロドロとゆっくり溶けて流れる。触手は断末魔のようにのたうって地面に落ちて動かなくなった。
黒い粘膜のようなものに包まれた人々が姿を見せ始めると、警護団が粘膜から引っ張り出し、城内へと急いで運んだ。
すっかり黒い塊が流れてしまうと、その中央に土下座をしているような体勢のナビスと、ナビスの肩に手を置く国王の姿があった。
「すまなかった」と国王の唇が動くのが見えた。ナビスの細い肩が震えていた。
急がなきゃ!ああ、もう、ドレスが邪魔!
足に絡みつくドレスの裾を踏みそうになって、イラついた私は力任せにドレスを脱ぎ捨てた。なんか、破れちゃった音もしたけど、かまってられない。ほとんど下着姿のまま、階段を駆け上がった。
後ろから私の名前を呼びながら、サラさんとキリウスが追いかけてくるけど無視する。
説明している時間なんかないんだから。
陰気で重苦しい廊下を走り抜けると、目的の扉があった。普段は誰も近づかない、開かずの扉だ。墓所の扉だ。
私は深呼吸して息を整えると、把手を掴み、その扉を開けた。
王の部屋の扉を。
中は、暗闇だった。
「えっ?」
前に来たときにはたしか一面のお花畑だったはず。
おかしい。部屋を間違えた?
「レーナ様」背後でサラさんの声が聞えた。後ろを振り返ると、扉があるはずだったのに、そこには何もない。ただの暗闇があるだけ。
「姫、レーナ姫」キリウスの声。サラさんの声もするのに、何も見えない。
扉のあった場所に戻ろうとして、私は困惑した。扉があった方向がわからない。
周りは自分の足元さえも見えない闇だ。
「キリウス様、レーナ様が破魔の石も持たずに、入ってしまわれた」遠くでサラさんの悲痛な声が聞こえる。
「レーナ様がっ」いまにも泣き出しそうな声。
あのサラさんが。あの気丈なサラさんがそんな声をあげるなんて。
「サラ、どうしたの?私は大丈夫だから」私の声は暗闇に飲まれた。自分の耳にも自分の声が届かない。
「サラ・・・キリウス・・・」
上も下も右も左もない空間。自分がまっすぐに立っているのかすらわからない。
サラさんとキリウスの声が、切れ切れに届く。「ゆめ」「とりこまれ」「もどれない」
しばらくすると、何も聞こえなくなった。
闇
闇
闇
あれ?そういえば。
私、なんでここにきたんだっけ?
そうだ、探しにきたんだった。
でも。
だれを?
なにを?
意識も暗闇に飲まれた重苦しい不安。
自分の姿さえ見えない闇の中で、私は体を丸めてうずくまった。
私もきっと、闇の一部になっているんだ。
手も足も感覚がない。
考える思考能力すら闇に奪われてしまった。
ただ、暗闇の中で『救い』を求めている。
もしかしたら、ずっと、このまま時が止まってしまって、私は一人でここにいるんだろうか。蝕むような暗闇の中で、朽ちていくのだろうか。
それとも、朽ちることすらなく、私は永遠にこのままなんだろうか。
もう、2度と明るい陽射しは見れないのだろうか。
急に苦しさで胸に激痛が走った。
嗚咽にも似た叫びをあげてみたけれど、ただ闇に吸い込まれただけだった。
孤独は人の命も奪えるものだと・・・言ったのは・・・
だれ・・・だった、ろう
闇
闇
闇
時間の感覚がない。もう何日ここにいるんだろうか?それともまだ、一瞬のことなんだろうか?
いつまで、私はうずくまっていればいい?
闇と同化したら、私は消えてしまうのだろうか。
ううん。
もしかしたら、もう消えてしまっているのかもしれない。
誰か・・・私を・・・助けて
だれか
「いいんだよ、もう」
遠くから鮮明な声が耳に届いた。
え?
いま、だれか、なにか言った?
幻聴でもいい。誰かの声が聞きたくて、私は顔を上げた。
暗闇の深淵を見まわした。
遠くにわずかな光が見えた。
私は立ち上がって、光に向かって歩きだした。
消えないで
消えないで
お願いだから、
消えてしまわないで
心の中で何度も祈りを繰り返す。
もし、光が消えてしまったら、もう立ち上がることすらできない。
きっと絶望に息絶えてしまう。
光は近づくと、だんだんと人型の輪郭になってくる。
なに?・・・いや、だれ?
手を伸ばせば触れるほど近くにきたときに、ようやく光の中の人型の姿がわかった。
「キリ・・・ウス?」
暗闇の中、ライトアップされたようにキリウスが立っている。
あれ?キリウスがなんで、ここに?だって、彼なら、扉の外・・・?
え?違うの?扉の外・・・じゃなかったの?
ここにいたの?
キリウスもこの中にいたの?
「もう、辛い思いはしなくていいんだ」
目の前のキリウスが優しく笑う。魂がとろけそうなくらい甘い微笑み。ああ、こんな顔もできるんだね。
とっても、幸せそうだ。
「もう、なにも考えなくていいんだ」
ふわりと羽に包まれるように温かな腕に抱きしめられた。温かい。まるで真冬に温められたお布団に入ったみたい。なんて心地いいんだろう。
まるで、夢の中にいるみたいに・・・
あれ?
今、なんか、『夢』ってワードが小骨のように心に引っかかった。
「君に永遠の幸せをあげるよ」
えいえん。永遠にしあわせ。ふわふわと温かくて、ずっと、ずっと、ここで、キリウスとこうしていたい。
好きな人に抱きしめられて。
ずっとこうしていられたら、しあわせ。
筋肉質のしなやかな腕が柔らかく私を包む。私はキリウスの胸に顔をうずめた。
もう、不安なことなんかない。彼さえいてくれたら、もう大丈夫なんだ。このまま、寝てしまってもいい。きっと彼が守ってくれるから。
私は、このまま時を止めて、温かい腕の中に包まれていればいい。
もう何も考えることはないんだ。ただこうやって・・・
胸に頬を寄せると、キリウスのとくとくと力強い鼓動が・・・私の大好きな心臓の音が・・・
健康的な・・・心臓の音が聞こえ
・・・んっ?
あれ?
白い靄に覆われていたような私の思考回路が突然、再起動した。
このキリウスはおかしい。
なんで、心臓の音がしないの?
私の大好きなキリウスの力強い鼓動が聞こえない。いったい、どうして。
私は凍えるような朝に、温かな布団から起き出すような強い意思でキリウスの腕から抜けた。
目の前のキリウスを見た。顔はたしかにキリウスだ。声も同じ。でも。
生きてる鼓動がしない。
「あなたは、だれ?」いや違う「あなたは、なに?」
キリウスは私の脳を溶かすような笑顔と声で「君の大切な人だよ」と答えた。
違う
「違う。違う。あなたは違う」
私は首を振って、叫ぶように声を上げた。
「私の大切な人は、私の好きな人は、傍若無人で猪突猛進で、デリカシーのないボクネンジンで・・・」
でも。
「私といっしょに生きていきたいっていう人だよ。私の時間を止めたりはしない!」
「君の大切な人だよ」
キリウスに似たモノは機械仕掛けの人形みたいに同じセリフを言った。
「君の大切な人だよ」
「違う!!あなたはキリウスじゃない。私の大切な人じゃない!!」
キリウスに似たモノがグニャリと歪んだ。笑顔を張りつけたまま、歪み続けた。
どこかで、亀裂の入った音がした。まるで、湖に張った薄い氷に亀裂が入るように、亀裂の音は増え続け。
増え続けて、そして暗闇は粉々に砕け散った。
砕け散った破片がすべて消えてなくなると、現れたのは豪華な調度品に囲まれたただの部屋。
部屋のただ中に呆然とたたずむ壮年の男性がいた。
あの夢幻の花畑にいた男性だ。
そうだ、私はここに彼を探しに来たんだ。
「お父さま!」私は男性に、いや国王に駆け寄った。
「お父さま!」
国王の定まらない焦点が宙をさまよい、やがて、私の顔で目がとまった。
「アリーシア」
国王は1度王妃の名前を呼ぶと、首を振って長い間私を凝視した。
「そなたは・・・レーナか」
「私です、お父さま」
「なぜだ、なぜ、そなたがいる。私はたしか・・・」記憶を探ろうと辺りを見回している国王の手を取って、私は引っ張った。
「お父さま、もう時間がないの。あなたの弟とあなたの民が死んでしまうの。お願い、助けて」
私に引かれて、1,2歩足を進めた国王は
「死んでしまう?・・・弟・・・ナビスのことか?どうした・・・私の民になにかあったのか?」
ぼんやりとながらも、現実に戻ってきつつある国王に私は畳みかけるように叫んだ。
「ナビスが、叔父様が、妖物になってしまったの!だから、お父さまお願い、助けて!」
「ナビスが妖物に・・・」幕が張ったようだった国王の瞳にはっきりと意思が宿った。
「お父さまの声しか届かないの!早く!お願い」
グイッと力強く手が引かれた。
「どこだ、案内せい」
王の間の扉を開けると、廊下にいたキリウスとサラさんが驚愕の声を上げた。
「レーナ姫!」
「国王・・・陛下!?」
「話はあと!」私は国王の先に立って走った。
唖然と私たちを見ていたキリウスとサラさんが、我に返って追ってきた。
「お待ちください、レーナ様」
「レーナ姫、だめだ行くな」追ってきたキリウスに腕を取られた。
「国王陛下、妖物は城門に」
キリウスの言葉に頷くと国王は足早に広間のほうに向かった。その後をサラさんが追うのを見て、私はキリウスの腕から逃れようと身をよじった。
「私も行きます、はなして」
「その姿で皆の前に出るつもりか」
え?
「あっ」
さっきドレスを脱ぎ捨てたのを私は忘れていた。自分の姿を改めて見ると、けっこう露出度が高い下着姿だった。
うわ~っ。無我夢中だったとはいえ、我ながらコレはないわ。
キリウスは着ていた上着を脱ぐと、私をクルンと包み、担ぎ上げた。
「え、ちょっと」
「話すな、舌を噛む」
まるで宅急便の荷物みたいに運ばれながら、自分の恥ずかしい格好に泣きたくなってきた。
「キリウス、せめてお姫さま抱っこにしてぇ」
その抗議の言葉は声にならない呻きになった。
誰もいない広間を抜けて城門に着くと、そこには衛兵、兵士、警護団が集まっていた。
誰もが押し黙り、緊迫した面持ちで、妖物と対峙する国王を見ていた。
2年もの間姿を見せなかった国王が突然現れた。妖物の前に立っている。国王にかけられた魔法は永遠に解けないのでなかったのか。なぜ、国王が・・・国王は妖物に何をするつもりなのか。
混乱と疑念と驚愕を皆が感じているのがわかった。国王に声をかけることもできずにただ成り行きを見守っている。
妖物は動かない。ときおり触手を迷うようにくねらせるけれど、その黒い手を国王に伸ばそうとはしなかった。
私はやっと荷物みたいに担がれた肩から解放されて地面に降り立ったけど、キリウスは羽交い締めするように私を離さなかった。
私がなにかしでかさないように、捕まえておくつもりだね。
私を見止め、リュシエールとサラさんが傍らに駆け寄って来た。
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国王はただ黙って妖物の前にいた。けれどその姿は他の人にはわからない言葉で会話しているようにも見える。
静寂の中、張り詰めた時間が流れた。
つと、国王が足を踏み出し、そのまま妖物のなかに入っていった。あまりに自然な動きだったので、誰もが国王を止められなかった。
この場所の時間が止まってしまったように、誰もが動けなかった。
長い時間だったのか、それとも一瞬だったのか。
やがてコールタールのスライムような黒い妖物が陽にあたった氷のように溶けだした。ドロドロとゆっくり溶けて流れる。触手は断末魔のようにのたうって地面に落ちて動かなくなった。
黒い粘膜のようなものに包まれた人々が姿を見せ始めると、警護団が粘膜から引っ張り出し、城内へと急いで運んだ。
すっかり黒い塊が流れてしまうと、その中央に土下座をしているような体勢のナビスと、ナビスの肩に手を置く国王の姿があった。
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