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24話 そして女王へ

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 私とキリウスは王のの扉の前に立った。
 キリウスが入室の許可を求めると、中から承諾の声があった。
 二人で顔を見合わせてから、キリウスが頷き、部屋の扉を開いた。
 窓辺で外を眺めていた国王が、私たちの入室に振り返った。逆光が国王の顔に影を落としている。
 改めてみると、本当に国王だ。赤いローブも王冠もまんま、物語の国王そのもの。白い豊かなヒゲが威厳をたたえている。
 アレが「お父様のようにヒゲの似合う男性がいい」とレーナに言わしめたヒゲか。
 私は納得した。若造のキリウスでは太刀打ちできない尊厳がヒゲにはあふれていた。
「レーナ」国王が手招きをした。私がしずしずとそばにいくと、
「そなたは王妃によく似ておる」愛し気に私の頬をなでる。
「すべてはサラに聞いた。そなたが私の代理となって、国のために尽力してきたこと・・・私の為に苦労をかけたな」
「いいえ、お父さま。私など、お父さまの足元にもおよびません」
 神妙に返事はしたけど、私の心は別な思いで浮き立っていた。国王復活で、これからは国王代理しなくてもいいんだ。ブラック企業並みの国政をやっと退職できる。もっと自由に好きなことができる。
 そう、これからは、キリウスの恋人としてデートとかして
 私はゆるゆると妄想の海へ沈みにかかった。
 しかし国王は私を愛し気に見ながら、思いもよらぬことをのたまった。
「私は正式に国王の座をそなたに譲ろうと思う。大臣の任命式の日に同時に戴冠の儀も執り行う」
 ・・・・・・へ?
 いま・・・なんて?
「そなたなら、立派な女王になろう」
 いやいや、なに言っちゃってくれてんの。
 責任ある職を王に丸投げして楽しようと思っていた私は焦った。
「いいえ、若輩者の私には国を治めるなど無理です。お父さまが国王であるべきです」
 声に真心と力をこめて、そう言った。思い直してよ、お父さん。
「恐れながら、国王陛下」キリウスが、彼には珍しく遠慮がちな口調で言った。
「レーナ姫の国王代理としての働きは感嘆に値するものでした。姫ならばこの国の良き指導者になられると確信しております」
 ちょっと、キリウス?
 なにオススメしてんのよ。余計な援護射撃はいらないから。つか、誤射だよ、それ。狙い外して私に当たってる。
 声にならずにオタオタとしているだけの私の心情を彼が察することもなく。
「もし、国王陛下のお許しがいただけるのなら、私は姫を妻に娶りたいと思っています。ですが、姫にはこのままご自分の思うままに国を導いてもらいたい。私は王として姫を守り支える所存です」
 そう言い切ったキリウスに私は唖然とした。
 私を妻にって・・・
 え?私、まだプロポーズの返事はしてなかったよね?
 いきなり、お父さんにお許し、とか言っちゃう?
 てか、国を統治するのって、結婚しても私なの!?
「それは・・・なかなか斬新な王家であるな・・・ふむ、これも時代の流れか」
 いや、簡単に納得しないで、お父さん!
「だって、でしたらお父さまはこれからどうなさるの?」動揺と焦りを押し殺して尋ねた。
「私は片田舎に越して隠居生活をおくるつもりだ。余生を静かに暮らしたいのだ。もう夢を見るのにも飽いたしな」
 静かだけど確固たる口調でそう言う国王に、私はもう引き止めるすべはないと悟った。
「夢をみる代わりに、今度は孫の顔でも見るとしようか。のう、キリウス、レーナの事はそなたに任せてもよいか?」
「お任せください、陛下」自信満々に答えたキリウス。
 おーい。そこで勝手に話を進ませないで。
 肝心な私のプロポーズの返事はどうなったのよ。
 なんか、おいてかれてる感がして、文句を言いたくなった。
「キリウス様、私はまだ結婚するとか、承諾してませんけど」
 私の言葉にキリウスが一瞬、呆けて、そして、眉間にわずかなしわを寄せて言った。
「は?・・・承諾、しただろう?俺と結婚すると」
「してないです」記憶にないもん。
 キリウスが信じられない、という目で私を見る。
「じゃ、さっきの唇の誓いは何だったんだ?求婚への応えではないのか?」
 ・・・へ?
 ・・・唇って・・・えーと、キスのこと?
 ワケが分からずに、私も眉間にしわを寄せた。
 私とキリウスの様子を見ていた国王が訝し気に「レーナ、まさか唇の誓いを知らぬというわけではなかろう?結婚を申し込まれた女人が諾とするとき、接吻をもって応えよ、というしきたりを」
 へ?
 そんなの・・・・
 知ってるわけないじゃん!
 叫びそうになってあわてて、口を押えた。
 つか、そうなの!?そうなんだ?
 私は思い出した。ここが異世界だということ。あまりに馴染みすぎてて忘れてた。
 キスってそんなに大切だったんだ。だから、リュシエールの軽いキスくらいでも、キリウスは魂抜けるほどショックだったんだ。
「確かにしました。ごめんなさい」私は素直に白旗を上げて謝った。
 これは私の痛恨のミスだ。この世界の常識の勉強不足だった。
 いや、結婚は承諾するつもりだったけど、もっとドラマチックにいきたかったんだよ。
 一生に一度のことだから。どこか夕日の見える海辺とかで愛をうちあけたかったんだよ。
 あんな衝動的なキスで人生の一大イベントが終了するとは思わなかった。トホホだ。
 事態が終息したのを見て取って国王が言った。
「二人はよい夫婦になるであろうと、サラが言っておったぞ」 
 サラさんが!?
 私は思わずキリウスと顔を見合わせてしまった。
 サラさん、そんな風に考えてくれていたんだ。なんだか、くすぐったいような、恥ずかしいような、妙な気分だ。
 国王は微笑みをたたえて私たちを見ていたけど、ふと表情を固くして
「ときにレーナ、ナビスの処遇のことだが」
 私は緊張で顔が強張った。
「ナビスは悔いておった。そなたにすまぬことをしたと。合わせる顔もないと」
「ナビス・・・叔父様が?」
 国王は頷いて「もし、そなたさえ許してくれるなら、ナビスは私に仕えたいと言っている。私と共に田舎で暮らすことを望んでいる」
 だが、と国王は私に険しい目を向け「そなたがナビスを刑に処すと言うなら、それも詮無きこと。王としての立場もあろう」
「いいえ!」私は国王の言葉を遮るほどにいて言った。「ぜひ、叔父様はお父さまといっしょに!叔父様の心の平安が私の何よりの望みです」
 本心だった。ナビスも救われるならこんないいことはない。
「姫は・・・あんな目にあっても、まだ」呆れたようなキリウスの声。
 どうせ、人がよすぎるとかって、思っているんだよね。でも、しょうがないじゃない?これが私なんだし。
 キリウスは小さく溜息をつくと「そこが姫のいいところか」

 
 

 春のような日差しが心地よい1日の始まり。
 いつにも増して壮大な着替えが終わり、私は中庭に続くバルコニーの扉を開けた。
 ライトブルーの絵の具を塗ったような雲ひとつない青空で、ときおり髪を揺らす風が涼やかだ。
 中庭に目を向けると、所狭しと民衆が詰め寄せているのが見える。
 これから、私の戴冠式と新大臣のお披露目、任命の儀式が執り行われるのだ。
 運動場の半分ほどの広い中庭には演劇の舞台のような式用の台が突貫で設置されていた。
 国王と私が真ん中の2つの席に座り、左に現大臣の3人、右に新大臣の4名が立つ。
 舞台すぐ下の貴賓席には国内外の貴族、外国からの使者が座している。急きょな式なので、他国の王のスケジュールが調整できなくて、王の出席はない。
 他の国の王とも会ってみたかったけど、しょうがない。これから機会もあるだろう。
 昨夜、本日の段取りを国王と遅くまで話し合っていて、少し寝不足だ。
 私がきょうやりたいことを話したら、国王は困惑したり、戸惑ったりしたけど、最終的には「好きにしたらよい」と諦めてくれた。
 だから、好きにやらせてもらう。
 改めて私は中庭を埋め尽くす人波を見た。
 今回から、大臣を民間人起用ということで、国民の関心も高い。
 2年ぶりに姿を見せる国王を一目見たいと、何日も前から城の城門には長蛇の列ができていた。
 現大臣のニーサルが厳かに、開会の宣言をした。横に控えるアランフェットはダイエットの甲斐もあってか常人の2倍くらいの横幅になっていた。
 公式のよそいき顔でイケメンぶりが上がってるキリウスにちょっとの間、見惚れてしまった。
 大臣たちは皆、平安時代の公家が着ていた狩衣を細身にデザインしたような華やかな服を着ている。大臣の正装なのだろう。
 サラさんが舞台の幕の陰で、祈るように手を前に組み表情を硬くしているのを見て、私は心の中で「よし、やるわよ」と頷いた。
 国王と私が舞台の中央に立った。
 緊張の瞬間、とりあえずは、心の中でラジオ体操第1の深呼吸。
 シンと静まった中、国王の前で膝を追った私の頭に女王の冠がのせられた。母である女王が生前つけていたものだ。
 新女王の誕生に大きな拍手と歓声がわいた。
 ここまでは滞りなく済んだ。さて、これからだ。
 私は、ゆっくりと中庭を占める民衆を見渡し、「女王としてこれから国のためにがんばる」みたいな内容を厳かに宣言した。
 そして、さらに続けた。
「これからのローマリウス国のまつりごとは私、女王の独断で行われるのものではなく、財務、法務、外務、文部、防衛、厚生、産業といった分野に分かれ、それぞれの担当大臣による専門的かつ、きめ細かな行政が主体となります」
 新体制の内容にすぐに得心がいって頷く者、わけがわからず周囲に説明を求める者。国の変化に期待する者、困惑する者。会場は様々な反応でざわついた。
 それでも各担当の大臣が発表されるときには、水を打ったように静まり、皆が固唾を飲んで耳を傾けているのが感じられた。
 外務、文部、防衛、産業はそれぞれ新任の大臣の名前を上げた。
 ニーサルとアランフェットといっしょに死んだ目になった末に選んだ4人の男たちだ。
 4人のどの顔も内から溢れる希望で輝いている。
 名前を上げるたびに会場からは承認の拍手がわいた。
「財務担当大臣、カテリア・デ・ニーサル」「厚生担当大臣、エブ・デ・アランフェット」現大臣の二人が深く拝命の礼をする。
 さ、残るは『法務担当大臣』のみ。
 そして、残る現大臣はキリウスのみ。
 昨夜、国王と話したときに、国王はかなり戸惑っていた。「まさか、あのものを大臣に?」
 前代未聞だと国王は頭を抱えたけれど、私は大丈夫だと確信している。
 私はにっこりと微笑むと、声を上げた。
「法務担当大臣、サラ・アミゼーラ」
 
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
 漫画なら『シーン』というおっきな効果音がでるくらいに会場は静まり返った。
 誰もが呆けたように口を開けている。
 冷静でいるのは、私から事前に話しを聞かされた国王くらいなものだ。
 名前を呼ばれたサラさん本人も、氷の彫像のように固まっていた。
 私は席を立ち、舞台そでのサラさんの元へ行くと語りかけた。
「サラ、あなたは誰よりも自分を律し、公正な目を持っています。あなた以上に法律に通じている人間を私は知りません。あなたには私の法と良心の要となって導いて欲しいのです」
 サラさんは世界がひっくり返ったかのような驚きの表情で私を見つめていた。
「どうか、この任を引き受けてはくださいませんか」
 私の言葉に凍っていた体を溶かした侍女は、いつもの鋼鉄の無表情に戻って答えた。
「それが女王陛下のご命令なら・・・謹んで拝命いたします」
 氷の顔とは裏腹にその声は高ぶる感情をうちに秘めて震えていた。
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