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叔母の家

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 城の裏門から出たところに馬車が用意してあった。
 キリウスとレーナが直々に見送りに出てきたことにレオナードは驚き、恐縮した。
「レオナードが無事に帰ってこれますように」
 と、レーナがレオナードの左手を取って、その腕に紫と黒の組紐で編んだ腕輪のようなものを結んだ。
「これはお守りなの。必ず着けていて。きっとあなたを守るから」
 自分の腕に触れた女王の手の温かさに、レオナードは優しい笑みを浮かべた。
「恐れ入ります、女王陛下。叔母のことが済んだらすぐに戻ってまいりますので」
「ええ。気をつけてね」
 レオナードは女王と国王の後ろに控えたフランが何か言いたそうな顔で自分を見ているのに気がついたが、声をかけることなく馬車に乗り込んだ。
 
 
 イスラトルの町に着いたのは夕刻だった。
 城の馬車は薄暗い町道を抜けて、一軒の古い屋敷の前で止まった。
 馬車から降りたレオナードは昔と変わらぬ佇まいを見せる叔母の屋敷を暗澹とした思いで眺めた。
 屋敷に入る門の前で、ふと、隣の屋敷を見ると昔、仲のよかった少女が住む家には灯りは灯らず、人の住んでいる気配がしない。
 自分が訪れなくなった間に隣の家には何かあったのだろうか、とレオナードは訝しながら叔母の家の小道を歩き、屋敷の扉を叩いた。
 「まあ!レオナードじゃないの。ずいぶん久しぶりだわね!元気だった?まあまあまあ!こんなに大きくなって」
 もうじき30になろうという男を捕まえて大きくなったというのも妙な話だ、とレオナードは苦笑しながら首にしがみついてくる叔母の身体を引き剥がした。
「この辺りに妖物が出たと聞いて、叔母上が無事かどうかを確認に来ただけです。どうやらご無事のようなので、私は明日城に戻ります」
「まあ、レオナードったら、もっとゆっくりしていってもいいんじゃない?本当に顔を見るのは久しぶりなのだし。ああ、それに、妖物ね。まだ退治されていないんでしょう?警護団の方が言ってたわ。私、怖いわ。家に一人だし。レオナードがいてくれたらとっても心強いのだけど。ああ、それから、今お城で国王様の侍従をしているのでしょう?すごいわ!ねえ、国王様ってどんな方?噂通りの美丈夫なの?」
 まくしたてるような叔母の口撃にたじたじとなったレオナードは、だから叔母は苦手なのだと心の中で溜息を吐いた。
「・・・しかし、叔母上・・・私はあまりゆっくりしてもいられないので・・・」
「あら、そういえば、夕食は?まだなのでしょう?ああ、来ることがわかっていたらご馳走を作っていたのに。今夜は簡単な食事しかないけど、食べるでしょう?」
 食べるでしょう?と質問形式だけれど、実は叔母の『でしょう?』は強制だと分かっているレオナードは素直に
「いただきます」と答えた。
 断るほうが面倒なことになるのが目に見えているのだ。
 それにしても、見ないうちに・・・
 レオナードは叔母の丸々と太った後ろ姿を半眼になって眺めた。
 レーナ様もフランも抱き上げると羽根のように軽かった。女性とはそういうものだと思っていたが・・・
 叔母が倒れても抱き上げるのは自分には無理だと思いながら叔母の後について家の中に入った。

 簡単な食事しかない、と叔母は言ったはずだが、とレオナードは食卓に並べられている余裕で4人前はありそうなパンや野菜スープや盛られた肉の塊をみて首を傾げた。
 自分の聞き間違いか、それとも・・・
「叔母上、誰か客人でもあるのですか?」
「え?何を言ってるの?おかしな子ね」そう言いながら、叔母は自分の皿に肉を積み上げていく。
 なるほど、4人分だと思ったのは、ほぼ叔母の分だったのか。と、レオナードは納得して無言で自分の皿に肉を取り分けた。
「あら、それだけでいいの?もっと食べないと。そんなに細くてお城の仕事が務まるの?」
 太った侍従などみっともなくて、自分の美意識に反する、と言いたい気持ちを彼は抑えた。
「叔母上はいくつになってもご健啖のようで羨ましいです」
「あらそう?ところで、レオナード、結婚はいつするの?お相手はいるの?」
 レオナードは口に入れた肉を丸飲みしそうになって咽せながら、涙目で叔母を見た。
 どうして、話がそう飛躍する。まるでついていけない。
「もう、いい年じゃないの。早く身を固めてお父様を安心させなさいよ。私だって、あなたがいつまでも独身だと心配だわ。ね、お城にいい子はいないの?」
 矢継ぎ早な叔母の言葉に放心状態になったレオナードの頭にフランの顔が浮かんだ。
 あり得ない。
 自分の思考を自分で否定しながら、レオナードは自己嫌悪に陥った。
 あり得ない。
 今までなら女王のレーナの顔が浮かんだはずだ。
 なぜ、フランの顔が浮かぶ。
 私は女王に生涯の愛を捧げるのではなかったのか。
 フランが頭に浮かぶ理由がわからない。
 フランはただの侍従仲間で・・・世話のかかる女性ひとで・・・
 「どうしたの?レオナード?」
 食事の手を止めて固まっているレオナードを困惑の顔で見ながら、叔母はまた話題を変えた。
「そう言えば、お隣のエルレーンと仲が良かったわね、レオナード」
「!」
 そうだった、少女の名はエルレーンだった。
 昔、いっしょに遊んだ。
「叔母上、隣はどうしたんですか。人が住んでるようには思えませんでしたが」
 叔母はレオナードの言葉を聞くと、ふっくらとした顔に影を落として、
「実はね」と、沈んだ声で話し始めた。 
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