異之国奇譚4~ローマリウス国の鬼子母神~

月乃 影

文字の大きさ
11 / 18

11

しおりを挟む
 いたたまれずに逃げてしまった。
 レオナードは森の中をエルレーンの家が見えなくなるまで走った。
 背筋を冷たい汗が伝う。
 あれは、一体なんだ。
 エルレーンは正気ではない。子供を失った狂気がなせるわざなのか。人形を我が子と思うなど・・・
 いや、アレは人形だったか?
 やけに、生々しく記憶に残っている。
 あの人形は私を見ていた。
 そんなはずはないのに・・・しかし・・・あの目は・・・
 レオナードは奇妙な符合に気がついてゾクリと身体を震わせた。
 事故で失ったというエルレーンの左目。まるで人間のように自分を見ていた人形の左目。
 いったい、何なんだ。
 どのくらい走ったかもわからないほどに疲れ果て、レオナードは巨木の幹にもたれかかった。息が荒く、足はまるで鉛のようだ。
 道を反れたらしく、町から通ってきた小道ではないことに気がついた。
 こんな森の中で道に迷ったら、帰ることが困難なのは子供でも分かる。レオナードは昼過ぎの太陽が森に暗い影を落とす中、帰る道を探して歩き出した。

 最初は獣かと思った。
 何かが自分の側にいる気配がする。
 自分のいる場所が風下なのか、腐敗した獣の発する異臭が鼻についた。
 獣?
 いや、とレオナードは額に浮き出す汗を手の甲で拭うと、自分の側に何がいるのか確かめるために辺りを窺った。
 ザワザワと草のなぎ倒される音とポキポキと木の枝の折れる音。それらから推察すると、森の獣というにはあまりに大きい。
 それに、生きた獣は腐臭などしない。
 追ってくるモノの正体に見当がついたレオナードは息を心臓にため込むと一気に走った。
 追いつかれたらそこまでだ。
 ヤツとの距離はどれくらいある。
 後ろを振り向いて確かめたい衝動に負けて、レオナードは走りながら自分を追ってくるモノを見た。
 やはり、ソレはレオナードの想像した通りのモノだった。
 妖物!
 なぜ、こんなところに・・・いや、そう言えば、妖物が出たのはこの森の近くだった。きっとこの森の中に住処すみかがあるのだ。
 住処・・・?
 何かがレオナードの琴線に触れたような気がしたが、すぐにそれは妖物への恐怖に変わった。
 妖物は思った以上に素早い動きで確実にレオナードを追ってくる。
 餌を求める肉食獣の狩りのように、レオナードを捕らえて取り込むつもりだ。
 森の中で土地勘のないレオナードはやみくもに走り、やがて力尽きて取り込まれてしまうだろう。
 まるで巨大な黒いナメクジのような妖物がレオナードに捕獲の触手を伸ばした。
 こんな誰もいないような場所で捕まって取り込まれたら、生命は吸い尽くされてしまう。
 レオナードは自分の背中に触れるほど近く触手が伸びているのを感じて、もう逃げられないことを悟った。
「こんなところで・・・」
 まさか自分の命がここで終わるとは思ってもみなかった。
 まだ、やるべきことは多く残っているのに。
 フラン・・・
 まだ、新米の侍従だ。一人前になるまでは指導してあげなくていけなかったのに。
 それに・・・ちゃんと帰ると約束した。
 約束をやぶったら・・・フランはどれほど悲しむだろうか・・・
 フランの青い目が涙で濡れるのを思うと胸がキリキリと痛む。
 髪を梳いてあげた時に白いうなじから目を逸らすべきではなかった。私はあのうなじに口づけをしたかった・・・なのに、自分の心を見ないようにしたのだ。
 走馬燈のような苦い後悔がレオナードの頭を駆け巡った。
 妖物は獲物を前に舌なめずりする肉食獣のようにゆっくりと近づいてくる。
 そして、獲物を捕獲するための触手をレオナードに向かって伸ばした。
 もうだめだ、と、覚悟を決めたレオナードの左腕が光った。
「!?」
 息を飲んで自分の左腕を見ると、光っているのは女王が城を出るときに「お守り」だと言って結んでくれた黒紫の腕輪だった。
 突然空間に白い閃光が走り、刃となって妖物の触手を切断した。
「迎えにきたよ~えっと・・・レオナード、だったっけ?レーナの侍従の」
 場にそぐわないノンビリした声がレオナードに呼びかけた。
 自分の目の前に風のように現れた純白のローブを纏った少年に向かってレオナードは「なぜ、ここに・・・貴方は・・・リュシエール様?」
「その、腕輪。レーナからもらったでしょ。君に危険なことがあったら僕がわかるようになってたんだよね。レーナが君を守ってくれって言うから・・・レーナの頼みじゃ断れないしね」
 言いながらもリュシエールの手のひらからから現れる不可思議な文様は白い閃光となって妖物の触手を切り落とす。
 レオナードは自分の左腕に着けられた腕輪を見た。
 魔法の道具だったのか。
 レーナ様が私の身を案じて魔法使いに依頼してくださっていたのだ。
「あ~やっぱり僕の魔法では足止めが精一杯か。残念」
 残念、と言いながらも美しい魔法使いの少年は口笛を吹きそうなくらいこの場を楽しんでいるように見えてレオナードは唖然としながら思った。
 やはり、レーナ様のご友人は変わっていらっしゃる。
 「遅くなりました」
 森に別の声が響いた。
 魔法使いの少年が現れたと同様に、その人物はレオナードの目の前にいきなり現れた。
「遅い!魔教皇とうさんにこの案件は最優先事項だって言われたでしょ。さっさと片付けてしまってよ」
 紫色のローブを纏った魔法使いの青年は恐縮したようにリュシエールに首を垂れると、静かに呪文を唱え始めた。
 レオナードが見ている目の前で、青年の呪文は紫色の魔法陣となって妖物を包み込んだ。
 妖物は明らかに苦しそうに身をよじっている。
「普通ならこれで、四散するんだよね。バラバラになって溶けちゃうんだけどさ」
 高みの見物のように腕を組んだリュシエールは誰にともなく呟いた。
 それは一瞬の出来事だった。
 のたうちまわっていた妖物が忽然と姿を消した。
 まるで、最初っからそこには何もなかったように。
「また、だめだったね」
 リュシエールは愕然としている青年に、魔法国に帰って報告するようにと指示を出すとレオナードにその美しい顔を向けて
「じゃ、君。城に帰ろうか」
 レオナードの返答も待たずにリュシエールはその華奢な手でレオナードの腕を掴んだ。 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ企画進行「婚約破棄ですか? それなら昨日成立しましたよ、ご存知ありませんでしたか?」完結

まほりろ
恋愛
第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ企画進行中。 コミカライズ化がスタートしましたらこちらの作品は非公開にします。 「アリシア・フィルタ貴様との婚約を破棄する!」 イエーガー公爵家の令息レイモンド様が言い放った。レイモンド様の腕には男爵家の令嬢ミランダ様がいた。ミランダ様はピンクのふわふわした髪に赤い大きな瞳、小柄な体躯で庇護欲をそそる美少女。 対する私は銀色の髪に紫の瞳、表情が表に出にくく能面姫と呼ばれています。 レイモンド様がミランダ様に惹かれても仕方ありませんね……ですが。 「貴様は俺が心優しく美しいミランダに好意を抱いたことに嫉妬し、ミランダの教科書を破いたり、階段から突き落とすなどの狼藉を……」 「あの、ちょっとよろしいですか?」 「なんだ!」 レイモンド様が眉間にしわを寄せ私を睨む。 「婚約破棄ですか? 婚約破棄なら昨日成立しましたが、ご存知ありませんでしたか?」 私の言葉にレイモンド様とミランダ様は顔を見合わせ絶句した。 全31話、約43,000文字、完結済み。 他サイトにもアップしています。 小説家になろう、日間ランキング異世界恋愛2位!総合2位! pixivウィークリーランキング2位に入った作品です。 アルファポリス、恋愛2位、総合2位、HOTランキング2位に入った作品です。 2021/10/23アルファポリス完結ランキング4位に入ってました。ありがとうございます。 「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」

見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”―― 今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。 そして隣国の国王まで参戦!? 史上最大の婿取り争奪戦が始まる。 リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。 理由はただひとつ。 > 「幼すぎて才能がない」 ――だが、それは歴史に残る大失策となる。 成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。 灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶…… 彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。 その名声を聞きつけ、王家はざわついた。 「セリカに婿を取らせる」 父であるディオール公爵がそう発表した瞬間―― なんと、三人の王子が同時に立候補。 ・冷静沈着な第一王子アコード ・誠実温和な第二王子セドリック ・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック 王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、 王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。 しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。 セリカの名声は国境を越え、 ついには隣国の―― 国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。 「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?  そんな逸材、逃す手はない!」 国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。 当の本人であるセリカはというと―― 「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」 王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。 しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。 これは―― 婚約破棄された天才令嬢が、 王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら 自由奔放に世界を変えてしまう物語。

【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!

白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。 辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。 夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆  異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です) 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆ 

最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました

斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。 白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。 その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。 それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。 やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり―― 白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。 身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。

処理中です...