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27話 イリア、魔法の特訓をする

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 私とリュシエール様はローマリウス城の広い庭園のど真ん中に立っていた。
 遠くに東屋が見えて、そこにアリーシャ様を抱いたレーナ様とフランさんが見える。
 きれいに刈り込まれた庭木や色とりどりの花が咲き乱れる美しい庭園だった。
「ここなら、多少失敗しても被害は大きくならないからね」
 リュシエール様はまるで庭師のような質素な格好だったけど、日差しにキラキラと輝く黒髪も長いまつ毛に縁どられた青緑の瞳もうっとりとするくらいきれいだった。
「でも、庭園を荒らしてしまうかもしれません」
 私は怖気づいて言った。せっかくリュシエール様が魔法を教えてくれるっていうのに、もし失敗したら、ローマリウス城の美しい庭が台無しになる。
 私の魔法の破壊力はたぶんリュシエール様が想像しているよりヒドイと思う。
「大丈夫だよ。庭の一つや二つ、ぶっ壊したってキリウスもレーナも文句は言わないよ」
 そうだろうか。
 キリウス様もレーナ様も文句は言わないかも知れないけど、レオナードさんがこめかみに青筋を浮かべる気がする。
 私はフランさんに申し訳ない気分になった。
 レオナードさんが不機嫌になったらフランさんも大変じゃないかしら、って思って。
「まずイリアは、これができた方がいいね。瞬間移動の魔法」
 ああ、そうだ。
 私が自分で瞬間移動の魔法が使えないと、どこかに行くたびにリュシエール様が空間移動の魔法をかけるしかない。空間を捻じ曲げて、違う場所と場所をくっつける魔法はリュシエール様のような上級魔法使いでも簡単な魔法じゃないんだ。
 どんな魔法も口笛を吹くくらい気軽にやってしまうリュシエール様でも、空間移動は手に汗をかくくらいは難しいんだ。
「瞬間移動の魔法の呪文はわかる?」
「大丈夫です。ほとんどの魔法の呪文は知ってます」
 そう、魔法書は愛読書のように毎日欠かさず読んでる。でも、頭で覚えるのと実際に呪文を唱えるのは違うんだ。音符は読めても楽器は弾けないのといっしょだ。
「すごいね。もし呪文が唱えられるようになったら、イリアは魔法国で1番の魔法使いになるかもしれないね」
 リュシエール様が夢のようなことを言って私を励ましてくれるのが分かった。
「そう、なりたいです」
 もし、そうなったら・・・
 リュシエール様の本当の許嫁になれるのかしら。
 マグノリアで1番の魔法使いになったら、魔教皇様の花嫁として恥ずかしくないかしら。
 そんな図々しいことを考えてしまった自分がものすごく恥ずかしくなって、私は慌てて言った。
「じゃ、唱えてみますね」

 見事に、庭園に大穴があいた。
 きっと庭師のおじさんとレオナードさんが嘆くだろう。
 リュシエール様は笑いをこらえているけど、私は泣きそうになった。
「なんで・・・どこが違ったんでしょう」
「うん。いきなり爆破系魔法を使ってくれるとは思わなくてちょっとビックリしたよ。やっぱり部屋の中でやらなくて正解だったね」
 ビックリしたとも思えないほど楽しそうにリュシエール様が言ったので、私は余計に悔しくて涙目になった。
「ちゃんと、唱えました。でも・・・」
 そうはならなかったのだ。 
「アとアァの違いかな。後、震えるところが違うね。よく見て」
 リュシエール様が私の目の前に唇を持ってきて、呪文を唱えた。
 あっ。
 リュシエール様は当然瞬間移動して、レーナ様たちのところに現れて、また私のところに戻ってきた。
「どう?少しは唇が読めた?」
 私は頷いた。
 今まで誰かが正確に呪文を唱えたところを間近で見たことがなかった。だから、どう真似ればいいかわからなかったのだ。
 でも、今何となく、自分とリュシエール様の唇の動きは違うと分かった。
「イリア、口を開けて」
 リュシエール様がそう言ったので私は素直に大きく口を開けた。
「!!」
 口の中にリュシエール様の人差し指が入ってきて、私はビックリして体を固くした。
「僕の指を噛まないように、真ん中の呪文を唱えてごらん」
 噛む・・・。噛んじゃだめだ。リュシエール様のきれいな白い指に歯型なんかつけられない。
 噛まないように唱えるのって難しくって舌がもつれそうになったけど。私は頑張った。舌が疲れて、喉はカラカラになったけど。
「うん・・・そう。いい子だね、イリア。上手だよ。とってもいい舌使いだよ」
 リュシエール様にそう言われて、なぜか私の体は火照ったように熱くなった。きっと日差しがまぶしいせいだからだろうと思った。
「あとね、最後のほうの呪文はキスをした後の吐息のように」
 は!?
 キス、って?
 そんなの。
 わからない。
 キスなんて、したことないし。
 私はぼうぜんとマヌケな顔をして突っ立っていた・・・と思う。
「て、ゆうのは冗談だけど」
 じょうだん・・・冗談・・・・・冗談!?
 って、
「ひどっ」
 思わず怒り出しそうになった私に、リュシエール様がニッコリと笑って
「うん、後のほうはその発音だよ」
 え?・・・ひどっ・・・って、この発音?
「じゃ、最初っから続けて唱えてごらん。あ、ちゃんと行きたいと思う場所を心に念じながらね」

 行きたい場所。
 
 私は初めて瞬間移動の魔法に成功した。
 自分の身体が、一瞬で消えて別な場所に現れたのが自覚できた。
 やった!できた!!
 初めて自分の使いたい魔法が使えた!
 でも。
 リュシエール様が珍しく苦笑いの表情をして、言った。
「できたじゃないか、イリア・・・おめでとう。でも、もうちょっと遠くでもよかったかな」
 私が移動したのは、手を伸ばせば届くところにいた、リュシエール様の隣だった。
 だって・・・
 行きたい、と思うところがソコしか浮かばなかったのだから。
 私は、自分の想いを悟られないように
「まだ、遠くまで行くのが怖かったんだもの」と、澄ました顔で言い訳をした。
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